第二百四十話 戦支度
それからしばらくは、色々と戦の準備を進めながら過ごした。
まだ戦を始めると正式に聞いたわけじゃない。
いつ出るのかも、どこへ向かうのかも、どれくらいの期間になるのかも分からない。
それでも、シルディア城に集まる人間は日に日に増えている。
これだけ露骨に準備が進んでいて、何もありませんでした、ということはないだろう。
俺も自分の武具を確認し、騎士たちにも同じように準備を進めさせる。
軍馬の状態も確かめる。
馬具も見ておかなきゃならない。
戦が始まってから壊れましたでは困るからな。
とはいえ、何でもかんでも用意しておけばいいというものでもない。
どこへ行くか分からない。
何日で戻るかも分からない。
あまり持ちすぎれば、それだけ荷物が増える。
動く時に邪魔だ。
だからといって、足りないのも困る。
食料なんかは現地で調達すればいいが、何でも都合よく現地にあるわけじゃない。
持っていかなきゃならないものと、現地で手に入れればいいもの。
その線引きを、行き先も期間も知らないまま決めなきゃならない。
案外面倒だな。
俺一人なら適当でもいい。
足りなくなったら何とかすればいいし、最悪、自分だけならどうとでも動ける。
だが、今回は俺の騎士団も一緒に動くことになるだろう。
そうなると、俺一人の感覚だけで決めるわけにもいかない。
騎士たちとも何度か話をした。
何を準備しているのか。
不足しているものはないか。
今のうちに確認しておくことはないか。
そういう話を繰り返していると、何も決まっていない割には時間が過ぎるのが早い。
ある時、部屋でセバスチャンとそんな話をしていると、こいつがふと思い出したように俺を見た。
「例の魔法はどうしやす?」
「ん?」
一瞬だけ何のことか分からず、すぐに思い当たる。
オルフィアから教わった感知されにくい感知魔法か。
俺だけが使うのではなく、直属の騎士たちにも教えるかどうか。
戦になれば、感知されにくい感知魔法が役に立つ場面はあるだろう。
相手に気づかれずに位置を探れるなら、それに越したことはない。
だが。
「やめとこう。今、教えても使えるようにはならんだろうし、混乱するだけだ」
俺がそう答えると、セバスチャンは黙って続きを待った。
普通の感知魔法と、オルフィア式の感知魔法。
同じ感知魔法ではある。
だが、魔力の扱い方がかなり違う。
普通なら広げる魔力を、柔らかく、細く、小さく扱う。
俺だって最初はなかなか上手くいかなかった。
それを今から騎士たちに教えて、戦が始まるまでに使えるようになるかと聞かれれば、怪しい。
しかも、無理に覚えようとして、普段使っている感知魔法まで変に意識するようになったら困る。
戦場はただでさえ色々なことが起きる。
そんな場所へ、覚えたばかりで上手く使えるかも分からないものを持ち込ませる必要はない。
「普通の感知魔法と使い方が違いすぎる。今からやらせて、いつもの感知魔法まで混乱したら本末転倒だろ」
「そうですな」
「戦場で試しながら覚えろってわけにもいかんしな。不確実なものを増やしたくない」
セバスチャンは少し考えてから頷いた。
「その方がいいでしょう。若様に頼る事になりますが」
なんだ。
妙に殊勝だな。
てっきり、使えるものなら騎士にも覚えさせた方がいいとか、もう少し何か言うかと思ったんだが。
俺は椅子に座ったまま、わざと少し顎を上げてセバスチャンを見た。
「ふん、なんだ? ずいぶんと大人しいじゃないか」
揶揄ってやると、セバスチャンの口元がわずかに歪んだ。
「まぁ、若様ならいくら使っても目減りしませんしな」
「おい」
やっぱりこいつ、全然殊勝じゃなかった。
感知は全部俺にやらせればいいってことか。
まあ、出来るけど。
実際、今回覚えた使い方まで含めれば、他の奴に無理に覚えさせるより俺がやった方が早い。
魔力が足りなくなる心配も、今のところはない。
だから否定しにくいのが少し腹立つ。
セバスチャンはそんな俺を見ても悪びれる様子もなく、次の準備の話へ戻っていった。
そんなやり取りをしながら過ごしている間にも、城の外はどんどん変わっていった。
シルディア城へ来る騎士や兵の数が増えている。
城だけでは収まりきらないのか、周囲には臨時の陣地まで作られ始めた。
窓から見える人影も、以前より明らかに多い。
あちらでは何人かがまとまって動き、別の場所では馬が行き交っている。
新しく来た者がいれば、その分だけ場所も必要になる。
それなのに、大きな混乱はほとんど見えない。
誰かが来るたびに騒ぎになるわけでもない。
人が増え、馬が増え、それに合わせて使う場所が広がっていく。
それが当たり前のように進んでいた。
さすが実戦慣れしたマバール家の騎士たちだな。
戦の準備そのものが珍しくないんだろう。
俺が細かく口を出さなくても、必要なことは勝手に進んでいく。
その点は楽でいい。
もっとも、俺は父上から勝手に外出するなと言われている。
だから城の外が気になっても、自分で見に行くわけにはいかない。
大人しく城の中から眺めるだけだ。
つまらん。
そんなある日、いつものように外を眺めていると、シルディア橋の周りにも妙な変化が出ていることに気づいた。
最初は少しだった。
だが、日に日に増えている。
小屋のようなもの。
屋台のようなもの。
人が増えたから何かが集まっているんだろうとは思うが、俺には何をしているのか分からない。
ちょうど近くにいたセバスチャンへ、窓の外を指して聞いた。
「あれは?」
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