第二百三十六話 色が違う
面にはなっていた。
少なくとも、俺にはそう感じた。
オルフィアの感知魔法も、根元では細いもの同士がいくつも重なっていた。一本一本が完全に離れていたわけじゃない。
それでも、その先は細いままだった。
俺みたいに、根元が重なった瞬間、そのまま全部が面へ広がったりはしない。
「途中で止めてるのか?」
ふと浮かんだ考えを、そのまま試す。
魔力を柔らかくして、細くする。
そこから何本も伸ばしていく。
近い場所で線同士が重なり、面になりかけた瞬間――そこで広がるのを止める。
「……止まれ」
意識を向ける。
だが駄目だ。
一度面になった魔力は、そのまま外へ広がろうとする。
無理やり抑えようとすると、今度は伸ばしていた細い感知魔法の方まで動きが鈍くなる。
「違うな」
全部止めた。
オルフィアの時はこんな感じじゃなかった。
もっと自然だった。
根元で重なっているのに、それを無理に押さえ込んでいるような感じはしなかった。
むしろ、重なっていること自体を気にしていないような……。
「重なってもバラバラならいいのか?」
自分で口にしてから、もう一度魔力を動かす。
何本もある細い感知魔法が、根元で重なる。
問題は、その瞬間に俺が全部を一つの面として扱ってしまうことなのかもしれない。
だったら一本一本に違いを作ればいい。
「太さを変えてみるか」
一本目は細く。
二本目は少しだけ太く。
三本目はまた細く。
次はその中間。
そんなふうに、一つ一つの太さを意識して変えながら伸ばしてみる。
最初は悪くなかった。
重なっても違うものとして意識しやすい。
だが、数を増やしていくうちに感覚がおかしくなった。
「……あ?」
少し太くした一本へ、隣の魔力が寄っていく。
さらにもう一本。
そこへ別の細いものまで引っ張られる。
「ダメか」
太いものを中心に、周りの感知魔法までまとまり始める。
さっきより悪い。
面になるというより、太い方へ全部が引きずられていく。
「むしろ悪化したな」
魔力を消す。
なら太さじゃない。
オルフィアの感知魔法はどうだった?
触れて感じた限り、一本だけ妙に太かったなんてことはなかった。
どれも細い。
少なくとも、太さの違いで区別している感じじゃなかった。
「なら、太いというか……細さは同じだな」
椅子に座っているオルフィアへちらりと目を向ける。
まだ少し呼吸は荒い。
もう一度使ってもらうのは無理そうだな。
そもそも、さっきので充分だと言ったばかりだ。
あとは俺が思い出すしかない。
同じ細さ。
根元では重なる。
それでも一本一本がバラバラのまま。
「それでもバラバラにする方法か……」
目を閉じる。
さっき感じたオルフィアの魔力を思い返す。
柔らかかった。
細かった。
そこは俺も出来ている。
伸ばし方も、俺が一人へ繋ぐ時と大きく違うようには感じなかった。
違ったのは数だ。
いや、それだけじゃない。
何かあった。
何本も重なっているのに、それぞれが別々だと感じた理由。
「なんだった……?」
感覚を一つずつ思い返す。
手を掴まれた時の温かさは関係ない。
オルフィアの魔力が動き始めた感覚。
細く伸びる。
増える。
重なる。
それでも混ざらない。
何が違った?
俺の中で、さっきの感覚が少しずつ戻ってくる。
形は似ていた。
太さもたぶん同じ。
なのに、一本一本を別のものとして感じられた。
なんというか――。
「輝き?」
思わず呟いた。
違う。
本当に光っていたわけじゃない。
そもそも魔力を目で見ていたわけでもない。
だが、感じ方が違った。
一本と、その隣の一本。
同じように細いのに、何かが違う。
「色……みたいな?」
それなら近い気がする。
赤とか青とか、実際にそんな色がついていた訳ではない。
ただ、一本ごとに違うものだと感じられた。
色が違うものを並べれば、重なっていても別々だと分かる。
「色か」
俺は目を開けた。
やってみるか。
正解かどうかなんて分からない。
違ったら、また別の方法を試せばいい。
魔力を動かす。
柔らかく。
細く、小さく。
一本目を伸ばす。
今までと同じだ。
次に二本目。
今度は、その二本を同じものとして扱わない。
色が違う。
そうイメージする。
実際に何色なのかはどうでもいい。
ただ、違う。
一本目と二本目は別のものだ。
三本目。
これも違う。
四本目。
五本目。
一本一本、同じ細さのまま別のものとして意識する。
数を増やす。
根元で線が重なり始める。
やっぱり面になる。
――が。
「おおっ」
思わず声が漏れた。
広がらない。
根元は確かに重なっている。
俺の感覚では面になっている。
なのに、そこから外へ一気に面として広がろうとしない。
重なっているのに、一本一本が残っている。
「そう! そんな感じ!」
椅子に座ったオルフィアの声が飛んできた。
顔を上げる余裕はない。
今はこの感覚を崩したくない。
正しいらしい。
なら、このままやる。
さらに増やす。
一本。
もう一本。
線同士の間が広がらないように、細い感知魔法を次々と伸ばす。
近くでは重なっている。
だが気にしない。
違うものとして扱う。
色が違う。
そう意識している限り、面には引っ張られない。
さっきまで何度やっても崩れていたものが、今度は妙なほど素直に伸びていく。
「なるほどな……」
少し分かってきた。
太さを変える必要はなかった。
重ならないようにする必要もなかった。
重なっていても、俺自身が一つ一つを意識出来ればいい。
細い線を細い線のまま、それぞれ別に動かす。
言葉にすると簡単だが、実際にやると頭が忙しい。
それでも、出来ないわけじゃない。
魔力もまだ余裕がある。
もっと伸ばす。
部屋の外へ。
さらにその先へ。
細い感知魔法を四方八方へ広げていく。
普通の感知魔法なら、魔力の反応がある場所を拾う。
今回は違う。
張り巡らした細い感知魔法そのものへ意識を向ける。
「……ん?」
何かある。
一本の線の途中。
そこだけ妙な感じがする。
黒い。
いや、黒く見えるわけじゃない。
そう感じる。
さっきまで色を意識して一本一本を分けていたせいか、その中に混じる何かが余計にはっきりした。
感知魔法が通っているはずなのに、そこだけ抜け落ちているような。
細い線の途中が、ぽつりと黒く欠けたような感覚。
「これか?」
そこへ意識を向ける。
さらに別の場所。
またある。
その先にも。
ところどころ、張り巡らした感知魔法の中に黒い部分が出来ている。
これまでの感知魔法なら、何も感じない場所だ。
何もない。
それで終わっていた。
だが今は違う。
何も感じない場所が、周囲に張った細い感知魔法の中で穴になっている。
「……これか」
ようやく意味が分かった。
「これが穴か」
平民なのか、なんなのかはまだ分からない。
そもそも今感じている全部が本当にオルフィアの言っていた穴なのか、それも確認が必要だ。
だが、感覚そのものは掴めた。
黒く抜ける。
そこだけ感知出来ないことが、逆に分かる。
なるほど。
感知出来ないことを感知する、か。
最初に聞いた時は訳が分からなかったが、実際にやってみれば確かにそうとしか言いようがない。
しばらくその感覚を確かめてから、俺は魔力を戻した。
張り巡らしていた細い線が消えていく。
完全に止めてから息を吐く。
疲れてはいない。
ただ、頭は少し忙しかった。
何本もの感知魔法を別々のものとして扱いながら伸ばすのは、今までの感知魔法とはかなり違う。
慣れればもっと楽になるかもしれないが、今のところは意識してやらないと無理だな。
俺は椅子に座っているオルフィアを見る。
「どうだ?」
オルフィアは、さっきまで疲れて肩で息をしていたのが嘘みたいに顔を明るくした。
「うん! 出来てた!」
「そうか」
なら、あれで合っている。
偶然変な感覚を掴んだわけじゃないらしい。
まだ精度は分からない。
どこまで広げられるのか。
どれくらい細かく張れば人一人を取りこぼさないのか。
黒く感じた穴がどの程度の大きさまで分かるのか。
動いた時にどれだけ追えるのか。
人や馬をどこまで区別出来るのか。
確かめることはいくらでもある。
戦場で使うなら、もっと試した方がいい。
だが、それはそれとして。
「うん、面白いな」
自然に口から出た。
オルフィアが嬉しそうに笑う。
「ね! 面白いでしょ!」
俺も笑った。
やっぱり、こいつと魔法の話をするのは楽しい。
次回更新は明日、5時となります。




