第二百三十五話 生きている穴
「どの程度分かる?」
穴が分かる。
言葉の意味は理解出来たが、それで何がどこまで分かるのかは別の話だ。
平民がいる場所に穴が出来るとしても、ただ何となくその辺りだけ感知出来ないという程度なら、戦場で使うには少し頼りない。
俺が聞くと、オルフィアは少し考えてから答えた。
「固まっちゃうと人数は分かりにくくなるけど、どこにいるかとか、どんな風に動いているとかは分かるよ」
「動きまで分かるのか」
「うん」
それなら思っていたより使えそうだな。
俺は頭の中でもう一度、細く伸ばした感知魔法を周囲へ張り巡らすところを想像してみる。
その中を平民が歩く。
張り巡らした糸の上を歩くみたいな感じか?
いや、違うな。
感知出来るものを見るんじゃない。感知出来ないところを見るんだから、周囲に広がった感知魔法の中に出来た空白から位置や動きを推察するのか。
……駄目だ。
説明を聞いただけではいまいち感覚が分からん。
実際にやってみた方が早そうだな。
俺が頭の中であれこれ考えていると、オルフィアが少し言いにくそうに視線を揺らした。
「でも、すごく魔力を使うの」
「そんなにか?」
「うん。私でもこのお城ぐらいしか無理。それに……人だけじゃなくて、馬とかも穴になっちゃうから」
「馬も?」
そこで少し引っかかった。
平民は魔力がない。
馬も、前に感知魔法を繋ごうとして出来なかった。
だったら――。
「つまり、魔力の無い存在が穴になるだけか?」
「うん。動き方とかである程度は分かるけど……」
オルフィアが小さな声で答える。
なるほどな。
それだと確かに欠点はある。
平民を見つけたつもりが馬でした、では困る。
ただ、動き方である程度分かるなら、完全に区別出来ないわけでもないらしい。
なら、他のものはどうなんだ?
「ネズミとかも穴になるのか?」
「ううん。あんまり小さいのは無理。人ぐらい大きくないと、たぶん分からないと思う」
「小さいのは駄目なのか」
オルフィアは頷き、それから俺を見た。
「やっぱり使えないかな?」
また不安そうな顔をしている。
どうもこいつ、自分で面白いものを作る割に、それが実際に役立つかとなると妙に自信がなくなるな。
いや、戦場で使えるかどうかを判断出来ないからか。
それなら聞きたくなるのも分かる。
「いや、むしろある程度の大きさしか穴にならんなら使いやすいんじゃないか?」
「そう?」
「ああ。何でもかんでも穴になったら、そっちの方が面倒だろ」
小さなものまで全部拾っていたら、どれが人間なのか分からなくなりそうだ。
人ぐらいの大きさから分かるというなら、少なくとも余計なものは多少減る。
そこで別のものを思いついた。
「ああ、木とかはどうだ? 穴になるか?」
「ううん、ならなかった」
「ならないのか」
「それに、その……えっと、死んだ馬とか人とかも穴にならなかったの」
「死んだ人も?」
「うん」
それは少し変だな。
魔力がないものが穴になるだけなら、木だって穴になってもよさそうなものだ。
少なくとも俺には、木が魔力を持っているようには感じられない。
死んだ平民だって同じだ。
生きている時には穴になるのに、死んだら穴にならない。
馬もそう。
なんだ、それ。
「ふーむ……」
腕を組みながら考える。
平民は穴になる。
生きた馬も穴になる。
木はならない。
死んだ人間も馬もならない。
ネズミみたいに小さいものは、少なくともオルフィアには分からない。
魔力が無いことだけが条件なら説明がつかない。
なら、他に何が違う?
「なんだろうな。生命力的な感じなのかなぁ?」
「生命力?」
「いや、分からん。なんとなくだ」
オルフィアの顔を見るが、こいつも答えを知っている様子はない。
なら、今ここで考えても答えは出ないか。
「むしろ、魔力を感知してないっていうより、生命力的なのが感知魔法を妨害してるのかなぁ?」
口にしてみたが、自分でもしっくりこない。
そもそも生命力的な何かが本当にあるのかすら分からん。
「うーん、分からん」
まぁ、今は原理より結果だ。
少なくともオルフィアが試した限り、生きている人間や馬では穴が出来て、死んだ後は出来なくなる。
「だが、生きてる者だけが穴になるなら使い道は色々ありそうだぞ」
「ほんと?」
「ああ。生きてるか、死んでるか、すぐに分かるしな」
戦場なら死体が転がっていることもある。
普通に見れば、倒れて動いていない人間が生きているのか死んでいるのか、離れたところからじゃ分からないこともあるだろう。
だが、この穴が本当に生きたものにだけ出来るなら話は別だ。
もちろん、まだ何をどこまで拾えるのか試す必要はある。
馬と人の区別だって完全ではない。
それでも、使い道がないどころか、かなり面白い。
「うーん……感知魔法の糸を四方八方に張り巡らすか」
口にしながら、もう一度頭の中で形を作る。
細い感知魔法。
一本ではない。
周囲全部。
隙間が大きければ、その間に人がいても穴として分からないはずだ。
だからある程度は細かく張らなければならない。
しかも遠くまで。
「確かに魔力を使いそうだな」
「すごく使うよ」
「ふむ」
俺なら大丈夫だとオルフィアは言った。
だったら、考えているだけより試した方が早い。
「やってみるか」
「今?」
「ああ。感知されにくいんだから、城内で使ってもバレんだろ」
誰かを狙って繋ぐわけでもない。
とりあえず、どんな感覚なのか分かればいい。
俺は魔力を動かした。
まず柔らかくする。
ここまではもう慣れた。
以前はこの感覚を掴むだけでも苦労したが、今は意識すればすぐに作れる。
そこから細く、小さく。
今までなら、その細い感知魔法を狙った相手へ伸ばしていた。
今回は違う。
一本ではなく、全周囲へ。
細くした魔力を、俺を中心に四方八方へ伸ばしていく。
向かいにいるオルフィアが静かにこちらを見ている。
俺が感知魔法を使い始めたのが分かったんだろうか。
まぁ、こいつが考えた使い方だしな。
「むう……」
少し伸ばしたところで眉間に力が入った。
難しい。
思っていたよりずっと難しい。
普通の感知魔法なら、周囲へ広げること自体は慣れている。
だが、これは違う。
面で広げるんじゃない。
線だ。
細い線を何本も伸ばして、それで周囲を覆わなければならない。
「これ……線の間隔が広いと意味ないよな」
「うん」
「だよなぁ」
間隔が広ければ、その隙間にいる平民は拾えない。
なら密度を上げる。
もっと線を増やす。
そう意識した瞬間、根元に近いところの感知魔法がまとまり始めた。
「ん?」
違う。
これは線じゃない。
面だ。
密度を増やそうとすればするほど、俺の近くで線が重なって一枚に繋がっていくような感覚になる。
そして一度そうなると、そこから先まで一気に面で広がろうとする。
「……駄目だ」
魔力を止める。
「感覚が分からん」
「難しい?」
「かなり難しい」
面で展開するのには慣れている。
むしろ慣れすぎているのかもしれない。
線を増やそうとすると、勝手にいつもの形へ寄っていく。
だが面じゃ駄目なんだろう。
穴を見るためには、細い線を張り巡らさなければならない。
もう一度やる。
今度はさっきより線同士を離した。
細く、長く。
一本一本を意識して伸ばす。
今度は面にならない。
その代わり――。
「これじゃ遠くがスカスカだな」
近くはまだいい。
だが俺を中心に外へ向かって伸びる以上、距離が離れるほど線と線の間も広がっていく。
これでは遠くへ行くほど穴を取りこぼす。
だったら線を増やす。
増やすと根元が詰まる。
詰まると面になる。
「……ダメだな」
もう一度止めた。
その時、向かいのオルフィアがぽかんとした顔で俺を見ていることに気づいた。
「……すごい」
「ん? なにがだ?」
「全然疲れてないの?」
何を聞かれたのか一瞬分からなかった。
疲れる?
ああ、魔力か。
「疲れてない」
「ほんとに?」
「ああ」
正直、魔力の方は全然大丈夫なんだよなぁ。
何度か広げては止めているが、きついとは感じない。
問題はそこじゃない。
「むしろどう展開すればいいのか、そっちの方が難しい。どうしても面になる」
「私でも一回使ったら疲れるのに……」
オルフィアが小さく呟く。
そう言われても、疲れてないものは仕方ない。
俺はまた感知魔法を作る。
今度はもっと遠くまで。
密度も意識する。
だが、やっぱり同じだった。
遠くまで高い密度の線を引こうとすると、どうしても根元が詰まる。
そして根元が面になると、それにつられるように、その先まで面が一気に広がろうとする。
「どうすりゃいいんだ、これ?」
止める。
またやる。
今度は密度を減らす。
面にはならない。
だが遠くがスカスカになる。
また止める。
今度は線を多めに作る。
やっぱり根元から面になる。
出来ないというより、普通の感知魔法へ戻ってしまう。
「平行に伸ばすか?」
口に出してから、自分で首を振る。
「いや、中心は俺なんだから、結局根元は同じか」
俺から伸ばす以上、最初は全部近い。
途中から平行にしたところで、根元の問題は消えない。
「分割してやるか……?」
一度に全部ではなく、方向ごとに分けて伸ばす。
少し試す。
右。
左。
前。
後ろ。
……駄目だ。
結局、それぞれを細かくしようとすれば同じところへ戻る。
「同じだよなぁ」
止める。
もう一度。
もっと細くする。
線そのものをさらに細くすれば、重なっても面になりにくいかもしれない。
「うーむ……」
伸ばす。
確かに少しは違う。
だが、数を増やせば結局は同じだ。
「うん、根本は変わらんよな」
分からん。
オルフィアはどうやってるんだ?
魔力の量じゃない。
俺の方が余裕はある。
なら、純粋に操作の問題だ。
俺が唸りながら頭の中で今までの失敗を並べていると、目の前のオルフィアが何か言いかけて止まった。
「えっと、その……」
「ん?」
「えい!」
「お?」
突然、両手を掴まれた。
オルフィアの手が俺の手をしっかり包む。
なんだ?
顔を見ると、なぜか少し赤い。
「えっと、あの、一回使ってみるから感じてね」
「ああ」
なるほど。
それなら分かりやすい。
魔力操作は近い方が感じ取りやすいし、こうして触れていればなおさらだ。
俺は掴まれた手に余計な力を入れず、オルフィアの魔力へ意識を向けた。
オルフィアが魔力を動かす。
柔らかい。
そこから細く、長く。
さすがに開発者だけあって、その操作は見事だった。
俺が何度やっても途中で崩れた感知魔法が、迷う様子もなく滑らかに伸びていく。
一本。
また一本。
さらにその外へ。
細く長い感知魔法が次々と周囲へ伸びていく。
だが――。
これでも根元は重なるんじゃないか?
俺は両手越しに伝わるオルフィアの魔力へ、さらに意識を集中した。
やっぱりだ。
近いところでは、細い感知魔法がいくつも重なっている。
俺の感覚では、そこはほとんど面になっているように感じる。
同じじゃないか?
俺もそこまではいく。
違うのは、その後だ。
俺の場合は根元が面になった瞬間、そこに引っ張られて全部が面になる。
だがオルフィアの感知魔法は違う。
重なっている。
面にも感じる。
なのに、その先は細いまま残っている。
何かが違う。
なんだ?
どこが違う?
掴まれた手から伝わる感覚を逃さないように、さらに意識を集中する。
もう少し。
何かある。
同じように重なっているのに、俺の感知魔法とは何かが――。
その瞬間、感じていた魔力がふっと消えた。
「ん?」
顔を上げる。
オルフィアは俺の手を離し、肩で息をしていた。
「……ごめん、これが限界」
息を整えようとしているが、明らかに疲れている。
さっき言っていた通りだ。
本当に一度使うだけでここまで消耗するのか。
「いや、違うのは分かった。充分だ。感謝する」
まだ答えまでは掴めていない。
だが、何も分からなかったさっきまでとは違う。
俺はオルフィアを椅子に座らせる。
少し休んでもらった方がいいだろう。
その間に、今感じたものを忘れないうちに整理する。
オルフィアも根元は重なっていた。
俺と同じように、面になっているように感じた。
なら、そこは気にしなくていいのか?
いや。
でも俺の場合は、そこから全部が面になる。
オルフィアはならなかった。
違いは確かにあった。
俺は自分の手を見ながら、さっきまでそこから伝わってきていた感覚を思い返した。
何が違った?
どこが違った?
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