第二百三十四話 感知できないことを感知する
セバスチャンは帰した。
本人は同席したがっていたが、正直に言うと、あいつは魔法そのものがそこまで上手いわけじゃない。
もちろん、下手くそという意味ではない。騎士として見れば十分どころか、実戦での魔法の使い方なんかは俺より上手いことすらある。長く戦ってきた経験がある分、いつ使うか、どこまで使うか、どれだけ残しておくか、その辺りの判断は俺なんかよりずっと慣れている。
ただ、魔法そのものとなると話は別だ。
騎士である以上、どうしても貴族に比べれば魔力の容量も操作も劣る。
騎士の中にも魔法を研究しているような奴はいるらしいが、あれはもうある種の専門職みたいなものだ。セバスチャンはそっちじゃない。
まぁ、仕方ないだろう。
シルフィアとジルベッドにも下がってもらった。
あいつらにはルディア領への手紙をやってもらわなければならない。
シルフィア一人でも書けるとは思うが、ジルベッドも同じ家の人間だ。姉弟でやった方がいいだろう。誰がオルフィアのところへ来るのか、そもそもどれだけ来るのかはまだ分からないが、話を進めるなら早い方がいい。
そんなことを考えていると、残ったオルフィアがこちらを見た。
「ねぇ、感知魔法は上手くなった?」
感知魔法?
一瞬だけ考えたが、すぐに何のことか分かった。
オルフィアが教えてくれた、あの感知されにくい感知魔法のことだろう。
「ああ、散歩中にも使ってみた。色々試したが使える魔法だ」
「ほんと?」
オルフィアの顔がぱっと明るくなる。
分かりやすいな。
実際、あの感知魔法の実験はなかなか楽しかった。
普通の感知魔法とは感覚がかなり違う。最初は魔力を柔らかくするという感覚からしてよく分からなかったし、そこから細く、小さくして伸ばすというのも面倒だった。
だが、一度形に出来るようになってからは面白い。
動いている相手に繋げたまま追える。
一人だけじゃなく、二人にも同時に繋げられた。
繋いでしまえば維持そのものはそこまで難しくないし、相手が動けばその動きもある程度分かる。
馬には繋がらなかったが、それはそれで面白い結果だった。
たぶん、身体そのものじゃなく魔力に繋いでいるんだろうとは思うが。
まだ分からないことは多い。
むしろ分からないことが多いからこそ、色々試したくなる。
「使い方次第ではかなり使えると思うぞ。まぁ、覚えるのはかなり難しいけどな」
「そうでしょ、面白いでしょ」
オルフィアは明らかに上機嫌だった。
自分が作ったものを褒められて嬉しいのか、それとも単純に魔法の話が好きなのか。
たぶん両方だろう。
せっかくだし、散歩中に考えていたことも話してみるか。
「まだ試してないんだが、もっと細かく感知出来るかもしれないと思ってる」
「細かく?」
「ああ。細く伸ばした感知魔法を一人に一本じゃなくて、例えば頭と手と足に別々に繋いだら、向きとか動きとか、もっと細かく分かるんじゃないかと思ってな」
オルフィアが少し身を乗り出した。
「出来そう」
「だろ? あと、繋いでる相手が魔法を使ったらどうなるのかも気になる」
「魔法を使ったら?」
「そもそもあれ、相手の魔力に繋いでるっぽいだろ。なら繋いだ相手が魔法を使った時、魔力の動きまで分かるのか、それとも位置しか分からないのか、何か変化があるのか、それとも何も変わらないのか」
そこはまだ試していない。
セバスチャンとシルフィアを追っていた時も、二人が移動しているのは分かったが、魔法を使わせて確認したわけじゃない。
あの時はあの時で色々あったしな。
オルフィアは少し黙った。
考えているのかと思ったが、すぐに目を輝かせる。
「面白そう! 今度試してみよ!」
「おう」
やっぱり食いついた。
うむ。
実験にはセバスチャンやシルフィアなんかが使えるからな。
セバスチャンは前に勝手に感知魔法を繋いでいたと知った時、ちょっと睨んできた気もするが、まぁ大丈夫だろう。
たぶん。
そこからしばらく、俺とオルフィアは感知魔法の実験について話した。
一人にいくつまで繋げられるのか。
複数人へ繋いだ時、どこまで増やしても維持出来るのか。
近づいたり重なったりした時に、どこまで区別出来るのか。
実際にやってみないと分からないことばかりだ。
それがいい。
結果が最初から分かっていたら実験する意味がない。
こういう話をするのは、やっぱりオルフィアが楽しいな。
こいつ、かなりマッド気質だけど。
俺も人のことを言えない気はするが、それは置いておこう。
ひとしきり話したところで、オルフィアも少し落ち着いたらしい。
「あっ」
何かを思い出したように声を上げる。
「新しい魔法の使い方なんだけど、今から一から覚えるのは難しいと思うの」
「ああ」
そういえば、そっちが本題だったな。
戦が始まるまでに、新しい魔法の使い方を教えてくれるという話だった。
確かに、今からまったく新しい使い方を一から覚えるのは難しい。
いつ戦に出るか分からない。
父上の様子を見る限り、かなり近いとは思うが、明日なのか数日後なのか、それとももう少し先なのかまでは分からない。
教えてもらったところで、戦までに使えるようにならなければ意味がない。
なら、今までの話から考えて――。
「つまり、感知魔法か?」
「そう」
オルフィアが頷いた。
なるほど。
それなら理にかなっている。
俺はもうオルフィア式の感知魔法そのものは使える。まだ試したいことは山ほどあるし、普通の感知魔法とはかなり違う操作をする必要があるが、少なくとも一から覚えるわけじゃない。
それに戦場で、相手にバレずに感知出来るのはかなり重要だ。
普通の感知魔法だと、どうしても相手に感知魔法を使っていると気づかれる可能性がある。
こちらが相手を探っていると知られれば、それだけで動き方も変わるだろう。
逆に、向こうが気づかないままこちらだけが位置を掴めるならありがたい。
王国の国内貴族出身で、おそらく戦場経験もないだろうオルフィアにしては、かなりいい選択だと思う。
いや、魔法そのものについては俺よりよっぽど考えている奴だ。
戦場を知らなくても、使える魔法を選ぶことは出来るか。
オルフィアは少しだけこちらの様子を窺うようにしてから、口を開いた。
「ねぇ、平民を感知出来れば役に立つ?」
ん?平民を?
なんでそんな不安そうに聞くんだ?
「役に立つな。平民は戦力としては騎士に劣るが、決して無能ではないからな」
「そうなの?」
「ああ」
平民は魔法を使えない。
だから、戦力として見れば騎士の方がずっと重い。
そこはどうしようもない。
だが、だからといって戦場に平民がいないわけじゃない。
「陣地を作るのにも人がいる。補給にも人がいる。そういうところにはかなりの平民が兵として使われるからな」
騎士だけで全部やるわけじゃない。
戦う奴だけが兵じゃない。
物を運ぶ奴もいるし、陣地を作る奴もいる。
魔法が使えないからといって、何も出来ないわけじゃない。
「その動きが分かれば、やれることは確実に増えるぞ」
「そうなんだ」
オルフィアがほっとしたように頷いた。
どうやら、本当に役に立つか心配していたらしい。
「これはかなり魔力を使うから誰でも使えるわけじゃないけど、ギルなら大丈夫だと思う」
「かなり魔力を使う?」
「うん」
俺なら大丈夫。
そう言われると、余計に気になるな。
「平民が感知出来るのか?」
もし出来るなら、それはかなり大きい。
今までの感知魔法では、魔力のない平民は引っかからなかった。
だが、オルフィアは首を横に振った。
「それは無理だと思う。色々試してみたけど出来なかったの」
「ん?」
出来ない?
だったら今の話はなんだったんだ?
「それならどうするんだ?」
俺が聞くと、オルフィアは何でもないことのように答えた。
「感知出来ないって事を感知すれば、どこにいるかは分かるでしょ」
「……は?」
何を言ってるんだ、こいつ。
感知出来ないことを感知する?
それは感知出来てるのか、出来てないのか、どっちなんだ。
俺が意味を掴めずにいると、オルフィアは少し考えながら続けた。
「普通の感知魔法だと魔力を感知するんだけど、私の教えた感知魔法だと、こう……紐? 糸? みたいに感知魔法を伸ばすでしょ」
「ああ」
そこは分かる。
魔力を柔らかくして、細く、小さくして伸ばす。
最初に覚えた時はかなり苦労したが、今ならもう感覚は分かる。
「それを周り全部に張り巡らすの」
「周り全部に?」
「うん」
頭の中で想像してみる。
一本だけじゃない。
目の前の誰かに繋ぐわけでもない。
自分を中心に、細い感知魔法を四方八方へ伸ばしていく。
それも、周り全部。
……待てよ。
もし、それを隙間なく張り巡らしたとして。
魔力を持っている相手なら、普通に感知出来る。
だが、平民には魔力がない。
なら――。
「つまり、その張り巡らした感知魔法の穴には平民がいるってことか?」
俺が言うと、オルフィアの顔が一気に明るくなった。
「そう! そうなの! 普通の感知魔法だと穴が分からないけど、あのやり方なら穴が分かるの!」
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