第二百三十三話 若様、笑ってますぜ
大広間を出ると、そのまま普段使っている部屋へ向かった。
結局、特に怒られなかったな。
勝手な外出は禁止されたが、謹慎でもないらしい。それどころか、ルディア家の者たちを受け入れることまで認めてもらえた。
うむ。
問題無しだ。
父上が何に俺を使うつもりなのかはともかく、それまでは大人しくしていればいい。
簡単な話だな。
そんなことを考えながら部屋へ戻る。
中へ入ると、セバスチャンだけではなく、オルフィアとシルフィア、それについでにジルベッドまで待っていた。
俺を見るなり、セバスチャンが口を開く。
「どうでした?」
「問題無しだ」
笑顔で答えてやった。
これだけは自信を持って言える。
父上から殴られたわけでもないし、怒鳴られたわけでもない。勝手に決めたルディア家の話も認められた。
どう考えても問題無しだろう。
ところが、セバスチャンは俺の顔を見たまま、
「本当ですかい?」
と疑わしそうに聞いてきた。
失礼な奴め。
「ああ。しばらく大人しくしろ、勝手に外出するなと言われただけだ」
「ふむ……それなら、まぁ大丈夫みたいですな」
セバスチャンも納得したように頷いた。
ほら見ろ。
やっぱり問題無い。
その横で、オルフィアが少し落ち着かない様子で俺を見ていた。
「あの、ギル」
「ん?」
オルフィアは一度俺の顔を見てから、はっきりと頭を下げた。
「父様の仇を討ってくれて、ありがとう」
ああ。
それか。
「やめろ、めんどくさい。それより悪かったな」
俺がそう言うと、頭を上げたオルフィアがきょとんとした。
何を謝られたのか分からないらしい。
「お前が自分で殺したかっただろうに、勝手に殺して」
父親を殺した相手だ。
自分で殺したかった可能性は十分にある。
俺はその辺を確認する前にゲルディアを殺してしまった。
まあ、あの時は俺がもう飽きてたから仕方ないんだが、それとこれとは別だ。
オルフィアはしばらく俺を見ていた。
それから、笑顔で頷く。
「ううん。やっぱりありがとう。感謝してる」
そうか。
本人がいいならいいか。
俺が気にすることでもない。
「ああ、それと、お前に従うルディア家の者たちの受け入れも認めてもらった。シルフィア、早めに手紙出しとけよ」
「あ、ありがとう!」
オルフィアの声が大きくなる。
シルフィアもすぐに姿勢を正した。
「は、はい。大至急、手紙を書きます」
よし。
これでルディア家の連中については、俺が勝手に言っただけじゃなくなった。
父上も認めた。
あとはシルフィアが父親へ知らせて、来たい奴が来ればいい。
何人来るのかは知らないが、一人や二人より多い方が何かと使えるだろう。
ふと見ると、ジルベッドが後ろでなんか泣きそうな顔をしていた。
変な奴。
別に泣くようなことでもないだろう。
俺はジルベッドから視線を外し、セバスチャンを見る。
「セバス、それと戦支度しとけ。出来るだけ早めにな」
今度は空気が変わった。
オルフィアとシルフィアが揃って俺を見る。
「戦……?」
オルフィアが小さく呟いた。
シルフィアも口を開きかけたが、その前にセバスチャンが俺へ聞いてきた。
「なりやすか?」
「ああ、なる」
迷わず答える。
「それも思ったより早くなりそうだ。俺をマバール城に戻す暇もないぐらいだからな」
セバスチャンの目が少し細くなった。
「お館様から何か言われたんで?」
「戦になるとは言われてない」
「なら、どうして?」
今度はオルフィアだった。
俺はさっきの大広間を思い出す。
「父上に聞かれた。王国と戦になると思うかってな」
オルフィアの表情から笑みが消えた。
シルフィアも黙る。
「それだけじゃない。どこまで攻め込めるか、善良王を殺せるかまで聞かれた」
「……善良王を?」
「ああ」
部屋が静かになった。
さっきまでルディア家の話で少し緩んでいた空気が、今度は一気に重くなる。
セバスチャンだけは驚いた顔をしなかった。
「それで、なんと?」
「王都までは攻め込めると答えた。ただし占領は無理だ。それと、善良王は殺すより先に降伏させた方がいいとも言った」
「お館様は?」
「何も反対しなかった。文官の代表も武官の長も問題ないってさ。諜報の奴も頷いてた」
セバスチャンがゆっくり息を吐いた。
「なるほど……そいつぁ、確かに近そうですな」
「だろ?」
大人しくしていろというだけなら、別にマバール城でもいい。
俺はどこにいたって、大人しくすること自体は出来る。
なのに父上は俺をここへ留めた。
しかも、その直前に王都まで攻め込めるか、善良王を殺せるかまで確認している。
偶然とは思えない。
「父上は最後に、俺を使うって言った」
「使う、ですかい」
「ああ。だから俺をここから出したくないんだろう」
セバスチャンの口元が少し上がった。
「王国から戻ったばかりだってのに、今度は正面から戻ることになるかもしれやせんな」
「今度は散歩じゃなくなるな」
「そいつぁ残念ですなぁ」
「何がだよ」
「散歩なら勝手に行けやすが、戦なら命令を待たねぇといけやせん」
俺は思わず笑った。
「お前、俺より勝手だな」
「あっしは若様についてっただけですぜ」
「その言い訳、次は父上の前で言えよ」
「そいつぁ遠慮しときやす」
セバスチャンは肩を揺らしたが、すぐに顔を戻した。
「それで、本当に王都まで行くつもりで?」
「命令されればな」
「途中で止まれと言われりゃ?」
「止まる」
「善良王を殺せと言われりゃ?」
「殺す」
俺が答えると、オルフィアが息を詰めたように見えた。
シルフィアも俺を見ている。
別に怖がらせたいわけじゃない。
聞かれたから答えただけだ。
「ただ、出来れば生かしたまま降伏させたい。殺した後に誰と話をつけるか分からなくなるのは面倒だからな」
セバスチャンは小さく頷いた。
「戦は終わらせねぇと意味がありやせんからな」
「ああ。王都まで行って全部壊しました、でもまだ戦ってます、じゃ面倒すぎる」
俺が言うと、オルフィアが少し眉を寄せた。
「本当に、そこまでになるの?」
「分からん」
「でも、ギルはなると思ってるんでしょ?」
「ああ」
そこだけは誤魔化す必要もない。
「父上が俺にそんな質問をして、そのまま城に残れって言ったんだ。何も起きない方が不自然だろ」
オルフィアは黙った。
シルフィアも何かを考えるように視線を落とす。
その横でセバスチャンが腕を組んだ。
「あっしらが散歩中は、騎士どもはゆっくり休ませておりましたから問題はありやせん」
「全員動けるか?」
「急に叩き起こして王国へ行けって言われても、文句を言う奴はいねぇでしょうな」
「ならいい」
俺は頷いた。
「よし。お前も少し休め。もしかすると王都まで攻めることになるぞ」
「へい」
「今休めるうちに休んどけ。始まったら、たぶんゆっくり寝てる暇は減る」
「若様もですぜ」
「俺は大丈夫だ」
「そう言って無茶すんのが若様でしょうが」
「お前が言うな」
セバスチャンがにやっと笑う。
すると、その横からシルフィアが一歩前へ出た。
「あ、あの、私も――」
「いや」
何を言うつもりなのかは分かったので、最後まで聞く前に止めた。
「お前はルディア家の騎士だ。ルディア家はマバール家の家臣でもなんでもないから、お前は連れてはいけない。オルフィアの側でオルフィアを護れ」
「ですが、戦になるなら――」
「だからだ」
シルフィアが言葉を止める。
「戦になったからって、誰でも勝手に連れて行けるわけじゃない。お前は俺の騎士じゃない」
シルフィアはそれなりに実力もある。
一緒に戦ったところで邪魔になるとは思わない。
だが、実力の問題じゃない。
こいつはルディア家の騎士だ。
正確には、マバール家とは何の関係もない。
それを俺の判断だけで連れていくのはまずいだろう。
「それに、オルフィアもまだ正式な帝国貴族じゃない」
俺はオルフィアへ視線を向けた。
「今のお前は帝国への亡命希望者だ。ルディア家の者たちを受け入れることは認めてもらったが、それで今日から全部決まったわけじゃない」
「うん」
「だからシルフィアはお前の側に置いとけ。戦が始まったら、俺たちのことは気にするな」
「……分かった」
オルフィアが頷く。
シルフィアはまだ何か言いたそうだったが、最後には頭を下げた。
「承知しました。オルフィア様をお護りします」
「それでいい」
本当なら、俺もマバール城へ戻りたいんだけどなぁ。
レティシアにも会いたいし、妊娠中のダリアやリエリエールにも会いたい。
だが、父上から勝手な外出を禁じられている。
それに、今ここを離れて、女に会っている間に開戦なんてごめんだ。
せっかく父上が俺を使うつもりでここへ置いたらしいのに、その時になってマバール城にいますでは格好がつかない。
まあ、レティシアたちはマバール城にいる限り安全だろう。
そこは安心していい。
「若様」
「ん?」
「笑ってますぜ」
セバスチャンだった。
俺はそちらを見る。
「お前も笑ってるだろ」
「そうですかい?」
「その顔で言うな」
いつもの、何か面白いものでも見つけた時のにやにや笑いとは違う。
口元は笑っている。
だが、目まで妙にぎらついて見えた。
ギラギラした笑顔だ。
たぶん、俺も似たような顔をしているんだろう。
王国へ行って帰ってきたばかりだというのに、今度は戦か。
それも、今度はこそこそ歩き回るんじゃない。
父上が本当に俺を使うなら、マバール家の騎士たちを連れて王国へ入ることになる。
「今度は赤い布を巻いて歩く必要もなさそうですな」
セバスチャンが言った。
「戦になれば隠れる必要ないからな」
「堂々と王国へ行けるってわけですかい」
「ああ。そっちの方が楽だ」
「違ぇねぇ」
セバスチャンが笑う。
それを見たオルフィアが呆れたように俺たちを交互に見た。
「なんで二人ともそんなに楽しそうなの?」
「楽しいか?」
「笑ってるじゃない」
「セバスが先に笑った」
「若様でしょうが」
「どっちでもいいよ!」
オルフィアの声が少し大きくなった。
その声で、俺たちの笑いも少しだけ収まる。
だが、身体の奥にある妙な熱さまでは消えなかった。
「ねえ、どれくらいで戦になるの?」
オルフィアが改めて聞いてくる。
「さあな。早ければ数日から数週間、遅くても一月後ぐらいだろ」
「そんなに早いの?」
「たぶんだけどな」
「根拠は?」
「父上」
「それだけ?」
「それで十分だろ」
オルフィアが眉を寄せる。
「準備に時間がかかるかもしれないじゃない」
「だから数日から一月って言ってる」
「一月でも早いよ」
「戦なんて始まる時はそんなもんじゃないか?」
俺には正確な日なんて分からない。
どの程度で準備が終わるか次第だ。
俺には見えていない話も当然ある。
だが、準備万端で大人しく待ち続けるような父上とは思えない。
「父上が俺に王都まで行けるか聞いたんだぞ。必要になってから考えるための質問には聞こえなかった」
俺が言うと、セバスチャンも頷いた。
「使う場所まで考え始めてるってことですかい」
「たぶんな」
「なら、寝られるうちに寝といた方がよさそうですな」
「ああ。だから休めって言っただろ」
「へいへい」
セバスチャンの返事を聞いて、オルフィアが腕を組んだ。
「うーん、早ければ数日か……」
「だから、たぶんだって」
「分かってる」
しばらく唸っていたオルフィアが、突然顔を上げた。
「よし!」
何だ?
「なら、その間に新しい魔法の使い方教えてあげる。覚えられるかは分からないけど」
笑顔で言ってきた。
不器用な奴だなぁ。
感謝ならさっきので充分なんだが。
俺は別に、オルフィアに感謝されたくてゲルディアを殺したわけじゃない。
面白そうだから首を突っ込んで、そのまま最後までやっただけだ。
ルディア家の連中を受け入れる話だって、多い方が使い道がありそうだと思ったから父上に話した。
それでも、せっかく教えてくれると言うなら断る理由はない。
それに、戦になるなら、使えるものが一つ増えるのは悪くない。
「ああ、頼む」
俺は笑って頷いた。
「出来れば面白そうなのをな」
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