第二百三十一話 怒られる心当たりはない
俺たちはそのまま馬を走らせ、シルディア城へ辿り着いた。
見慣れた城が近づくにつれて、肩に入っていた力が少し抜ける。マバール城へ戻った時ほどではない。それでも、王国内をうろうろしていた時とは違う。ここまで戻ってくると、ようやく帰ってきたような感じがした。
隣ではシルフィアが城を見上げ、それから周囲へ視線を巡らせている。
「ここにオルフィアが……」
小さく漏れた声には、俺へ向けたというより、自分で確かめるような響きがあった。
まあ、いるはずだ。ジルベッドもいる。シルフィアにとっては、城そのものよりそっちの方が重要なんだろう。
そんなことを考えながら馬を進めていると、城の方から一人の男がこちらへ走ってきた。
ん?
俺たちの前まで来た男は、息を整えるより先に口を開いた。
「お帰りなさいませ、ギルバート様。お館様がお呼びです!」
いきなりそれか。
胸の奥で、嫌なものがすっと沈んだ。
ヤバいなぁ。
とはいえ、ここで顔に出すわけにもいかない。俺は何でもないように頷き、隣へ視線を向ける。
「分かった。セバスチャン」
当然ついて来るものだと思って言ったのだが、男はすぐに首を振った。
「いえ、ギルバート様のみと言われております」
「……うむ」
これはかなりヤバそうな雰囲気だ。
セバスチャンは俺の筆頭騎士で、しかも今回は最初から最後まで一緒にいた。そのセバスチャンすら同席させず、俺だけを呼ぶ。
横を見ると、その本人が珍しく真剣な顔をしていた。
「ヤバいですなぁ」
言うなよ。
逃げたくなるから。
俺はそれ以上セバスチャンを見ないことにして、男の後について城へ入った。
案内される廊下が、なんだかいつもより暗く感じる。
別に何かが変わったわけではないはずなのに、妙に足音まで大きく聞こえた。前を歩く男の足音と、自分の足音が交互に続いているだけなのに、その一つ一つがやたら耳につく。
うーむ。
逃げれんかなぁ?
いや、無理か。
ここで逃げたら絶対に怒られる。
そもそも、怒られるようなことをした覚えは……いや、結構長い間、行方不明みたいな状態ではあったな。
でも、それだけだ。
ちょっと城を吹き飛ばしたくらいだ。
あれは王国貴族の城だし、そんなに大きくもなかった。問題ないだろう。
となると、あの料理自慢の宿屋に関わった件か?
確かに貴族らしいかと言われると、あまり貴族らしくはない気がする。料理が美味くなって酒まで良くなって、本人たちも楽しそうだったから、別にいいと思うんだが。
それとも、ルディア領の人間に勝手に来いと言ったことか。
……いや、それもまだ大丈夫だ。
シルフィアはまだ手紙を出していない。つまり、まだ誰も来ていない。
うむ。
やっぱり怒られる心当たりはないなぁ。
ということは、怒られない?
もしかして褒められる?
そう考えると、さっきまで暗く感じていた廊下が少し明るくなったような気がした。
いや、待て。
王国まで行ったわりに、やったのは王国貴族一人、それも分家の一人だけだ。
少なすぎたかな?
もっと大きな城を吹き飛ばすべきだったかもしれない。
そんなことを考えているうちに、大広間の前まで来てしまった。
扉が開かれる。
中を見た瞬間、さっきまで勝手に軽くなっていた気分が、また元に戻った。
父上だけじゃない。
普段なら、父上に呼ばれたからといってここまで揃うことはない。少なくとも、俺一人の帰還を迎えるだけの顔ぶれじゃない。誰か一人と話すだけなら、その一人のところへ行けば済む。
なのに今日は、違う。
武官たちの長。文官たちの代表。諜報を司る男。
さすがにメイド長はいないが、マバール家がどう動くかを決める時に顔を揃える者たちのほとんどがいる。
その一番奥、上座の大きな椅子に父上が座っていた。
目が合う。
じっと見られている。
回れ右して逃げたい。
だが、ここまで来てそれをやったら、本当に怒られるだろう。
俺は意識して胸を張った。
こういう時は堂々としている方がいい。たぶん。
出来るだけ普段通りに見えるように、そのまま真っ直ぐ進んでいく。
「父上、戻りました」
少し大きめの声で言った。
怒られるのか、褒められるのかは分からない。だからこそ、変に縮こまるより堂々としておいた方がいい。
父上は俺を見たまま、
「うむ」
とだけ頷いた。
それだけだった。
周りの者たちも黙って俺を見ている。誰もにこりともしない。
武官の長も、文官たちの代表も、諜報を司る男も、誰一人として先に口を開こうとしない。大広間の中へ入った時より、自分の立つ場所だけ妙に広くなったような気がする。
……やっぱり怒られるのか?
いや、まだ分からん。
俺は一か八か、こちらから聞いてみることにした。
「お呼びと聞き参りましたが、なんでしょう?」
父上は動かなかった。
代わりに、文官たちの代表の男が静かに口を開く。
「ギルバート様、お館様に何か報告はありませんかな?」
報告。
うーん。
ルディア領の者たちのことは話しておきたいし、お願いしたいこともある。だが、それは報告というより相談に近い気がする。
なら、まずは見てきたことか。
「王国貴族の多くは、戦乱の気配を感じ、徐々に備えているようです」
俺が王国内を動いていて感じたことを、そのまま口にする。
実際、王国内を散歩している間、表立って税を増やす者、裏で食料を確保する者などさまざまな動きをする貴族たちがいた。もちろん全員じゃないし、俺が見た範囲だけだ。だから余計な断定はせず、見たままの感触だけを伝える。
これくらいかなぁ。
そう思ったのだが、文官代表は少しも話を終える様子を見せなかった。
「それ以外は?」
まだあるのか。
うーん……ああ、一応あれも言っておくか。
「王国内に変な思想が広まり始めているようです。なんでも、力より話し合いを重視しようとする思想で」
俺がそう言うと、文官代表は小さく頷いた。
「はい、そのようですね」
なんだ。知ってたのか。
なら、ついでにこっちも言っておこう。
「どうやら善良王の影響があるようです。ルディア家の分家当主が、そのようなことを言っておりました」
今度は文官代表の反応が変わった。
「善良王? 本当ですか?」
こっちは知らなかったらしい。
「おそらくですが、無関係とは思えません」
俺が断定を避けて答えると、文官代表は口を閉じた。
「ふむ……」
そのまま考え込む。
すると、待っていたかのように武官の長が口を開いた。
「城を吹き飛ばしたそうですな」
「ああ、それか。根性のない城だったな。面白くはあったが」
俺が答えると、武官の長は一瞬、ぽかんとした顔になった。
次の瞬間、声を上げて笑い始める。
「なるほど、なるほど。ギルバート様らしいですな」
何がそんなに面白いのかは分からん。
それより気になることがある。
「よく知ってるな。それなりに急いで戻ってきたのだが?」
俺が聞くと、それまで静かに控えていた諜報を司る男が、低い声で答えた。
「ルディア家の事は調べておりましたから」
そういえば、そんな話もあったな。
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