第二百三十話 これが俺の言葉だ
「そんな命令など聞く義理はない!」
男たちの中から、すぐに声が返ってきた。
うん。
まあ、そうだよな。
分かってた。
俺は小さく頷いた。
俺はこいつらの主人でも何でもない。いきなりやって来た奴に命じられたからといって、素直に言うことを聞く理由なんてないだろう。
ちゃんと話した。
シルフィアもがんばった。
それでも嫌がらせをやめるつもりはないらしい。
だったら仕方がない。
「おい、やるぞ」
隣のセバスチャンへ声をかける。
「へい」
待ってましたとばかりに笑ったセバスチャンが前へ出た。
男たちが何か言うより早く、その拳が一人の顔に叩き込まれる。
「ぶっ!」
鈍い音と一緒に男の身体が傾き、そのまま地面へ倒れた。
「な、何をする!」
頬を押さえながら男が叫ぶ。
セバスチャンは答えなかった。
倒れた男の脇腹を、そのまま蹴り飛ばす。
「ぐっ!」
「貴様!」
「暴力を!」
周りにいた男たちが一斉に騒ぎ出した。
俺も一歩前へ出る。
近くにいた一人が俺を見て何か言おうとしたので、その前にぶん殴った。
「がっ!」
拳に手応えが返ってくる。
男がよろめき、顔を押さえた。
俺はその男を見下ろしながら言った。
「これが俺の言葉だ」
「な……」
今度は腹を蹴る。
身体を折ったところでもう一度蹴れば、そのまま地面へ転がった。
さっきまであれだけ元気に喋っていた連中が、急に慌ただしく動き始める。
逃げようとする奴もいれば、こちらへ何か言おうとする奴もいる。
だが、聞く必要はない。
俺とセバスチャンは、そのまま奴らを殴った。
蹴った。
倒れたところを踏みつける。
「や、やめ――」
「うわっ!」
「分かっ――」
何か言っている。
だが、まだ早い。
さっきだって散々話したのだ。
それなのに、自分たちは正しい、暴力は使っていない、話し合う為に必要だと同じことばかり繰り返していた。
言葉だけじゃ分からないなら、別の方法で分かってもらうしかない。
俺が一人を蹴り飛ばす横で、セバスチャンも別の男を地面へ転がしている。
「ぐっ……」
「やめろ……!」
最初の勢いはもうない。
それでも俺たちは手を止めなかった。
中途半端に終わらせて、後になってやっぱり嫌がらせを続けられても面倒だ。
ここまで来たなら、ちゃんと理解してもらわないとな。
しばらくして、立っている奴はいなくなった。
地面に転がった男たちを見回す。
全員、さっきとはずいぶん顔つきが変わっている。
うむ。
そろそろいいか。
「おい」
俺が声をかけると、近くにいた男がびくっと身体を動かした。
「おっさんたちへの嫌がらせをやめるか? 続けるか?」
「わ、分かった……」
「やめる……」
「もう何もしない……」
今度はちゃんと答えが返ってきた。
さっきまでとは違う。
俺は一人ずつ眺める。
少なくとも、まだ喋れている。
死んでいる奴もいない。
「うん、誰も死んでないな」
上手くいった。
「話し合いが上手くいったな」
「そうですな。上手く話し合えましたな」
セバスチャンも満足そうに笑っている。
やっぱり話し合いというのは大事だ。
最初から殴るのではなく、ちゃんと相手の話も聞いた。
こちらの言葉も伝えた。
最後には向こうも理解してくれた。
実に平和的だ。
「う、うーん……」
後ろから妙な声がした。
振り返る。
シルフィアが首を傾げながら、地面に転がっている男たちと俺たちを交互に見ていた。
「話し合い? 話し合いなのかなぁ……」
「なんだ?」
「まぁ、誰も死んでないから一応成功?」
まだ少し迷っているようだが、さっきまでのように暴力禁止とは言わなかった。
うむ。
シルフィアも少しずつ理解してきたようだ。
目的も果たしたので、俺たちは隠れ家を後にした。
そのまま、おっさんたちのところへ一応報告に戻る。
「相手は納得した。もう大丈夫だ」
「そ、そうか……」
おっさんは俺の顔を見たまま、少し間を置いた。
「まぁ、うん、とりあえずありがとう」
なんだか歯切れが悪い。
せっかく上手く片付けてきたのに。
まあ、喜んではいるようだからいいか。
「とりあえず礼をするよ。食べていってくれ」
そう言われると少し迷った。
ここの飯は美味い。
昨日食べたばかりだが、もう一度食べていくのも悪くない。
だが、さすがにこれ以上帰るのが遅くなるとヤバい。
散歩のつもりで出てきたのに、ずいぶん長くなってしまった。
途中で色々あったとはいえ、帰らなければならないことに変わりはない。
「気持ちだけでいい」
俺は断った。
「何かあればマバール城に使いを出せ」
「マバール城?」
おっさんが妙な顔をした。
「ん?」
そういえば。
「言ってなかったか?」
「な、何を?」
「俺はギルバート・マバールだ」
おっさんの動きが止まった。
「マ、マバール……?」
「ああ」
「貴族……?」
何を今さら驚いているんだ。
そういえば、こいつらには名乗っていなかったような気もする。
まあ、別にいいだろう。
俺はそのまま踵を返した。
セバスチャンも何も言わずについてくる。シルフィアも、おっさんと俺を何度か見比べてから後ろへ続いた。
「マ、マバール……」
まだ何か言っている。
俺は振り返らず、片手だけ上げた。
「がんばれよー」
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