第二百二十九話 話せると理解出来るは別物
小屋から出てきた男たちは、誰も俺たちへ近づこうとはしなかった。
扉の前に固まったまま、警戒するようにこちらを見ている。
まあ、当然か。
前に殴られた相手が突然隠れ家までやって来て、扉を開けなければぶち破ると脅してきたのだ。俺だって少しくらいは警戒する。
それでも扉を開けたんだから、話し合う気はあるということだろう。
たぶん。
俺は横にいるシルフィアへ少し顔を寄せた。
「なぁ、やっぱり殴らないか?」
「ダメです」
即答された。
もうちょっと考えてもいいんじゃないか。
「まだ何も話してないぞ」
「だからです。まず話してください」
「分かった、分かった」
仕方がない。
俺は男たちへ向き直った。
「あのおっさんたちへの嫌がらせはやめろ」
とりあえず、用件から伝える。
これで「分かった」と言ってくれれば早い。
だが、当然というべきか、そんなに簡単には終わらなかった。
「彼らは目的を忘れ堕落したのだ!」
男の一人が声を上げた。
「見逃す事は出来ない!」
「いや、おっさんたちは楽しくやってるんだからいいだろ」
飯を作って、客に食わせて、褒められて喜んでいる。
宿も繁盛している。
俺からすれば、以前よりよほど楽しそうだった。
「それが堕落なのだ!」
返ってきたのは、さっきと大して変わらない言葉だった。
「……」
少しイラッとした。
楽しくやっている奴らを捕まえて、お前たちは間違っていると言い続けることに何の意味があるんだ。
おっさんたちが助けを求めているならともかく、自分たちで選んで飯を作っているのだ。
放っておけばいいだろう。
俺が何か言う前に、シルフィアが少し前へ出た。
「あ、あの」
男たちの視線がシルフィアへ向く。
「嫌がらせって、どんな事してるんですか?」
そういえば、そこは俺も詳しく聞いていなかった。
おっさんは嫌がらせをされていると言っていたが、何をされているのかまでは聞いていない。
男たちは顔を見合わせ、それから一人が胸を張るようにして答えた。
「食事に来る者たちに、正しい事を教えている!」
ん?
「彼らの宿に向かう道に座り込んでいる!」
んん?
「彼らの宿に向かう者たちに、行かないよう説得している!」
俺はしばらく男たちを見た。
それから、ゆっくりとシルフィアを見る。
「なぁ、これって単に殴ってないだけじゃないか?」
「う、うーん……」
シルフィアが考え込んだ。
俺の感覚では、かなり邪魔をしている。
宿に行こうとする客を捕まえて、行くなと言う。道にまで座り込んでいる。
殴って追い返していないだけで、やっていることは十分に力尽くだろう。
シルフィアも同じように感じたのか、迷いながら男たちへ顔を向けた。
「いや、それは暴力です」
「違う!」
今度は向こうが即答した。
「我々は一切手は出していない!」
「身体に触れてもいない!」
「これは暴力ではない!」
男たちが次々に言う。
シルフィアが困ったように口を閉じた。
なるほど。
こいつらの中では、殴らなければ暴力ではないらしい。
「あのなぁ」
俺は頭を掻いた。
「それは話し合いになってないだろ」
「なに?」
「結局は無理矢理自分たちに従わせようとしてるだけだろうが」
相手が宿へ行きたいと言っているのに邪魔をする。
おっさんたちが宿を続けたいと言っているのに、その客を遠ざける。
手で殴るかどうかの違いだけで、相手が自分たちの言うことを聞くまで邪魔を続けるなら、やっていることは大して変わらないだろう。
「違う!」
「一切の暴力は使っていない!」
「話し合う為に必要なのだ!」
「……」
俺は隣を見た。
セバスチャンもこちらを見ていた。
目が合う。
どちらからともなく苦笑した。
「ダメだな、これは」
「ダメですな、これは」
「あ、あの!」
俺たちの言葉を聞いたシルフィアが慌てたように前へ出た。
男たちへ両手を向けるようにして、どうにか話を続けようとする。
「とりあえずやめましょう! 絶対にやめた方がいいです!」
「我々は暴力など使っていない!」
「正しい事を伝えているだけだ!」
「彼らが目的を思い出せば済むことなのだ!」
「だから、その……」
シルフィアが言葉に詰まる。
男たちは同じようなことを繰り返している。
シルフィアが違う言葉を探して何度か話しかけても、返ってくるのは結局同じだった。
自分たちは正しい。
暴力は使っていない。
あいつらが間違っている。
どうにもならんな。
「シルフィア」
「……はい」
「お前の気持ちは分かるが、言葉だけでは分からん奴らもいるんだ」
「うーん、それはそうですけど……」
シルフィアは男たちを見ながら答えた。
さっきまでの勢いはない。
表情もなんか暗い。
まだ納得したくはないらしい。
すると、横からセバスチャンが口を挟んだ。
「話せると理解出来るは別物ですからなぁ」
「……」
シルフィアが黙る。
まあ、その通りだ。
言葉を交わせるからといって、互いの言葉を受け入れられるわけではない。
法律なんかでこういうことを止められるなら、また別のやり方もあるのかもしれない。
だが、この世界にはそんな法律はない。
こういう時に最後にものを言うのは、結局のところ力だ。
基本的に力こそパワーな世界だからなぁ。
俺はシルフィアへ顎をしゃくった。
「下がってろ」
「……まぁ、よくがんばりましたよね」
シルフィアは自分に言い聞かせるように呟くと、今度は素直に後ろへ下がった。
十分だろう。
最初から殴ったわけじゃない。
話した。
シルフィアにも好きなだけ話させた。
それでも駄目だった。
なら、次だ。
俺は男たちへ向き直る。
「話し合いは終わりだ」
「理不尽だ!」
「乱暴すぎる!」
そんな声が上がる。
だが、もう聞く気はない。
「乱暴で理不尽なんだよ、世の中は」
そう教えてやる。
隣では、セバスチャンがにやにやと笑いながら頷いていた。
俺は男たちを見回し、はっきりと言った。
「命じる。あのおっさんたちへの嫌がらせをやめろ!」
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