第二百二十八話 暴力禁止
俺たちは、おっさんたちと袂を分かった連中の隠れ家とやらにやって来た。
さすがに隠れ家だけあって街道からはかなり離れている。森の中を進んだ先に、小屋がひっそりと佇んでいた。
おっさんから詳しい場所を聞いていなければ、俺たちでもたどり着くのには少し苦労したかもしれない。
まあ、隠れ家なんだから簡単に見つかる方がおかしいか。
俺は小屋を眺めながら足を止めた。
「さて、話してみるか」
ここまで来た目的はそれだ。
昨日、おっさんは、自分たちと袂を分かった連中が宿へ嫌がらせをしていると言っていた。殺すのはごめんだ、とも言っていた。
なら、とりあえず話してみればいい。分かるならそれで終わりだし、分からなければ、その時はその時だ。
俺が小屋へ向かおうとすると、横からシルフィアの声が飛んできた。
「ちょっと待ってください」
「ん?」
振り向くと、シルフィアが妙に疑わしそうな顔で俺を見ている。
「確認ですけど、話し合うんですよね?」
「もちろんだ」
何を当たり前のことを聞いているんだ。
俺は素直に頷いた。
だが、それだけでは安心できなかったらしい。シルフィアは俺の顔をじっと見たまま、もう一度聞いてくる。
「どうやって話し合うんですか?」
「どうやってって……まずは話し合うつもりだぞ」
「ええ。それからは?」
「ん?」
それから?
少し考える。相手が素直に分かってくれればそれで終わる。分からなかった場合は、まあ、仕方がない。
「相手次第だが、とりあえずは殴るくらいにしとくつもりだ」
「違います!」
いきなり強い声で否定された。
「話して説得しなきゃダメじゃないですか!」
「いや、だから最初は話すぞ」
「その後に殴ったらダメなんです!」
「だが、おっさんたちも、話し合うには力が必要だと言ってたぞ」
「力で解決したらダメとも言ってましたよ!」
そうだったか?
昨日のおっさんの言葉を思い返す。
話し合う為の力はいるが、力で解決するのはごめんだ。
確か、そんなことを言っていた。
だが、その後には殺される覚悟はあるが、殺すのはごめんだとも言っていた。
「殺すな、と言ってただけだろ。生きていれば大丈夫だ。たぶん」
「ダメです! 暴力禁止です!」
「いや、それはめんどくさくないか?」
「そうやってめんどくさがるからダメなんです!」
シルフィアが食い下がってくる。
俺としては、かなり譲っているつもりなんだが。
まず話す。それでも分からなければ殴る。実に順序立った話ではないだろうか。
「でもなぁ、おっさんは殺すのはダメとしか言ってなかったぞ」
「そういう意味じゃありません!」
うーむ。なかなか厳しい。
俺とシルフィアが小屋の前でそんな話を続けていると、不意に扉が開いた。
少しだけ開いた隙間から、男が顔を覗かせる。
まあ、こんなところで騒いでいれば当たり前か。隠れ家の前まで来て、暴力禁止だの殴るだのと言い合っているのだ。
「あっ!」
男の顔を見たシルフィアが声を上げた。
向こうも俺たちを見て目を見開く。
「お前たちは!」
知っているらしい。
俺は男とシルフィアを交互に見た。
「なんだ、知り合いか?」
「いえ、以前殴ってましたよ」
「ん? うーむ?」
そうだっけ?
言われて男の顔を見るが、はっきりとは思い出せない。殴ったと言われれば殴ったような気もする。
俺が考えている間に、男はさっと顔を引っ込めて扉を閉めた。
直後、小屋の中が急に騒がしくなる。ばたばたと動く音に混じって、声まで聞こえてきた。
「あ、あいつだ! あの変人だ!」
変人?
「あいつもいる! あの変な女だ!」
変な女?
俺が眉を寄せたところへ、続きが聞こえてくる。
「あの、いつも黙ってじっと見てるだけの女だ!」
俺はゆっくりと横を向いた。
シルフィアがいた。
目が合う。
「……」
「……」
俺が黙って見ていると、シルフィアは少し視線を逸らした。
「だって、調査してたんだもん。あんまり仲良くなれないし、でも見逃せないし、仕方なかったもん……」
ぶつぶつと言い訳を始める。
なるほど。向こうから見れば、黙ってじっと見てくる変な女だったらしい。
俺が変人で、シルフィアが変な女。
セバスチャンについて何も言われていないのが少し納得いかない。こいつも十分変だろ。
さて、どうするかな。
閉じた扉を見ていると、中から声がした。
「か、帰れ! お前たちとは関わりたくない!」
そこまではっきり言われると、ちょっと傷つくなぁ。
今日は話し合いに来ただけなのに。
「あー、まあ、なんだ。とりあえず開けろ。まず話し合ってやるから」
できるだけ優しく声をかけてやった。
「いやだ! 帰れ!」
即答だった。
「……あのなぁ。優しい俺でも怒るぞ」
せっかく穏便に済ませようとしているのに、この態度はどうなんだ。
俺が少し声を低くすると、シルフィアが慌てて口を開いた。
「あ、あの、とりあえず開けてください。とにかく開けてください。がんばりますけど、あんまり自信ないんで」
なんだ、その説得は。
何をがんばるのかも分からないし、自信がないことまで相手に教える必要はないだろう。
当然のように扉は開かない。
ふと見ると、少し離れたところでセバスチャンがこちらを見ていた。
「おい、お前もなんか言え」
「へい」
セバスチャンが一歩前へ出る。
そして閉じた扉へ向かって怒鳴った。
「開けねぇとぶち破るぞ!」
森の中に声が響く。
しばらくして、閉じていた扉がゆっくりと開いた。
中から男たちが出てくる。
さっきまで何を言っても開けなかったのに。
俺が横を見ると、セバスチャンはにやにやと笑っていた。
「こっちの方が手っ取り早いですぜ」
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