第二百二十七話 話し合う為の力
なるほどな。
そういう流れだったのか。
俺は酒杯を傾けながら、昼間食べた料理を思い出した。
それなら、料理を食った連中の気持ちも分かる。
はっきり言って、ここの料理はかなり美味い。
前にいた時から上達は早かったが、今となってはマバール城で普段食べている料理に匹敵しそうなほどだ。全部とは言わないが、料理によってはこっちの方が美味いものまであるかもしれない。
それにしても、なんでこいつらはこんなに料理が上手いんだろうな。
元々、料理人を集めた連中でもなかったはずだ。
俺たちがいた頃だって、教えたことを妙に真剣な顔で試していた。
誰かが何かを覚えると、他の奴まで一緒になってやっていた気もする。
前世でも厨房って、なんというか軍隊的というか、体育会系っぽいところがあるイメージだったな。
声を掛け合って、決められたことを素早くやって、周りの動きを見ながら自分も動く。
そういう意味では、こいつらに向いていたんだろうか。
まぁ、俺の勝手な想像だけど。
おっさんは少し黙って酒を飲んでいたが、やがて酒杯を膝の上へ下ろした。
「ただな」
さっきまで楽しそうだった声が、少しだけ変わる。
「そんな我々を、邪道だ、目的を忘れているって言う連中もいてね」
「ああ、それで出て行ったのか」
「そういうことだ」
おっさんは苦笑した。
「そいつらからすれば、宿屋を繁盛させて料理を食べせさて喜んでる我々なんて、何をやってるんだって感じだったんだろうな」
うん。
正直、目的は忘れてるな。
いや、正しくは目的が変わったのかもしれん。
崇高な目的とやらのために料理を作っていたはずが、いつの間にか美味い料理を作って客に喜んでもらう方が楽しくなった。
実際、昼間のおっさんたちはそっちの方が生き生きして見えた。
なら別にいいと思うけどな。
「まぁ、楽しくやれてるんならいいんじゃないか?」
俺が言うと、おっさんは一度頷いた。
「ああ、楽しくはやれている」
そこで言葉が切れる。
さっきまで笑っていた顔から、少しだけ明るさが消えた。
「今はな」
ん?
俺は酒杯を止めた。
「なんか問題でもあるのか?」
「実は出て行った連中が、ちょっと嫌がらせをしてきてな」
「嫌がらせ?」
「ああ。まぁ、大したことはないんだがね」
そう言って、おっさんはまた酒を口へ運んだ。
大したことはないと言う割に、さっきまでとは飲み方が違うように見える。
詳しく何をされたのかまでは話さない。
俺も今のところ、そこまで聞く気はなかった。
ただ、少し引っかかる。
「ふーん」
俺は椅子の背へ身体を預けた。
「なんかあんたたち、話し合おうと言う割には結構力尽くだよなぁ」
ゲルディアもそうだった。
新しい価値観だの、強い者だけで決めないだの、色々と立派なことを言っていた。
その結果、兄を正したとか言って殺している。
今度は同じような考えを持っていた連中が、方針の違う仲間へ嫌がらせか。
なんなんだろうな。
俺の言葉を聞いたおっさんは、すぐには返さなかった。
酒杯を見つめたまま、少し黙っている。
「ああ」
やがて、小さく頷いた。
「それにも悩んでいる」
顔を上げたおっさんには、さっき料理の話をしていた時の笑みはなかった。
「力じゃなく、話し合いで解決する。それが素晴らしいと思って協力してたんだ」
「うん」
「でも、話し合えないなら結局は力尽くになるんだと思うと、どっと疲れてな」
おっさんは息を吐いた。
なるほど。
そこはこいつ自身も引っかかっていたのか。
ただ、俺からすれば解決方法は簡単だ。
「あんたらの方が、出て行った連中より多いんだろ?」
「ああ」
「ボコればいいだろ」
人数で勝っているなら、嫌がらせができないくらい傷めつけてしまえばいい。
俺ならそうする。
少なくとも毎回嫌がらせされて悩むよりは早い。
ところがおっさんは、俺の言葉を聞くと首を横に振った。
「いや」
酒杯を置く。
さっきまで少し疲れて見えた男が、そこで背筋を伸ばした。
「話し合う為の力はいるが、力で解決するのはごめんだ」
胸を張って、はっきりと言う。
「それでは意味がない」
俺は黙っておっさんを見た。
なんか。
ゲルディアより、このおっさんの方がまともに見えるな。
あいつは自分の兄を力で排除しておいて、それを正したと言っていた。
こっちは嫌がらせを受けている側なのに、力で黙らせたら意味がないと言う。
同じように話し合いを大事にしているはずなのに、ずいぶん違うものだ。
「ふむ」
立派ではある。
ただ、俺には一つ気になる。
「それは立派だが、殺されては意味がないんじゃないか?」
話し合いを大事にするのは好きにすればいい。
だが、相手がそのつもりじゃなかったらどうする。
自分は殴らない。
相手は殴る。
それでは一方的にやられるだけだ。
おっさんは俺の言葉を聞いても、迷わなかった。
「殺される覚悟はある」
一度言葉を切る。
「だが、殺すのはごめんだ」
きっぱりと言い切った。
俺は思わず、おっさんの顔をじっと見た。
強がっているようには見えない。
酒が入って勢いで言ったようにも聞こえなかった。
自分でそうすると決めている。
ただそれだけらしい。
なんか、かっこいいな。
俺には真似できそうにないけど。
俺なら殺されそうになったら普通に殺す。
むしろ殺される前にどうにかする。
それでも、自分が信じたことのためにそこまで言い切れるのは、素直にすごいと思った。
俺は少し考えてから口を開いた。
「ふむ。その連中の居場所は分かるか?」
おっさんが瞬きをした。
「え?」
「出て行った連中だ」
「あ、ああ」
突然話が変わったように感じたのか、おっさんは少し戸惑いながら頷く。
「おそらくだが、以前使っていた隠れ家にいると思う」
「そうか」
居場所が分かるなら早い。
俺は酒杯を置いた。
「なら俺が説得してやろう」
「……え?」
おっさんの顔が固まった。
なんだ。
せっかく手伝ってやると言ってるのに。
「あ、いや、その……」
おっさんの視線が俺とセバスチャンの間を行き来する。
「なんだよ」
「殺すのはちょっと……」
何を言ってるんだこいつ。
「あのなぁ、俺は平和主義だぞ。殺したりせん」
おっさんがなんとも言えない顔になった。
シルフィアまで横から俺を見ている。
なんだその顔は。
「大丈夫だ、任せろ」
ちゃんと話をして、分かってもらえばいい。
別に殺す必要なんてない。
俺は本当に平和的に解決するつもりだ。
ただ、考えを変えるまで殴るくらいはするけどな。
次の更新は明日、5時となります。




