第二百二十五話 こっちの方が楽しい
シルフィアは建物を見上げたまま、どうにも落ち着かない様子だった。
対して、俺とセバスチャンは特に迷うこともなく、そのまま馬から降りて入口へ向かう。馬は、まぁ、その辺に繋いでおけば大丈夫だろ。
「え、本当に入るんですか?」
「ここまで来て帰る理由がないだろ」
「ありますよ!」
後ろからそんな声が飛んできたが、もう扉の前だ。
俺が中へ入ると、まず人の声が耳に入った。
思っていた以上に賑やかだ。
以前のような、何をする場所なのか分からない薄暗い空間とはまるで違う。
中はしっかり食堂になっていた。
広い。
前に見た時よりも明らかに広くなっているし、並べられた卓も多い。そのほとんどが人で埋まっていて、あちこちから話し声や笑い声が重なっている。
料理の匂いも濃い。
肉を焼いた匂いに、煮込んだものらしい匂いが混じっている。
酒の匂いまで漂ってくる。
おお。
これは本当に宿屋っぽいな。
俺が中を見回していると、近くにいた男がこちらを見た。
目が合う。
男の動きが止まった。
その隣にいた男も俺を見る。
さらにその奥にいた奴までこっちを見て、揃って妙な顔をした。
驚いている。
そんなに驚くことか?
「よう、なかなかがんばってるな」
とりあえず気楽に声をかけてみる。
すると、固まっていた男たちが一斉に動き出した。
「あっ、貴方達、来てくれたのか!」
「本当に来た!」
「おい、見ろ!」
なんだ。
歓迎されてるじゃないか。
ほら見ろ、シルフィア。
俺は何も間違ってない。
振り返ると、シルフィアだけが入口近くで立ち止まっていた。
なんとも言えない顔で俺たちを見ている。
とりあえず放っておこう。
「ずいぶんと変わったな」
俺は空いている席を見つけ、そのまま椅子へ腰を下ろした。
セバスチャンも当然のように向かいへ座る。
男たちはまだ少し興奮しているようだった。
そんな連中へ、セバスチャンが顎を上げる。
「とりあえず肉と酒だ」
「ああ、すぐ持ってくる!」
返事が早い。
いいな。
こういうのでいいんだよ。
シルフィアもようやくこちらへ歩いてきたが、座ってもまだ落ち着かないらしい。
「あ、えっ、あの、えっ……」
何を言ってるんだこいつ。
「俺たちも肉と酒を頼む」
「えっ?」
「何も頼まないからだ」
「いや、そうじゃなくてですね」
何が違うのかは分からないが、男はもう厨房の方へ向かっている。
これでいい。
俺は改めて食堂を見回した。
客はかなり入っていた。
宿場町から少し離れた場所なのに、これだけ人が集まっている。
偶然ではないだろう。
わざわざここまで来て飯を食っている奴がいるということだ。
前に俺たちがいた時だって料理はかなり良くなっていた。
その後も続けていたなら、さらに上達していてもおかしくない。
期待できそうだな。
そんなことを考えていると、奥から見覚えのある男が出てきた。
ああ、あのおっさんか。
前にこの集団の中で話をしていた、リーダー格っぽいおっさんだ。
おっさんは俺たちを見ると、一瞬だけ目を丸くした。
それから、なんとも言えない顔で笑う。
「あんたたちとは、もう会えないと思っていたよ」
「なんでだ?」
俺が聞くと、おっさんは少し困ったように頬を掻いた。
「いや、まぁ、なんというか色々あったし」
色々?
そんなにあったか?
俺は記憶を探る。
確かに最後は壁を吹き飛ばして出て行った。
でも、それだけだ。
誰かを傷つけたわけでもない。
殺してもいない。
それほど大事だったとは思えん。
「ずいぶんと繁盛してるな」
俺が考えている間に、セバスチャンがおっさんへ声をかけた。
「ああ」
おっさんの顔が少し緩む。
照れたようにも見えた。
「あんたたちのおかげだよ。料理と酒にこだわれ、絶対に手を抜くな、てな」
俺とセバスチャンは顔を見合わせた。
やはりな。
俺たちの言ったことをちゃんと守ったらしい。
実にいい。
「うむ」
俺は満足して頷いた。
やればできるじゃないか。
少しして肉と酒が運ばれてきた。
まず肉を食う。
……美味い。
前よりさらに良くなっている。
焼き方も悪くないし、味もちゃんとしている。
酒もセバスチャンが黙って飲んでいるところを見ると、気に入ったのだろう。
シルフィアも最初こそ警戒していたが、結局は普通に食べ始めていた。
ほらな。
問題ないじゃないか。
腹も落ち着いたところで、俺はふと思い出した。
「なぁ」
「なんだい?」
「前にやってた崇高な目的とやらはどうしたんだ? 辞めたのか?」
俺が聞くと、おっさんは少しだけ視線を逸らした。
完全に困った顔ではない。
どちらかというと、どう説明するか迷っているように見える。
「まぁ、ぼちぼちだなぁ」
「ぼちぼち?」
「やり方が気に入らないって出て行った奴らもいるけど、ほとんどが残ってくれたよ」
へぇ。
辞めたわけではないのか。
俺が続きを待っていると、おっさんは周りを少し見た。
それから身体を寄せるようにして、小さな声で言った。
「まぁ、ほんとはこっちの方が楽しいよ」
そう言って笑う。
その顔を見る限り、本当にそう思っているらしい。
いいじゃないか。
楽しいなら。
その後も俺たちは食った。
肉だけではなく、次々と料理が運ばれてくる。
酒も何度か追加された。
男たちはやたらと張り切っていた。
俺たちが来たことが嬉しいのか、前に言ったことを守ってここまでやったのを見せたいのか、その辺は分からない。
だが、どれも悪くなかった。
むしろ美味い。
セバスチャンも遠慮なく飲んでいるし、シルフィアも途中からは食べる方に集中していた。
結局、その日は充分すぎるほど歓待された。
そして夜。
俺たちは、そのまま宿に泊まることにした。
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