第二百十九話 根性のない城
シルフィアはすぐには答えなかった。
さっきまで妙に落ち着かなかった顔が消えている。
代わりに、じっとゲルディアを見ていた。
頬を伝った涙が顎まで落ちても拭おうとしない。ただ黙ったまま、まっすぐ前だけを見ている。
なんだ?
泣いてるのか。
俺が声を掛けようか迷っていると、シルフィアがゆっくり首を横へ振った。
「いえ……」
声が少し掠れていた。
「いえ。何も……何もありません!」
「そうか」
なら、もういいな。
聞きたいこともないらしい。
俺もゲルディアの話には飽きた。
「セバスチャン、シルフィア」
「へい」
「は、はい?」
「防御魔法、目一杯展開しとけ」
シルフィアが一瞬だけ目を瞬かせた。
セバスチャンは何も聞かず、すぐに防御魔法を強める。
シルフィアも一拍遅れて身体へ魔力を巡らせた。
「な――」
ゲルディアの声が聞こえた。
俺は右手を上げ、その手のひらをゲルディアへ向ける。
「もういいから、お前死んどけ」
「なっ――!」
攻撃魔法を放った。
手のひらの先から一気に力が広がる。
真正面にいたゲルディアと、その左右に残っていた二人の男が防御魔法を展開したのが分かった。
だが、関係ない。
俺の攻撃魔法が三人をまとめて呑み込んだ。
最初に両脇の二人が消えた。
身体も、身につけていた物も、防御魔法ごと一瞬で見えなくなる。
ゲルディアだけは、ほんの一瞬耐えたように見えた。
広げた防御魔法が俺の攻撃魔法を受け止め、その表面が揺れる。
だが、それだけだった。
次の瞬間には防御魔法ごと押し潰され、そこに立っていたゲルディアの姿も消えた。
多少は弱まったのかもしれない。
でも、まあ誤差だろ。
行き場を失わなかった攻撃魔法は、そのまま後ろの壁へ食い込んだ。
分厚い石壁が崩れる暇もなく消し飛び、向こう側から外の光が差し込んでくる。
「おお」
やっぱり面白い。
せっかくだ。
俺は手の向きをずらしながら、そのまま攻撃魔法を広げていく。
横の壁が抉れる。
石が砕ける音より先に壁そのものがなくなり、そこへ支えられていた天井が大きく軋んだ。
反対側も吹き飛ばす。
床まで抉る。
さっきまで広間だった場所が、どんどんただの穴みたいになっていく。
「はっはっはっ!」
なんだこれ。
楽しいぞ。
迷宮を吹き飛ばした時とはまた違う。
人が作った建物が、俺の攻撃魔法を当てたところからどんどん消えていく。
もう一発。
その瞬間、足元がぐらりと揺れた。
「ん?」
石床が傾く。
今まで立っていた場所の下から、重いものがまとめて砕けるような音が響いた。
直後、天井が落ちた。
「あ」
上だけじゃない。
横も、足元も、広間全体が一気に崩れ始める。
壁を吹き飛ばしすぎたせいか?
床まで壊したのがまずかったか?
まあ、どっちでもいいか。
崩れてきた石と木材が視界を埋める。
俺は防御魔法をさらに強めた。
次の瞬間、頭上から瓦礫が降ってきた。
重い衝撃が防御魔法の外側を何度も叩く。
足元も抜けた。
身体が少し落ち、横から崩れてきた石に押され、そのまま大量の瓦礫に埋まっていく。
目の前が暗くなった。
ごつごつとした石が防御魔法へ当たり、その外側を滑っていく。
しばらくは何も見えない。
耳に入るのも、石がぶつかる鈍い音と、どこかで何かが潰れる音ばかりだった。
俺はそのまま待った。
動くと余計に崩れそうだしな。
それにしても、根性のない城だ。
ちょっと壁と天井と床を吹き飛ばしたぐらいで全部崩れるとは。
もっと頑丈に作っとけよ。
やがて、音が少しずつ減っていった。
最後に遠くで何か大きなものが崩れ、それから静かになる。
「……もういいか」
防御魔法は問題ない。
身体もどこも痛くない。
やっぱ大丈夫だったな。
俺は頭上へ向けて攻撃魔法を放った。
真上に積もっていた瓦礫がまとめて吹き飛ぶ。
石の隙間から光が差し込み、さらにもう一度攻撃魔法を放つと、人一人が抜けられるぐらいの穴が開いた。
そこから身体を押し上げる。
崩れた石を肩で押し退け、ようやく外へ出る。
「ふう」
服についた土埃を軽く払って周りを見る。
「おお……」
城、なくなったな。
完全になくなったわけじゃない。
端の方にはまだ壁の一部らしきものが残っているし、離れた場所には塔みたいなものも見える。
だが、俺たちがいた辺りは見事に瓦礫の山になっていた。
城の形なんてほとんど残っていない。
うん。
ちゃんと吹き飛んだ。
……あ。
そこで思い出した。
「しまった」
セバスチャンとシルフィアに、オルフィア式の感知魔法を繋いでおけばよかった。
そうすれば、埋まってもすぐ位置が分かったのに。
まあ、いっか。
俺はその場で感知魔法を展開する。
周囲へ一気に広げた感覚の中へ、魔力反応が浮かんだ。
近い。
俺が出てきた穴から少し後ろ。
二つ。
「うん」
セバスチャンとシルフィアだな。
どちらも反応は残っている。
それ以外、この辺りには魔力反応がない。
ゲルディアたちはちゃんと消し飛んだらしい。
よし。
じゃあ二人を助けてやるか。
そう思って瓦礫の山を見る。
「……これ、どうするかな」
攻撃魔法で吹き飛ばせば早い。
でも適当に撃ったら、また崩れるか?
せっかく埋まっているところをさらに深く埋めたら面倒だ。
なら瓦礫そのものを消し飛ばす?
いや、それだと二人まで巻き込むかもしれない。
セバスチャンならなんか大丈夫そうだけど、シルフィアは危ないかなぁ。
「うーむ……」
俺がどうするか考えていると、少し離れた瓦礫が突然持ち上がった。
「ん?」
次の瞬間、石が何個かまとめて横へ吹き飛ぶ。
その隙間から、土埃まみれの腕が出た。
続けて肩。
頭。
最後にセバスチャンが、瓦礫を押し退けながら這い出てきた。
「おお」
やっぱり大丈夫だったな。
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