第二百十八話 正したのだ
「聞いてから決めりゃいいんじゃないですか?」
「そ、そうですね。全て話すと言っているんですから」
セバスチャンに続いて、シルフィアまでそんなことを言い出した。
「でもなぁ……うーん」
俺は腕を組んで真剣に考える。
全部話すと言っている。
だったら、先に聞いておいた方がいいのは分かる。
だが、それと城を吹き飛ばしたいかどうかは別の話なんだよなぁ。
せっかくここまで来たのに、このまま何もせず帰るのもなんか勿体ない。
「別に、いつでも吹き飛ばせるでしょうが」
セバスチャンがなんかいい事を言った。
……ふむ。
それもそうだな。
今すぐじゃなくても城は逃げない。
「よし。話せ。全部だぞ」
俺がゲルディアを見ると、ゲルディアは何度か息を整えてから、
「う、うむ……」
と頷いた。
そして周囲の男たちへ顔を向ける。
「城から全員を逃がせ」
一瞬、男たちの動きが止まった。
「全員だぞ」
「は、はい!」
「ご当主様は?」
「私は残る」
「し、しかし!」
「構わぬ」
「では、我らも――」
「お前たちでは相手にならぬ!」
ゲルディアの声が広間に響いた。
男たちが黙り込む。
なんかごちゃごちゃやってるな。
別に中身まで吹き飛ばしたいわけじゃないから、逃げたいなら勝手に逃げればいい。
むしろ、その方が後で面倒が少なそうだ。
俺が待っている間にも、男たちは何度もゲルディアへ食い下がっていた。それでも最後には押し切られたらしく、一人、また一人と広間を出ていく。
足音が廊下の向こうへ消え、それと入れ替わるように遠くで怒鳴り声や慌ただしい物音が広がっていった。
ちゃんと逃がしてるらしい。
やがてゲルディアの周りに残ったのは二人だけになった。
一人は俺たちをここまで案内してきた男だ。
もう一人も逃げる気はないらしく、ゲルディアの少し後ろに立ったまま俺を睨んでいる。
三人とも残るのか。
物好きだなぁ。
「おい、とっとと話せ」
まだ黙っているゲルディアを急かす。
するとゲルディアは、確かめるように俺を見た。
「……話せば、城は吹き飛ばさないな?」
「とっとと話さないと、城だけじゃなく領地ごと吹き飛ばすぞ」
いつまで同じことを確認するんだ。
ゲルディアの肩から力が抜けた。
「分かった……分かったから、それだけはやめろ」
がっくり肩を落としたまま、ゲルディアはしばらく床を見ていた。
それから顔を上げる。
「……善良王陛下を、どう思う?」
「ん?」
いきなりなんだ?
「ふむ……善良な王だな。それが良いことだとは思わんが」
聞かれたので正直に答える。
善良王は善良だ。
そこは別に否定しない。
だが、俺はあの王があまり好きじゃない。
あまりにも理想的すぎる。
綺麗なものだけ見ていれば世の中が綺麗になるなら楽なんだろうが、そんなわけないだろ。
しかし、なんでいきなり善良王なんだ?
「うむ……そうだな。そうだろうな」
ゲルディアは妙に納得したように頷いた。
「陛下に仕える者たちの多くも、そう思っていよう」
なんだかよく分からん。
だが、全部話すと言ったんだから、とりあえず聞いておくか。
「ちょうどいいので、おぬしに問う」
「なんだ?」
「力が全てか?」
またそれか。
こいつ、さっきの話がよほど気になってるらしい。
「力が全てではないが、力は全てだな」
「……何?」
ゲルディアの眉間に皺が寄る。
「本当にそうか? それで良いのか? 我らはケモノではないのだぞ」
声が少しずつ強くなる。
「貴族も、騎士も、平民すらケモノではない。人だ。人間なのだぞ」
「弱者にも言い分があると言いたいのなら、それはそうだ」
「うむ!」
ゲルディアが大きく頷いた。
「そうだ。そうなのだ!」
なんでそんなに嬉しそうなんだ?
俺は別にこいつへ同意したつもりはないんだが。
「弱者にも言い分はある」
そこで一度言葉を切る。
「だが、それが通るかどうかは力次第だ」
ゲルディアの表情が固まった。
「……正しい言い分なら、通るべきだとは思わんのか?」
「どうでもいいな」
「なっ……」
「通った言い分が正しいのだ」
結局はそうだろ。
何が正しいかなんて、最後まで残った側が決める。
「それではケモノと変わらん!」
ゲルディアが怒鳴った。
また怒り始めたな。
面倒くさい奴だ。
やっぱりもぐか?
「人もケモノに過ぎん」
「何を――」
「美しい理想とやらに酔うのは勝手だがな。それだけではなんの意味もない」
話し合えばみんな分かり合える。
正しいことなら誰だって理解する。
そんなふうに考えるのは自由だ。
だが、だからって俺まで付き合う義理はない。
そもそも理想じゃ魔法も剣も止まらん。
戦場のど真ん中へ出ていって、これが正しい考えなんです、だから話し合いましょう、とでも言うつもりなのか?
普通に吹き飛ばされるだろ。
俺なら吹き飛ばす。
……ん?
そこまで考えたところで、頭の中に引っかかるものがあった。
「あいつら」
「……何?」
「あの崇高な目的とやらの集団は、善良王の考えか?」
ゲルディアの顔が歪んだ。
怒ったというより、何か嫌なものを思い出したような顔だった。
「……兄は」
「ん?」
「ルディア家本家の当主は、貴族らしい貴族だった」
ゲルディアの声が低くなる。
「古い……古臭い考えの貴族だった。力こそが大事だ、必要だと……さまざまな魔法を作ろうとした」
ゲルディアの拳が震えていた。
「正しいだけでは意味はないとな」
「ふーん」
それで分かった。
「それで殺したか」
「正しい理想のためだ!」
突然、ゲルディアが叫んだ。
広間に声が反響する。
「力ではない、新しい価値観が必要なのだ! それを理解しない兄上が悪いのだ!」
……ああ。
そういうことか。
「んで、結局は力尽くで殺したんだな」
「違う!」
ゲルディアが俺を睨みつける。
「殺したのでは無い!」
握り締めた拳を胸元まで持ち上げ、唾を飛ばす勢いで叫んだ。
「正したのだ!」
……うーん。
もういいや。
なんか一気にどうでもよくなった。
俺はゲルディアから視線を外し、隣にいるシルフィアを見る。
「なんか聞きたいことあるか?」
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