第二百十三話 散歩中の通りすがり
そう伝えると、セバスチャンは前を見たまま軽く頷いただけだった。
隣ではシルフィアが遠くの土煙と俺の顔を交互に見ている。
「すごい、あんなに遠くなのに」
「そうか?」
俺としては、いつも通り感知魔法を拡げただけだ。
……そういえば、こいつの前でちゃんと魔法を使ったのはほぼ初めてだったな。
何度か適当に使ったことはあるが、こうして離れた相手を探るような使い方を見せた覚えはほとんどない。
セバスチャンが目を細めながら前方を見ていた。
「およそ三分の一が魔力持ちですな」
「そんなもんか」
俺も目を凝らしたが、まだ遠い。
馬が蹴り上げる土煙と重なる人影のせいで、何人いるのかまではよく分からなかった。こういうところは、長年騎士をやっているセバスチャンの方が慣れている。
五つで三分の一。
それなりの人数で来たらしい。
「……なぜ来たんでしょう」
シルフィアが騎馬集団を見ながら小さく呟いた。
「あの裏切り者が教えたんでしょうか?」
「いや、単に宿屋で騒ぎすぎたからじゃないか?」
「……そうかも」
返事が妙に弱い。
俺は横目でシルフィアを見る。
どうやら酔っていた時の記憶が、まったくないわけではないらしい。
そりゃそうだろう。
宿屋で大声を出して、城を吹き飛ばすだのなんだの話していたんだ。誰かが聞いていたとしても不思議じゃない。
まして、ここは分家の領地だ。
変な三人組が城について騒いでいると知れば、誰かが城へ知らせてもおかしくない。
そんなことを考えている間にも、騎馬集団はどんどん近づいてきた。
「さて、どうするかな」
それこそまとめて吹き飛ばしてもいいんだが。
……いや、さすがに乱暴すぎるな。
向こうも俺たちを見つけている。
やがて騎馬集団は、そのまま突っ込んでくることなく、こちらからそれなりに距離を取ったところで止まった。
「ふむ」
少なくとも素人ではなさそうだ。
いきなり攻撃魔法を撃ち込まれたとしても、何かしら反応できるような距離を取っている。
まあ、俺相手だと意味はないんだが。
止まった一団の中から、一人だけ馬を進めてきた。
見たところ、一番年上だ。
全身を鎧で固めているわけではないが、身につけているものはそこそこ良さそうに見える。
馬も悪くない。
ふーん。
それなりには金があるんだな。
男は俺たちの少し前まで来ると馬を止めた。
最初に見たのはセバスチャンだった。
「どこに向かう? 我らの領に何用だ?」
セバスチャンはいつもの調子で答える。
「まぁ、物見遊山みたいなもんだ。とりあえず城があるみたいだから、少し見物でもしようかと思ってな」
うん。
まあ、間違ってはいない。
見てから何かするかもしれんけど。
男はセバスチャンの話を聞きながら、俺とシルフィアにも視線を向けていた。
さて。
どうしようかな。
「城を見てどうする?」
「さぁ、とりあえずは見るだけだ」
セバスチャンが平然と答える。
うん、目的は言えないよなぁ。
そもそも俺自身、城を見た後で何をするかまだ決めていない。
男の視線が一度シルフィアで止まった。
だが、すぐに俺へ戻ってくる。
それから妙にじろじろと見てきた。
……おっさんに見られても嬉しくないな。
「ふむ」
どうせなら聞いてしまうか。
「おい、お前ら分家に仕える騎士か?」
男の眉が寄った。
「なぜ聞きたい?」
「城に案内しろ」
「……なぜ案内せねばならん」
セバスチャンは黙っている。
シルフィアは少し目を瞬いて俺を見たが、今は無視だ。
「別に嫌ならいい。勝手に行くから」
俺は親切に理由まで教えてやる。
「お前らに案内させた方が手っ取り早いと思っただけだ」
なぜか男はますます俺を睨んできた。
「……名は?」
「名乗れん」
正直に答えると、男の顔が少し赤くなった。
「名乗りもしない奴を案内すると思うか?」
「だから嫌なら構わん。勝手に行く」
また赤くなった。
なんなんだ、こいつ。
「行かせると思うか?」
「だから勝手に行くって言ってるだろ」
話が進まない。
「止めたきゃ勝手に止めろ。止められるならな」
男の手が腰の剣へ伸びかけた。
仕方ない。
ほんの少しだけ、魔力を解放する。
別に攻撃するつもりはない。
本当に、ただ少し魔力を解放しただけだ。
俺は優しいからな。
「っ!」
一番近くにいた男の馬が突然大きく首を振った。
前脚が跳ね上がり、竿立ちになる。
「うおっ!」
男の身体が鞍から外れ、そのまま地面へ落ちた。
後ろでも馬の嘶きが次々に重なる。
落馬する者まではいなかったが、騎手たちは手綱を強く引き、暴れかけた馬を必死に宥めていた。
男たちの顔も青ざめている。
魔力持ちなら魔力はなんとなく感じる。
魔力を持たない平民でも、これくらいならぼんやりとは感じるらしい。
横を見る。
セバスチャンは小さく笑っていた。
その隣で、なぜかシルフィアまで青ざめている。
……何してるんだよ、お前は。
「んで、どうする? 俺はどっちでも構わん」
地面へ落ちた男は、すぐには立ち上がらなかった。
青ざめた顔でこちらを見上げている。
「ま、待て。少し待ってくれ」
「嫌だ。面倒くさいからもう行くぞ」
馬を進めようとすると、男の声が大きくなった。
「待て! 分かった、案内する。だから、少し待ってくれ」
「うーむ」
どうするかなぁ。
まあ、いいか。
別に急いでいるわけでもない。
「早く立てよ。んで、とっとと案内しろ」
男はようやく立ち上がると、まだ落ち着かない馬の手綱を握った。
首筋を撫でたり、声をかけたりしながら何とか宥めようとしている。
ただ、どうにも体勢がおかしい。
……腰抜けてるのか?
ふとシルフィアを見る。
こっちもまだ顔が青い。
しかも口元を手で覆っている。
……吐くなよ。
俺はそっと馬をシルフィアから離した。
しばらくして、ようやく男たちの馬も落ち着きを取り戻した。
先ほど落馬した男が馬へ乗り直し、他の者たちへ短く声をかける。
騎馬の一団が向きを変えた。
その先には、俺たちが向かおうとしていた分家の城がある。
男たちは俺たちの前へ出ると、そのまま先導し始めた。
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