第二百十一話 所詮は他人事
「俺はつまらん」
言い返しながら、机に突っ伏したシルフィアを見る。
さっきまであれだけ喋り続けていたくせに、今では何を言っても反応しそうにない。頬の下で髪が乱れ、口元にはまだ細くよだれが垂れている。
さすがにそのままなのもどうかと思い、俺は机の上に置かれていた布を取った。
何に使っていたものなのかは知らない。
少なくとも、綺麗とは言い難かった。
少し汚れているどころではなく、あちこちに染みまで残っている。
まあ、かまわんだろう。
情けだ。
俺はその布をシルフィアの顔へふわりと掛けた。
これで少なくとも、よだれを垂らして潰れている顔を他の客に見られることはない。
「で、どうするんですかい?」
セバスチャンが酒杯を机へ置きながら聞いてきた。
俺はシルフィアから視線を外し、残っている料理へ手を伸ばした。
「うーん、どうするかなぁ。所詮は他人事ではあるからなぁ」
結局、それに尽きる。
俺は酒瓶を取り、自分の酒杯へ注いだ。
さっきまでシルフィアへ飲ませ続けていた酒だ。
一口飲む。
「……強いな」
舌から喉へ落ちていく酒が、はっきりと熱い。
やっぱりかなり強い。
俺は布の向こうで眠っているシルフィアをちらりと見た。
結構持ったな、こいつ。
一度二日酔いになっていたくらいだから、もっと早く潰れるかと思ったんだが。
「そうですな、他人事ですな」
セバスチャンも俺の言葉に頷く。
その顔は相変わらずだった。
こいつもさっきから随分飲んでいるはずなのに、いつものにやにや笑いが少しも崩れていない。
まったく可愛げのない奴だ。
俺はもう一口飲んでから、酒杯を軽く揺らした。
「だが、他人事なら好き勝手してもいいよなぁ」
「そうですな。城を吹き飛ばそうと」
セバスチャンが笑う。
俺もつられて口元を緩めた。
「当主をどうしようと」
「へっへっへ」
俺には別にルディア領をどうにかしなければならない理由なんてない。
ルディア領に知り合いもいないし、大して関係もない。
俺とルディア領との関係なんて、オルフィアとシルフィアくらいだ。
あっ、あとジルベッドもいたな。
それくらいだ。
分家だろうが本家だろうが、俺には関係ない。
誰が当主になろうと、誰と誰が争おうと、本来なら俺が口を出すような話でもない。
まあ、本家とやらには多少関係があるかもしれないけど。
オルフィアがいる。
シルフィアも死んだ本家の当主から直接命令を受けて動いていたと言っていたし、ジルベッドもいる。
それでも、俺がルディア家の何かを背負っているわけではない。
「本家とやらは本当に知らんかったんですねぇ」
不意にセバスチャンが言った。
俺は返事をしなかった。
残っていた酒に口をつける。
シルフィアは知らなかった。
あいつの話では、本家の当主が死んだこと自体は知らされていたが、どこで死んだかまでは聞かされていなかった。
しかも、死んだ場所は分家の城だった。
それを知らせるなと命じられていた。
だが、本家の連中がどこまで知っていたのかまでは分からない。
シルフィアたちは調べたことを本家へ報告していた。
その報告を持っていった奴も、これまでは戻ってきていたらしい。
なら、本家の誰が何を知っていた?
知らなかったのか。
知っていて黙っていた奴がいたのか。
そもそも、報告は本当に届けられていたのか。
分からん。
俺が酒杯を机へ戻しても、セバスチャンはじっとこちらを見ていた。
「さあな。とりあえず吹き飛ばすのは分家の城だ」
それだけ答える。
セバスチャンは少しだけ笑い、残っていた酒を飲み干した。
「そうですな」
俺は名探偵ではない。
たった一つの手がかりから、隠された真実を全部見抜くなんて芸当は出来ん。
分からないものは分からない。
想像ならいくらでも出来る。
分家の当主が本家の当主を殺したのかもしれない。
何か別の事情があったのかもしれない。
あの妙な集団と関係しているのかもしれないし、まったく関係ないのかもしれない。
考え始めればいくらでも出てくる。
だが、それは全部想像だ。
俺に出来るのは、知っていそうな奴に、知っていそうなことを聞くだけだ。
手段を選ばずにな。
そのためにも、まずは分家の城へ行く。
当主がいるなら話を聞けばいい。
いなければ、知っていそうな奴を探せばいい。
それからどうするか考える。
俺は空になった酒杯から手を離し、隣をちらっと見た。
布を被ったまま、シルフィアはまだ机に突っ伏している。
「さて、どうする? これ」
指を向ける。
「部屋に放り込んどきゃいいでしょ」
セバスチャンが何でもないことのように答えた。
「めんどくさいな。放っておくか?」
どうせ朝になれば起きるだろう。
食堂で寝ていようが死にはしない。
そう思いながら、俺は何となくシルフィアの顔に掛けた布の端を摘まんだ。
少しだけ持ち上げる。
乱れた髪。
緩みきった頬。
半端に開いた口。
そこからまたよだれが垂れている。
「…………」
俺はそっと布を戻した。
「どうしたんですかい?」
セバスチャンが聞いてくる。
「……いや、なんというか」
もう一度布を見る。
「女として、してはいけない顔をしている」
「……そうですか」
セバスチャンも小さく頷いた。
見ていないのに納得するなよ。
だが、もう一度見せる気にはならない。
さっきまで放っておこうと思っていたが、これは駄目だ。
この顔を人目のある食堂に朝まで晒しておくのは、さすがに哀れすぎる。
俺は椅子を引いて立ち上がった。
「おい、俺が背負うから、お前は顔を隠してやれ。あまりにも哀れだ」
セバスチャンも立ち上がり、妙に真面目な顔でシルフィアの顔を覆う布へ手を伸ばした。
「へい」
布がずれないよう、そのまま押さえる。
俺はシルフィアの横へ回り込み、背を向けて身体を少し屈めた。
「いいか、背負うぞ。顔を隠してやれ」
「へい、お任せくだせえ」
俺がシルフィアを背負う。
力の抜けた身体が背中へ乗り、腕がだらりと肩の前へ垂れた。
その拍子に顔の布がずれそうになる。
「おい」
「分かってますぜ」
セバスチャンがすぐに押さえ直した。
そこだけはやけに真剣だ。
俺たちはそのまま食堂を出た。
背中のシルフィアは一度も起きなかった。
途中で小さく何かを呟いた気がしたが、聞き取れない。
聞き返す気もない。
ようやく部屋まで戻ると、俺とセバスチャンは酔い潰れたシルフィアを中へ放り込んだ。
次回更新は明日5時となります。




