第二百七話 待っていた裏切り者
「そんなに気にするな。どうせ吹き飛ばすから」
俺としては慰めたつもりだった。
「違う、違うんです……」
シルフィアは肩を落としたまま、力なく首を振る。
何がそんなに違うのかよく分からない。
俺がもう少し何か言おうとした、その時だった。
宿の入口が開き、外の光と一緒に数人の男たちが入ってきた。
旅の途中らしく、どいつも服には土埃がついている。特別目立つところもない男たちだったので、俺はほとんど気にせず視線を戻しかけた。
シルフィアも最初はぼんやりとそちらを見ただけだった。
だが。
「あっ」
小さく声を漏らした。
「あっ、あっ、あー! 来た! 来てくれた!」
突然立ち上がり、男たちを指差す。
なんだ?
男たちはシルフィアの声に反応してこちらを見た。
一瞬だけ動きが止まる。
次の瞬間には、揃って踵を返して宿から飛び出した。
「ん?」
なんで逃げた?
そう思った時には、隣で飲んでいたセバスチャンが杯に残っていた酒を一気に飲み干していた。
卓へ杯を置く。
立ち上がる。
そのまま近くの椅子を跨ぎ、邪魔な卓の端へ手をついて身体を浮かせるように飛び越え、男たちの後を追って宿から消えた。
速いな。
「ん? 誰だっけ?」
俺が聞くと、シルフィアが信じられないものを見るような顔でこちらを振り返った。
「ほら、彼らです! ほら、待ってた相手ですよ!」
「ああ」
そういうことか。
「あいつらか」
やっと思い出した。
ずっと待っていた裏切り者とやらだ。
……なんだ。
来たのか。
つまらん。
せっかく明日は城へ行くことになったのに。
「ほら、私たちも追いましょう!」
シルフィアはさっきまでの疲れた顔が嘘みたいに笑っている。
だが、俺は椅子から立つ気にならなかった。
「セバスに任せておけば大丈夫だ」
「そうですか?」
シルフィアが入口を見る。
ほんの少し考えてから、すぐに頷いた。
「うん、そうですね」
また笑顔になった。
ずいぶん嬉しそうだな。
俺はそんなシルフィアに聞こえないくらいの声で、宿の外へ向かって呟く。
「がんばれ、逃げろ」
もう少し頑張れば城へ行けるんだ。
せめて一人くらい逃げ切れ。
だが、俺の応援は虚しく終わった。
しばらくもしないうちに、宿の入口からセバスチャンが戻ってくる。
その前には、さっき逃げ出した男たちがいた。
全員いる。
情けない。
もっとがんばれよ。
セバスチャンは男たちをそのまま二階へ連れていった。
俺とシルフィアも後を追い、取っていた部屋の一つへ入る。
それなりに広い部屋だったはずなのに、男が何人も増えると一気に狭く感じた。壁際へ寄せられた男たちは、俺たちから少しでも離れようとしているのか、互いの肩が触れそうなほど固まっている。
俺はセバスチャンを見る。
「全員捕まえたのか?」
「当たり前でしょうが」
即答された。
「一人ぐらい逃げろよなぁ」
「なんです?」
「いや、なんでもない」
セバスチャンは俺を少しだけ怪しそうに見たが、すぐに男たちへ視線を戻した。
口元がゆっくり持ち上がる。
「さて」
嫌な笑顔だ。
「指でも折りながらお話ししますか」
男たちの顔が一斉に引きつった。
うーむ。
それも悪くないんだけど。
「まぁ、待て」
俺はセバスチャンを片手で止める。
「そんな乱暴なことはするなよ」
「はい?」
セバスチャンが不思議そうに俺を見つめた。なんでだ。
俺は男たちへ向き直り、出来るだけ優しく笑いかける。
別に怖がらせる必要はない。
こいつらだって、きっと事情がある。
「うん、うん。俺は分かっているぞ」
男たちが怯えたように俺を見る。
「分家の当主かなんかに騙されたんだろ」
まずは安心させてやろう。
「そうだよな。そうに違いないよな。悪いのは分家の当主だよなぁ」
「い、いや……」
一人が何か言おうとした。
「そうだよな」
俺は笑顔のまま頷いた。
余計なことは言うなよ。
俺は城を吹き飛ばしたいんだ。
せっかく綺麗に話がまとまりそうなんだから、変なことを言って邪魔するな。
ところが横からシルフィアが身を乗り出した。
「本当のことを言って」
男たちの視線がシルフィアへ向く。
「大丈夫。えっと……たぶんだけど」
たぶん?
俺を見るな。
男たちは、笑っている俺とシルフィアを何度か見比べた。
それから観念したように、一人が口を開く。
「じ、実は……」
えーい。
この根性無しどもめ。
「我らは、分家のご当主様から命じられて……」
そこから男たちは、途切れ途切れに事情を話し始めた。
俺は最初こそ聞いていたが、聞けば聞くほど予想の範囲から出てこない。
分家の当主に命じられた。
調査へ加わった。
しばらく一緒に動いていた。
うん。
そんなのはだいたい知ってる。
あんまり興味ないなぁ。
昼寝でもしようかなぁ。
壁に背を預けながらそんなことを考えていると、男の一人が少し震えた声で続けた。
「分家のご当主様に、本家から命じられた者たちを始末するように命じられて……」
「うん、うん、そうだよな」
俺はすぐに頷いた。
「うん、俺は最初から分かっていたぞ」
ほら。
やっぱり分家の当主じゃないか。
実に分かりやすい。
「少し静かにしてください」
シルフィアが俺を見た。
「なんなら寝てても構いませんから」
なんだと。
少し怒ってもいい気がしたが、シルフィアは男たちから目を逸らしていなかった。
いつものように俺へ文句を言っている顔ではない。
仕方ない。
今は黙ってやろう。
男たちの話を大雑把にまとめると、分家の当主から命じられてシルフィアたちの調査へ合流し、しばらくの間は普通に協力していたらしい。
ところが途中で、シルフィアたち、本家から命じられていた者を始末しろと命令が変わった。
理由は説明されなかった。
とにかく始末しろ。
そう言われただけらしい。
「騎士までか?」
俺が聞くと、一人が小さく頷いた。
「我らのほとんどは魔力を持たぬ平民です。ですから、騎士を始末するなど難しいと申し上げました」
「そりゃそうだ」
平民に騎士をどうにかしろと言っても無茶がある。
「ですが……聞き入れてはいただけませんでした」
「なんて言われた?」
「とにかく始末しろ、と。最悪でも傷を負わせ、動けなくしろと……」
「無茶な命令だよな」
思わず口から出た。
平民が騎士を傷つけて動けなくする。
絶対に無理とまでは言わないが、簡単に出来ることじゃない。
ましてや相手はシルフィアだ。
こいつらがあっさりセバスチャンに全員捕まったことを考えると、なおさら無茶に思える。
しかし、そこが妙だった。
「そもそも、お前らなんであの変な集団を探ってたんだ?」
男たちが顔を上げる。
俺にはそこがよく分からなかった。
あいつらの言う、話し合いでどうこうする崇高な目的とやらは分からないでもない。
だが、わざわざ人を送り込んで細かく調べるほどの価値があるかと言われると微妙だ。
広まったら面倒になるかもしれない。
それでも最後は力尽くでどうにか出来るだろう。
「何か理由があったのか?」
「いえ……我らにも詳しい理由は」
一人が口ごもる。
それから隣の男と目を合わせ、しばらく考えてから続けた。
「むしろ、調べるように命じられていたのは……あの集団そのものよりも、それを調べているシルフィア様たちでした」
「ん?」
俺は壁から背を離した。
「調べているシルフィアたちを調べろ、ってことか?」
「はい」
それは少し面白い。
「何を調べろと命じられた?」
男たちの顔を順番に見る。
「具体的にはなんと言われた?」
すぐには返事がなかった。
一人が記憶を探るように目を伏せ、やがてゆっくり口を開く。
「あの集団をどこまで調べているのか。調べた内容を、どのように報告しているのか。それを調べるよう命じられました」
そこで一度言葉を切った。
「特に……あの集団の首領について、どの程度調べているかを」
次回更新は明日5時となります。




