第二百四話 追い越した裏切り者
「結局、裏切り者とやらには会えなかったな」
俺は誰に言うでもなく、馬の背で小さく呟いた。
街道の先には、乾いた土の道がゆるく曲がりながら続いている。道の両脇に広がる畑の向こうには低い丘が連なり、そのさらに先には木々の濃い影が見えた。
もうルディア領だ。
俺たちは別にのんびり進んできたわけではない。それなりに急いだし、無駄な野営もしていない。シルフィアが裏切り者と呼んでいた連中は、俺たちより先にこちらへ向かっていたはずなのだが、一度も姿を見ることなく領内まで来てしまった。
「むしろ、追い越しとるんじゃないですかね」
隣を進んでいたセバスチャンが、前を見たまま言った。
俺は少しだけ首を傾げる。
「追い越した?」
「ええ。こちらと違って、あいつらはほとんど平民でしょう。最近はあちこちで関所も増えとるようですし、普段より歩みは遅いでしょうな」
後ろからついてきていたシルフィアも馬を寄せ、小さく頷いた。
「その可能性は高いと思います。平民は関所でそれなりに調べられますから、私たちより進み方は遅いでしょう」
「ああ、そういうことか」
言われてみればそうだ。
俺たちは騎士と貴族だ。少なくとも、どこの誰とも分からない平民と同じように一人一人細かく足止めされることは少ない。
反対に、今みたいにあちこちが落ち着かない時期なら、平民の旅人は余計に時間を取られるだろう。
そう考えると、俺たちがいつの間にか追い越していても不思議ではない。
ちなみにマバール領では、領内に関所なんてほとんどない。
まったく無いわけではない。重要な場所にはちゃんとあるし、領境というか、昔で言えば国境に近いような場所にはかなり大きなものもある。
だが、領内の街道を進むたびにちょこちょこ関所が出てくる、なんてことはない。
別に、平民が自由に移動出来るようにしてやろう、なんて優しい理由ではない。
単純に、そんなところへ人と金を使うより大事な場所があっただけだ。
マバール家はずっと帝国との国境を守ってきた。
領内の街道を細かく塞ぐより、帝国側から何か来る可能性のある場所を重点的に守った方がいい。あっちにもこっちにも関所を作って人を置くより、大事なところへまとめた方が効率がいい。
ただそれだけの話だ。
まぁ、結果として人や物が動きやすくなって、多少は経済にも良かったのかもしれないけどな。
逆に考えると、領内にあちこち関所を置ける領地というのは、それだけ領境が安定しているから出来るのかもしれないな。
知らんけど。
「ここからどうしやす?」
セバスチャンの声で考えを切り上げる。
「うーん」
どうするかなぁ。
俺は手綱を軽く握り直しながら考えた。
目的地そのものは決まっている。
ルディア家の分家。
問題は、そいつらが俺たちに会ってくれるかどうかだ。
ちょっと想像してみる。
こんにちは。こないだまで王国貴族だったのに、王国を捨てて帝国貴族になったマバール家の三男です。ちょっとお話しませんか?
……駄目だろうな。
自分で考えておいてなんだが、かなり怪しい。
「シルフィア、お前なんか伝手とかないか?」
振り返って聞いてみる。
シルフィアは困ったように眉を寄せた。
「私はルディア家に仕えていたので、分家の方とはほとんど……」
「ああ、やっぱりそんなもんか」
まぁ、本家に仕えていた騎士ならそうなるか。
そういえばマバール家にも分家はあるが、俺もほとんど会ったことがない。
別に俺が嫌われているとか、怖がられているとか、警戒されているとかではない。
たぶん。
そもそも本家と分家には、ちゃんと序列がある。
言ってしまえば、本家は正貴族で、分家は準貴族みたいな感じだろうか。
もちろん正式にそう呼んでいるわけではないが、感覚としてはそんなものだ。
前は父上へ挨拶に来た分家の人間が、ついでに俺にも顔を出してくれることがあった。
最近は全然来ない。
……別に、父上から俺に近づくなとか言われているわけではない。
分家の連中が俺を警戒して避けているわけでもない。
はずだ。
はずだよな?
なんだか考えていると精神的に哀しくなってきそうなので、やめた。
「そいつらの屋敷とか城がどこにあるのかは知ってるんだろ?」
「はい。ここからまだ少し進まなければいけませんが、城があります」
シルフィアはすぐに頷いた。
場所を知っているなら十分だ。
「城下町はあるか?」
「それほど大きくはありませんが」
「んじゃ、そこに行こう」
俺は迷わず決めた。
「城下町で適当に暇つぶししながら、少し待ってみよう」
俺たちが追い越しただけなら、後ろからあいつらが来る可能性がある。
分家の城へ向かっているのなら、その近くで待っていればそのうち引っかかるだろう。
ところがシルフィアは、なぜかすぐには頷かなかった。
「あの」
「ん?」
「そこであいつらに会えなかったら?」
妙なことを聞く。
俺は少し考えてから、別のことを聞き返した。
「その城ってデカいのか?」
「いえ、そこまでではありません」
「ふむ」
それなら大丈夫そうだ。
「なら大丈夫だ」
「は?」
シルフィアが目を瞬かせる。
「見なければ分からんが、ある程度の城ならなんとか出来る自信はある」
「は? は?」
なんで二回言った。
シルフィアは馬上で目を白黒させたまま俺を見ている。
そんなに驚くことでもないだろう。
会って話せるなら話せばいい。会えないなら、会えるようにすればいいだけだ。
後ろから、セバスチャンの呆れたような声が飛んできた。
「若様、いきなり城を吹き飛ばすとかはやめてくだせえよ」
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