第二百話 大人しく待っとくか
そうと決まれば、いつまでも宿にいる必要はない。
その日のうちに俺たちは荷物をまとめ、宿を出た。
昼を過ぎた宿場町は人の動きも多く、街道を行き来する馬や荷車の音が絶えない。朝からずっと食堂でダラダラしていたせいか、外へ出ると日差しが妙に眩しく感じる。
さて。
ここから一気にルディア領へ向かう。
相手がどれだけ先へ進んでいるかは分からないが、こっちは街道を律儀に進む必要もない。馬に肉体強化魔法を使って、一気に距離を稼げばいい。
そう思って馬の方へ向かおうとしたのだが、
「ぜひ馬をお願いします」
シルフィアが妙に強い口調で言った。
「ん?」
馬?
「俺が乗せてやるぞ」
俺の後ろに乗ればいい。
肉体強化魔法を使えば、俺とシルフィアの二人を乗せたところで馬は走れる。わざわざもう一頭用意する必要もないと思うんだが。
だが、シルフィアは動かなかった。
「なんとかお願いします」
「別に二人でも走れるぞ?」
「お願いします」
また言った。
なんだ?
そこまで嫌なのか?
シルフィアは俺の顔を見ているが、馬の方へ近づこうとはしない。
まあいいか。
無理に乗せる必要もない。
それに、よく考えればこいつは馬どころか何も持っていない。
着の身着のまま俺たちと一緒に来たようなものだ。今までは宿を転々とするだけだったからどうにかなっていたが、ここから一気に進むなら、さすがに何か用意しておいた方がいいだろう。
「セバス、シルフィアに金を渡してやれ」
「へい」
俺が言うと、セバスチャンは特に何も聞かず頷いた。
「シルフィア、お前は必要な物を適当に買ってこい。馬はセバスに選ばせておく」
「よろしいのですか?」
「ああ」
正直言うと、旅をする女に何が必要なのかが全然分からない。
俺やセバスチャンなら大体どうにでもなるが、シルフィアまで同じでいいのかは知らん。
こういう時にレティシアがいてくれれば、何も言わなくてもそつなく用意してくれるんだろうけどな。
分からないなら本人に買わせるのが一番早い。
セバスチャンが持っていた金を取り出し、適当にシルフィアへ渡した。
シルフィアはそれを両手で受け取ると、少し驚いたように見下ろしてから頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ああ。一応、感知魔法を繋いでおくから、なんかあったら走れ。そしたら行ってやる」
「はい」
これなら離れていても、シルフィアがどこにいるかは大体分かる。
何が起きたかまでは分からんが、急に走り出せば十分だ。
昨日の連中がまだこの辺りにいる可能性もなくはない。買い物くらい一人で出来るだろうが、わざわざ何もせず放っておく必要もないだろう。
宿場町なんだから、旅に必要な物や馬くらいはあるはずだ。
セバスチャンも周囲へ目を向けると、
「それじゃ、馬を選んできやす」
「ああ、頼む」
そのまま歩いていった。
シルフィアも改めて俺へ頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いいから行ってこい」
「はい」
シルフィアは少しだけ周囲を見回してから、セバスチャンとは別の方向へ歩き始めた。
その背中を眺めながら、俺は魔力を柔らかくする。
そこから細く、小さく。
感知魔法として働かせながら伸ばしていき、離れていくシルフィアへ繋ぐ。
よし。
これでいい。
歩いていくシルフィアの魔力反応が、少しずつ俺から離れていく。
今のところ変な動きはない。
ついでにセバスチャンにも繋いでおくか。
……いや。
やめとこ。
また怒るかもしれん。
前に勝手に感知魔法を使ったことを話した時、あいつは嫌そうな顔をしていたからな。別に馬を買いに行くだけなんだから、セバスチャンまで追いかける必要もない。
俺は遠ざかっていく二人を見送り、その場に残った。
…………。
さて。
俺は何をするかな?
シルフィアは自分の物を買いに行った。
何が必要なのか俺には分からんから、ついていっても役に立つ気がしない。
馬はセバスチャンが選んでいる。
あいつに任せておけば問題ないだろうし、俺が横から口を出す必要もない。
うーむ。
出来ることを思いつかんな。
周囲を見回してみても、急いでやらなければならないことは何もない。シルフィアの魔力反応も普通に動いている。
……別に役立たずじゃないよな。
たまたま今やることがないだけだ。
馬に肉体強化魔法を使うのは俺にも出来るし、何かあればシルフィアのところへ行くことも出来る。
そうだ。
ちゃんと役には立つ。
今は二人に任せた方が早いだけだ。
「仕方ない。ここで大人しく待っとくか」
誰に言うでもなく呟いて、俺はその場で二人が戻ってくるのを待つことにした。
いつもありがとうございます。
二百話を達成する事が出来ました。
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次回更新は、5時となります。




