第百九十四話 二日酔いした騎士
「う、うぅん……頭痛い……」
朝から、なんとも情けない声が聞こえてきた。
声の方を見ると、寝台の中でシルフィアが眉間に皺を寄せている。目は開いているようだが、起き上がる気配はない。頭を動かすのも嫌なのか、身体を丸めたまま額へ手を当てていた。
俺はしばらく黙ってその姿を見る。
アホなやつ。
二日酔いした騎士なんて初めて見たぞ。というか、騎士でも二日酔いになるんだな。
昨夜はずいぶん気持ちよさそうに甘い酒を飲んでいたし、最後には完全に寝てたからな。そりゃまあ、こうなることもあるのか。
治癒魔法は……。
少しだけ考えて、やめた。
まあ、自業自得だな。いらんだろ。
それに、こいつ以上に飲んでいたセバスチャンなんかケロッとしている。昨夜から散々飲んでいたくせに、朝になってもいつも通りだ。
酒に弱い騎士もいるってことか。
「おい! 起きろ! 朝飯に行くぞ」
「うぅ……」
返事になっていない。
仕方ないので寝台へ近づき、毛布の中にいるシルフィアの腕を掴む。そのまま引っ張ると、身体がずるずると寝台の端へ寄ってきた。
「ちょっ……うぅ、ひどい……」
「歩けるなら問題ない」
「まだ何も言ってません……」
文句は言えるらしい。
なら大丈夫だろ。
そのまま寝台から引きずり出すと、シルフィアはしばらくふらふらしていたが、立っていられないほどではなかった。歩き始めても少し頼りない程度で、壁にぶつかるようなこともない。
俺とセバスチャンは、そんなシルフィアを連れて下へ降りた。
朝飯は肉と野菜の入ったスープにパンだった。
席につき、目の前へ置かれた器を見る。
湯気は立っている。匂いも悪くない。
だが、俺の手はすぐには伸びなかった。
昨夜の飯が頭をよぎる。
茹ですぎて味も何もなくなった肉と、表面を焼きすぎているくせに中が妙に硬かった野菜。
あれを思い出すと、見た目だけで信用する気にはならん。
俺は匙を取り、まず少しだけスープを口に入れた。
肉の味がちゃんと残っている。野菜も柔らかい。少なくとも噛んだ瞬間に首を傾げたくなるようなものではない。
「……美味いじゃないか」
思わず呟くと、向かいのセバスチャンも何度か口を動かしてから頷いた。
「こっちの方がマシですな」
「昨日の飯はなんだったんだ」
「さあ?」
同じ宿とは思えんな。
昨夜の茹ですぎた肉や、焼きすぎなんだか焼きそこないなんだか分からない野菜よりずっと美味い。
一度安心してしまえば、あとは早かった。
俺はパンをちぎりながらスープを食べ、セバスチャンもほとんど同じ速度で器の中身を減らしていく。
その横で、一人だけ妙に遅い奴がいた。
シルフィアだ。
匙を持ってはいるが、さっきからもそもそとしか食べていない。一口食べては止まり、また少しだけ口へ運ぶ。そのたびに眉間の皺が深くなる。
二日酔いって面倒なんだな。
俺が自分の朝飯を食べていると、シルフィアが器の中をしばらく見つめたあと、こちらへ顔を向けた。
「これあげます」
「ん?」
シルフィアが指差した先には肉が残っていた。
「いらないのか?」
「はい……」
声に元気がない。
どうやら今のこいつには肉は少しきついらしい。
「じゃあ、もらう」
俺は特に遠慮せず、シルフィアの残した肉を自分の方へ寄せた。
それにしても。
昨日まで散々文句を言っていたくせに、こいつ、妙に馴染んでるな。
普通に一緒に飯を食って、食えなくなった肉を俺に寄越している。俺も俺で、それを当たり前みたいに食っている。
まあ、肉に罪はない。
ありがたく食べておこう。
朝飯を終えると、俺たちは再び部屋へ戻った。
シルフィアはまだ完全には復活していないらしく、歩き方にも少しだけ重さが残っている。
その横を歩くセバスチャンを見ると、片手には酒杯があった。
朝から何やってんだ、こいつ。
一瞬そう思ったが、昨夜あれだけ飲んでも今朝はケロッとしていた。
……まあいいか。
こいつなら大丈夫だろ。
部屋へ戻ると、シルフィアはようやく少し落ち着いたのか、座ったままぼんやりしている。
俺も腰を落ち着けたところで、ふと思い出した。
そうだ。
飯の話なんかより、聞いておかないといけないことがある。
昨日は追ってきた奴らを振り切るので終わってしまったが、結局あいつらが何者なのか、俺はほとんど知らない。
シルフィアは元仲間だと言いかけて、すぐに裏切り者と言い直した。
そこまでは聞いた。
だが、それだけだ。
俺はまだ少し寝ぼけたような顔をしているシルフィアへ視線を向けた。
「おい! 昨日の裏切り者って結局何者なんだ? どういう奴らだ?」
俺の声に、ぼんやりしていたシルフィアの顔が少しだけ引き締まった。
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