第百九十三話 やはり優しいですなぁ
そのあとも、シルフィアは甘い酒を飲み続けた。
最初こそ俺が言った通り、料理を食べながらではなく少しずつ口をつけていたのだが、食事を終える頃にはすっかり気に入ったらしい。
一杯飲み終え、また一杯。
さらにもう一杯。
俺が一口飲んだ時には目を見開いて固まっていたくせに、今ではそんなことも忘れたように杯を傾けている。
ただ、飲むほどに少しずつ様子は変わっていた。
最初は俺とセバスチャンのやり取りに口を挟んでいたのに、いつの間にか黙って酒を飲んでいる時間の方が長くなっている。杯を置く動きも少しゆっくりになり、時々ぼんやりと俺たちを眺めていた。
酔ってるな、こいつ。
俺としては、あの甘さでは何杯も飲みたいとは思わない。
セバスチャンはもっと合わなかったようで、飲むたびに微妙な顔をしていた。
「甘いですなぁ」
また言っている。
「分かったよ」
「酒はもうちょい酒らしくしてほしいもんですぜ」
「飲まなきゃいいだろ」
「頼んじまったもんは飲みますぜ」
律儀なのか意地なのか分からん。
しかも、文句を言っているくせに飲む手は止まらない。
シルフィアが甘い酒を気に入って杯を重ね始める前から、セバスチャンはずっと飲んでいる。食事をしている間も何度も杯を空け、今も当たり前のように次を口へ運んでいた。
どう見ても飲んだ量はセバスチャンの方が多い。
それなのに顔つきも声も普段とほとんど変わらない。杯を持つ手もいつも通りで、酒の甘さに文句を言っている以外は酔っているようには見えなかった。
一方、シルフィアはもう俺たちの会話にもほとんど入ってこない。
同じ酒ではないが、どちらも甘い。
セバスチャンは大量に飲みながら最後までぶつぶつ文句を言い、シルフィアはそれより少ない量で目に見えて静かになっていく。
ずいぶん差があるな。
まあ、酒の強さなんて人によるか。
そう思って放っておいたのだが、しばらくすると隣が妙に静かになった。
「ん?」
見る。
シルフィアが動いていない。
さっきまで持っていた杯は置かれているが、身体からすっかり力が抜けている。
「おい」
呼んでみる。
反応がない。
寝たのか?
顔を覗き込んでみても起きる気配はなかった。
……酔いつぶれたらしい。
「まったく、騎士が酔うなよ」
思わず呟く。
貴族ほどではないが、騎士もそれなりに頑強だ。
多少酒を飲んだからといって、ここまで眠ってしまうのは珍しい。
それなのにシルフィアは完全に寝ている。
俺はその横からセバスチャンを見る。
こいつはまだ飲んでいた。
明らかにシルフィアより多く飲んでいる。それも、シルフィアが酔って静かになっていく間にも何杯か空けていたはずなのに、姿勢すら崩れていない。
「お前は平気なんだな」
「これくらいで酔っちゃおれませんぜ」
そう言いながら、残っていた酒をまた飲む。
杯を傾ける手にも乱れはない。
そして飲み終えると、やっぱり顔をしかめた。
「……やっぱり甘すぎますな」
「まだ言ってるのかよ」
さっきから何回言うんだ。
酔って同じことを繰り返しているわけでもなさそうなのが余計に面倒くさい。
俺は椅子から立ち上がった。
このままシルフィアを置いておくわけにもいかない。
眠っている身体を担ぎ上げる。
完全に力が抜けているせいで身体が肩に預けられたが、別に重くはない。そのままセバスチャンと一緒に二階へ戻り、部屋へ入った。
寝台まで運び、その上へ放り込む。
身体が寝台へ沈んでも、シルフィアは起きなかった。
「よく寝るな」
返事はない。
追手に追われていたくせに、こんなところで完全に酔いつぶれるとは。
騎士なのに大丈夫か、こいつ。
俺は寝台の上のシルフィアを見てから、後ろにいるセバスチャンへ目を向けた。
こっちは本当に何ともなさそうだ。
同じ騎士でもずいぶん違う。
シルフィアより先に飲み始め、途中からも止めず、結局最後まで飲んでいた。それでも普通に立っているし、足取りにも変なところはない。
酒の量だけなら、どう考えてもこいつの方が上だ。
そう思って見ていると、セバスチャンが俺ではなく寝台の方へ視線を向けた。
「若様」
「ん?」
「なんでこの娘に騎士の心得を教えたんですかい?」
俺は少しだけ首を傾けた。
さっきの話か。
敵を残すな。
敵を一人生かせば、今度は味方が十人死ぬかもしれない。
別に大したことを言ったつもりはない。
「んー、こいつ元仲間を裏切り者って言ってたろ」
俺が答えると、セバスチャンも少し考えてから頷いた。
「そうでしたな」
ちゃんと覚えていたらしい。
追ってきた奴らのことを聞いた時、シルフィアは最初に元仲間と言った。
その直後に、裏切り者と言い直した。
「裏切り者だが元は仲間なんだろ。迷えば死にかねん」
俺は寝台を見る。
シルフィアはまだ寝ている。
本人がどこまで割り切っているのかなんて俺には分からない。
ただ、口から最初に出たのが元仲間だった。
なら、いざ殺す時になって一瞬迷うことくらいはあるかもしれない。
その一瞬で相手の剣が先に届けば終わりだ。
敵になったなら殺す。
そう決めておいた方が生き残れる。
セバスチャンは俺を見ていた。
それから、少し笑う。
「やはり優しいですなぁ」
ほらな。
さっきも言っただろ。
「だから、俺は優しい人間なんだって」
俺が笑って言う。
だが、セバスチャンは何も答えなかった。
ただ俺を見たまま、声を立てずに笑っている。
なんだよ。
そこは素直に頷けよ。
次回更新は明日5時となります。




