第百九十二話 大人しくってなんだ?
一階へ降りると、セバスチャンは迷う様子もなく声をかけた。
「飯と酒だ、肉は多めにな」
「酒はいらんが肉は多めで頼む」
俺も続ける。
シルフィアは何も言わなかった。
ん?
別に腹が減っていないようにも見えない。さっきから俺たちと一緒に動き回っていたんだから、むしろ腹は減っているはずだ。
「こっちは肉も酒も多めだ」
とりあえず言っておく。
するとシルフィアが俺をじっと見た。
「……ありがとうございます」
小さな声だった。
なんだ?
注文するのが恥ずかしかったのか。
まあ、そういう女もいるのかもしれない。自分からあれを食いたいこれを飲みたいと言うのが恥ずかしいとか、そういうやつだろう。こいつには似合わんが。
しばらく待つと、料理が運ばれてきた。
茹でた肉。
焼いた野菜。
それにパン。
並んだ皿を見ながら、俺は少し首を傾げた。
なんか、肉と野菜の調理法が逆のような気もするな。
肉は焼いた方が美味そうだし、野菜は茹でた方がまだ食いやすそうな気もする。
まあ、いいか。
食えればいい。
俺はまず肉を口へ運んだ。
「………まずい」
思わず声に出た。
噛んでも噛んでも味が薄い。
茹ですぎたのか、肉そのものの味がほとんど抜けている。硬いわけじゃないが、美味いわけでもない。
次に野菜を食う。
外側は焦げている。
なのに芯は硬い。
なんだこれ。
焼きすぎなのか焼けてないのか、どっちなんだ。
俺が眉を寄せながら食べていると、向かいのセバスチャンが酒を口にした。
その直後、なんか口元が歪んだ。
「……そっちはどうだ?」
聞いてみる。
「甘すぎますな、こりゃ」
やっぱり駄目か。
俺は隣を見る。
シルフィアの前にも酒がある。
「少しもらうぞ」
そう言って杯を取り、一口だけ飲んだ。
……ふむ。
甘い。
ただ、セバスチャンのほど嫌な甘さではない気もする。
何かの果汁でも混ぜているのか。
たぶん。
少なくとも水で薄めている感じではない。
その意味では一応良心的なのかもしれない。
俺は杯をシルフィアへ返した。
「これは飯の後の方がいいな。合わんぞ」
「……は、はい、そうします」
シルフィアが目を見開いたまま答えた。
ん?
少し変な顔をしている。
ああ、そうか。
「勝手に飲んで悪かったな」
さすがに一言くらい言っておいた方がいいだろう。
まあ、少しもらうとは言ったが、返事を待つ前に飲んだからな。
俺はまた肉を口へ運ぶ。
やっぱりまずい。
食えないほどじゃない。
だが、食うたびに別の飯が頭に浮かぶ。
「ふう、こうなるとあの宿の飯が食いたくなるなぁ。ちょっと飯だけ食いに行ってみるか」
ぼやくと、セバスチャンがすぐに顔を上げた。
「やめといた方がいいですぜ。なんせ壁をぶち破って逃げてきたんですから」
「絶対にやめてください、絶対に!」
シルフィアまで強く言ってくる。
なんだよ。
「うーん、食事くらいなら大丈夫じゃないか? 大人しく出ていっただけだし、案外、喜んで迎えてくれるんじゃないか?」
「どこが! ですか! 絶対にダメです!」
また強く否定された。
「どこがって、誰も殺してないし傷つけてもないぞ。ちょっと壁を壊しただけだろ」
大したことじゃない。
壁なんて直せばいい。
誰も死んでいないし、怪我もさせていない。
かなり大人しく出ていった方だと思うんだが。
シルフィアは呆れたように俺を見た。
「あの、大人しくってわかります?」
「殺さない、奪わないくらいか?」
そう答えてからセバスチャンを見る。
昔、こいつに教えてもらった。
殺して、奪って、分け与えるのがいい騎士だと。
なら、殺さず奪わずなら十分大人しいだろう。
だが、セバスチャンはこちらを見なかった。
おい。
「違います! 絶対に!」
シルフィアが俺を睨む。
「なら、大人しくってなんだ?」
「えっと、それは、ええと……」
聞き返すと、今度はシルフィアが口ごもった。
ほら。
自分でも説明できないじゃないか。
だが、少し考えたあと、シルフィアは勢いよく言った。
「騒がない! 壊さない! 暴れない!」
俺は少し考える。
「つまり静かに殺せと」
「違います! 絶対!」
シルフィアがまた俺を睨んだ。
その顔を見て、思わず笑う。
「冗談だ。だいたいは知ってる、安心しろ」
さすがにそのくらいは分かっている。
ただ、少し基準が違うだけだ。
だが、シルフィアは俺をじっと見たままだった。
「本当ですか?」
信用ないなぁ。
「ああ、敵を倒し味方を生かす。それが大人しくだろ」
「なんか違う!」
なんだよ。
「なら、どうする? 味方を殺し敵を生かすか?」
「それは絶対に違います」
今度は迷わなかった。
はっきり言い切る。
「結局は味方さえ生かせばだいたいなんとかなるぞ」
俺がそう言うと、シルフィアは黙り込んだ。
さっきまで勢いよく否定していたのに、今度は何も言わない。
俺は少しだけ声を落とした。
「敵は必ず殺せ。敵を一人生かすと味方が十人死ぬかもしれんぞ」
情けをかけた敵がもう一度刃を向けてくるかもしれない。
その時に死ぬのが自分とは限らない。
隣にいる味方かもしれない。
シルフィアはしばらく俺を見ていた。
それから静かに頷く。
「はい、必ず敵は殺します」
「なっ、敵を全部殺せば大人しくなるだろ」
俺は笑った。
シルフィアも少し笑う。
「それはちょっとだけ違います」
さっきまで絶対に違うと言っていたのに、ちょっとだけになった。
ほら。
やっぱり俺の方が合ってるじゃないか。
セバスチャンも笑いながら俺たちを見ていた。
「えらく優しいじゃありませんか」
ちゃんと分かってるじゃないか。
「なっ、俺は優しい人間だろ」
「それはちょいと」
セバスチャンはそれだけ言うと、杯に残っていた酒を飲み干した。
次回更新は、20時となります。




