第百九十一話 若様でも
「若様は、なぜ誰にも教えておらんのですか?」
しばらく黙っていたセバスチャンが、ようやく口を開いた。
ふむ。
そこに引っかかっているのか。
俺が使える魔法を誰にも教えず、わざと隠していたと思っているらしい。
まあ、こいつからすればそう見えても仕方ないか。さっき実際に俺が使って、それで離れていた二人のところまで辿り着いたんだから、使えるなら他の奴にも教えればいいと思うのも分からなくはない。
「まずは俺も習得して間もないこと、どの程度使えるか分からなかったこと、それと、これまでの魔力操作とかなり異なることだな」
「……そんなに違うんですかい?」
「ああ、俺でもかなり苦労した」
「若様でも……」
セバスチャンの表情が戻った。
さっきまでむっつりしていたのに、今度は少し目を見開いている。
よほど驚いたみたいだな。
まあ、俺自身も覚える時にはかなり苦労した。
普通に感知魔法を使うのとは感覚が違う。オルフィアが言うように魔力を細く、小さくしようとしても、最初は思ったようにいかなかった。レティシアの言った柔らかくするという感覚を挟んで、ようやく形にできたくらいだ。
使えるようになってしまえば維持すること自体は難しくない。
だが、それと誰にでも教えていいかは別の話だ。
「うむ。不安なのは、これを新しく覚えることで、これまでの感知魔法に影響しないか、だ。あくまでこれは応用だからな。本来の感知魔法に影響するなら意味はない」
「ふーむ」
セバスチャンは腕を組み、そのまま目を閉じた。
考え込んだらしい。
俺はそれを無視して続ける。
「俺は五大魔法ならほぼ意識せずに使えるが、こいつは意識しないと使えん。意識して使い続けることで、どんな風に影響するかが分からん」
今のところ、何かおかしくなった感覚はない。
だからといって、何も影響がないとは言い切れない。
そもそも今日になってようやく実戦で色々試したばかりだ。相手を一人追える。二人でも維持できる。動いても追える。その程度が分かっただけで、長く使い続けたらどうなるかまでは分からない。
俺の言葉を聞いて、セバスチャンが目を開いた。
「若様でも影響しますか?」
「分からんな」
正直に答える。
分からないものは分からない。
するとセバスチャンの顔から、さっきまでの疑うような色が消えた。
代わりに妙に真剣な顔で俺を見る。
「若様は大丈夫なんで?」
「さあ?」
答えた瞬間、セバスチャンの顔が歪んだ。
なんだよ。
聞かれたから答えただけだろ。
「怒るな。分からんものは分からん。だが、まあ、俺ならたぶん大丈夫だ。大丈夫じゃなくても無理矢理なんとかする」
「無理矢理ですかい」
「ああ、無理矢理だ。いつも通りな」
笑って答えると、セバスチャンはしばらく俺を見ていたが、やがて肩から力を抜いた。
「まったく」
そう言いながら笑い出す。
なんだ、大丈夫じゃないか。
俺も笑っていると、それまで静かに話を聞いていたシルフィアが口を開いた。
「たまにはちゃんと考えるんですね」
おい。
なんだ、その言い方は。
言い返そうと口を開きかけたところで、先にセバスチャンが割り込んだ。
「たまには考えるんですぜ、若様でも」
「……なるほど」
シルフィアが妙に納得した顔で頷いた。
なんで納得する。
しかも、こいつら二人して俺を馬鹿にしてないか?
「あのな! 俺はいつもきちんと考えてから行動している。俺は理性的な人間だ。なぁ、セバス」
当然、長い付き合いのこいつなら分かっているはずだ。
俺はちゃんと考えている。
考えたうえで一番いい方法を選んでいるだけだ。
セバスチャンは俺と目を合わせた。
「さて、あっしの口からはなんとも」
「ふーん、やっぱり」
シルフィアが俺を見て笑った。
こいつ。
「お前、部屋追い出すぞ」
「ふん、あなたもお金持ってないのに」
「こいつ!」
さっきの話を持ち出してきやがった。
俺が金を持っていなくても、セバスチャンが持ってるんだから同じだろうが。
シルフィアを睨む。
向こうもまったく怯まず、むしろ少し楽しそうに俺を見返してきた。
言い返してやろうかと思ったところで、セバスチャンが間に入るように口を開く。
「まぁ、とりあえず飯にしましょうや」
飯。
そう言われた途端、腹が減っていたことを思い出した。
色々試したり、二人のところまで行ったり、そのあと追手を振り切ったりしていたせいで、すっかり後回しになっていた。
俺は黙る。
シルフィアは少し迷うように俺たちを見てから、部屋の外へ視線を向けた。
「食事に降りて、追手にバレませんか?」
さっきまで笑っていた顔に、少し不安そうな色が戻っている。
「大丈夫だ、なんとかする」
俺がそう答えると、シルフィアは一瞬だけ黙った。
それから口元を緩める。
「無理矢理?」
「いつも通りですな」
セバスチャンまで笑った。
……なんだか、二人にいいように揶揄われている気がする。
まあいい。
追手が来たところで、来たならその時なんとかすればいいだけだ。
それより今は腹が減った。
俺は二人と一緒に部屋を出て、そのまま一階へ降りていった。
次回更新は、17時となります。




