第百九十話 金ぐらい持ってろよ
追手を振り切ったあと、俺たちはそのまま適当な宿屋へ入った。
ここまで離れれば、とりあえずすぐに追いつかれることはないだろう。だからといって、わざわざ目立つようなことをする必要もない。今は少し落ち着ける場所があればそれでいい。
宿代はもちろんセバスチャンが払った。
そのまま三人で部屋へ入り、ようやく人目を気にせずに済むようになる。俺は持ってきていた荷物を下ろし、セバスチャンも自分の荷物を置いた。
俺たちはちゃんと旅の荷物を持っている。
だが、シルフィアは着の身着のままだ。
何も持っていないシルフィアを見ていると、ふと気になった。
「金ぐらいちゃんと持ってろよ」
「誰の責任だと!」
いきなり睨まれた。
なんだよ。
金を持っていないのは事実だろう。
「いや、若様も金持っとらんでしょうが」
横からセバスチャンまで口を挟んできた。
俺はそちらへ顔を向ける。
「お前が持ってるなら問題ないだろうが」
胸を張って言う。
俺が使う金はセバスチャンが持っている。必要になればこいつが払うんだから、俺まで持っている必要はない。
「へいへい、そうですな」
セバスチャンは軽く返してきた。
ほら、問題ない。
俺が満足していると、シルフィアがなぜかセバスチャンへ顔を向けた。
「大変ですね」
なんでだ。
俺の何が大変なんだ。
セバスチャンも余計なことを言わなければいいのに、俺を見ながら少し考えるような顔をした。
「そういや、えらく都合よく若様が現れましたが、なんかしましたな」
「うむ、感謝しろよ」
「いや、なにをしたのか聞いとるんです」
面倒なやつだな。
ちゃんと助けてやったんだから、それでいいじゃないか。
「細かいやつだな。面白い感知魔法を使っただけだ」
そう言うと、セバスチャンが黙った。
ほんの少しだけだったが、それまでの軽い空気が消える。
「……あの時ですな」
俺を軽く睨んできた。
あの時。
たぶん、こいつを追わせた時のことだろう。
俺が感知魔法を繋いだあと、セバスチャンは一度立ち止まって振り返った。あの時は何か疑っているようには見えたが、俺が何をしたのかまでは分かっていないと思っていた。
今の話で繋がったらしい。
「睨むなよ。ただでさえ人相が悪いんだから」
揶揄ってみる。
普段なら何か返してきそうなものだが、セバスチャンはニコリともしなかった。
じっと俺を睨んでいる。
……うーむ。
本気で怒ってるみたいだなぁ。
別に悪いことをしたつもりはないんだが。
「あー、まだ俺も覚えたばかりで、ほとんど今日初めて実戦で使った」
そう言ってみたが、セバスチャンの目つきは変わらない。
今日試してみるまでは、どこまで使えるのか俺自身よく分かっていなかった。
一人を追えることは分かった。
動いていても繋いだまま追えた。
ついでにもう一人増やしても維持できた。
あれこれ試してみた結果、思っていたより使えそうだと分かっただけだ。
それを先に誰かへ教えろと言われても困る。
だが、セバスチャンが聞いてきたのは別のことだった。
「他に使える者は?」
「俺とオルフィア、それにレティシアも使えはするが、実戦だと分からんな」
教えたのはオルフィアだ。
俺とレティシアは一緒に教わった。
ただ、使えることと、今みたいに動いている相手を追い続けられることは同じじゃない。俺自身、今日こうして試してみて初めて分かったことがかなりある。
オルフィアなら俺より先に色々試していてもおかしくはないが、レティシアが実際にどこまで使えるかは分からない。
「それだけですかい?」
まだ聞くのか。
「俺が知る限りはな。オルフィアが他にも教えているかもしれんが、そこまでは知らん」
俺が知らないところで誰かに教えていたとしても、それは俺には分からない。
知っている範囲をそのまま答えただけだ。
それでもセバスチャンは何も言わなかった。
さっきまで俺を睨んでいた目を少し伏せ、そのままむっつりと黙り込む。
何か考えているらしい。
俺はそんなセバスチャンを見ながら、次に何を言ってくるのか待つことにした。
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