第百八十九話 常識人な俺
ほとんど真っ直ぐ、こっちへ近づいてくる。
「……なんかあったな、これは」
さっきまで同じ辺りをうろうろしていたシルフィアが、急に大きく動き出した。
セバスチャンもそれを追うように移動している。
しかも速い。
歩いている時の位置の変わり方とは明らかに違う。
「走ってるな、これ」
何があったんだ?
セバスチャンが見つかって、怒ったシルフィアに追いかけられてるなら面白いが。
そんなことを考えている間にも、二人の反応はどんどん近づいてきた。
「あっ」
シルフィアの反応が、セバスチャンよりこっち側へ出た。
さっきまではセバスチャンの方が俺に近かったはずだ。
うん。
やっぱりなんかあったな。
なら、大人しく待ってなくてもいいよな。
「よし、俺も行こ」
俺は手綱を引き寄せ、馬に飛び乗った。
そのまま隣に残されていたセバスチャンの馬の手綱も掴む。
このまま馬を置いていくわけにもいかない。
セバスチャンの馬を連れたまま、二人の反応が近づいてくる方向へ馬を走らせる。
街道には旅人がいる。
荷を背負った平民や、荷車を引く者たちがこちらを見ているので、さすがに好き勝手に速度を上げるわけにはいかない。
俺は常識人だからな。
人の間を抜けながら、二人の反応を追う。
だいたいの位置からすると、二人とも街道をこっちへ走っているようだ。
このまま進めば、どこかで会うだろう。
そう思いながら馬を進めていると、前方の人の流れの向こうに、こちらへ走ってくる二人の姿が見えた。
シルフィア。
その少し後ろにセバスチャン。
やっぱり走ってたか。
感知した通りだ。
さらに目を凝らすと、その後ろから何人かの男たちも走ってきている。
ふむ。
やはりなんかあったな。
まったく仕方ない奴らだ。
常識的で平和主義な俺を見習ってもらいたい。
距離が縮まる。
向こうも俺に気づいたらしい。
「あっ! なんでここに!」
シルフィアが目を見開いた。
「やはり何かしてましたな!」
セバスチャンまで余計なことを言う。
「やかましい! とっとと乗れ!」
今はそんなことを話している場合じゃない。
セバスチャンは俺の横へ来た馬の手綱を掴むと、そのまま勢いを殺さず鞍へ飛び乗った。
よし。
シルフィアは――。
「何してる、行くぞ」
「え、ちょっ――」
まごまごしていたので、腕を伸ばして一気に馬上へ引き上げる。
「ああ! もう! また!」
前に抱え込む形になったシルフィアが騒ぎ始めた。
またってなんだ。
ちゃんと助けてやってるだろう。
「セバス、とりあえず逃げるぞ」
「へい」
俺とセバスチャンは馬首を返す。
背後では男たちがまだ走ってきている。
事情は知らん。
だが、こんなところで立ち止まって話を聞く必要もない。
俺たちは同時に馬を加速させた。
驚いて道を空ける旅人たちの横を抜け、少し人の少ない街道脇へ進路をずらす。
さっきより速度を上げる。
風が頬を叩き、前に乗せたシルフィアの髪が揺れた。
「んで、何があった?」
手綱を操りながら聞く。
シルフィアはまだ身体をもぞもぞさせていた。
「ちょっと、降ろして――」
「それは後だ。後ろの奴らはなんだ?」
そう聞くと、シルフィアの動きが止まった。
少しだけ間があり、それから声を張り上げる。
「仲間です!」
「仲間?」
「いえ、元仲間! 裏切り者です!」
ふむ。
仲間。
いや、元仲間。
しかも裏切り者。
なかなか面白くなってきた。
詳しい話を聞こうかと思ったところで、少し後ろを走るセバスチャンがこちらへ声を飛ばしてきた。
「若様、やりますか?」
俺は思わず振り向いた。
「アホ! 常識人な俺がそんなことするわけないだろうが! ここでは旅人たちにも迷惑がかかるしな!」
街道にはまだ人がいる。
こんなところで暴れたら、関係ない連中まで巻き込むかもしれない。
そんな非常識なことをするわけがない。
ところが、俺の前にいるシルフィアが間髪入れず叫んだ。
「ウソ! 絶対ウソ!」
「失礼なやつだなぁ」
せっかく助けてやっているというのに。
やっぱり俺、何か嫌われるようなことしたっけ?
次回更新は、明日5時となります。




