第百八十四話 揺れるルディア家
歩き出したシルフィアの背中を眺めながら、俺は少しだけ考えた。
ジルベッドがオルフィアの乳兄弟で、その姉であるシルフィアも幼い頃からオルフィアに仕えていた。
なら、ルディア家の内情も多少は知っているだろう。
「なぁ、ルディア領では誰が当主を継ぐんだ?」
そう聞くと、シルフィアの歩みがわずかに遅くなった。
「正直なところ、オルフィア様が出奔してしまったので、かなり混乱しています」
声から、さっきまでの怒気が消えている。
代わりに混じった重さは、聞き流していいものには思えなかった。
「ふむ。オルフィアが戻れば、オルフィアが継げるのか?」
「……どうでしょうか」
シルフィアはすぐには続けなかった。
街道の端に伸びる草を踏まないよう少しだけ進路を変え、それから前を向いたまま口を開く。
「私はそうなってほしいと思いますし、他にもそう思う者は多いと思いますが……」
歯切れが悪い。
まぁ、そうなるか。
確かルディア家には、オルフィア以外に明確な後継者がいなかったはずだ。
以前オルフィア本人に聞いた話では、父親の弟、その息子、それに祖父の曾孫あたりまで候補になりそうな男はいるらしい。
だが、全員が平民の女から生まれている。
オルフィアだけは母親が貴族だった。
この世界で家を継ぐとなれば、それは小さな差ではない。
血と魔力は、貴族の家にとって嫌でも切り離せないものだ。
とはいえ、そのオルフィア本人は帝国への亡命を望んで、自分からルディア家を出てしまっている。
仮に今さら戻ったとしても、王国がすんなり家を継ぐことを認めるかはかなり不透明だろう。
「オルフィアがなぜ出奔したのか、知っているか?」
俺が聞くと、シルフィアの足が少しだけ鈍った。
顔は見えない。
だが、さっきまで真っ直ぐ前を見ていた頭がわずかに下がった。
「……帝国への亡命を望んだからです」
小さな声だった。
けれど、聞き間違えるような答えではない。
やっぱり知っているのか。
「それはお前だから知っているのか? それとも他の者たちも知っているのか?」
今度は少し間があった。
シルフィアは何かを思い出すように視線を落としたまま、ゆっくり答える。
「……分家の方々が騒いだので、少なくとも城内では知られていると思います」
「なるほどなぁ」
それなら、なおさら面倒そうだ。
オルフィアが突然いなくなっただけなら、戻った時にどうにか取り繕える余地もあったのかもしれない。
だが、帝国への亡命を望んで出奔したことが城内で知られている。
しかも分家の連中まで騒いだというなら、オルフィアが何事もなかったように戻って、そのまま家督を継ぐというのは難しいだろう。
……いや。
それ自体は、別に問題ないのか。
オルフィアはそもそも帝国への亡命を望んでいる。
ルディア家の当主になりたいから逃げたわけではない。
なら大事なのは、オルフィアが戻って家を継げるかどうかではなく、ルディア家そのものがそれなりに落ち着くかどうかだ。
だが、そのためには気になることがある。
「キツい事を聞くが」
俺が声を掛けると、シルフィアが少しだけこちらへ顔を向けた。
「当主はなぜ死んだ?」
足が止まった。
今度ははっきりと。
俺も手綱を引く。
隣を進んでいたセバスチャンも何も言わず馬を止めた。
風が街道の草を揺らし、馬が鼻を鳴らす。
シルフィアはしばらくこちらを見なかった。
「……分かりません」
やがて出てきた声は、さっきよりもずっと沈んでいた。
「私はすでに役目に出ていましたし、すぐに戻ろうとすると、最後の役目だからきちんと果たすべきだと分家の方々より使いが来ました」
なるほど。
シルフィアは当主が死んだ時、その場にいなかったのか。
しかも戻ろうとはした。
だが、分家から来た使いに止められ、そのまま役目を続けた。
本人が見ていない以上、死因を知らないのも当然だ。
俺は馬上から、立ち止まったシルフィアを見る。
「その分家の者たちの中に、ルディア家をまとめられそうな者はいるか?」
「分かりません」
答えは早かった。
「私はオルフィア様に仕えていましたので、あまりそちらとは……」
そこで言葉が途切れた。
シルフィアは少しだけ迷うように口を閉じ、それからこちらへ身体ごと振り返る。
「あの、ギルバート様はオルフィア様とどのようなご関係なのですか?」
次回更新は20時となります。




