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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百八十二話 大人しく出て行こう


 女が泣き止むまで、俺は何も言わずに待った。


 短剣を胸に抱いたまま俯いている肩は、しばらく小さく震えていた。


 俺からすれば、オルフィアは少し前まで普通に飯を食っていたし、ジルベッドだってちゃんと生きている。


 だが、こいつはそれを知らなかったのだ。


 そう考えれば、まあ泣くくらいは仕方ないのだろう。


 やがて女は何度か息を整え、目元を拭った。


 まだ少し赤くなった目で手元の短剣を見て、それから俺へ差し出してくる。


「……これ」


「構わん、お前が持ってろ。お前らの短剣なんだろ」


 受け取らずに言うと、女は困ったように短剣へ視線を落とした。


「だが……」


「安心しろ。短剣がいるならジルベッドには城で適当な短剣をくれてやる」


 そもそも、その短剣の中身はおもちゃみたいなやつだし。


 ジルベッドから渡された時に見たが、立派なのは紋章の入った外側の方だった。


 あいつの姉へ見せるためのものなのだから、役目としてはこれで十分だったのだろう。


 女はまだ何か言いたそうにしていたが、ふと俺の言葉の途中で動きを止めた。


「……城?」


 きょとんとした顔で俺を見上げている。


 ん?


 ああ。


 そういえば言ってなかったな。


「ああ、言い忘れてた。俺はマバール家三男、ギルバート・マバールだ」


「――っ」


 女が息を飲んだ。


 さっきまで泣いていた顔が固まり、そのまま慌てたように片膝を床へつく。


「し、失礼しました」


 深く頭まで下げられた。


 急に態度が変わったな。


 まあ、傭兵だと思っていた奴がいきなりマバール家の人間だったら、こうなるのかもしれない。


「構わんから立て」


 俺が言うと、女は少し迷ったあと、おずおずと立ち上がった。


 短剣はまだ手に持ったままだ。


 俺としては、そっちより気になることがある。


「それより、お前こんなところで何してるんだ?」


 オルフィアに仕えている騎士。


 しかもジルベッドの姉。


 そんな奴が、なんでこいつらと一緒にいるのか。


 女は一度だけ口を閉ざした。


 だが、今度はさっきのように長く迷わなかった。


「はい。少し前から領内に奇妙な話が広まっており、ご当主様より命じられ、それを調べていました」


 奇妙な話。


 こいつらが話していた、あれか。


 戦うより話し合え。


 争うより協力しろ。


 そのためにも話し合うための力がいる。


 確かに、今の王国であんなことを真面目に言いながら人を集めていたら、気になる奴は気になるだろう。


 ただ、俺の耳に引っかかったのは別のところだった。


「ご当主様?」


 俺が聞き返すと、女はわずかに黙った。


 さっきまで握っていた短剣へ目を落とし、それから静かに答える。


「……先代のご当主様です」


「ふーん」


 そういうことか。


 こいつが調べ始めたのは、あの話を聞く前だったらしい。


 だから今もこうしてこいつらと行動していたわけか。


 俺がそれ以上何も言わずにいると、女は少しこちらをうかがうように顔を上げた。


「……あの、オルフィア様はご当主様の事は?」


「……知ってるぞ」


 それだけ答えた。


 女の顔がわずかに動いたが、何かを言うより先に、扉の横に立っていたセバスチャンがこちらへ顔を向けた。


「ちとまずいですぜ」


 その声に俺も扉を見る。


 セバスチャンがああ言うなら、何かある。


「騒ぎすぎたか」


 そう言うと、セバスチャンは少し笑った。


「向こうもだいぶ騒がしくなってきやしたぜ」


 耳を澄ます。


 確かに部屋の外、小屋の中がさっきより騒がしい。


 声までははっきり聞き取れないが、何人か動いているらしい物音が壁越しに伝わってくる。


 うーん。


 ここ、壁薄いしなぁ。


 女も途中から少し声が大きくなっていた。


 泣いてもいたし、俺たちもずっと黙っていたわけじゃない。


 何を話していたかまで聞こえたのかは知らないが、このまま部屋にいたら面倒になりそうだ。


「仕方ないな、出るか。せっかく飯が美味くなっていってるのに残念だけどな」


 もう少しくらい食っていたかった。


 あの調子なら、まだ美味くなりそうだったのに。


 俺が寝台から立ち上がると、セバスチャンが短く聞いてきた。


「やりますか?」


「うーん」


 少し考える。


 どうするかなぁ。


 妙なことを考えてはいるが、今のところ俺たちへ何かしたわけでもない。


 料理も美味かった。


「いや、面白い奴らだし、大人しく出て行こう」


 わざわざ殴り合う必要はないだろう。


 俺がそう決めると、女が俺とセバスチャンを交互に見た。


「あ、あの、私は……」


「なんか大事な荷物とかあるのか?」


「い、いえ、特には……」


「んじゃ、行くか」


 俺は壁へ向き直った。


 扉から出れば、小屋の中にいる連中と顔を合わせる。


 そうなれば止められるかもしれないし、話をすることになるかもしれない。


 せっかく大人しく出て行くと決めたのだ。


 わざわざ面倒な方へ行く必要はない。


 俺は壁へ攻撃魔法を放った。


 鈍い音と一緒に壁が弾け、木片が外へ飛んでいく。


 穴の向こうから外の空気が一気に流れ込んできた。


「ほら、行くぞ」


「あっ――」


 俺は女を抱え上げた。


 考えている暇を与えるより、この方が早い。


 横を見ると、セバスチャンは俺と自分の荷物をすでに持っていた。


「馬はこっちですぜ」


 言いながら、俺が開けた壁の穴を抜けて先へ走っていく。


 さすがだ。


 こういう時に余計なことを聞かない。


「あの、ちょっと……」


 腕の中の女が何か言っている。


 だが今は知らん。


 俺も壁の穴から外へ出ると、そのままセバスチャンの後を追った。


 背後の小屋がさらに騒がしくなる。


 さすがに壁が突然なくなれば気づくよな。


 先を走っていたセバスチャンは、もう馬のところへ着いていた。


 俺が追いつく頃には馬を確保している。


 そのまま俺も馬へ乗った。


 女までいるので少し狭いが、ここから離れるくらいなら問題ない。


 セバスチャンもすぐに馬上へ上がった。


 その時になって、小屋の扉が勢いよく開く。


 おっさんや男たちが何人も外へ出てきた。


 だが、遅い。


 俺たちはもう馬の上だ。


「行くぞ」


 馬を走らせる。


 後ろから何か声が聞こえたような気もしたが、風と蹄の音に混じってよく分からない。


 俺は一度だけ振り返った。


 壁に穴の開いた小屋の前で、おっさんたちがこちらを見ている。


 まあ、色々あったけど。


 せっかくあそこまで上達したんだ。


 最後にそれくらいは伝えておこう。


 俺は片手を上げた。


「料理、がんばれよー!」


 声を残して、そのまま馬を走らせる。


 小屋はすぐに遠ざかっていった。

次回更新は明日5時の予定です。

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― 新着の感想 ―
小料理民宿の夢が終わってしまった
最後までズレたやり取りが面白い。
彼らには、ぜひとも食で世界を変えてもらいたい!
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