第百八十話 俗な目的
俺とセバスチャンは、目の前に出された料理を真剣に味わっていた。
最初にここで食ったものと比べれば、もう別物と言ってもいいかもしれない。
別に城で出されるような豪華な料理じゃない。見た目だって普通だし、使っているものも旅の途中で食うようなものと大きく違うようには見えない。
だが、美味い。
ちゃんと食べる側のことを考えて作っているのが分かる。
俺は口の中に残った味を確かめながら、ゆっくり頷いた。
「……うん、美味い」
向かいで同じように料理を食べていたセバスチャンも、満足そうに頷く。
「また腕が上がったな」
俺たちの言葉を聞いていた男たちが、顔を見合わせながら笑った。何人かは嬉しそうに頷いているようにも見える。
うむ。
やはり料理は大事だ。
ここは街道から離れている。
それに、俺たちへあてがわれた部屋は狭い。寝台だって正直いまいちだ。寝返りを打つだけで軋むし、わざわざあれを目的に遠くから泊まりに来たいとは思わない。
だからこそ、料理にはこだわらなければならない。
普通の宿屋というのは、まず泊まるための部屋があって、そこに食事が付いてくるものだと思う。
もちろん全部がそうだとは言わない。
俺だってこの世界中の宿屋を泊まり歩いたわけじゃないし、知らない土地へ行けば変わった宿屋だってあるだろう。
ただ、少なくともこれまで俺が泊まってきた宿屋は、だいたいそんな感じだった。
部屋が主体で、飯はその次。
だが、ここは逆を目指しているようだ。
食事が主体。
美味いものを食べるために来て、なんならそのまま泊まれるよ。
そういうことなのだろう。
これは新しい商売の形ではないだろうか。
なかなかの目の付け所だと思う。
料理も実際に美味くなっているし、このまま身内だけで食っているのは少し勿体ない。
俺は近くにいた男へ顔を向けた。
「なぁ、お前ら宿場町や村を回っているだろ。なんなら、そろそろ客を呼んでみてもいいんじゃないか?」
男たちの笑顔が止まった。
さっきまで料理を褒められて嬉しそうにしていたのに、今度は何人かが戸惑ったように互いの顔を見合わせている。
やっぱり不安か。
実際に客へ出すとなれば、身内に食わせるのとは違う。
だが、いつかは試さなければならない。
「そろそろ試してもいいだろう」
セバスチャンも大きく頷いた。
ほら。
俺だけじゃない。
「最初、不安になるのは当然だ。だが、いつかは試さなくてはいけない。今なら通用すると思うぞ」
「この料理なら満足する者は多い。自信を持て」
セバスチャンまで後押しする。
男たちはますます困ったように顔を見合わせた。
そんな俺たちのやり取りを奥の方で見ていたおっさんが、とうとう口を挟んできた。
「待て、ちゃんと説明しただろ。我々の目的は宿屋経営ではない!」
「うむ、分かっている」
俺は頷いた。
そこはちゃんと分かっている。
こいつらには、こいつらなりの目的がある。
王国だの帝国だの、大陸だの。
戦うばかりではなく話し合えばいいとか、協力できるとか、話し合うための力が必要だとか。
なんかおもろいことを真面目に考えている連中だ。
俺だって全部忘れたわけじゃない。
「だが、どちらにせよ人が集まらなければ意味はないだろ」
俺がそう返すと、おっさんが言葉を止めた。
人と話し合いたい。
考えを広めたい。
そのために宿場町や村を回っている。
なら、人が集まる場所を作ればいい。
しかも、せっかく料理まで美味くなったのだ。
使わない理由がない。
「だからこそだ。空腹で話し合うより、美味いものを食って美味い酒を飲んでからの方がずっと話は弾むぞ」
「ぐっ……」
おっさんが変な声を漏らした。
少し黙ったあと、それでも何か言わなければならないと思ったのか、口を開く。
「だ、だが、それでは我らの崇高な目的がぼやけてしまう」
「アホか。その程度でぼやける崇高な目的なんかあるか」
俺は即座に言い返した。
飯を食っただけで消える目的なら、その程度だったということだろう。
別に飯を食わせたからって、こいつらの考えていることまでなくなるわけじゃない。
「それに食べすぎたり飲みすぎれば泊めてやればいい。そうすれば感謝もされるし、金にもなる。どこが問題だ?」
「う、うむ……そう言われると、そういう考え方もある、のか?」
おっさんが考え始めた。
あるだろ。
むしろ、かなり良いと思う。
俺は少し身を乗り出した。
「いいか、強かろうと弱かろうと腹は減るんだ。空腹より満腹の方が人は喜ぶ。一緒に美味い飯を食って、美味い酒を飲めば心の距離も縮まる。その方がずっと上手くいくだろう」
これは別に難しい話じゃない。
貴族だろうが騎士だろうが平民だろうが、腹が減れば飯を食う。
どれほど強い奴だって腹が減らなくなるわけじゃない。
なら、そこから始めればいい。
まあ、食事だけで満足して帰る奴もいるかもしれないし、酒を飲みすぎて肝心の話を忘れる奴もいるかもしれんけど。
それは黙っておこう。
今わざわざ言う必要はない。
俺としては、せっかくここまで美味くなった飯が消える方が勿体ない。
それに、このやり方ならこいつらの言う崇高な目的とやらが頓挫しても、食ってはいけるだろう。
こいつら、なかなか面白い奴らだからな。
変なことを真面目に考えて、そのためにあちこち歩き回って、人まで集めている。
成功するかどうかは知らないが、せっかくなら途中で潰れない方がいい。
というか。
その崇高な目的より、こっちの俗な目的の方が未来は明るそうに思えるけどなぁ。
美味い飯を食わせれば喜ばれるだろうし。
金も取れる。
酒も売れる。
泊まりたい奴がいれば泊めればいい。
少なくとも、何をどう話し合えば大陸全部が仲良くなるのか考えるよりは分かりやすい。
俺の言葉を聞いたおっさんは黙り込んだ。
腕を組んだりはしていないが、何か考えているようには見える。
少しくらいは分かってくれたのだろうか。
まあ、どっちでもいいけど。
ふと部屋の奥へ目を向ける。
そこでは、たぶんおそらく俺が殴り飛ばした若い男と、何人かの男たちが寄って何やら話していた。
何を話しているかまでは聞こえない。
俺が視線を向けても、こちらへ来る様子もなかった。
「……ふーん」
まあいいか。
俺が考えなければならないことでもない。
こいつらにはこいつらの事情があるのだろう。
宿屋にするにせよ、崇高な目的とやらを追いかけるにせよ、決めるのはこいつらだ。
俺とセバスチャンは立ち上がった。
男たちへ軽く手を上げる。
「がんばれよ」
何を、とは言わなかった。
料理でもいい。
宿屋でもいい。
崇高な目的とやらでもいい。
全部まとめて勝手に頑張ればいい。
俺たちはそのまま、あてがわれた小さな部屋へ戻った。
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次回更新は12時の予定です。




