第百七十六話 話し合うための力
俺としては、まだまだやる気だった。
せっかくオルフィアから教えてもらった部分型防御魔法が、思っていた以上に使えそうだと分かったところだ。剣を腕で受けても傷一つつかないし、拳で殴ってもこっちの手はなんともない。
もう何人か相手をしてもらえば、もう少し試せたんだけどな。
だが、あそこまで懇願されてしまっては仕方ない。
俺は優しいからな。
両腕へ展開していた部分型防御魔法を解き、それ以上は誰にも近づかなかった。
それを見ていたセバスチャンは、まだ笑っている。
さっきほど大声ではないが、肩を揺らしながら、時々こっちを見てはまた笑う。
……何がそんなに面白いんだ。
ちゃんと手加減しただろ。
俺が少しだけ睨んでも、セバスチャンはまったく気にする様子がなかった。
そんな俺たちのところへ、さっきから話をしているリーダー格っぽいおっさんが近づいてきた。
相変わらず本当にリーダーなのかは知らない。
ただ、こいつが俺たちと話し、ここまで連れてきて、腕試しまで仕切っていたんだから、それなりの立場ではあるんだろう。
おっさんは小屋の方へ俺たちを連れていこうとする。
その前に、俺は地面へ倒れている若い男を見た。
まだ仲間たちがそばにいる。
殴ったのは俺だ。
手加減はしたが、顔を殴って吹き飛ばしたのも俺だ。
なら、治してやるか。
治癒魔法なら使える。
わざわざ痛いままにしておく必要もないだろう。
俺が若い男へ近づいて治癒魔法を使おうとすると、なぜか止められた。
「ん?」
なんでだ?
別にトドメを刺したりしないぞ。
治してやろうとしてるんだが。
俺は少し不思議に思いながら、倒れている若い男を見る。
さっきまでぴくぴくしていたし、少なくとも死んではいない。だったら治癒魔法を使ってやった方が楽だと思うんだが、どうも近づかせたくないらしい。
まあいいか。
本人たちが嫌だっていうなら仕方ない。
俺は視線を上げた。
少し離れたところに、さっきから気になっている女がいる。
やっぱり、どこかで見たような気もするんだよなぁ。
俺がちらっと女の方を見る。
その瞬間、女の身体がびくっと動いた。
さらに一歩、後ろへ下がる。
……ん?
なんもしてないんだが?
俺はただ見ただけだぞ。
さっきだって、別にあの女へ何かしたわけじゃない。
戦ってみたいとは言ったけど。
結局、戦ってないし。
なのに、なんで後ずさるんだ?
俺が首を傾げている間に、さっき殴り倒した若い男は仲間たちに肩を貸してもらいながら身体を起こしていた。
足元はまだ少し危なそうに見えるが、自分で動けないわけではないらしい。
ほら。
やっぱりちゃんと手加減出来てるじゃないか。
若い男は仲間たちに支えられたまま、小屋の中へ入っていった。
他の者たちもそれに続く。
例の女も中へ入っていく。
俺とセバスチャンも、おっさんに連れられて小屋へ入った。
中へ足を踏み入れ、俺は少しだけ周囲を見る。
……普通だな。
外から見た時にも普通の小屋だったが、中に入っても普通の小屋だった。
とりあえず今いる場所から見える範囲には、地下へ続いていそうな階段なんてものはない。
怪しい像もない。
壁の一部だけ妙に違うとか、そういう分かりやすく怪しいものも見当たらない。
奥には何部屋かあるみたいだ。
ただ、ここから見える限りでは、取り立てて変なところはない。
……つまらん。
林の奥に人目を避けるように建っている小屋だから、もう少しくらい何かあるかと思ったんだけどな。
秘密基地っぽい何かとか。
まあ、勝手に俺が期待していただけなんだけど。
俺はもう一度、小屋の中にいる連中を見る。
殴った若い男。
その仲間たち。
さっきの女。
俺たちをここへ連れてきたおっさん。
……そういえば。
こいつら、なんの集団なんだ?
面白そうだからついてきた。
腕試しをするっていうから戦った。
でも、こいつら自身のことは何も聞いてなかったな。
なんだか小屋まで普通だし、少しずつどうでもよくなってきた。
だったら遠回しに聞く必要もないか。
俺は小屋へ入ってきたリーダーっぽいおっさんへ顔を向けた。
「おい、お前ら何者なんだ?」
俺がそう聞くと、おっさんは少しだけ姿勢を正した。
「うむ、我々は王国の未来を憂い、戦っているお方に協力しているのだ」
……。
それでは何も分からん。
俺は少し待ってみた。
もしかすると、この後に名前でも続くのかと思ったからだ。
だが、おっさんは何も言わない。
どうやら今ので説明したつもりらしい。
「はっきり言え、はっきり。それじゃ何も分からん」
俺が言うと、おっさんの顔がわずかに動いた。
なんだよ。
こっちは聞いてるんだから、答えるなら答えてくれ。
なんかもう、つまらなくなってきたし、どうでもよくなりそうなんだよなぁ。
最初は妙な連中に声をかけられて、どこへ連れていかれるのかと少し期待した。
林の奥へ入っていくのも面白かった。
腕試しまであった。
そこまでは良かったんだ。
なのに、着いた場所は普通の小屋で、正体を聞けば意味の分からない答えが返ってくる。
演技するのも面倒になってきたな。
もうこいつら全員ぶちのめして、口を割らせた方が早いんじゃないか?
さっきの感じなら、たぶんそれほど時間もかからない。
俺がそんなことを考えていると、隣にいたセバスチャンが口を開いた。
「つまり、お前さんたちは王国貴族側なんだな?」
俺は黙っておっさんを見る。
そうだな。
王国の未来を憂いている誰かに協力しているというなら、まず思いつくのは王国貴族だ。
だが、おっさんはすぐに首を振った。
「いや、我々はそのような狭い話で動いてはいない。王国の未来を見ているのだ」
ん?
王国の未来?
俺は少しだけ興味を引かれた。
さっきよりは具体的になった……のか?
まだ何も分からない気もするが、単にどこかの貴族へ雇われて動いている連中ではないらしい。
いや、それもまだ分からんか。
こいつがそう言っているだけだ。
まあいい。
ちょっとだけ面白くなってきた。
もう少し話を聞いてみよう。
俺が黙っていると、セバスチャンが鼻を鳴らした。
「ふん。まさか王都貴族のことじゃねえよな」
「あのような私利私欲に塗れたような連中と一緒にするな。我々はもっと崇高な目的のために動いている」
おっさんの声が少し強くなった。
へえ。
王都貴族でもないのか。
俺はセバスチャンを見る。
セバスチャンは相変わらず気楽そうな顔をしていた。
「ほう、崇高な目的ねぇ」
口元が少し上がる。
「なんだそりゃ。食えない綺麗事じゃねえのか?」
完全に小馬鹿にしているな。
さっきまで俺を見て大笑いしていたくせに、今度はこっちを楽しみ始めたらしい。
「そうではない!」
おっさんはセバスチャンへ身体を向けた。
「そもそも、王国と帝国が争っていることが問題なのだ」
王国と帝国が争っていること?
俺は少し眉を寄せた。
随分と話が大きくなってきたな。
セバスチャンも同じことを思ったのか、少し面白そうにおっさんを見る。
「なんでい。大陸を統一でもしようってのか?」
半分は冗談みたいな口調だった。
俺も、さすがにそこまではないだろうと思った。
ところがおっさんは黙った。
ほんの少し間が空く。
「……そうだ」
ん?
「大陸は統一されるべきなのだ」
俺は思わず、おっさんの顔を見直した。
冗談を言っているようには見えない。
王国の未来とか、崇高な目的とか、大きなことを言う奴だとは思ったが、本当に大陸まで出てきたぞ。
大陸を統一する。
それなら王国と帝国が今みたいに別れて争うこともなくなる、ということか?
でも、それってつまり――。
「ん? つまりは王国が帝国を倒すってことか?」
思わず口に出していた。
おっさんが俺を見る。
「若いと、そう考えるのも無理はない」
なんだその言い方。
俺が若いのは間違いないけどな。
おっさんは俺から視線を外すと、今度は俺とセバスチャンだけに聞かせるというより、小屋の中にいる全員へ言い聞かせるように声を張った。
「戦い、倒すばかりが方法ではない」
周囲に声が響く。
「協力することも出来るのだ」
おっさんはそう言うと、
「我々はケダモノではない。人間なのだ。話し合い、協力することが出来るのだ」
おっさんはそう続けた。
話し合い、ねぇ。
俺は少し考える。
王国と帝国が争う必要はない。
話し合って協力すればいい。
言っていることだけなら分からなくもない。戦わずに済むなら、その方が死人も出ないだろう。
でも、大陸を統一するって話なら、それだけじゃ済まない気がするんだよなぁ。
「いや、だからその話し合いで協力して、どっちが頭になるんだ? 帝国か? 王国か?」
俺が聞くと、おっさんは少しも迷わなかった。
「それを決めるためにも、話し合うことが大事なのだ」
「うーむ……」
つまり本当に、話し合いで全部解決して大陸を統一しようとしてるのか?
……無理じゃね?
王国と帝国が争わなくなるところまでは、まだ分かる。
お互いに戦うより得になるなら、戦わずに協力することだってあるだろう。
でも統一するとなれば話は別だ。
どっちかが頭になる。
あるいは、今までとは違う形になるのかもしれない。
どうなるにしても、今持っているものを失う奴は出るだろう。
基本的に、俺は人間ってのは今以下になることを嫌う生き物だと思っている。
今あるものを手放したくない。
出来るなら今以上が欲しい。
ほとんど本能みたいなもんじゃないか?
金があるなら、もっと欲しい。
立場があるなら、もっと上へ行きたい。
領地を持っている奴なら、減らすより増やしたいと思うだろう。
もちろん全員がそうだとは言わない。
俺だって楽に暮らせるなら、それでいいと思ってるしな。
……いや、でも俺も女は増えてるか。
まあ、それは今はいい。
とにかく、人間が今より上を望むからこそ、色々と発展してきたところだってあると思う。
なら、王国と帝国の上にいる連中が、話し合った結果として自分から今より下へ降ります、なんて簡単に納得するのか?
「いや、それは難しいだろ」
俺が率直に言うと、おっさんは拳を握った。
「だからこそ、話し合うための力が必要なのだ!」
小屋の中に大きな声が響いた。
……力?
「いや、力尽くで話し合うなら、征服した方が早いだろ?」
それだけの力があるなら、わざわざ相手に何度も頼んで話し合う必要があるのか?
勝ってしまえばいい。
王国が帝国を倒すにしても、帝国が王国を倒すにしても、その方が統一という結果だけは早く出るだろう。
だが、おっさんは強く首を振った。
「違う。話し合うための力だ。征服するための力ではない」
「……?」
同じじゃないのか?
力を持って相手に言うことを聞かせる。
そこまで出来るなら、そのまま倒してしまうことだって出来るだろう。
俺の顔に納得していないのが出ていたのか、おっさんは握った拳を胸の前まで上げた。
「確かに武力は必要だ。それは間違いない。だが、それを倒すことばかりに使うべきではない!」
さっきよりさらに声が大きくなる。
「未来のために使うべきなのだ!」
未来のため、ねぇ。
俺は黙っておっさんを見る。
武力なんて必要ない、みんなで仲良く話し合えばいい、って話ならもっと分かりやすかったんだけどな。
こいつはそうじゃない。
武力は必要だとはっきり言っている。
その力を持った上で、相手を倒すんじゃなく話し合えと言っているわけか。
うーん。
武力なき交渉は無力ってのは分かるがなぁ。
こっちに何の力もなければ、そもそも相手が話を聞いてくれるとは限らない。
この世界なら、なおさらだ。
でも、力を持って話し合いを始めたとして、その話がまとまらなかったらどうする?
王国は王国が上に立つべきだと言う。
帝国は帝国が上に立つべきだと言う。
どっちも譲らない。
そんなことになったら、結局そこで終わりじゃないのか?
「話し合いが決裂したらどうするんだ?」
俺が聞く。
おっさんは一瞬も迷わなかった。
「話し合う」
……。
俺はおっさんを見る。
おっさんも俺を見ている。
どうやら聞き間違いではないらしい。
決裂したらどうするのかと聞いた。
答えは、話し合う。
うーむ。
俺は何も言わず、ちらっと周囲を見る。
小屋の中にいる連中の多くが、おっさんを見ながら頷いていた。
なんというか、瞳まで輝いて見える。
さっきまで俺が殴った若い男に肩を貸していた奴もいるし、腕試しの時に小屋の前に立っていた奴らもいる。
全員がまったく同じ反応というわけではない。
何人かは、少し冷静に見える。
それから――。
俺は例の女へ視線を向けた。
女は騒ぐこともなく、おっさんの方を静かな目で見ていた。
やっぱりこいつだけ、ちょっと雰囲気が違うような気もするんだよなぁ。
まあ、それだけで何か分かるわけじゃないけど。
俺はもう一度、おっさんへ視線を戻した。
大陸を統一する。
王国と帝国は話し合えば協力出来る。
そのためには武力も必要。
でも、その武力は征服するためではなく話し合うために使う。
そして話し合いが決裂したら、また話し合う。
……なんだかなぁ。
新しい思想の始まりとでも考えれば、ちょっと面白いんだけどなぁ。
少なくとも、俺が今まで見てきた連中とは少し違う。
違うんだが――。
俺は熱っぽく語っていたおっさんと、その言葉に頷いている連中を眺めた。
うーん。
あんまり明るい未来は想像出来んなぁ。




