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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百六十六話 正しい選択


 翌朝、目を覚まして身支度を整えていると、部屋へ来た使用人から父上は朝食の席には出られないと伝えられた。


 まあ、今の父上の状況を思えば仕方ない。


 久しぶりに父上と朝飯を食えるかもしれないと、少しだけ楽しみにしていたのだが。


 残念ではあるが、無理に時間を作ってもらうほどのことでもない。俺は一人で朝食を済ませ、席を立った。


 朝のシルディア城には、すでに多くの人間が動く気配があった。廊下を行き交う使用人の足音が重なり、遠くでは扉の開閉する音も聞こえてくる。


 俺も部屋へ戻ることなく、そのまま廊下を歩いていく。


 少し進んだところで、こちらへ向かってくるセバスチャンの姿が見えた。


「よう」


 軽く声をかけると、セバスチャンも歩みを緩めながら軽く頭を下げた。


「おはようございやす」


 そのまま並んで歩き始める。


 向かう先はオルフィアの部屋だ。


 昨夜はあのままジルベッドを残して部屋を出た。朝になってどうしているのかは気になるが、その前にセバスチャンから聞いておきたいことがある。


 どうやらこいつは昨夜のうちにシルビア橋まで行き、向こうにいる騎士たちと話をしてきたらしい。


「橋の方はどうだった?」


 俺が聞くと、セバスチャンは前を向いたまま答えた。


「橋の様子は問題ありやせん。ですが最近、王国側からの流入が増えておるようです」


「ふむ、原因は分かるか?」


「でかい原因はないようですぜ」


 でかい原因はない。


 妙な言い方だな。


 足を止めるほどではないが、少し気になって隣を見る。


「つまり小さな原因はあるのか?」


「あちこちで細かな増税や関所が増えているようですな」


「ふむ……」


 歩きながら考える。


 シルビア橋を通って王国側から来る者が増えているのなら、橋を守る騎士たちの耳にも、向こう側の話はいくらか入ってくるのだろう。


 増税か。


 貴族が税を増やす理由はいくつかあるが、多いのは王国からの税が増えた時か、自分の領地で何かあった時だ。


 もし王国からの税が増えたのなら、なぜ今なのかという疑問は残る。


 それでも、まだ分からなくはない。


 問題は、そうではなかった場合だ。


 各地の貴族が、それぞれの事情でバラバラに税を増やしているとしたら。


 一つ一つは小さな理由なのかもしれない。


 だが、それがあちこちで同時に起きているのなら、王国全体にじわじわと不安が広がっている可能性がある。


 関所まで増えているというのも、あまり気持ちのいい話ではない。


「なんだかきな臭く感じるな」


 俺がそう言うと、隣を歩くセバスチャンも頷いた。


 なんとなくだが、父上はもっと前から何かを感じているのではないだろうか。


 戦乱の気配を。


 だからこそ、最前線ともいえるこのシルディア城に常駐しているのかもしれない。


 マバール家が王国から帝国へと動いた。


 それによって大陸全体の力の釣り合いが変わったのは確実だ。


 だが、その影響がいつ、どこで、どんな形になって現れるのかまでは俺には分からない。


 父上には、俺よりも何かが見えているのだろうか。


 そう考えると、俺がここへ呼ばれた理由まで少し気になってくる。


 俺は単純に、謹慎が解かれたからシルビア橋へ呼ばれたのだと思っていた。


 俺の騎士団もこちらにいる。


 ならば、俺をこちらへ呼んで合流させる。


 それだけなら何もおかしくはない。


 だが、逆でもいいはずだ。


 俺がいたマバール城へ騎士団を戻せば、それで済む。


 今回はオルフィアも一緒に連れてこいと言われたから、俺は単にオルフィアの護衛兼監視として呼ばれただけだと思っていた。


 だが、それだけではないとしたら……。


 俺は廊下の先へ目を向けた。


 考えても答えは出ない。


 そもそも、何かが起きると決まったわけでもないのだ。


 それでも。


「ふむ、心づもりくらいはしておいた方が良さそうだな」


 俺の言葉に、セバスチャンも黙って頷いた。


 何が起きるか分からないなら、何が起きても動けるようにしておけばいい。


「セバス、すまんが仕事に影響ないなら出来るだけ騎士たちを休ませろ。必要なら数日休ませて、交代でマバール領まで戻してもかまわん」


 騎士たちはしばらくシルビア橋にいる。


 何も起きないのなら、それでいい。


 だが、何か起きた時に疲れていて動けませんでは困る。


 仕事に支障が出ない範囲なら、今のうちに休ませておく方がいいだろう。


 すると、セバスチャンがこちらを見た。


「あっしも休んでいいんで?」


「お前は俺の謹慎中に充分休んだだろ」


 すぐに言い返すと、セバスチャンは一瞬だけ黙った。


 それから、にやりと笑う。


「騎士どもには休むだけではなく、武具の手入れも命じておきます」


「頼む」


 それだけ言うと、セバスチャンは俺から離れ、そのまま外へ向かって歩いていった。


 廊下の向こうへ消えていくセバスチャンの背を見送り、俺はそのままオルフィアの部屋へ向かった。


 城の中は朝から人が動いているが、この辺りまで来ると少し静かになる。昨夜と同じ部屋の前には使用人が一人控えていた。


 俺が近づくと、使用人がこちらへ身体を向ける。


「オルフィアの様子はどうだ?」


「朝食はお召し上がりになりました。ですが、お部屋からは出られていません」


「そうか」


 軽く頷く。


 朝飯は食ったのか。


 それなら多少は立ち直ったのかな。


 とはいえ、昨日の今日だ。部屋から出てこないことまで気にする必要はないだろう。


 扉の前まで進んだところで、少しだけ考える。


 昨夜は出ていけと言われた。


 まあ、あの時とは状況も違う。朝食も食べているし、俺が来たことくらい伝えても問題はないだろう。


 そのまま手を上げ、扉を軽く叩いた。


 少し待つつもりだったのだが、すぐに扉が開く。


 姿を見せたのはジルベッドだった。


 こちらを確認すると何も言わずに身体をずらし、部屋へ入れるだけの隙間を作る。


 入っていいらしい。


 俺はそのまま中へ入った。


 窓から差し込む朝の光が、昨夜よりも部屋を明るく見せている。


 その中で、オルフィアは昨日と同じ椅子に座っていた。


 俺が入ってきたことに気づくと、顔をこちらへ向ける。


「おはよう」


「おはよう」


 返事をしながら、少しだけ引っかかった。


 なんだ?


 昨日までと何かが違う。


 歩みを進めながらオルフィアの顔を見る。


 髪でもない。


 表情も、少なくとも今はいつもと大きく変わっているようには見えない。


 ふーん。


 そこでようやく気づいた。


 少し瞼が腫れている。


 目元もまだ赤い。


 ……なるほど。


 昨夜はかなり泣いたようだな。


 それでも、椅子に座る今のオルフィアの目には涙は浮かんでいない。


 自分から俺に挨拶もした。


 それなら、こちらも変に扱う必要はないだろう。


 父親が死んだばかりだからといって、何を言うにも気を遣われ、腫れ物みたいに扱われる方が嫌なこともあるだろう。たぶん。


 少なくとも、オルフィアは今そうされたいようには見えなかった。


 俺は空いている椅子へ向かいながら口を開く。


「最近、王国側では増税する領が増えているようだが、何か知っているか?」


 いきなりそんな話を振られるとは思っていなかったのか、オルフィアが一度だけ瞬きをした。


 だが、それ以上の反応は見せない。


「いえ、私がいた時には特にそんな話は出なかったわ。ルディア領ではだけど」


「そうか」


 なら、少なくともオルフィアがルディア領にいた時点では、あそこに目立った変化はなかったらしい。


 王国全体でどうだったかまでは分からない。


 セバスチャンが聞いてきた話も、あちこちでそういう話が出ているというだけだ。


 いつからなのか。


 どの領でなのか。


 それぞれ同じ理由なのか。


 分からないことの方が多い。


 俺は椅子へ腰を下ろした。


 すると、それまで少し離れたところにいたジルベッドが茶の用意を始めた。


 何気なく見ていると、どうにも手つきが辿々しい。


 茶器を持ち上げる動きも妙に慎重だし、湯を注ぐ時など、こぼさないことだけに集中しているように見える。


 ……大丈夫か?


 少し不安になったが、別に止めるほどでもない。


 やがてジルベッドは出来上がった茶を俺の前へ置いた。


「どうぞ」


「ああ」


 杯を手に取る。


 湯気が上がっている。


 見たところ変なものが入っているようにも見えない。


 そのまま一口飲んだ。


「……」


 ちょっとまずい。


 出された茶がだけど。


 妙な苦みが舌に残る。


 飲めないほどではない。


 飲めないほどではないのだが、普段レティシアが淹れている茶と比べると、かなり違う。


 俺は杯を見た。


 何が違うのだろう。


 茶葉か?


 いや、俺にそんなものが分かるわけがない。


 淹れ方かもしれない。


 さっきのジルベッドの動きを思い出せば、そちらの方がありそうだ。


 まあいいか。


 俺はもう一口飲んだ。


 やっぱりまずい。


 だが、不思議なもので、まずいと思いながら飲んでいると、それはそれで少し面白くなってくる。


 普段なら美味い茶が出てくる。


 だから、わざわざ味について考えたりもしない。


 こうして妙な味のものが出てくると、今度はどんな味がするのか確かめたくなる。


 うーむ。


 まずい茶も楽しもうと思えば楽しめるもんだな。


 そうやって何度か杯を傾けている間、オルフィアは何も言わなかった。


 俺も無理に話しかけない。


 窓から入る朝の光の中で、杯から細く上がる湯気だけが揺れていた。


 昨夜のような張り詰めた空気ではない。


 だが、だからといって何もなかったことになったわけでもない。


 目の前にいるオルフィアの赤い目元を見れば、それくらいは分かる。


 それでも本人が何も言わないのなら、俺から父親の話を掘り返す気はなかった。


 俺はまた茶を飲む。


 やはりまずい。


 そんなことを考えていると、向かいから小さな声がした。


「ねえ」


 杯を口元から離し、オルフィアを見る。


 こちらを見てはいるが、さっき王国の話をしていた時より声が小さい。


「私、どうしたらいいのかな?」


「知らん」


 素直に答えた。


 するとオルフィアの目が細くなる。


 なんで睨む。


 俺は本当に知らない。


「俺はお前じゃない。俺は俺として考えて動く。誰がなんと言ってもな。お前も、お前が考えて好きに動けばいいだろ」


 そう言うと、今度はオルフィアが少し驚いたように目を見開いた。


「好きに動いていいの?」


「ちゃんと考え、自分で責任をとるなら問題ないだろ。たぶん」


「たぶんなんだ」


 オルフィアが少し笑った。


 ほんの少しだけ。


 だが、その笑みはすぐに薄くなる。


 オルフィアは膝の上に置いていた手へ一度視線を落とし、それからもう一度、俺をまっすぐ見た。


「でも、その時選んだ事が間違っていたら?」


「それも知らん」


 そう答えると、オルフィアはまた俺を睨んできた。


 なんでだ。


 聞かれたから答えているだけなのだが。


 分からないものは分からない。ここで適当なことを言ったところで、後から困るのはオルフィアだろう。


 難しいやつだな。


「間違いだと思って選ぶなら問題だろうが、その時正しいと思って選んだならそれでいいだろ、別に」


 俺はそう言いながら、杯に残っていた茶を口へ流し込んだ。


 最後までまずい。


 舌の奥に残った妙な苦みを感じながら、空になった杯を手に持ったままオルフィアを見る。


「先の事なんて俺には分からん」


 オルフィアは何も言わなかった。


 ただ、さっきまでのように睨むこともなく、じっとこちらを見ている。


 俺は飲み干した杯を机の上へ置いた。


 軽い音が部屋に響く。


「後から考えれば、別の選択の方が正しかった事なんて誰にでもあるだろ」


 あの時、別の道を選んでいれば。


 あそこで違うことを言っていれば。


 そんなものは、後からならいくらでも考えられる。


 だが、その時には分からなかったことまで使って昔の自分を責めたところで仕方がない。


「だが未来を見通す事なんて俺には出来ん。過去に戻る事も俺には出来ん」


 俺が知っているのは、今ここまでのことだけだ。


 明日何が起きるかも分からない。


 王国で起きている細かな増税が何を意味しているのかも、父上が何を考えてシルディア城にいるのかも、俺がここへ呼ばれた本当の理由も。


 考えることはできる。


 予想することもできる。


 だが、それが正しいかどうかは別の話だ。


「なら、その時その時で良いと思ったことをやるしかないだろ。結果的に間違っていたとしてもな」


 オルフィアの目が少しだけ揺れたように見えた。


 俺はそれ以上、そこに意味を探すのをやめる。


「俺はそう思うし、そうしてる」


 別に立派なことを言っているつもりはない。


 俺だって失敗はする。


 思っていたのと違う結果になることもある。


 その度に全部投げ出していたら何も出来なくなる。


 だから考える。


 考えて、それでも分からないなら、その時の自分が一番ましだと思ったものを選ぶ。


 後のことは、その時の俺がなんとかすればいい。


 ふと、机の上に置いた杯が目に入った。


 さっきまで入っていた茶の味を思い出す。


「まずいと思う茶も、飲み慣れれば美味く感じる事もある。かもしれん。もしかしたらな」


 口にしてから、自分でもずいぶん曖昧だと思った。


 だが、分からないのだから仕方がない。


 まずいものがずっとまずいままかもしれないし、いつか慣れるかもしれない。


 もしかすると、飲み方を変えれば少しくらい美味くなるかもしれない。


 そこまで考えたところで、向かいのオルフィアが瞬きをした。


「あっ、やっぱりこのお茶美味しくないよね」


 そう言って、笑った。


 さっきの小さな笑みよりも、今度はもう少しはっきりしている。


 俺は一瞬黙った。


 そこを拾うのか。


 いや、確かにまずかったが。


 オルフィアはまだ少し笑っている。


 瞼は腫れているし、目元も赤い。その顔から昨夜の痕跡が消えたわけではない。


 それでも今は笑っていた。


 なら、まあいいか。


 そう思いながら、何気なく横を見る。


 ジルベッドが立っていた。


「……」


 なんか泣きそうになってる。


 さっきまでオルフィアを気にしていた時とは、明らかに違う顔だ。


 視線が机の上の空になった杯へ向いている。


 そういえば、この茶を淹れたのはこいつだった。


 しかも、ずいぶん辿々しい手つきで。


 俺はもう一度、空の杯を見る。


 俺は飲み干したぞ。


 まずかったけど全部飲んだ。


 むしろ俺は偉いのではないだろうか。


「あっ、でも飲めないほどじゃなかったわよ」


 オルフィアが慌てたように付け加えた。


 それはフォローになっているのだろうか。


 ジルベッドの顔を見る限り、なっていない気がする。


 俺は椅子の背に少し身体を預けた。


 ……俺は悪くないぞ。

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てっきり興奮作用のあるお茶を盛ったのかと思ったわ
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