第百五十七話 感知魔法だけど感知魔法じゃない
オルフィアから教わり始めて、すぐに分かった。
これは難しい。
いや、難しいという言葉だけでは少し違う気もする。
これまで使ってきた感知魔法とまったく別物なら、まだ楽だったかもしれない。最初から新しいものとして覚えればいい。だが、オルフィアが使っているのは間違いなく感知魔法だった。
知っている感覚がある。
魔力の動かし方にも、これまで何度となく繰り返してきた感知魔法との共通点がある。
なのに、その共通点を見つけていつものように使おうとした瞬間、全部おかしくなる。
知っているものを思いっきりひん曲げ、こねくり回し、それでも最後には感知魔法として成立させる。
そんな使い方だ。
頭が混乱する。
さすが変態令嬢オルフィア。
「だから違うって! 感知魔法だけど感知魔法として使っちゃダメなの!」
目の前から飛んできた声に、俺は眉を寄せた。
さっきから何度目だ。
こいつ、ちょっと調子に乗ってるんじゃないだろうか。
確かに教えてもらっているのは俺だ。
だから多少強く言われるくらいは構わない。
だが、何度も何度も怒鳴られると、さすがに腹が立ってくる。
「だからまず感知魔法を展開してから削ればいいんだろうが!」
「だから! 展開したらダメなの!」
オルフィアは椅子から少し身を乗り出し、両手を使って何かを細くするような仕草をした。
「こう、もっと細かく、小さくしてから展開するの!」
「…………」
意味が分からん。
いや。
正直に言えば、言っている意味は分かる。
分かるのだが、どうやればいいのかが分からない。
俺は一度息を吐き、身体の内側へ意識を向けた。
感知魔法。
そう思った瞬間、魔力が動く。
俺の中では、それがもう当たり前になっている。
攻撃魔法なら攻撃魔法。
防御魔法なら防御魔法。
肉体強化魔法なら肉体強化魔法。
感知魔法なら感知魔法。
何を使うか意識すれば、それに合わせて魔力が動く。
細かいところまで一つ一つ考える必要なんてない。
当然だ。
そうなるように鍛えてきたんだから。
何度も使った。
失敗して、直して、また使った。
感知魔法だって、広く展開する時と前方へ絞る時では使い方を変えている。必要に応じて範囲も変えるし、細かく探りたい時にはそれに合わせて操作する。
その全部を、今ではほとんど無意識にできる。
オルフィアが言っているのは、その途中で止めろということだった。
感知魔法を使う。
そう意識した瞬間に、俺の中で勝手に進んでいく魔力の動きを途中で捕まえて、いつもの形になる前に別の使い方へ変える。
はっきり言って難しい。
これまで普通に投げていたものを、突然横から止められて、
肩の角度が違う。
足を上げる高さが違う。
手首を返す時が違う。
全部最初からやり直せ。
そう言われているような気分だ。
投げること自体はできる。
むしろ何も考えない方が上手く投げられる。
なのに一つ一つ意識した途端、これまでどうやって投げていたのかまで分からなくなる。
今の俺はまさにそれだった。
「もう一回やって」
オルフィアが言う。
「分かってる」
俺は目を閉じた。
感知魔法。
そう考えた瞬間、魔力がいつものように動き始める。
違う。
ここだ。
ここで止める。
いつものように広げず、小さく――。
「違う!」
早い。
まだ何もしてないだろ。
俺は目を開けてオルフィアを見る。
「今のどこが違うんだ」
「もう感知魔法にしようとしてたでしょ!」
「感知魔法を使うんだから当たり前だろうが!」
「だからそれが違うの!」
なんだこいつ。
感知魔法を使えと言ったり、感知魔法として使うなと言ったり。
変態の考えることはやはり分からん。
俺は不満を飲み込みながら、もう一度魔力へ意識を向けた。
感知魔法として完成させる前に止める。
頭では分かっている。
だが、魔力は俺の意思を待たず、長年覚え込ませた通りに動こうとする。
これまで楽をするために身体へ染み込ませてきたものが、今になって俺の邪魔をしていた。
その一方で、俺の隣ではレティシアが妙に順調だった。
「うん、そう、そんな感じ。もうちょっと細かくして、長くしたらもっといい感じになるよ」
さっきまで俺に向かって怒鳴っていたオルフィアが、今度は機嫌よさそうに頷いている。
なんだ、その差は。
俺は少し不満を覚えながら、レティシアへ視線を向けた。
レティシアは椅子に腰掛けたまま、目の前へ意識を集中させていた。俺のように大きく魔力を動かしているわけではない。近くにいるから魔力が揺れていること自体は分かるが、その動きはかなり小さい。
そのまま、細い何かを慎重に伸ばすように魔力が動いていく。
俺がさっきやろうとして、即座にオルフィアから駄目を出されたものとは明らかに違った。
「はい」
レティシアが小さく返事をし、もう一度集中する。
「そうそう。そのまま。広げないで」
「このくらいでしょうか?」
「もう少し細くできると思う」
オルフィアの言葉に、レティシアが少しだけ口元を緩めた。
褒められて嬉しいのかもしれない。
その笑顔は可愛い。
いや、それは今どうでもいい。
問題は、なぜレティシアがこんなに順調なのかだ。
俺は自分の魔力操作にはかなり自信がある。
攻撃魔法でも感知魔法でも、必要な形へ変えることはできるし、細かく扱うことだってできる。少なくとも、魔法をまともに扱えないような人間では絶対にない。
なのに、今はレティシアの方が明らかに先を進んでいる。
どういうことだ。
……いや。
考えてみれば、理由はなんとなく分かる。
俺は感知魔法を使いすぎている。
使い方が身体に染み付きすぎて、考えるより前にいつもの形へ魔力が動いてしまう。
レティシアは俺ほど感知魔法を使い込んでいない。
だから、オルフィアから新しい使い方を教えられても、それまでの癖に引っ張られず、そのまま試すことができるのかもしれない。
これは決して俺が下手くそだからではない。
断じて違う。
むしろ上手すぎるから困っているのだ。
たぶん。
「レティシア」
「はい、若様」
俺は少しだけ身体を向けた。
「どんな感じで使っている?」
別に教えてもらおうとしているわけではない。
レティシアがどこまで習得しているのか、その確認だ。
俺はこいつの主でもあるし、魔法を教えることだってある。習熟度を確認するのは当然のことだ。
決して俺が分からないから聞いているわけではない。
あくまでも確認。
「そうですね……」
レティシアは少し考え、それから自分の胸元へ視線を落とした。
「まず、魔力を細く出してから、感知しようとしています」
「魔力を細く出してから?」
「はい」
なるほど。
俺は顎へ手を当てた。
魔力を出してから感知する。
そう考えると、少し分かりやすい。
最初から感知魔法として出すから、いつもの形になってしまう。
なら、まず普通の魔力として外へ出して、その後で感知へ変える。
魔力解放に近いんだろうか。
「ですが」
俺が考えていると、レティシアが困ったように微笑んだ。
「魔力を後から変えるのが難しいですね」
「後から変える?」
「はい。細く出すところまでは少し分かってきたのですが、それを感知できるようにしようとすると、どうしても崩れてしまって」
「なるほど」
分かりやすい。
実に分かりやすい。
オルフィアの説明より、レティシアの言葉の方がずっと理解しやすいではないか。
やはりレティシアは優秀だな。
美しいだけではなく、説明まで上手い。
俺は頭の中で今の言葉をなぞった。
まず魔力を細く出す。
そこから感知へ変える。
ふむ。
つまり、感知魔法を使おうとするから駄目なんだ。
最初はただの魔力でいい。
それならできる。
俺は身体の内側へ意識を向けた。
魔力解放。
いつものように強く出す必要はない。
ほんの少しだけ。
周囲を威圧するつもりもないし、小屋の中で無駄に大きな魔力を出す理由もない。
俺は慎重に抑えながら、体内の魔力を外へ出した。
「だから! 違うの!」
「なんだよ!」
ほとんど同時だった。
オルフィアが勢いよくこちらを向く。
「まず細く小さくしてからなの! なんでそのまま出すの!」
「弱く出しただろうが!」
「弱いとかじゃないの!」
「じゃあ何なんだよ!」
「だから細くしてって言ってるでしょ!」
俺は黙った。
……うーむ。
難しい。
というか、だんだん不可能なんじゃないかという気までしてきた。
「細く、小さく……」
俺は自分に言い聞かせるように呟き、もう一度体内の魔力へ意識を向けた。
俺の中には魔力が溢れている。
もちろん、勝手に外へ漏れ続けているという意味ではない。必要なら抑えられるし、出す量だって調整できる。強くも弱くもできるし、感知魔法なら範囲を絞ることもできる。
だが、オルフィアが言っているのは、そのどれとも少し違うらしい。
弱くするのでもない。
抑えるのでもない。
細く、小さく。
……いや、細く小さくしたら、普通は弱くなるんじゃないのか?
俺は眉間に皺を寄せた。
抑えるのと小さくするのは違う。
弱めるのと細くするのも違う。
言葉で並べれば分からなくもない。
だが、実際に魔力を動かそうとすると、全部似たような感覚にしか思えなかった。
「もう一回」
「分かってる」
オルフィアに言われ、俺は魔力を動かす。
今度こそ、外へ出す前に細くする。
少しだけ。
小さく――。
「それ、抑えてるだけ」
「……違うのか?」
「違う」
「どこが?」
「だから、もっとこう……細くするの」
「今しただろ」
「してない!」
即答された。
俺はしばらくオルフィアを見つめたが、その顔に冗談を言っている様子はない。
仕方なく、もう一度試す。
今度は量を減らすのではなく、体内で動かす魔力そのものを意識する。
細く。
小さく。
細く、小さく――。
「それ弱くしてる」
「……」
なんだよ。
「じゃあ、どうしろっていうんだ」
「だから細く!」
「細くしたら弱くなるだろうが!」
「ならないように細くするの!」
「意味が分からん!」
「なんで分からないの!」
「お前の説明が悪いからだろ!」
オルフィアが頬を膨らませた。
俺も負けじと睨み返す。
隣から、小さく息を漏らす音が聞こえた。
見ると、レティシアが口元へ手を添えている。
笑ったな。
今、絶対に笑っただろ。
「レティシア」
「申し訳ありません、若様」
そう言いながら、まだ少し笑っている。
まあいい。
可愛いから許す。
俺は再び自分の魔力へ意識を戻した。
弱く抑えるのではなく、細く小さく。
うーん。
どこが違う?
少なくとも似ていると思うんだがなぁ。
考えれば考えるほど、さっきまで普通にできていた魔力操作まで分からなくなってくる。
俺はその後も何度か試した。
出す量を変えた。
違うと言われた。
体内で抑え方を変えた。
それも違うと言われた。
魔力を動かす位置を少し意識してみたが、やはりオルフィアは首を横に振った。
「うーん……違うんだよねぇ」
「何が違う」
「なんて言えばいいんだろ」
「そこを説明するのがお前の仕事だろうが」
「私だって考えてるの!」
オルフィアは腕を組み、俺から視線を外した。
しばらく黙り込み、それから自分の胸元を見下ろす。
「たぶん、外に出す前から違うんだと思う」
「体の中でか?」
「うん。でも……なんていうのかな。普通に小さくするのとも違うし」
「お前も説明できてないじゃないか」
「だから考えてるって言ってるでしょ!」
なるほど。
少なくとも、俺が根本から違うことだけは分かった。
外へ出した魔力をどうするかではなく、その前。
体内で魔力を操作している段階から何かが違うらしい。
だが、その差をオルフィア自身も上手く言葉にできない。
本人には感覚で分かる。
俺には分からない。
そして――。
「レティシア、もう一回やってみて」
「はい」
隣では、そのレティシアが非常に順調だった。
レティシアが静かに集中すると、細い魔力の動きが伸びていく。
「うん。さっきよりいいよ」
「本当ですか?」
「うん。もう少しこのまま保てたら、かなり近いと思う」
オルフィアに褒められ、レティシアが嬉しそうに微笑んだ。
……なんでだ。
もちろん、まだ感知魔法として使えているわけではない。
レティシア自身も、細く出した後で感知へ変えるところが難しいと言っていた。
それでも、感覚そのものはかなり掴んでいるらしい。
オルフィアも何度も頷いている。
俺は自分の手を眺めた。
これ、かなり難易度が高い魔法なんだろうか。
それとも適性の問題か?
俺はこれまでの感知魔法を使いすぎている。その癖が邪魔している可能性はある。
あるいは――。
自分の内側にある魔力へ意識を向ける。
量が多すぎるのかもしれない。
もしかすると、あまり魔力が強いと最初から細く小さく扱う感覚を掴みにくいのだろうか。
いや、分からん。
目の前にいるのはオルフィアとレティシアだけだ。
これだけで何かを決めるには早すぎる。
まあ、俺ほど魔力が強いやつ自体が非常に稀なんだが。
それにしても困った。
オルフィアが考えている魔法は面白い。
実際、俺がこれほど苦戦しているだけでも、普通の感知魔法とはかなり違うことが分かる。
だが、その本人はこれから帝国でどうなるのかさえ、まだ決まっていない。
才能は間違いなくある。
その才能が生み出した魔法を俺が覚えられるかどうかも分からない。
オルフィアの今後の扱い、魔法の事。
思った以上に前途多難だなぁ。




