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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百五十五話 魔力は魔力


 小屋の中には、まだ木の匂いが残っていた。


 壁際へ寄せられた椅子と、中央に置かれた簡素な机。窓から差し込む昼の光が床板を細長く照らしている。研究場所と呼ぶには殺風景だが、オルフィアにとってはそれでも十分らしい。


 さっきまで部分的な防御魔法について話していたせいか、俺の意識にもまだ掌へ魔力を集めた感覚が残っていた。


 だが、俺が本当に聞きたかったのはこっちだ。


「それで、感知されにくい感知魔法とはなんだ?」


 俺が尋ねると、オルフィアはなぜか妙に信頼したような目を向けてきた。


 なるほど。


 俺がこいつの変態性を認めたことが、ようやく伝わったのだろう。


 安心しろ、オルフィア。


 俺はお前の趣味を否定したりしないぞ。


 世の中には色々な人間がいる。全裸で空中を歩き回りたい女が一人くらいいてもいい。俺は寛大な男だからな。


 ただし、変態仲間が欲しいなら他を当たってくれ。


 俺は全裸で空中を歩き回るような恥ずかしいことを趣味にするつもりはない。


「感知魔法は魔力に反応する。それは変えようがないわ」


 オルフィアはそう言うと、少しだけ指先を持ち上げた。


 俺は頷く。


 それはそうだ。


 魔力に反応しない感知魔法なんて、もはや感知魔法ですらない。何も感知できない感知魔法に何の意味がある。


「だから、どちらかというとこれは、魔法の使い方をより小さく、細かくするの」


「ん? それで相手が気づかないのか?」


 思わず口を挟んだ。


 感知魔法を使えば、対象の魔力が反応する。


 以前オルフィアたちを探った時にも、オルフィアは俺の一瞬の感知魔法へ反応した。小さく細かくが瞬間的という意味なら、俺だってもっと前からやっている。


「もちろん、ただ弱くしたり狭くしたりしても意味はないわ」


「だよな」


 俺は小さく頷いた。


 それでは、どちらかというと下手くそな感知魔法になるだけだろう。


 広げられない。遠くまで届かない。反応も曖昧になる。


 ……ん?


 下手くそな感知魔法か。


 うーむ。


 なんとなくだが、そこに少し可能性があるような気もする。


「つまり、相手が気づかないほど魔力を弱めるのか?」


 考えた末にそう聞くと、オルフィアは一瞬きょとんとして、それから笑った。


「それじゃ、意味ないじゃない」


「……うん、そうだな」


 全然違ったようだ。


 そりゃそうか。


 ただ弱めるだけなら、反応するかどうかも怪しい感知魔法もどきにしかならない。


 俺が自分の考えを捨てていると、オルフィアがこちらへ手を向けた。


「ちょっと魔力を放ってみて」


「ただ魔力を放つだけか? 魔力解放でいいのか?」


「うん。ただし、そんなに強くしないでよ。あなたの魔力、とんでもなく大きそうだし」


 オルフィアが笑う。


 なんだかよく分からないが、難しいことをしろと言われたわけではない。


 俺は肩の力を抜き、身体の内側に抑えていた魔力をほんの少しだけ外へ解き放った。


 ぶわり、と。


 見えるものは何もない。


 風が吹いたわけでもない。


 それでも、自分の内側から何か巨大なものが押し広がった瞬間、周囲の音が一瞬だけ遠ざかったように感じた。


 俺はすぐに魔力を引っ込める。


 これ以上は必要ない。


 小屋の外には人もいるし、あまり派手にやれば余計な連中を驚かせる。


 感知魔法を使わなくても、近くで誰かが魔力を解放すればなんとなく分かるものだ。


 特に俺は魔力自体が桁外れだからな。


 気をつけないといけない。


「分かった?」


 オルフィアが笑顔で聞いてくる。


「何がだ? ただ魔力解放しただけなんだが?」


 俺が答えると、オルフィアの顔がぱっと明るくなった。


「つまり、これが攻撃魔法と感知魔法と、それに飛行魔法なのよ」


「ん?」


 つまり、どれも魔力を放っているという意味か?


 オルフィアの言葉に、俺は内心で首を傾げる。


 魔力を放つ。


 そんなものは、魔法の基本と言ってもいいほど単純な行為だ。


 攻撃魔法もそうだし、防御魔法も体外で働かせる。感知魔法だって当然そうだ、自分の中だけに閉じ込めていては遠くの魔力なんて探れない。


 ……いや。


 そう考えると、肉体強化魔法はちょっと変わっているのか?


 あれは身体の内側へ魔力を巡らせる。


 外へ放つというより、自分の身体の中で働かせる魔法だ。


 むしろ、こっちの方が変わっているのかもしれん。


 いや、待て。


 そうなると治癒魔法の方がもっと変なのではないか?


 自分を治す時には、自分の身体の内側へ魔力を使う。


 だが他人を治す時には、自分の外にいる相手へ魔力を使う。


 同じ治癒魔法なのに、内にも外にも使える。


 うーん。


 今まで五大魔法なんて当たり前すぎて、そんなことを深く考えたこともなかった。


 攻撃魔法。


 防御魔法。


 肉体強化魔法。


 感知魔法。


 治癒魔法。


 この世界では普通にあるものだ。


 使えるか使えないか、強いか弱いか、どこまで届くか。考えるとしてもそんなことばかりで、魔力をどこでどう働かせているかなんて気にしたことがなかった。


 だが、こうして考えると面白い。


 五大魔法は、外へ魔力を働かせるものと、内側へ働かせるもの、それに両方へ使えるものに分けられるのかもしれない。


 外部魔法。


 内部魔法。


 それに、その中間魔法。


 ……悪くないな。


 きちんと研究すれば、もっと細かく整理できるかもしれん。


 もしかすると将来、ギルバート式魔法分類学なんてものが出来る可能性すらある。


 おお。


 なんだか急に学問っぽくなってきたぞ。


 魔法に新しい光を当てた天才、ギルバート・マバール。


 後世の研究者たちが俺の名前を口にしながら魔法について語る。


 いやぁ、照れるなあ。


 俺って基本的に地味な人間だからなぁ。


「ねえ、ちゃんと聞いてる?」


 不意に声を掛けられ、俺は目の前へ意識を戻した。


 オルフィアが少し呆れたような顔でこちらを見ている。


 いかん。


 あまりに高尚な未来の学問について考えていたせいで、こいつの話をちゃんと聞いていなかった。


「すまん。五大魔法の分類を考えていてちゃんと聞いてなかった。もう一度説明してくれ」


 ここは素直に謝っておこう。


 俺がそう言うと、オルフィアの目がぱっと輝いた。


「えっ、五大魔法の分類? それって何? どんなの?」


 さっきまで俺を呆れた顔で見ていたくせに、今度は身を乗り出しそうな勢いで聞いてくる。


 やはりこいつ、魔法の話になると食いつきがいいな。


 俺としてもギルバート式魔法分類学の第一歩を語ってやりたい気持ちはある。


 だが、それを始めたら感知魔法の話がどこかへ消えそうだ。


「まずは感知魔法からだ」


「聞いてなかったの、あなたじゃない」


 オルフィアが口を尖らせる。


 ぶつぶつと何か文句を言っているが、それでも説明をやめるつもりはないらしい。


 少しすると、またこちらへ顔を向けた。


「つまり、あなたが魔力解放した時、何か壊れた?」


「いや」


「何か魔力を感知した?」


「してないな」


「空を飛んだ?」


 俺は首を振った。


 空を飛んだって聞かれても、そもそも飛行魔法は存在しないぞ。


 お前のは、あくまで全裸空中歩行魔法だ。


 そう言ってやりたくなったが、口には出さなかった。


 せっかく真面目に説明しているのだ。


 今度はちゃんと聞こう。


「つまり、魔力は魔力なの。魔力だけだと何の力もないの」


 オルフィアの声が少し弾んだ。


 自分で話していて楽しくなってきたのか、身体までわずかに上下している。今にもその場でぴょんぴょん飛び跳ねそうだ。


 魔力は魔力。


 魔力だけだと何の力もない。


 その言葉を頭の中で転がしてみる。


 俺まで少し胸の奥がざわついた。


 当たり前のようで、妙に引っかかる。


「だが、魔力解放で相手が恐れることはあるぞ」


 俺は努めて冷静な声で言った。


 実際、強い魔力を感じれば警戒する者はいる。


 それを無視して「何の力もない」と言い切るのは少し違う気がした。


 だがオルフィアは、待っていたようにすぐ答えた。


「それは魔力が何か働いたんじゃなくて、相手が反応しただけでしょ」


「……なるほど」


 口には出さず、内心で頷く。


 確かにそうだ。


 魔力を感じた。


 その大きさに驚いた。


 危険だと思って身構えた。


 それは相手が勝手に判断して反応しているのであって、放った魔力そのものが相手を怖がらせる働きをしたわけではない。


 攻撃魔法のように傷つけるでもない。


 治癒魔法のように癒すでもない。


 感知魔法のように魔力を探るでもない。


 ただ放った魔力は、魔力のままそこにあるだけだ。


 魔力だけでは無力、か。


 もちろん、魔力を操れば絶大な効果を及ぼす。


 俺自身、それを嫌というほど知っている。


 魔法は決して無力ではない。


 ないのだが――それでも「魔力だけだと無力」という言葉には妙な衝撃があった。


 これ、相手によっては言わない方がいいんじゃないか?


 もしかしたら、狭量で無能な貴族がこの言葉だけ聞いたら激昂するかもしれん。


 なんせ、この世界の貴族にとって魔力は力そのものと言ってもいい。


 力こそパワー。


 その根本にある魔力を捕まえて「何の力もない」と言ってしまっているのだ。


 言いたいことを最後まで聞けば意味は分かる。


 だが、最後まで聞いてくれる奴ばかりとは限らない。


 オルフィアには少し注意しておいた方がいいかもしれんな。


 魔力は全ての力の源だ、とか。


 そう言い換えれば、少なくとも余計な反感は買いにくそうだ。


 全く、オルフィアにも困ったものだ。


 貴族が全員、俺のように寛大なわけではないんだぞ。


 変態に権利なんて認めない貴族の方が多いぞ。


 ……たぶん。


 やはりこいつには、自分が変態であることをきちんと自覚してもらわなければならない。


「それで、どうやって感知されにくい感知魔法を使うんだ?」


 俺が本題へ戻すと、オルフィアの浮ついていた様子が少し落ち着いたように見えた。


「あっ、気づかなかった?」


「何をだ?」


 思わず首を傾げる。


 何かもう説明されたのか?


「つまり、感知魔法だと、感知魔法って相手に感知されやすいの」


「……ふむ」


 その言葉を考える。


 通常の感知魔法なら、相手の魔力へ反応する。


 そして相手も、その反応から自分が探られていることへ気づく場合がある。


 なら――。


「つまり、感知魔法じゃなくて、魔力だけで感知するような感じか?」


「うん。魔力だけなら普通にあるから、感知されてるって分かりにくいの」


「いや、それだと感知魔法にならんだろうが」


 思わず声が少し強くなった。


「お前も今、魔力は魔力なだけとか言ってただろ」


 普通の魔力をただ放っただけでは何も感知しない。


 それは俺自身がさっきやったばかりだ。


 だが、オルフィアは俺の声などまるで気にした様子もなく、あっさり続けた。


「だから、感知魔法から感知を出来るだけ消すの」


「いや、だからそれでは下手くそな感知魔法にしかならんだろうが」


 感知する働きを減らす。


 それだけなら、探れるものまで減るだけではないのか。


 さっき俺が考えた「弱くする」と何が違う。


 俺が眉を寄せると、オルフィアはなぜか自信満々に胸を張った。


「だから、小さく細かく操らなきゃいけないの」


 なるほど。


 ……いや、まだよく分からん。


 ただ一つ分かったことがある。


 悲しいかな、胸を張ってもほとんど平面のままだぞ、オルフィア。


 がんばれよ。


 そんなことを考えていると、オルフィアが胸を張った姿勢のままこちらを見た。


「ちょっとやってみるから、感知されてるって分かったら教えてね」


「いや、待て」


 俺はすぐに止めた。


 オルフィアが目を瞬かせる。


「それでは分かりにくい。レティシア、すまんが隣に座ってくれ」


「はい」


 壁際で静かに佇んでいたレティシアが、俺の声にすぐ応じた。


 足音をほとんど立てずに近づいてくると、俺の隣へ置かれていた椅子を引き、静かに腰を下ろす。


 正直なところ、俺なら感知されていると分かるような気がする。


 自信がある、というより、俺自身があまりにも特殊すぎるのだ。


 魔力も大きいし、感知魔法だってかなり使ってきた。そんな俺だけを相手に試して、気づかれた、気づかれなかったとやっても、どこまで参考になるのか分からない。


 その点、レティシアなら俺よりはるかに一般的な魔力持ちに近い。


 俺とレティシアの二人で受ければ、少なくとも俺一人よりは分かりやすいだろう。


「それじゃ、いくね」


 オルフィアがそう言って、俺たちを静かに見つめた。


 俺も余計なことを考えるのをやめ、意識を周囲へ向ける。


 小屋の中は静かだった。


 窓から入る光は変わらず床を照らしている。外からは遠く、人の動く気配がかすかに届いていた。


 その中に、オルフィアの魔力が揺らぐ。


 分かる。


 魔力を動かしている。


 だが――。


 それだけだ。


 感知されている感覚がない。


 俺は黙ったままオルフィアを見る。


 まだなのか?


 さっき「いくね」と言ったのだから、もう始めてもおかしくない。


 だが、こちらを見ているだけで、表情にも特に変わったところはない。


 本当に感知してるのか、こいつ。


 オルフィアの魔力が動いていること自体は分かる。


 けれど、それが俺へ向けられた感知魔法だと言われると、どうにも分からない。


 魔力がある。


 動いている。


 それだけなら、確かに普通だ。


 誰かが魔力を操れば、近くにいる魔力持ちならその揺らぎを感じることがある。


 それと今のオルフィアの魔力に、どれほどの違いがある?


 じっと意識を澄ませる。


 何もない。


 いや――。


 ほんの僅かに。


 本当に僅かに、首の後ろへ何かが触れたような気がした。


 俺は動かず、その感覚だけを拾う。


 なんだ、これ。


 感知魔法か?


 いつもの感覚とは違う。


 もっと細い。


 弱いというより、細い。


 首筋に蜘蛛の糸でも一本引っかかっているような、そんな妙な違和感だった。


 気にしなければ、そのまま無視してしまいそうなほど小さい。


 だが――オルフィアは何と言った?


 小さく。


 細かく。


 俺はもう一度、その僅かな感覚へ意識を向けた。


「感知されている」


 静かに告げる。


 オルフィアは俺をじっと見たまま、一瞬だけ目を丸くした。


「正解。本当にすごいね。まさか初めてで気づかれるとは思ってなかったよ」


 嬉しそうに言われたが、俺はすぐに首を振った。


「いや、お前が小さく細かくと言っていたことからの判断だ。これは正確ではない」


「え?」


 感知魔法を使うと最初から宣言されていた。


 しかも、どういう方向で使うのかまで説明されている。


 そんな状態で、俺は何か来ると待ち構えていたのだ。


 その上で僅かな違和感を拾い、「小さく細かく」という言葉へ結びつけただけだ。


 何も知らずにこれを受けたとして、同じように気づけたか。


 分からない。


 これでは、俺が感知魔法を見抜いたとは言えないだろう。


 俺は隣へ視線を向けた。


「どうだ? レティシア。何か感じたか?」


 レティシアは少しだけ考えるように間を置いたあと、俺へ顔を向けた。


「いえ。オルフィア様の魔力の揺らぎは感じましたが、それ以外は分かりませんでした」


 そう答え、小さく頭を下げる。


 その言葉を聞いた瞬間、オルフィアの顔が明るくなった。


「やったね」


 ……ん?


 なんか、こいつ口調が変わってないか。


 さっきまでギリギリ残っていた貴族女性らしい話し方が、完全に崩れている。


 いや、前から危うかった気もするが、今ので一気に消えたぞ。


 まあ、たぶんこっちの方が本来の口調なんだろうな。


 俺の前でまで無理に取り繕う必要もないだろう。


 それより、今の結果だ。


 俺は感知魔法を使われると分かっていて、さらにやり方まで聞かされ、それでも最初は始まっていることに気づかなかった。


 レティシアに至っては、オルフィアが魔力を動かしていることは分かっても、その中に感知が混じっていたことには気づかなかった。


 少なくとも、普通の感知魔法よりかなり分かりにくい。


「かなり分かりにくいことは間違いないようだな。とりあえず使い方を教えてくれ」


 俺がそう言うと、オルフィアはすぐには答えなかった。


 代わりに、楽しそうに口元を緩める。


「えー、どうしよっかなぁ」


 …………。


 やっぱ変態の権利は剥奪するか、と思った。



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