第百五十二話 懐く相手
ひとしきり走り回って満足したのか、レアがこちらへ戻ってきた。
大きな身体が近づいてくるたび、地面を蹴る脚の音がはっきりしてくる。その背ではセバスチャンが妙に楽しそうな顔をしていて、俺の目の前まで来ると軽く身体を動かして地面へ降りた。
初めて乗ったくせに、ずいぶん慣れたものである。
さすが騎士というべきなのかもしれないが、なんだか納得がいかない。
俺が黙って見ていると、セバスチャンはレアの身体を軽く撫でてから、こっちを見た。口元がにやにやしている。
「若様は乗らないんで?」
……こいつ。
俺が乗れないと思ってやがるな。
いや、事実ではある。
事実ではあるが、それとこれとは別だ。人には言っていい事と悪い事がある。
少し腹が立ったが、そこでふと気づいた。
セバスチャンは乗れた。
レティシアはもちろん、こいつもレアの背に乗る事ができた。それどころか、レアの方から嫌がった様子もない。今だってセバスチャンが触れているのを平然と受け入れている。
つまり――レアはセバスチャンには懐いていると言っていいんじゃないか?
そう考えた瞬間、腹の中にあった苛立ちがすっと消えた。
なるほど。
そういう事か。
俺は自然と笑顔になった。
「うむ。俺はどうもレアに嫌われているようだ」
「そ、そんな事は……」
すぐ隣にいたレティシアが慌てたように口を挟んできた。
優しいな、レティシアは。
だが今はそこではない。
俺は笑顔のままセバスチャンを見る。
さっきまでにやにやしていたこいつの顔から、少しだけ笑みが消えた。
ほう。
さすがいいカンをしている。
「いやぁ、困ったもんだな」
「……若様?」
セバスチャンの顔がさらに妙な形に歪んだ。
何をそんなに警戒しているのか分からない。俺は何も悪い事など考えていないというのに。
むしろ、今からこいつにとってもレアにとっても素晴らしい提案をしてやろうとしているだけだ。
「セバスチャン、お前に命じる」
「へい」
「お前がレアを引き取って世話しろ。ああ、レティシアが寂しがらない程度には城に連れてこいよ」
一瞬、妙な間が空いた。
セバスチャンが俺を見て、次にレアを見て、もう一度俺を見る。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。なんでそんな話になるんですかい」
「お前に懐いているようだしな」
俺は当然の事を言ってから、すぐ横にある小屋へ目を向けた。
「この小屋もちょっと使いたい。いやぁ、これで全て解決した。助かったぞ」
「いやいやいや、若様――」
「ん、なんだ? 引き取るのはいやか?」
まだ何か言おうとしていたセバスチャンが口を止めた。
俺は少しだけ考える。
本人が嫌だと言うなら、さすがの俺も無理強いするわけにはいかない。
「それでは残念だが焼き鳥にするか」
「……」
「いやぁ、俺はそんな事したくないのに、セバスチャンが断るなら仕方ないなぁ」
セバスチャンが黙った。
納得したのだろう。
うむ。話の分かる男だ。
セバスチャンは城下の郊外に屋敷がある。レアのこの大きさを考えると多少の不安はあるが、こいつならなんとかするだろう。たぶん。
さすがに餌代まで全部押しつけるのは悪いから、そのくらいは俺が援助してやればいい。
これで問題はない。
「レティシア」
「はい」
「レアはセバスチャンがぜひ面倒を見たいと言うから任せる事にした。安心しろ、たまには城に連れて来させる」
「……はい」
なぜかレティシアがセバスチャンを見る。
セバスチャンもレティシアを見た。
二人がそっと目を合わせている。
なんだ、その感じは。
ちょっとムカつく。
だがまぁ、俺の監視下でやっている事なので許してやろう。
レティシアはレアへ一度目を向けてから、セバスチャンへ丁寧に頭を下げた。
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「……若様のわがままにも困ったもんですなぁ」
セバスチャンが不貞腐れたように言った。
わがまま?
何を言っているんだ、こいつは。
俺は全然わがままなんて言っていない。
レアはセバスチャンに懐いている。セバスチャンはレアに乗れる。俺はこの小屋を使いたい。ならセバスチャンがレアを引き取れば全部丸く収まる。
完璧ではないか。
当のレアはというと、俺たちの近くで脚を踏み替えながら、なんだかばたばたしている。
まぁ、何も言わないという事はこいつも納得したんだろう。
何か不満があるなら言えばいい。
俺は寛大で優しいから、ちゃんと聞いてやるぞ。
「しかし若様、こんな目立つ鳥を連れ歩いたら、城下の民が驚くんじゃねぇですかい?」
セバスチャンがレアを見上げながら言った。
確かに目立つ。
白くてでかい。それが騎士を背中に乗せて城下を歩けば、振り返る奴くらいはいくらでもいるだろう。
だが、本人もそこまで本気で心配しているわけではなさそうだった。
この世界は力こそパワーだ。
貴族や騎士にわざわざ逆らう者は少ない。多少驚きはするだろうが、反対に言えば驚くだけだ。そのうち見慣れるだろうし、構わないだろう。
むしろ面白がられるかもしれない。
そのうち城下で人気者になったりしてな。
……レアが人気者になるのは、ちょっとムカつくけど。
まぁいい。
とにかく、これでレアの問題は解決した。
そして小屋の問題も解決した。
レアがいなくなれば、中を片づけてオルフィアに見せられる。あいつが実際に見て、広さが足りないと言うなら、その時に考えればいい。
やはり相談は大事だな。
アル兄さんに相談しただけで、全部あっさり解決してしまった。
「レティシア、すまんが誰かに小屋を片付けるように言っといてくれ。俺は少しオルフィアのところに行く」
「かしこまりました」
レティシアが頷いたのを確認して、俺は城内へ向かう事にした。
小屋の方は任せておけば大丈夫だろう。
歩き出して少ししたところで、後ろからセバスチャンの声が聞こえた。
「お互い苦労しますなぁ」
誰に言っているんだと思って振り返ると、セバスチャンがレアに話しかけていた。
するとレアも、何やらそれに答えたような声を出した。
……。
なんだ?
妙に会話が成立しているように感じたんだが。
まぁ、気のせいだろう。
俺はそのまま二人――いや、一人と一羽を置いて、城内へ向かった。
城内へ戻ってから、近くを通りかかった使用人を呼び止めてオルフィアの居場所を聞くと、すぐに部屋を教えてくれた。
一応あいつは客として城に置いているし、俺が連れてきたようなものだ。どこにいるのか分からない、なんて事にはならないらしい。
教えられた場所へ向かい、廊下を少し歩く。
オルフィアにあてがわれた部屋は、俺の部屋からそれほど近くはなかった。まぁ、客なんだから当然か。
扉の前まで来て声を掛け、中から返事があったので入る。
「邪魔するぞ」
部屋の中にいたオルフィアは、思っていたよりずっと大人しくしていた。
椅子に腰掛け、こちらを見ている。
その近くにはジルベッドもいた。
オルフィアの護衛の騎士――という事になっているが、本当に護衛なのか、それともあいつに巻き込まれてここまで来ただけなのか、いまだによく分からない男だ。
そういや、こいつもいたな。
ほぼ忘れてた。
ジルベッドは俺の姿を見るとすぐに立ち上がり、礼儀正しく頭を下げた。
「ギルバート様」
「うむ」
ちゃんとしてるな。
それに比べてオルフィアはというと、椅子に座ったままこちらを見て――。
ん?
今、何か隠したな。
俺の目は誤魔化せないぞ。
俺が入った瞬間、こいつは机の上にあった何かを手元へ寄せた。しかも、いかにも何もしていませんという澄ました顔をしている。
「何か用かしら?」
「ああ、小屋の件でな」
適当に答えながら、俺は机の方へ歩く。
「そう。いつから使えそう?」
オルフィアが尋ねながら、僅かに身体を動かした。
そして、その動きで隠すようにして、さっき手元へ寄せた物をそっと動かす。
怪しい。
「いや、一度見て確認してくれ。手狭なら拡張しなければいけないからな」
「分かったわ」
口では普通に返事をしているが、オルフィアの手元は普通ではない。
俺はさらに近づいた。
オルフィアもまた少し身体をずらす。
そこまでされると余計に気になる。
何を隠している?
俺は机の脇まで歩き、オルフィアの身体の向こうを覗き込むようにした。
ちらりと見えた。
小さな角張った物が三つ。
「……サイコロか」
なんだ。
思わずがっくりした。
もっと妙な物でも隠しているのかと思ったら、この世界でもごく普通にある、なんの変哲もないただのサイコロだった。
俺の視線が完全にそれを捉えた事に気づいたのだろう。
オルフィアは少しだけ目を逸らした。
「……ちょっとヒマだったから」
声も小さい。
そんな隠すようなものでもないだろうに。
ちらりとジルベッドを見る。
こいつも一緒にやっていたらしく、少し照れたように笑った。
……なんかこいつの笑顔、泣き顔みたいだな。
「ふーん」
俺がそれだけ返すと、オルフィアがこちらを見る。
「何よ。あなただって、たまにはやるでしょ」
「俺はそんな単純な遊びはせん」
サイコロを三個振って、その出目を比べるだけの遊びだ。
基本は合計が高い方が強い。ただし、ゾロ目なら普通の出目より強いし、それより上になる役もある。細かい決まりはいろいろあるが、それでもやる事自体は単純だ。
前世にも似たような遊びはあった。
こういうところを見ると、世界が違っても人間というのは大して変わらない生き物らしい。
俺が興味をなくして視線を外そうとすると、オルフィアが小さく笑った。
「弱いんでしょ」
「……なんだと?」
「だって、そんな言い方するから」
こいつ。
「ただの運試しだろうが。強いも弱いもあるか」
「あら、けっこう技術も必要なのよ」
「技術?」
サイコロを振るのにか?
ふむ。
確かに振り方だとか、そういうところに多少のテクニックはあるのかもしれない。
それにしたって、出る目そのものは運だろう。
だが、そこまで言われて引き下がるのも癪だ。
「面白い。相手になってやろう」
「あら?」
オルフィアの口元が楽しそうに上がった。
……なんだ、その顔は。
もう勝ったつもりか?
ちょうどいい。
小屋は今頃レティシアが誰かに片付けさせているはずだ。どうせ多少は時間が掛かる。終わるまでの暇つぶしにはなるだろう。
俺は空いていた椅子を引いて座った。
「ジルベッド、お前もやれ」
「私もですか?」
「こういうのはある程度人数がいた方が面白いだろ」
「は、はい。それでは……」
ジルベッドも遠慮がちに腰を下ろした。
こうして三人で始めたわけだが――。
まぁ、特になんでもない。
ただの暇つぶしだ。
何にも関係ないし、何にも影響しない。
そう。
これはただの暇つぶしにすぎないのだ。
「……もう一度だ」
俺がそう言ったとしても、別に負けまくったからではない。
ただ暇つぶしに付き合ってやっているだけだ。
俺の優しさにすぎない。
「えー、どうしようかなぁ」
オルフィアがサイコロを指先で転がしながら笑う。
……その笑顔がなんだか憎い。
別にただの暇つぶしだけど。
「……いいから、振れ」
「仕方ないなぁ」
オルフィアが楽しそうに三個のサイコロを手に取り、机の上へ放った。
乾いた音を立てて転がったそれらが、次々と止まっていく。
「……またね」
…………。
なんでこいつが振るとゾロ目ばかりなんだ?
なんかしてるのか?
これが技術か?
「えっと、それでは失礼します」
ジルベッドが妙に申し訳なさそうな声でサイコロを拾い、同じように振った。
転がる。
止まる。
俺はじっと出目を見る。
……こいつもおかしい。
さっきから五以下の目がほとんど出てないぞ。
なんでだ?
どうやってるんだ?
ジルベッド本人は嬉しそうというより、むしろ俺の顔色を窺っているように見える。
そんな顔をする必要はない。
決して負けて悔しいわけではないのだから。
これは知的好奇心の発露だ。
こう、なんだ。
確率論とかの研究だ。
二人の視線を受けながら、俺も静かにサイコロを取った。
掌の中で軽く転がしてみる。
別に変なところはない。
普通のサイコロだ。
俺は机の上へ振った。
ころころと転がり、一つずつ止まる。
…………。
おかしい。
なんで俺が振ると、このサイコロは三以上がほとんど出ない?
なんかしてるのか?
俺?
「また勝っちゃった」
オルフィアが笑った。
隣ではジルベッドがなんだか申し訳なさそうな顔をしている。
やめろ。その顔はオルフィアの笑顔より妙に心に響く。
「ぐっ……またとはなんだ、またとは。これはたまたまにすぎんはずだ」
「えっ、まだ続けるの?」
オルフィアが本気で驚いたような顔をした。
俺は机の上のサイコロを掴む。
「当然だ」
ここまで来て終われるものか。
「勝つまでやれば負けなどない!」
俺がそう宣言した時、扉が軽く叩かれた。
こんな大事な時に誰だ。
いや、別に大事ではない。これはただの暇つぶしだ。俺は暇つぶしに真剣に付き合ってやっているだけなのだから。
「どうぞ」
ジルベッドが答えると、静かに扉が開いた。
入ってきたのはレティシアだった。
俺を見つけると、いつものように少し頭を下げる。
「若様、小屋が片付きました」
「そうか」
うむ。
小屋が片付いたか。
…………。
ふん。
小屋の事などどうでもいい。
今、大事なのは勝負の方だ。
いや、だから大事ではないんだが、このまま終わったら何か妙なものが残る。別に負けを認めるとかそういう話ではない。ただ、確率というものは回数を重ねてこそ意味があるはずだ。
そういう事だ。
俺は立ち上がろうともせず、レティシアを手招きした。
「うむ。レティシアもこっちに来て座れ」
「え?」
レティシアが俺と机の上のサイコロを交互に見た。
少し戸惑っているようだったが、それでも素直にこちらへ歩いてくる。
俺は自分の隣にあった椅子を引いた。
「ここだ」
「は、はい」
レティシアが隣へ腰を下ろす。
ふっふっふっ。
これで二対二。
五分だ。
もちろん、オルフィアたちには言わんけどな。
そもそもこいつらは、そんな勝負をしているつもりすらないかもしれない。だがそんな事は些細な問題だ。
俺にはレティシアがいる。
さっきまでとは違う。
「レティシア、お前もやれ」
俺は机の上にあったサイコロを三個まとめて渡した。
レティシアは掌の上に乗ったそれを見てから、俺を見る。
「私も、ですか?」
「うむ」
特に細かい説明はいらないだろう。
これはかなり普通にやる遊びだ。レティシアも知ってはいるはずだ。
案の定、サイコロをどうするのか分からないという顔はしなかった。ただ、どうして小屋の片付けを知らせに来たら突然こんな事になったのか、それが分からないような顔はしているけど。
「は、はい」
レティシアは両手で軽くサイコロを包むと、机の上へ振った。
三個のサイコロが乾いた音を立てて跳ねる。
一つが止まり、もう一つが止まった。
「あっ」
ジルベッドが小さく声を漏らした。
最後の一つがころりと転がり、止まる。
「ちょ、ちょっと」
今度はオルフィアが身を乗り出した。
俺も机の上を見る。
六。
六。
六。
「……うん、六が三個だな」
見事なゾロ目だ。
さすがレティシア。
何がさすがなのかはよく分からないが、レティシアならこれくらいやって当然のような気がする。
「すごいな」
「え、ええ……」
当の本人は、自分で出した目なのに少し驚いていた。
よし。
流れが来た。
俺は感心しながらサイコロを受け取り、掌で転がす。
同じサイコロだ。
今、レティシアが六を三つ出したばかりのサイコロ。
ならば俺だって――。
「勝負はこれからだ」
机の上へ振った。
転がったサイコロが止まる。
…………。
なんでだ。
俺は何も言わずにその出目を見つめた。
おかしい。
いや、まだだ。
これは一回だけの話だ。
確率というものは偏る事もある。
まだまだ続けなくては。
そこからも熱い戦いは続いた。
いや、別にただの暇つぶしだけど。
オルフィアが振る。
高い。
ジルベッドが振る。
高い。
俺が振る。
低い。
そしてレティシアが振る。
「……また?」
オルフィアの声から、さっきまで俺をからかっていた余裕が少しずつ消えていった。
またゾロ目だった。
次も強い役。
その次もゾロ目。
さらにその次も、普通の出目では終わらない。
最初のうちは楽しそうに見ていたオルフィアも、いつの間にかサイコロが止まるたびに顔を近づけて確認するようになっていた。
ジルベッドも同じだ。
そして俺は、そのたびにレティシアが使ったサイコロを受け取って振った。
だが。
…………。
なんでだ。
さっき六を出した面はどこへ行った。
お前たち、ちゃんと六まであるんだよな?
俺の時だけ一とか二しか出さないつもりなのか?
てか、三とか四すら滅多に見ないぞ。
何度目かも分からなくなった頃。
「…………」
俺は机に突っ伏していた。
正面ではオルフィアも同じように机の上へ倒れている。
その横ではジルベッドまで力なく肩を落としていた。
俺だけなら分かる。
いや、分かりたくはないが、今日の俺はどうもサイコロに嫌われているらしい。
だがオルフィアもジルベッドも、途中から勝ち負けどころではなくなっていた。
「……ねぇ」
机に頬をつけたまま、オルフィアがレティシアを見る。
「なんかズルしてない?」
「えっ?」
レティシアが困ったように瞬いた。
ジルベッドがゆっくり首を振る。
「……何度もサイコロは変えました」
「そうなのよね……」
オルフィアが沈んだ声で答えた。
うん。
そうなんだよなぁ。
途中から俺たちも疑った。
サイコロがおかしいんじゃないかと。
だから何度も変えた。
それでも同じだった。
レティシアが振ればゾロ目や強い役が出る。
俺も何度も何度も、レティシアが振った直後のサイコロをそのまま使って振った。
だが、なぜかやっぱり三以上はほとんど出なかった。
同じサイコロだぞ。
ほんの少し前には六とかを出していたやつだぞ。
それなのに俺が触ると急にやる気をなくす。
どうなってるんだ。
俺はゆっくり顔を上げた。
隣ではレティシアが静かに微笑んでいる。
本人だけは、途中から何かおかしな事になっているのに気づいているらしいものの、俺たちほど疲れてはいない。
「……レティシア」
「はい」
「なんでずっとゾロ目と強い役が出るんだ?」
「え……」
レティシアは少し困ったように机の上を見る。
俺も見る。
レティシアが振ると、ゾロ目と強い役ばかりが出た。
っていうか、それ以外出なかった。
さすがにおかしいだろ。
俺たち三人の視線を受けて、レティシアはしばらく考え込んだ。
何か秘密があるのか?
振り方か?
指の使い方か?
オルフィアの言っていた技術というやつか?
やがてレティシアは顔を上げた。
「……運です」
そう言って、静かに微笑んだ。
…………。
運。
うん。
そうか。
運か。
それなら仕方ないな。
というか、それ以外に説明のしようがない。
やはりレティシアは幸運の女神かなんかのようだ。
俺にはご利益が無かったけど。
むしろ隣に座ってからも俺の出目は何一つ改善しなかったけど。
俺はそっと目を閉じた。
別に泣いたりなんかしていないぞ。
ただの暇つぶしだし。
ただの確率論の研究だし。
これはただちょっと汗が染みただけだ。
きっと。
…………。
あっ。
小屋の事、忘れてた。
そういえばレティシアは、それを知らせに来たんだった。
俺は薄く目を開けて正面を見る。
オルフィアはまだ机に倒れている。
ジルベッドもサイコロを眺めたまま動かない。
誰も小屋の話をしていない。
まぁいっか。
オルフィアたちも忘れてるみたいだしな。




