第百四十九話 残念すぎる飛行魔法
扉が閉じると、会談室は急に静かになった。
廊下へ消えていくアル兄さんの足音も、厚い扉を隔てればすぐに聞こえなくなる。先ほどまで兄が座っていた椅子の前には俺が立ち、その向かいにはオルフィアが座っている。レティシアは少し離れたところへ控え、いつもと変わらない姿勢でこちらを見守っていた。
残ったのは、俺とレティシア、それからオルフィアの三人だけだ。
つまり、これは俺にオルフィアの相手をしろということだよな。
アル兄さんにはマバール家の仕事がいくつもあるだろう。俺と違って、いつまでも魔法の話に付き合っているわけにはいかない。それは仕方がないとしても、まったくオルフィアは何かと面倒な奴だ。
もっとも、こいつをマバール城まで連れてきたのは俺だ。
アル兄さんから城に滞在することも許されているとはいえ、だからといって放っておくわけにもいかないだろう。連れてきた者として、ある程度は相手をする責任がある。
仕方ない。
寛大な俺が相手をしてやろう。
俺も何かと忙しい身なのだが、それも仕方ない。具体的に何が忙しいのかと聞かれると、今すぐには思いつかないが、だからといって決して暇なわけではない。正義の志を同じくするアル兄さんから頼まれたのだ。ここは俺も正義の志士として、仕方なく責任を果たしてやろうではないか。
そう考えながら椅子へ腰を下ろすと、向かい側のオルフィアが、がっくりと肩を落とした。
「お、押し付けられた……」
小さな声が、静かな室内へ落ちた。
ん?
何か厄介な荷物でも渡されたのか、こいつ。
部屋を見回しても、それらしい物はない。机の上にあるのは使われた茶器くらいで、オルフィアの膝にも何も載っていなかった。
何のことだろうと思っていると、オルフィアは顔を上げ、また俺を睨んできた。
「なんでここにいるのよ」
おかしなことを聞く奴だな。
ここはマバール城だ。そして俺は、ギルバート・マバール。マバール家の三男である。
俺がマバール城にいることは、それほど不思議ではない。むしろルディア家の人間であるオルフィアが、マバール城の会談室に座っている方が不思議なくらいだ。
そんなことも分からないのだろうか。
俺は目の前のオルフィアを改めて見た。
こちらを睨みつける目には力がある。姿勢も崩れてはいない。だが、質問の中身は少しおかしい。
うーむ。
もしかするとオルフィアは、頭が少し残念な子なのかもしれないな。
それなら、あまり難しいことを言うのはよくない。俺まで厳しくしてしまえば、こいつも居場所がなくなってしまうだろう。
ちょっとだけ優しくしてやるか。
そう考えてみれば、アル兄さんがオルフィアの魔法談義に付き合っていた理由も分かるような気がする。
残念な子にも、何か一つくらい得意なことはあるだろう。好きな話題なら、気兼ねなく話せる。アル兄さんは、オルフィアが困らないように魔法の話を選んでやったのかもしれない。
さすがアル兄さん。
やはり正義の志士だな。
ならば、同じ志を持つ俺も続かなくてはならない。
「それで、オルフィアは魔法が好きなのか?」
俺はできるだけ優しく問いかけた。
よし。
我ながら、なかなかいい質問だ。
好きか嫌いかくらいなら、自分の気持ちだけで答えられる。これなら頭が少し残念なオルフィアでも困ることはないだろう。
うーむ。
俺は優しいなあ。
「そうね。まあ、好きよ。得意な方だと思うし」
オルフィアはまだ警戒するようにこちらを見ていたが、先ほどまでの鋭さは僅かに和らいだ。
やはり、この質問で正解だったようだ。
得意かどうかについては、話半分に聞いておく必要があるだろう。本人がそう思っているのなら、優しい俺が話を合わせてやればいい。
「ほう。どんな魔法が得意なんだ? 肉体強化魔法か?」
肉体強化魔法なら、マバール城へ来る途中に確認している。
極端に強いとは思わなかったが、少なくとも扱いは悪くなかった。あれなら、自分は得意だと感じても不思議ではない。
「まあ、そうね」
オルフィアは少し顎を上げた。
「五大魔法なら、どれでも得意だけど」
ずいぶん大きなことを言う。
俺は否定せず、穏やかに微笑みかけた。
うん、うん。
おそらくルディア家の者たちは、頭の残念なお嬢様を褒めて伸ばそうとしたのだろう。少し危ういところもあるが、実戦へ出ないお嬢様なら、それでも問題はない。
周囲に認めてもらえているという自信は大切だ。ここで俺が現実を突きつけ、せっかく育った自信を折る必要もないだろう。
そう考えながら優しく見守っていると、オルフィアは何でもないことのように続けた。
「でも、一番得意なのは飛行魔法ね」
「……飛行魔法?」
思わず聞き返した。
飛行。
つまり、空を飛ぶ魔法ということだろうか。
俺も昔、飛行魔法の可能性について考えたことはある。前世の記憶を持ったまま魔法のある世界へ生まれたのだ。一度くらい、自分も空を飛べるのではないかと考えるのは当然だろう。
だが、俺が出した結論は不可能だった。
そもそも、どうやって人間の身体を空へ浮かせるのか、具体的に思い描けなかったのだ。
足の裏から攻撃魔法でも放ち続けるのか。
身体の中を水素で満たし、無理やり軽くするのか。
それとも、前世でも聞いた覚えのない反重力物質とやらを魔法で作り出すのか。
どれも、考えれば考えるほど無理があった。
攻撃魔法を足元へ放てば、自分まで巻き込まれかねない。仮に上手く身体を押し上げられたとしても、左右へ動く方法も、空中で姿勢を保つ方法も分からない。
水素で身体を軽くする案など、どうやって体内へ溜めるのかという時点で終わっている。それ以前に、人間一人を浮かせられるほど身体を膨らませたら、空を飛ぶより先に別の生き物になりそうだ。
反重力に至っては、言葉しか思い浮かばない。
最も形になりそうだったのは、肉体強化魔法で大きく跳び、空中で後方へ攻撃魔法を放って距離を稼ぎ、最後は防御魔法で全身を覆って着地する方法だった。
だが、それは飛行ではない。
少し遠くまで跳び、危険な着地を無理やり耐えるだけだ。飛行魔法というより、命懸けの曲芸魔法である。
しかも、どこへ着地するかを正確に決められる保証もない。
風に流されるかもしれないし、攻撃魔法の向きを少し誤れば、地面へ頭から突っ込む可能性もある。防御魔法で身体を守れたとしても、地面に大穴を開けながら着地する姿は、空を飛んだというより空から落ちてきた何かだろう。
はっきり言って、何の意味もない。
せいぜい、何も知らない相手を驚かせる時に使えるかもしれないという程度だった。
だから俺は、飛行魔法を諦めた。
いや、最初から諦めるほど形になっていなかったと言うべきか。
俺は向かいに座るオルフィアを見た。
こいつの言う飛行魔法も、似たようなものではないだろうか。
五大魔法なら、長い時間をかけて多くの者が使い方を共有し、洗練してきた。だが個人魔法は違う。どのような魔法に、どんな名前を付けるかは本人の自由だ。
少し高く跳べる魔法を飛行魔法と呼んでも、誰かに罰せられるわけではない。
残念令嬢のオルフィアなら、曲芸じみた魔法へ格好いい名前を付けていても不思議ではなかった。
きっと本人の中では、本当に空を飛んでいるつもりなのだろう。
「疑ってるわね」
オルフィアの声で、考えが途切れた。
見ると、少し和らいでいたはずの目が、また鋭くなっている。
「言っておくけど、本当なんだから」
どうやら表情に出ていたらしい。
これはいけない。
頭の少し残念な子が、大切にしているものを正面から否定するべきではない。否定こそ非行の始まりなのだ。
飛行だけに。
なかなか上手いことを考えた気もするが、口に出すのはやめておこう。今のオルフィアには少し難しいかもしれない。
俺が何も答えずにいると、オルフィアは僅かに視線を逸らした。
「まあ……まだまだ未完成だけど」
先ほどまでの勢いが消え、声も小さくなる。
ほら、やはりな。
本人も、まだ飛行魔法と呼べるほどではないと分かっているらしい。少し高く跳べるようになった程度なのだろう。
だからといって、ここで現実を突きつける必要はない。
俺はできるだけ明るく、安心させるような笑顔を浮かべた。
「そうなのかぁ。オルフィアはすごいんだなぁ」
うむ。
これでいい。
おそらくルディア家でも、皆がこんなふうに相手をしていたのだろう。できたことは大きく褒め、できていないことには触れない。そうやって少しずつ自信を持たせていたに違いない。
俺もなかなか上手くできているではないか。
正義の志士としてだけでなく、人を導く者としても成長しているようだ。
「馬鹿にしてるんでしょ」
オルフィアが低い声で言った。
またこちらを睨んでいる。
せっかく褒めてやったのに、疑い深い奴だな。
「馬鹿になどしていないぞ。褒めてるじゃないか」
「それが馬鹿にしてるっていうのよ!」
オルフィアの声が会談室に響いた。
いや、難しい奴だな。
せっかく自信を失わないよう優しく褒めてやったというのに、それすら気に入らないらしい。これではルディア家の者たちも苦労しただろう。
俺は苦笑しながら、椅子の背へ身体を預けた。
「しかしなあ、飛行魔法なんぞ実現可能とは思えん。そんな魔法があるのなら、とっくに広まっているはずだ」
「あるって言ってるでしょ」
オルフィアは不満そうに唇を尖らせたが、今度は怒鳴らなかった。
本当に空を飛べる魔法があるなら、世界は変わるかもしれない。
いや、変わるかもしれないどころではない。確実に変わるだろう。
山や川に道を阻まれず、地上の敵を避けて移動できる。城壁を越えられるほど高く飛べるなら、戦い方そのものまで変わりかねない。戦い以外でも、険しい場所へ荷物を運んだり、地上から近づけない場所を調べたりできるはずだ。
それほど有効な魔法なら、個人だけで極めるより、他の者へ伝えて皆で研鑽した方がいい。
五大魔法だって、かつて誰かが使っていたものが共有され、多くの者によって洗練され、今の形へ体系化されたのだ。使える者が増えれば、操作の難しい部分を簡単にする方法も見つかるかもしれない。
それなのに、俺はこれまで飛行魔法など聞いたことがなかった。
何か理由があるはずだ。
俺が考え込んでいると、向かい側のオルフィアが視線を落とした。
「少し問題があるのよ」
「問題?」
魔力操作が難しいのだろうか。
だが、それならなおさら共有した方がいい。多くの者が試せば、今より扱いやすい形へ洗練できる可能性がある。
他人には再現できないほど複雑なのか。
それとも、莫大な魔力容量が必要なのだろうか。
こちらはありそうだな。
空を飛ぶためには、人間一人分の身体を持ち上げ続けなければならない。肉体強化魔法で一瞬だけ跳ぶのとは違い、浮いている間はずっと魔力を使い続けるはずだ。
俺が黙ったまま見つめていると、オルフィアは僅かに身じろぎした。
「その……全身から魔力を放つから」
声が小さい。
「全身から?」
「そう。身体の一部だけじゃ駄目なの。全身から同じように放って、身体を浮かせるのよ」
なるほど。
全身から魔力を放ち続けるのなら、細かな魔力操作が必要になるだろう。場所によって強さが違えば、姿勢が傾くかもしれない。魔力容量も少なくて済むとは思えない。
かなり困難な魔法のようだ。
だが、俺ならどうだ。
魔力操作にも魔力容量にも自信はある。少なくとも、オルフィアに大きく劣っているとは思えない。
仕組みを聞けば、俺にも習得できるのではないだろうか。
そう思った瞬間、アル兄さんの言葉が頭をよぎった。
聞いた魔法を試してはいけない。何かしたくなったら、必ず相談すること。
まだ試すとは決めていない。
可能性を考えているだけだ。
これなら約束を破ったことにはならないだろう。
「それで、その……」
オルフィアはさらに声を落とした。
頬が少し赤くなっているように見える。
「着ている服とか、破れるから」
「服が?」
俺は思わずオルフィアの服へ視線を落とした。
身体が浮くほどの魔力を全身から放つのなら、服が耐えられないのも無理はないのかもしれない。
しかし、服が破れるのか。
この世界で服は必需品だが、決して気軽に捨てられるものではない。季節が変わるたびに何着も買い替えるようなことは、平民には難しい。貴族であっても、魔法を使うたびに一着ずつ駄目にしていれば、さすがに負担は大きいだろう。
それでは、いくら便利でも広めにくい。
ん?
ルディア家は、飛行魔法を使うたびに服を一着失っても困らないほど裕福なのだろうか。
いや、毎回破れると分かっているなら……
「もしかして、お前……飛行魔法を使う時は裸なのか?」
オルフィアの顔が一気に赤くなった。
「仕方ないでしょ! 破れちゃうんだから!」
やはり裸なのか。
俺は思わず天井を見上げた。
もし飛行魔法が広まり、誰もが使えるようになったらどうなる。
空を見上げれば、全裸の老若男女が飛び交っている世界。
……嫌すぎる。
「ふ、服を重ねればどうだ?」
何枚か重ねておけば、一番内側が破れても外側は残るかもしれない。
俺の提案を聞いたオルフィアは、赤い顔のまま首を横へ振った。
「全部破れちゃった」
「そ、そうか」
既に試していたらしい。
全身から放つ魔力は、服の枚数など関係なく突き抜けてしまうのだろうか。身体を浮かせるほどの魔力なら、それも仕方ないのかもしれない。
「なら、ほら。お前が着ていた外套だ。あの頭から被れるような」
マバール城へ来る途中、オルフィアは大きな外套で身体を覆っていた。
身体へ密着する服が破れるのなら、あのように余裕のあるものならどうだろう。肌から離れていれば、全身から魔力を放っても巻き込まれないかもしれない。
だが、オルフィアは哀しげに首を振った。
あれも駄目なのか。
「う、うーん。なら鎧はどうだ? こう、最低限、大事なところだけを隠すような感じで」
布が耐えられないのなら、もっと丈夫な物で覆えばいい。
前世で見たことのあるビキニアーマーのように、必要な部分だけを守れば重さも抑えられるだろう。
我ながら悪くない案だと思ったのだが、オルフィアは静かに首を横へ振った。
くっ、鎧も駄目らしい。
布より丈夫でも、身体の周囲を覆っていることに変わりはない。魔力を全身から放たなければならないのなら、僅かな覆いでも邪魔になるのだろうか。それとも単純に、重くて身体を浮かせられないのかもしれない。
いずれにしても、最低限だけ隠すという案まで使えないとなると、残された方法は少ない。
「くっ……なら、高さはどうだ?」
「高さ?」
「そうだ。こう、地上から見えないくらい高く飛べばいい」
これなら裸であることそのものを解決する必要はない。
飛び立つ時と降りる時には見えるかもしれないが、人目のない場所を選べば対応できる。森の中や建物の陰で飛び立ち、十分な高さまで上がってから移動すればいいのだ。
降りる時も同じだ。目的地の近くで人のいない場所を探し、そこへ下りればいい。
飛行中の姿が地上から見えないほど高ければ、誰も裸だとは気づかない。
我ながら、今度こそ悪くない案だ。
ところが、オルフィアはすぐに首を横へ振った。
「そんなに高くは飛べない」
駄目なのか。
「……どの程度の高さなら飛べる?」
俺が尋ねると、オルフィアは机の上へ視線を落とした。指先が膝の上で僅かに動き、答えにくそうな間が空く。
「……えっと、普通の家の屋根くらいかな」
「屋根?」
「だいたい、それくらい」
俺は椅子の背へ身体を預けたまま、がっくりと肩を落とした。
絶対に見えるな。
それも、地上から見上げれば絶妙に嫌な角度になりそうな高さだ。
もう少し低ければ、塀や木立の陰へ隠れながら進むこともできるかもしれない。反対に、雲へ届くほど高ければ、地上から姿を見られる心配もない。
だが、普通の家の屋根ほどというのは、そのどちらにも届かない。
近くにいる者からは、何をしているのかはっきり見えるだろう。
しかも、微妙に役立ちそうな高さなのが腹立たしい。
足場の悪い土地でも、地面へ降りずに進める。深い窪みや小さな川なら、そのまま越えられるかもしれない。道が曲がっていても、障害物さえ低ければ直線で移動できるだろう。
完全に役に立たないなら、最初から諦められる。
だが、使い道がありそうなのに、裸という一点がすべてを台無しにしていた。
「は、速さはどうだ?」
まだだ、まだ可能性はある。
屋根ほどの高さでも、人の目では追えないほど速く飛べるなら、裸だと気づかれる前に通り過ぎられる。見えたとしても、何かが一瞬で飛んでいった程度にしか思われないだろう。
「見えないほど速く飛べるなら、どうにかなるんじゃないか?」
期待を込めて尋ねると、オルフィアはさらに俯いた。
長い髪が頬の横へ落ち、赤みの残る顔を少し隠す。
「……人が歩くくらいなら」
「歩くくらい?」
「それ以上速くしようとすると、姿勢を保てなくなるのよ」
裸のまま屋根ほどの高さを、歩く程度の速さで進む。
俺は頭の中に浮かんだ光景を、どうしても消せなかった。
「……むしろ、見てくれと言わんばかりの速度だな」
思わず口から漏れた。
オルフィアが勢いよく顔を上げる。耳まで赤くなり、睨む目にも先ほどまでとは違う力がこもった。
「仕方ないでしょ! すっごく難しいんだから!」
声が会談室の壁へ反響した。
扉の近くに控えていたレティシアが、僅かに目を瞬かせる。だが、アル兄さんから二人を頼まれているためか、口を挟まず静かにこちらを見守っていた。
全身から均等に魔力を放ち、身体を浮かせたまま姿勢を保つ。
言葉にするだけなら簡単そうだが、実際にはオルフィアの言う通り難しいのだろう。魔力の放ち方が少し偏れば、身体が傾くかもしれない。速度を上げれば、さらに細かな調整が必要になるはずだ。
しかも全裸である。
これって人目を気にしながら飛ぶから、魔力操作へ集中できないのではないだろうか。
そう思ったが、俺は何も言わなかった。
今それを口にすれば、また怒鳴られる気がする。
それに、飛行魔法が本当に使えるのなら、何か利用方法があるかもしれない。
俺は腕を組み、軍事利用について少しだけ考えてみた。
たとえば、川の向こうに敵軍が展開しているとする。
橋は押さえられ、渡ろうとすれば敵の攻撃を受ける。船を用意するにも時間がかかり、水の流れが強ければ簡単には渡れない。
そこで飛行魔法だ。
マバール騎士たちは川岸へ並び、武器と鎧を外す。服も魔力で破れてしまうため、すべて脱がなければならない。
そして全裸となった騎士たちが、一斉に地面を離れる。
普通の家の屋根ほどの高さを保ち、人が歩く程度の速度で、ゆっくりと川を渡っていく。
向こう岸で待つ敵兵たちは、空を見上げるだろう。
そこには、武器も鎧も服も身につけていないマバール騎士団が、絶妙な高さを微妙な速度で近づいてくる。
……敵は恐れて逃げるかもしれないな。
強さへの恐怖ではないだろうが、何をされるのか分からないという意味では、かなりの威圧感があるかもしれない。
だが、敵が逃げなかった場合はどうする。
武器も防具もない騎士たちが、裸のまま敵陣へ降りる。そうして、裸のまま相手に襲いかかる。
………怖すぎるだろ。
いや、そもそも騎士たちへ命じた時点で拒否されるだろう。
誇り高きマバール騎士団に対し、鎧も服も脱いで空を飛べなどと命じる。そんなことをすれば、命令を出した俺へ全員が詰め寄ってきてもおかしくない。
全裸騎士団などと呼ばれるようになれば、後世まで笑われ続けるかもしれない。
なんだか騎士たちに反乱を起こされても仕方がないように思える。
俺は頭の中へ浮かんだ光景を追い払うように、ゆっくり首を横へ振った。
「残念すぎるぞ、飛行魔法!」




