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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百四十三話 今日のまま


 翌朝、いつもより少し早い時間に目が覚めた。


 窓布の隙間から入り込む光はまだ淡く、寝室の中には夜の名残が沈んでいる。厚い布に遮られた向こうから、城がゆっくりと動き始める気配だけが届いていた。


 俺は身体を動かさず、隣へ目を向けた。


 レティシアが眠っている。


 いつもなら、俺が目を覚ます頃にはすでに寝台を抜け出し、身支度を整えているはずだった。髪も服も隙なく整え、何事もなかったような顔で朝の茶を用意している。


 それが今日は、俺の隣で静かな寝息を立てていた。


 珍しい。


 昨夜は少しだけはしゃいでしまったからな。さすがのレティシアも、多少は疲れたのだろう。


 もちろん、本当に少しだけだ。


 たぶん。


 薄い掛け布の上へ流れた髪を目で追いながら、俺は眠る顔をゆっくりと眺めた。


 閉じられた瞼には長い睫毛が並び、形のよい鼻筋の下には、力の抜けた柔らかそうな唇がある。普段はきちんと引き締められている口元も、今はわずかに緩んでいた。頬から顎へ続く線まで整っていて、寝顔だというのにどこにも崩れたところがない。


 うーむ。


 これぞ芸術だな。


 寝ているだけでここまで美しいとは、さすがレティシアだ。


 そういえば、マバール城には美人が多い気がする。


 シルディア城にも、それなりに容姿の整った女はいた。だが、こうして比べてみれば、マバール城の方が明らかに水準が高い。


 城の規模が違うのだから、単純に人の数の差もあるのだろう。だが、それだけではない気がする。


 家が強ければ、それだけ多くの者が集まる。


 仕える場所を求める者もいれば、よりよい縁を望む者もいる。領地が安定し、暮らしやすければ、外から流れ込む人間も増える。人が増えれば、そこから選べる者の数も自然と多くなる。


 強さが人を呼び、人がさらに選択肢を広げる。


 その積み重ねが、マバール城に美しい女が多い理由なのかもしれない。


 そして、そのある種の傑作――いや、最高傑作の一人が、今、俺の隣で眠っているレティシアなのだろう。


 顔が美しい。


 身体も素晴らしい。


 しかも、俺のことを深く理解し、誰より近くで支えてくれる。


 完璧だな。


 そんな馬鹿なことを考えていると、レティシアの睫毛がかすかに震えた。


 やがて瞼がゆっくりと持ち上がる。


 淡い朝の光を受けた瞳は、まだ焦点が定まっていなかった。寝起きで意識が戻りきっていないのだろう。レティシアはぼんやりと俺の顔を見つめている。


 俺も何も言わず、その様子を眺めた。


 しばらくすると、レティシアの唇がわずかに動いた。


「若様……」


 普段よりも柔らかく、どこか甘く聞こえる声だった。


 次の瞬間、レティシアの腕が俺の頭へ回る。


「おおう」


 抵抗する間もなく、俺の顔は彼女の胸元へ抱き寄せられた。


 大胆だな。


 だが、素晴らしい。


 頬へ伝わる柔らかな感触と、朝の寝台に残るぬくもり。その向こうから、昨夜何度も近くで感じたレティシアの匂いが届く。


 幸せとは、こういうことをいうのだろう。


 このまま一生、ここにいてもいいかもしれない。


 レティシアは俺を抱き寄せたまま、しばらく動かなかった。呼吸に合わせて胸元がゆっくりと上下し、そのたびに頬へ柔らかな感触が押し寄せる。


 うむ。


 実に素晴らしい朝だ。


 だが、やがてレティシアの身体がわずかに固まった。


 俺の頭を抱いていた腕が緩み、今度は急に顔を覗き込んでくる。


「若様?」


「おはよう」


 俺が答えると、レティシアは何度か瞬きをした。


 ぼんやりしていた瞳へ、少しずつ意識が戻ってくる。


 そして、自分が何をしていたのか理解したのだろう。


「も、申し訳ありません」


 頬へ一気に赤みが広がった。


 やはり寝ぼけていたらしい。


 普段なら決して見せない無防備な姿だと思うと、ますます可愛らしく見える。


「謝るな。むしろ、素晴らしい目覚めだったぞ」


「……申し訳ありません」


 もう一度謝ったレティシアは、今度は耳まで赤くなっていた。


 そのまま掛け布を押しのけ、寝台から起き上がろうとする。


「すぐに支度いたします」


 俺は逃がさないよう、その身体へ腕を回した。


「若様?」


 戸惑った声を上げたレティシアを抱き寄せ、そのまま寝台へ引き戻す。


「今日は寝台から出ん」


「いえ、あの……本日は、ダリアとリエリエール様にお会いになると」


「それは明日と言っただろう」


「ですから、今日がその明日です」


 レティシアは困ったように俺を見つめた。


 なるほど。


 確かに、普通に考えればそうなる。


 だが、俺にも考えがある。


「大丈夫だ。寝台から出なければ、今日は今日のままだ」


「そうはなりません」


「うるさい」


 俺はレティシアをさらに強く抱き締めた。


 彼女には専属使用人として、いろいろな仕事があるのだろう。


 だが、専属使用人である以上、最も優先されるべき仕事は俺の世話だ。


 そして、俺は今日は寝台から出ない。


 ならば、寝台から出ない俺を世話するため、レティシアも寝台で過ごすのが正しい。


 うむ。


 完璧な理論武装だな。


 レティシアは俺の腕の中で、しばらく身体を捩っていた。胸元へ置かれた手も、俺を押し退けようとはしているものの、その力はひどく弱い。


「若様、あの……」


 俺が離す気のないことを悟ったのだろう。


 やがて身体から力が抜け、レティシアは小さく息を吐いた。


「もう……」


 わずかに眉を寄せた顔も、拗ねたように聞こえる声も愛らしい。


 俺は満足しながら、その身体をもう一度、胸元へ抱き寄せた。


 まあ、実際には一日中寝台にいたわけではない。


 寝室から出た時には、すでに昼を過ぎていたが。


 本当なら、もう少し――いや、このまま日が暮れるまでレティシアを堪能していたい気持ちはあった。だが、何事にも限度というものがある。


 俺は大人だ。


 自分の欲望だけではなく、相手のことも考えられる。


 寝台の上へ目を戻すと、レティシアは掛け布の中で静かな寝息を立てていた。頬にはまだ薄い赤みが残り、普段は隙なく整えられている髪も、枕の上へ乱れて広がっている。


 朝と同じように眠っているだけだ。


 呼吸は穏やかだし、顔色も悪くない。力の抜けた表情は、どことなく蕩けているようにも見える。


 決して気を失ったわけではない。


 うん。


 大丈夫だ。


 きっと。


 俺は掛け布が肩を覆っていることを確かめてから、音を立てないよう寝室を出た。


 居室を通り、廊下へ続く扉を開く。


 すぐ側には、一人の使用人が控えていた。


 俺が出てきても、驚いた様子はない。静かに頭を下げ、何を見たわけでもないのに、すべて承知しているような落ち着いた顔をしている。


「レティシアが起きるまでは、寝室へ入らず待っていてくれ」


「心得ております」


 返事には一瞬の迷いもなかった。


 うん。


 ばれているな。


 昨夜から俺とレティシアが寝室へ入ったままだったのだから、今さら隠せるものでもない。もしかすると、俺が帰ってきた時点でこうなると予想したレティシアが、先に手配していたのかもしれない。


 さすがレティシアだ。


 自分が寝台から出られなくなった場合まで考えているとは、実に頼りになる。


 俺はもう一度、後ろの扉へ目を向けた。


「目を覚ましたら、無理に動かせるな。必要なものがあれば用意してやってくれ」


「かしこまりました」


 使用人は表情を変えずに答えた。


 その反応を見る限り、やはり似たような指示をあらかじめ受けていたのだろう。


 俺は安心して廊下を歩き始めた。


 静かな城内には、朝とは違う光が差している。高い窓から入る日差しは白く、石床の上へ細長い形を落としていた。行き交う使用人たちも、朝の忙しさを終えた後らしく、足音にわずかな余裕がある。


 うーん。


 そういえば、朝食をすっぽかしてしまったな。


 貴族は朝食をけっこう大事にする。


 絶対に全員が揃わなければならないという決まりではないが、できる限り家の男たちが同じ席につく。単に腹を満たすだけではなく、その日の予定や領内のことを確かめる時間にもなっている。


 平民の家がどうしているのかは知らない。


 前世では、家族が揃う食事といえば夕飯の印象が強かった。だが、この世界の貴族にとっては、それが朝食なのだろう。


 おそらく、夜は仕事や夜会などで帰る時間が揃わないからだ。


 夕食の席へ家の男が全員集まることを期待するより、動き出す前の朝に顔を合わせた方が都合がいい。そんなことが積み重なり、今の形になったのではないだろうか。


 もちろん、俺の想像だが。


 それにしても、帰ってきた翌朝から欠席するのは少し悪かったな。


 後でアル兄さんには謝っておこう。


 もっとも、昨夜の俺とレティシアを見ていた者がいるなら、俺が朝食へ来ないことくらい予想されていた気もする。


 アル兄さんは一度くらいため息をついたかもしれないな。


 そんなことを考えているうちに、ダリアの部屋がある廊下へ入った。


 俺の居住区画ほど人の出入りは多くない。窓から差す昼の光の中に、足音だけが静かに響く。


 部屋の前には、使用人が一人控えていた。


 俺の姿を認めると、すぐに背筋を伸ばす。


 だが、頭を下げる前に、その肩へわずかに力が入ったのが見えた。


 緊張しているな。


 理由は、何となく分かる。


 俺は使用人の前まで歩き、苦笑を飲み込んだ。


「顔を見に来ただけだ」


「……かしこまりました」


 強張っていた表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


 うん。


 どうやら、ただ顔を見るだけでは済まない可能性まで警戒されていたらしい。


 そんなことをするつもりはない。


 妊娠している女へ無理をさせるほど、俺は欲望に忠実ではないぞ。


 そう言い切りたいところだが、これまでの自分の行動を思い返すと、使用人を責める気にはなれなかった。


 うん、何も言えんな。


 使用人は扉を軽く叩き、中の返事を待ってから、静かに取っ手へ手を掛けた。


 開かれた扉の向こうから、柔らかな光が流れてきた。


 部屋の奥にいたダリアがこちらを振り返る。


「ギル様」


 俺の姿を認めると、その顔へ穏やかな笑みが浮かんだ。


 その笑顔に応えようとして、俺は途中で動きを止めた。


 すごい。


 腹が少し膨らんでいる。


 いや、子を孕んでいるのだから当たり前なのだが、話として聞くのと、実際に目の前で見るのとではまるで違う。


 服の上からでも、以前にはなかった丸みが分かる。


 ダリアは元々細身だから、余計に目立つのかもしれない。身体全体が大きく変わったわけではないのに、腹の辺りだけがゆるやかに前へ膨らんでいる。


 あそこに、俺の子がいるのか。


 まだ顔も見たことがない。


 声も聞いたことがない。


 それどころか、子と呼べる形になっているのかさえ俺には分からない。


 それでも、確かにそこにいるらしい。


 俺が腹を見つめている間に、ダリアは椅子から立ち上がろうとした。


「立つな」


 思わず強い声が出た。


 ダリアの動きが止まる。


「座っていろ。ゆっくりとな」


「はい」


 ダリアは少し困ったように笑いながら、再び椅子へ身体を預けた。


 もう少し立っている姿も見てみたい気はする。


 どのくらい腹が膨らんでいるのか、横からも確かめたい。


 だが、立っていられると、その方が怖い。


 何というか、少し動いただけで腹からずるっと出てきそうに感じる。


 そんなはずはないと分かっているのだが、どうにも落ち着かない。


 俺はダリアの前まで歩いたものの、すぐ側までは近づかずに足を止めた。


「大丈夫か?」


「はい。何も問題はありません」


「本当か? どこか痛んだりはしないのか」


「ありません」


「不自由があれば、すぐにレティシアへ言うんだぞ」


「皆さんによくしていただいております」


「無理はするな。あまり動くなよ」


 立て続けに言う俺を見て、ダリアの口元が少し緩んだ。


「ずっと座っているわけにもまいりません」


「それはそうだが……なるべくゆっくり動け」


「承知いたしました」


 返事は素直なのに、どこか苦笑しているように見える。


 俺が大げさに心配していると思っているのかもしれない。


 実際、大げさなのだろう。


 ダリア自身は落ち着いているし、顔色も悪くない。声にも力があり、座る動きに苦しそうなところもなかった。


 それでも、俺には腹の膨らみがひどく危ういものに見える。


「食事はきちんと取れているのか?」


「はい。以前より空腹を感じることが増えました」


「それならいい」


 俺は頷きながら、改めてダリアの顔を見た。


 以前より表情が柔らかい。


 いや、顔だけではない。


 声も、目元も、身に纏っている雰囲気そのものも、どこか穏やかになっている。


 ダリアは元々、細い身体の中に鋭さを隠しているような女だった。笑っていても周囲をよく見ていて、隙を見せないところがあった。


 今もそれがすべて消えたわけではない。


 だが、俺を見る瞳には、以前よりも温かなものが浮かんでいるように見えた。


 子を孕むと、ここまで変わるものなのだろうか。


 それとも、城で安心して暮らせるようになったからなのか。


 俺には分からない。


 ただ、今のダリアも美しいと思った。


「ダリア」


「はい」


「抱き締めてもいいか?」


 俺が尋ねると、ダリアは少し目を見開いた。


 すぐには答えず、俺の肩越しに視線を向ける。


 扉の側には、先ほど案内した使用人が立っているはずだ。そちらを確かめたのだろうか。


 それからダリアは俺へ視線を戻し、静かに頷いた。


「はい」


 俺は身体の内側へ意識を向けた。


 普段から抑えている魔力を、さらに深く押さえ込む。


 これで絶対に何の影響もないとは言い切れない。だが、俺にできることは、少しでも漏れないよう細心の注意を払うことだけだ。


 一歩近づき、腹を圧迫しないよう慎重に腕を回した。


 壊れ物へ触れるように、そっと抱き寄せる。


 ダリアの身体が俺の胸元へ収まった。


 うん。


 ほんの少しだが、以前より柔らかくなったように感じる。


 痩せてはいない。


 きちんと食欲があるという言葉に嘘はなさそうだ。


 それに、胸も以前より少し大きくなっているような気がする。


 うむ。


 素晴らしい。


 もちろん、今はそれを確かめるために抱き締めているわけではない。


 ダリアと腹の子が無事であることを、自分の身体で感じているだけだ。


 たぶん。


 俺が慎重に腕へ力を込めると、ダリアの手が背中へ回った。


 強く抱き返されたわけではない。


 ただ、離れないように触れているような、柔らかな手だった。


 もう少し、このままでいたい。


 そう思ったところで、背後から小さな咳払いが聞こえた。


 振り向かなくても分かる。


 そろそろ離れろということだろう。


 名残惜しいが、注意される前に従った方がいい。


 俺は腹へ触れないよう腕を解き、ゆっくりとダリアから離れた。


 ダリアの指が、ほんの一瞬だけ俺の服に残った。


 すぐに離れたものの、視線はまだこちらへ向けられている。


 名残惜しそうに見えるのが、ひどく愛おしかった。


「また来る」


「はい。お待ちしております」


「だが、無理に待つ必要はないぞ。眠ければ寝ていろ」


「承知いたしました」


 また少し笑われた気がする。


 俺は最後に腹の膨らみへ目を向けてから、部屋を出た。


 廊下へ出ると、先ほど咳払いをした年嵩の使用人も後に続いてきた。


 扉が静かに閉じられたところで、俺は足を止める。


「ダリアは本当に大丈夫なんだな?」


「はい。ダリア様のお身体に問題はなく、お腹のお子も順調に育っております」


 落ち着いた返答だった。


 それでも不安が消えず、俺は使用人の顔を見つめる。


「気を遣って、俺に隠していることはないか?」


「ございません」


「そうか」


「このまま静かに見守っていただければ、何も問題はないかと存じます」


 使用人は、最後の言葉を口にしながら俺の目をまっすぐに見た。


 うん。


 これは、欲望に負けるなよ、と言われているな。


 ダリアへ無理をさせるつもりはないのだが、先ほど少し長く抱き締めていたことまで見られている。


 俺は苦笑しながら頷いた。


「分かった。頼むぞ。何かあれば、すぐに知らせろ」


「かしこまりました」


 深く頭を下げる使用人を残し、俺は廊下を歩き始めた。


 さて。


 次はリエリエールの部屋へ行くか。


 久しぶりに会うのだから、こちらも顔を見るだけというわけにはいかないだろう。


 いや、俺は顔を見るだけでも構わない。


 だが、リエリエールはレティシアに負けず劣らず、ひどく破壊力のある身体をしている。


 あの色気を前にして、短い挨拶だけで部屋を出られるとは思えない。


 おそらく、入ればしばらく戻れないな。


 そう考えたところで、ふとオルフィアの顔が浮かんだ。


 リエリエールの部屋へ行く前に、少しだけ様子を見ておくか?


 別に心配しているわけではない。


 昨日あれだけ大きなことを言ったのだから、今頃どうしているのか、少し気になっただけだ。


 だが、どの部屋にいるのかを使用人へ聞くのも面倒だな。


 うーん。


 まあ、別にいいか。


 たぶん、昼寝でもしているだろう。


 あいつなら。

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