第百四十話 我が家の誇り
セバスチャンの笑い声と、ジルベッドの嘆き声が街道へ長く尾を引いていた。
「ええい、急いで城に戻るぞ!」
これ以上ここで言い合っていても埒が明かない。俺は苛立ちごと振り払うように声を張り、手綱を握り直した。
「そうですな。結婚となれば、何かと忙しくなりますからなぁ」
隣でセバスチャンが、まだ笑いを含んだ声を出す。
「違うわよ! 誰がこんな奴と!」
前方からオルフィアが振り返り、外套の裾を大きく揺らした。
「こちらこそごめん被る!」
「何ですって!」
睨みつけてくる目に、こちらも負けずに顔を向ける。
「お前、結婚したいのかしたくないのか、はっきりしろよ!」
「私が! あなたとの結婚を断るの!」
胸を張って言い切る姿に、こめかみの奥がじわりと熱くなった。
美人ではないとは言わん。外套の影に隠れていても、整った顔立ちをしていることくらいは分かる。だが、この女だけは嫌だ。何がどう嫌なのか、自分でもうまく説明できない。ただ、何となく嫌だ。
「ふむ」
セバスチャンが、俺とオルフィアを見比べながら頷いた。
「けっこうお似合いかもしれませんなぁ」
「そ、そうですね。オルフィア様に、あそこまで言い返す御仁なら、もしかして……」
ジルベッドまで、おそるおそる余計なことを口にする。
「やかましい! とっとと城に戻るぞ!」
俺は二人の続きを聞かず、身体の内側へ魔力を巡らせた。
肉体強化魔法が一息に全身へ広がる。その流れを切らさず、鞍の下にいる馬へも強く、素早く展開した。馬の背がわずかに沈み、脚へ力が満ちていくのが手綱越しに伝わってくる。
本来なら、街道でここまで強く魔法を使って馬を走らせるのは危ない。前方には旅人もいれば、荷車も通る。速度を上げた馬が少しでも進路を誤れば、避ける側にとってはたまったものではない。
だが、街道は広い。前をよく見て、早めに避ければ大丈夫だろう。
もちろん、限界まで力を叩き込むつもりはない。馬が耐えられる範囲を越えれば、城へ早く着くどころか、途中で脚を痛める。呼吸と筋肉の動きを感じながら、速度を上げても崩れないところへ魔力を整えていく。
薄く拡げていた感知魔法の中で、後ろの二人の魔力反応が変わった。
ほう。
まず動いたのはオルフィアだ。魔力が一気に馬へ流れたにもかかわらず、広がり方に淀みがない。首筋から胴、四肢へと、細い水が溝を満たすように滑らかに行き渡っていく。
その隣では、ジルベッドも遅れて魔力を動かしていた。反応は弱く、オルフィアほど速くはない。それでも途中で崩れず、少しずつ確実に馬の身体へ定着していく。
セバスチャンも二人の馬へ目をやり、わずかに眉を上げた。魔力そのものというより、強化を受けた馬の立ち方や脚運びから、ただの旅慣れた二人ではないと気づいたのだろう。
「行くぞ!」
俺が声を掛けると、オルフィアは不満そうに鼻を鳴らした。
「ふん」
それでも手綱を引き、きちんと馬をこちらへ並べてくる。
俺は前方を確かめてから、馬の腹へ軽く脚を当てた。
四頭の馬が、ほとんど同時に地面を蹴った。
蹄の音が重なり、乾いた土が後ろへ弾ける。頬へ当たる風が一気に強くなり、外套の裾が背後で激しく鳴った。前方に荷車が見えれば早めに道の反対側へ寄り、旅人とすれ違う時には一段速度を落とす。人影が遠ざかれば、再び馬の脚を伸ばした。
隣ではセバスチャンの馬も、こちらへ半歩も遅れず速度を上げていた。あの男にとっては、この程度なら慌てるほどでもないらしい。上体はほとんど揺れず、前方と左右へ絶えず目を配っている。
オルフィアも遅れない。
俺たちほどの速度へ上がっても、馬への肉体強化魔法にムラがなかった。強化が一部へ偏れば、馬の脚運びはすぐに崩れる。だが、オルフィアの馬は四肢を乱さず、一定の呼吸で街道を駆けている。
ほう。やはり大した魔力操作だな。
ただ強く魔力を流しているだけではない。走り続ける馬の動きに合わせ、必要な場所へ必要な分だけ魔力を渡しているように見えた。
ジルベッドは少し後ろへ下がったものの、置いていかれるほどではない。弱い強化を崩さず保ち、馬を無理に急かすこともなく、懸命についてきている。
速度は出せる。
だが、こいつらを連れたまま限界まで上げる必要はない。俺は時折後ろを確認し、四人の間が開きすぎない範囲で馬を走らせた。
街道脇の畑が流れ、遠くに見えていた城壁が少しずつ大きくなる。行き交う荷車の数も増え、歩く人々の姿が途切れなくなってきた。
風の匂いにも、乾いた土だけでなく、炊事の煙や家畜の匂いが混ざり始めている。城下が近い。道の端を歩く者の間隔も狭くなり、荷車同士がすれ違うたびに、御者の声が重なって聞こえた。
「若様、駆けられるのはここいらまでですぜ」
セバスチャンが声を張った。
「ああ、分かっている」
さすがに人口の多い城下へ、このままの勢いで突っ込むわけにはいかない。
俺は馬へ流していた魔力をゆっくりと弱め、手綱を引いた。馬の脚が駆け足から速歩へ、さらに周囲の流れへ合わせるように緩んでいく。
後ろの三頭も順に速度を落とした。激しかった蹄の音がばらけ、代わりに城下から届く人々の声や、荷車の軋む音が耳へ戻ってきた。
馬を歩かせながら、俺は後ろの二人へ視線を向けた。
オルフィアは息を乱した様子もなく、鞍の上で平然としている。馬へ流していた魔力はすでに弱められていたが、急に切った様子はない。速度を落とす馬の動きに合わせ、強化も滑らかに収めていた。
一方、ジルベッドは少し肩を上下させている。額にも薄く汗が浮かび、手綱を握る指へ余計な力が入っていた。馬へ残る魔力反応も、走り始めた頃より弱くなっている。
ふむ。
ジルベッドの魔力容量は、並より少し少ないのかもしれない。騎乗そのものにも疲れているだろうから、これだけで決めつけることはできないが、長く魔法を使い続けるのは得意ではなさそうだ。
オルフィアの方は、まだ分からんな。
今のところ消耗を見せてはいない。だが、魔力容量が多いというより、まず魔力操作の巧さが目立つ。余分な魔力をほとんど使わず、必要なところへ正確に流しているからこそ、疲れていないようにも見えた。
やはり、昨夜の感知魔法へ気づいたのは偶然ではなさそうだ。
速度を落とした四頭の馬は、城下へ入る人や荷車の流れへ混ざった。
街道沿いの建物が増え、開け放たれた店先から客を呼ぶ声が飛んでくる。荷を積んだ馬車が道の端へ止まり、籠を抱えた者たちがその脇を行き交っていた。職人らしい男が何人かで長い木材を運び、少し先では兵が立ち止まった荷車へ道を空けるよう声を掛けている。
帝国貴族となったからといって、城下の暮らしが急に別物へ変わるわけではない。
それでも、人の数は以前より増えている気がした。知らない顔の商人も多く、道を行く荷車の荷にも見慣れない印が混じっている。領地の外から来た者が増えているのだろう。
俺たちへ特別な注意を向ける者はいなかった。
城下の平民すべてが、マバール家の三男の顔を知っているわけではない。俺に気づいたらしい兵が何人か姿勢を正したものの、声を張って人を集めるような真似もしなかった。
その方がありがたい。
謹慎のために帰ってきたところを、大勢に出迎えられても困るしな。
「これが、マバール……」
小さな声が聞こえた。
振り返ると、オルフィアが馬上から城下を見回している。視線は道の両側を行き交う人々から、遠くに見える城壁へと移っていた。
外套の影に表情の大半は隠れていたが、少し見開かれた目までは誤魔化せていない。
隣のジルベッドも、落ち着かない様子で周囲を見ていた。昨夜から警戒ばかりしていた二人が、今は別の意味で黙り込んでいる。
何を想像していたのか知らないが、思っていたより大きかったらしい。
「どうだ。悪くないだろ」
俺が声を掛けると、オルフィアはすぐにこちらへ顔を向けた。
「別に、あなたを褒めたわけじゃないわ」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔を見れば分かるのよ」
ふん、と鼻を鳴らして再び前を向く。
何だ、その言い分は。
言い返そうかと思ったが、城へ着く前からまた喧嘩を始めれば、セバスチャンに何を言われるか分からない。俺は口を閉じ、そのまま馬を進めた。
城下を抜けるにつれて、前方の城壁が視界を埋めていく。
見慣れたマバール城が近づくと、ようやく帰ってきたという感覚が湧いてきた。もっとも、今回は落ち着くために戻ったわけではない。城へ入れば、父上に言い渡された謹慎が待っている。
そのうえ、自分との結婚を断るために逃げてきた令嬢まで連れている。
我ながら、どうしてこうなった。
城門へ近づくと、門を守る兵たちが俺たちへ気づいた。すぐに動き始めた様子を見る限り、驚いているわけではないらしい。
城下へ入った時点で、誰かが先に知らせたのだろう。
開かれた門の内側には、アル兄さんが立っていた。
俺たちを待っていたらしい。近くには数人の兵と使用人が控えているが、騒がしい出迎えではない。アル兄さんは俺の姿を認めると、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「おかえり、ギル」
「ただいま戻りました」
馬を止めて答えると、アル兄さんの視線がセバスチャンを経て、後ろの二人へ動いた。
外套を深く被った若い女と、その付き人らしい男。
確かに、何も知らずに見れば妙な取り合わせだ。
「……ギル」
アル兄さんが、わずかに間を置いた。
「人攫いとは感心しないね」
「違います!」
考えるより先に声が出た。
アル兄さんは目を細め、口元の笑みを深くする。
「冗談だよ」
「アル兄さん……」
がっくりと肩を落とす。
セバスチャンだけでも面倒なのに、帰って早々、兄にまでからかわれるとは思わなかった。
俺の反応が強すぎたのか、アル兄さんは改めて二人を見た。それから笑みを少しだけ薄める。
「どうやら、本当に何かあったみたいだね」
「アル兄さん、俺が結婚するってどういうことですか?」
先ほどから溜まっていた疑問を、そのままぶつける。
アル兄さんの眉が、わずかに動いた。
その返事を待つ前に、後ろで衣擦れの音がした。
下馬したオルフィアが手綱をジルベッドへ渡し、俺の横を通り過ぎる。こちらへは一度も顔を向けず、アル兄さんの前まで歩み寄った。
「オルフィアと申します」
家名には触れず、それだけを告げる。
アル兄さんは彼女の顔を静かに見つめた後、小さく頷いた。
「……なるほど」
名前を聞いただけで、何か分かったらしい。
少なくとも、俺よりは事情を知っているようだ。
アル兄さんは軽く息を吐き、俺へ視線を戻した。
「ただ帰ってくるだけなのに、どうして同行しているんだい?」
「ただの偶然です」
「偶然で、婚姻の話が出ている相手を連れて帰ってきたのかい?」
「城へ戻る途中で、マバール家に向かうという不審な二人を見つけたんです。放っておく方が危険だと思って連れてきました。そうしたら、こいつが妙なことを言い出して――」
「私は、この者との婚姻を正式に断り、同時に帝国への亡命を希望します」
オルフィアの澄ました声が、俺の説明へ重なった。
「俺がまだ話してる途中だろ!」
振り向いて言うと、オルフィアは俺を一瞥しただけで鼻を鳴らした。
「ふん」
そのまま、何事もなかったようにアル兄さんへ向き直る。
こいつ。
城まで来ても、態度を改める気はないらしい。
アル兄さんは俺とオルフィアを交互に見た後、静かにため息をついた。
「どうやら、お互いに誤解があるみたいだね」
「俺は何も誤解してません」
「私もです」
また声が重なった。
アル兄さんの目が、ほんの少し細くなる。
「疲れただろう。ここからは城内で、お茶でも飲みながら話そう」
これ以上、城門前で続けさせるつもりはないらしい。
俺たちは馬を兵へ預け、アル兄さんの後について城内へ入った。
セバスチャンも当然のように同行している。しかも、さっきから口元に残った笑いがまるで消えていない。
「お前、楽しんでるだろ」
「若様を心配しているだけですぜ」
「その顔で言っても説得力がないぞ」
セバスチャンは否定せず、肩を揺らした。
その後ろでは、ジルベッドがおどおどと周囲を見回しながらも、オルフィアのすぐ側を離れずについてきている。見知らぬ城へ入り、兵たちに囲まれて落ち着かないはずなのに、引き返そうとはしない。
ふーん。
振り回されて嘆いてはいたが、ちゃんと忠誠心はあるんだな。
アル兄さんは城の奥へ向かわず、廊下の途中にある一室の前で足を止めた。
客を迎えるには十分だが、城の深い場所へ近づく部屋ではない。
さすがアル兄さんだな。
オルフィアの名を聞いて事情の一端を察しても、詳しい話を聞く前から油断するつもりはないらしい。
室内へ入ると、俺とオルフィアは向かい合う形で席へ着き、アル兄さんがその間を取り持つように腰を下ろした。セバスチャンとジルベッドも、それぞれ俺たちの後ろ側へ席を取る。
ほどなく運ばれてきた茶から、白い湯気が立ち上った。
「アル兄さん、まず――」
「私はこの者との婚姻を――」
俺とオルフィアの声が、また同時に重なった。
アル兄さんは目の前の杯を静かに持ち上げる。
「まずはお茶でも飲んで、二人とも落ち着きなさい。落ち着いたら、ちゃんと説明するから」
そう言って、自分から茶へ口をつけた。
俺とオルフィアはしばらく睨み合った後、ほとんど同時に杯を手に取った。
茶はまだ熱かった。
舌先へ触れた途端、思っていた以上の熱が広がり、俺は反射的に杯を少し離した。向かいに座るオルフィアも同じだったらしく、眉を寄せながら黙って湯気を見つめている。
先ほどまで互いに怒鳴っていたせいで、部屋の静けさが妙に落ち着かない。
聞こえるのは、茶器を置く小さな音と、時折セバスチャンが鼻から息を漏らす気配くらいだ。笑いを堪えているのかもしれないが、振り返って確かめれば、また余計なことを言われそうだった。
俺はもう一度、今度は慎重に茶へ口をつけた。
温かさが喉を通り、街道から引きずってきた苛立ちが少しだけ薄れる。それでも、向かいに座っている女が自分との結婚を断るために家を飛び出してきたという状況には、まるで納得できていない。
オルフィアも一口飲んでから杯を置いた。さすがにアル兄さんを前にしてまで怒鳴り続けるつもりはないらしく、背筋を伸ばし、膝の上へ両手を重ねている。
俺たちが少しは落ち着いたと見たのだろう。
アル兄さんは自分の杯を静かに置き、まずオルフィアへ視線を向けた。
「最初に、はっきりさせておこう」
穏やかな声だったが、先ほど城門で冗談を口にした時とは少し違う。オルフィアもそれを感じたのか、表情を引き締めた。
「内密の話ではあるが、あなたのご父君から、ギルバートとの婚姻の申込みがあったことは事実だ」
「ほら、やっぱり――」
「ですが、それは」
俺とオルフィアの声がまた重なりかける。
アル兄さんが片手を上げると、俺たちは揃って口を閉じた。
「最後まで聞きなさい」
声を荒らげたわけではない。それなのに逆らいづらい。
俺は椅子の背へ身体を預け、オルフィアは唇を結び直した。
「すでにここまで来られている以上、曖昧に話す方がよくないだろう。マバール家として、その申込みを正式に検討している」
やっぱり話は来ていたのか。
俺には一言もなかったが、断るとも受けるとも決まっていない段階なら、父上やアル兄さんが先に内容を確かめるのも不思議ではない。とはいえ、自分の結婚話を当の相手から聞かされるというのは、どうにも面白くなかった。
「アル兄さん、俺は何も聞いてませんけど」
「検討しているだけだからね」
アル兄さんは俺へ短く答え、すぐにオルフィアへ視線を戻した。
「婚姻を受けると決めたわけではない。当然、両家の間で何かが成立したわけでもない。あなたがそれほど強く拒むのであれば、こちらから断ることもできる」
オルフィアの目が、わずかに揺れた。
「ですから、あなたが婚姻を断るためだけに帝国へ亡命する必要はないと、僕は思うよ」
責めるような言い方ではなかった。
家を飛び出したことを咎めるでもなく、勝手な行動だと笑うでもない。ただ、まだ引き返せる道があると示すような口調だった。
街道では俺の話を遮ってばかりいたオルフィアも、今度はすぐに言い返さなかった。
伏せられた目が、杯の中で揺れる茶へ向けられる。両手は膝の上で重なったままだったが、指先だけがわずかに動いた。
隣に座るジルベッドも、何かを言いたそうにオルフィアを見ている。しかし、ここまでついてきた時と同じように、勝手に口を挟むことはしなかった。
しばらくして、オルフィアがゆっくりと顔を上げた。
「貴族の娘が、家のために婚姻するのは当然だと思っています」
静かな声だった。
こいつのこんな落ち着いた声、初めて聞いたな。
俺へ怒鳴る時とはまるで違う。言葉の一つ一つを確かめ、自分の考えを崩さないように並べているように聞こえた。
「相手を選べないことも、私一人の望みより家の都合が優先されることも、理解しているつもりです。ですから、政略のための婚姻だから嫌だと言っているのではありません」
オルフィアの視線が、一度だけ俺へ向いた。
その目に先ほどまでの棘はなかったが、親しみが浮かんでいるわけでもない。すぐにアル兄さんへ戻される。
「ですが、このように世の中が動き出した時に、いくら有力な家とはいえ、まず他家の力へ頼ろうとする父に未来はないと思いました」
部屋の空気が、少しだけ変わった気がした。
俺は手にしていた杯を机へ戻す。
「王国から帝国へ移ること自体には反対していません。家を守るために必要だと判断したのであれば、その選択を恥じるつもりもありません」
オルフィアは背筋を伸ばしたまま、言葉を続けた。
「ですが、自ら帝国へ働きかけるより先に、娘をマバール家へ嫁がせ、その繋がりによって信用を得ようとした。まず他家へ縋り、その後ろから帝国へ入ろうとする者を、誰が信じるのでしょう」
アル兄さんは何も言わずに聞いている。
表情から考えを読むことはできない。ただ、先ほどよりも真剣な目でオルフィアを見ていた。
「父様のやり方に従って嫁げば、我が家はマバール家の力で帝国へ入った家になります。どれほど言葉を飾っても、それは変わりません」
「それで、家を出たのか?」
俺が尋ねると、オルフィアはこちらを向いた。
「そうよ」
返事は短かったが、街道でのような怒鳴り声ではなかった。
「婚姻を断るためだけではないのか」
「それだけなら、屋敷で騒いでいれば済んだでしょうね」
少しだけ刺の戻った言い方だったが、すぐに視線を前へ戻す。
「私は、父様の判断に従って帝国へ移るつもりはありません。私自身の意思で帝国へ行き、私自身が忠誠を誓います」
ジルベッドが息を呑んだのが聞こえた。
こいつも今初めて聞いたのか、それとも改めて覚悟の強さを感じたのかは分からない。だが、何も言わず、オルフィアの横顔を見つめている。
「たとえ家との関係が切れたとしても、私がどこから来た者かまで消えるわけではありません」
オルフィアは胸元へ片手を添えた。
その動きに迷いはなかった。
「私は私が帝国へ亡命し、自ら忠誠を誓うつもりです。我がルディア家の誇りのために」
ルディア家。
そこで初めて、俺はオルフィアの家名を知った。
「我がルディア家が、他家に縋っただけの家と呼ばれぬために」
父親のやり方を否定し、家を出て、それでも家の名を捨てるつもりはないらしい。
自分が正しいと証明するためなのか。父親への反発なのか。それとも、本当に家の誇りだけを考えているのか。
今の俺には、そこまでは分からない。
ただ、真っ直ぐアル兄さんを見つめ、自分の選んだ道を言い切るその姿からは、街道で怒鳴り合っていた時の幼さが消えていた。
外套の影に隠れていた顔は、窓から入る光を受けている。強く結ばれた唇も、揺らがない瞳も、自分の言葉が何を失わせるのか理解したうえで、それでも退かないように見えた。
悔しいが、オルフィアは美しかった。
たくさんの方に読んでいただきありがとうございます。
今後もよろしくお願いします。
よろしければ評価、ブックマークしていただけると嬉しいです。




