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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百三十九話 面白い同行者


 奇妙な同行者が二人増えた街道を、俺たちはゆっくりと進んでいた。


 昼の陽は高く、踏み固められた道には馬車の轍が幾筋も残っている。時折すれ違う旅人や荷車は、頭から外套を被った二人へ怪訝そうな視線を向けたが、わざわざ声を掛けてくる者はいなかった。


 俺とセバスチャンの少し前を、その二人が並んでいる。昨夜からあれほど周囲を警戒していたくせに、今は背中をこちらへ向けたままだ。信用されたというより、俺たちから離れればマバール家へ辿り着けなくなると理解しただけだろう。


 こちらとしても、前を歩かせておけば二人とも視界に入る。妙な動きをされても分かりやすいし、背後へ置くよりは気が楽だった。


 まあ、それで十分だ。


「知りませんぜ。勝手に連れ帰って、あとでお館様に何を言われても」


 隣から低い声が飛んできた。顔を向けると、セバスチャンは手綱を握ったまま、いかにも面倒なものを拾ったと言いたげに眉を寄せている。


「放っておく方が問題だろ」


 俺は笑って肩をすくめた。


「大丈夫だ。城にはアル兄さんもいるし、父上には使いを出して報告する」


「若様、自分が何をしに城へ向かっているか、覚えておりますかい?」


 わざわざ念を押すような聞き方に、胸を張って答える。


「もちろんだ。ちょっと同行者が増えただけで、何の問題もないな」


 セバスチャンの口元が、何か言いたそうに引きつった。


 謹慎のために帰る途中で、素性の分からない二人を拾った。それだけ聞けば、確かに父上の眉間へ皺が増えそうではある。だが、王国から帝国へ移ろうとしている貴族らしき者を、マバール領の手前で見なかったことにする方が後で面倒だ。


 連れて帰れば、少なくとも目の届くところへ置ける。


 その時、前を進んでいたお嬢様が馬上で振り向いた。外套の影から覗く目が、まっすぐ俺を射抜いてくる。


「分かっているでしょうけど、嘘だったら焼き尽くすわよ」


「おお、それは怖いな。気をつけよう」


 笑って答えると、目つきがさらに険しくなった。


 ふむ。


 やはり、自分の魔法技術にはかなり自信があるようだ。昨夜、あれほど小さく放った感知魔法へ反応したことを考えても、ただの強がりとは言い切れない。どの程度のものかは分からないが、少なくとも本人は俺を焼けるつもりでいるらしい。


 それにしても、素性を隠している相手へここまで堂々と脅しを口にするとは、ずいぶん気の強いお嬢様だ。


「いちいち刺激せんでくださいよ」


 セバスチャンが呆れたように息を吐いた。


「刺激なんかしてないぞ。会話を楽しんでいるだけだ」


 そう言ってから、もう一度前へ顔を向ける。


「なあ?」


「あのね!」


 お嬢様が勢いよく言い返しかけた途端、隣を進む若い男が慌てて身を寄せた。


「お、お嬢様」


 呼び止められた彼女は、開きかけた口をそのままに一瞬迷った。こちらを睨む目にはまだ言いたいことが残っていたが、やがて鼻を鳴らす。


「ふん」


 外套の裾を揺らし、前へ向き直った。


 面白い。


 昨夜は顔を隠し、こちらの様子を探っていたというのに、少し話せばこれだ。警戒心が弱いわけではない。ただ、感情を押し込めるのが得意ではないらしい。


 隣の若い男は、彼女が再び怒鳴り出さなかったことに安堵したのか、わずかに肩を落とした。主人を止めることには慣れているようにも見えるが、うまく扱えているとは言い難い。


「ああ、そういえば」


 まだ名前すら聞いていなかったことを思い出し、二人の背へ声を掛ける。


「お前たち、名は何と言う?」


 若い男の肩が小さく揺れた。すぐにこちらを振り返ったものの、答える前に隣のお嬢様へ視線を送る。彼女は前を向いたまま何も言わない。それを許可と受け取ったのか、男は背筋を伸ばした。


「は、はい。私はジルベッドと申します」


 それから隣へ顔を向け、わずかに声を慎重なものへ変える。


「こちらは、オルフィア様です」


 そこで言葉は止まった。


 家名までは言わんか。


 まあ、仕方ない。こちらも名乗ったからといって、今すぐすべてを話せと迫るつもりはない。逃げずに城までついて来るなら、詳しい話は着いてから聞けばいい。


「そうか。よろしくな、ジルベッド。オルフィア」


 にこやかに頷くと、オルフィアの横顔がわずかにこちらへ傾いた。だが、何かを言うより先にまた前を向く。


 ジルベッドは困ったように笑い、深く頭を下げた。


 少なくとも、これでいつまでもお嬢様と若い男と呼ばずに済みそうだ。


 名を知ったところで、二人の素性が分かったわけではない。


 それでも、呼び掛ける言葉ができただけで、先ほどまでより少しだけ距離が縮まったようには感じられた。もっとも、オルフィアは相変わらずこちらへ背を向け、ジルベッドは時折振り返っては落ち着かなそうに視線を戻している。


 そのまま街道を進んでいると、前方に低い柵と詰所が見えてきた。


 マバール領へ入るための関所だ。


 乾いた風が街道を横切り、砂混じりの土埃を薄く巻き上げている。踏み固められた道は馬蹄と車輪の跡で幾筋にも削られ、ところどころに水たまりの跡だけが黒く残っていた。遠くで鳴く鳥の声が、やけに澄んで聞こえる。


 街道の片側には荷車が数台止められ、商人らしい男たちが兵の質問へ答えている。荷台の布は一部を捲られ、木箱や麻袋の中身まで確かめられていた。帝国へ移ったばかりの領地なのだから、警戒が厳しくなるのも当然だろう。兵たちの動きにも、以前より張り詰めたものが感じられる。


 金属鎧が擦れ合う乾いた音、短く飛ぶ指示の声、荷を開ける際の布の擦過音。それらが混ざり合い、関所全体に落ち着かないざわめきを作っていた。焚かれている簡易の炊事火からは、薄い煙が風に流されている。


 俺たちが近づくと、荷を改めていた平民兵の一人が顔を上げた。


 こちらを見ても、すぐには誰か分からなかったらしい。だが、詰所の前にいた騎士が俺とセバスチャンへ気づくと、驚いたように背筋を伸ばした。


 その声に反応し、周囲にいた騎士たちも次々とこちらへ顔を向ける。数人が慌てて街道脇へ並び、揃って立礼を取った。


 鎧の金具が一斉に鳴り、空気が一瞬だけ引き締まる。


「お帰りなさいませ、ギルバート様」


「ああ」


 手綱を軽く引き、馬の歩みを緩めながら頷く。


 平民兵たち全員までは、俺の顔を知らないだろう。だが、さすがに関所を任されている騎士たちは知っているらしい。


 まあ、隣にいるセバスチャンも、ある意味では目立つ顔をしているからな。


 騎士たちの視線が、俺の前を進む二人へ動いた。


 風に揺れる外套の裾、馬の蹄が土を踏む鈍い音。その中で、二人の存在だけが妙に浮いて見える。ほんの一瞬だったが、表情に警戒が浮かぶ。頭から外套を被り、素性の分からない二人が俺たちと一緒にいるのだから、当然の反応だ。


「ああ、この二人は俺の同行者だ。問題ない」


 余計な事情には触れず、それだけを告げる。


「はっ」


 騎士たちはためらわずに頷き、道を空けた。平民兵たちもすぐに動き、止めていた荷車を街道の端へ寄せる。車輪が砂利を擦る音が、短く連なって響いた。


 俺たちの馬が関所を抜けても、背後では商人たちへの確認が続いていた。人の声と金属音が次第に遠ざかり、代わりに風の音が戻ってくる。


 少し進んだところで、横から視線を感じる。


「ん?」


 振り向くと、オルフィアとジルベッドがこちらを見ていた。


 二人とも、わずかに目を見開いている。オルフィアは俺が見返したことに気づくと、すぐに口元を引き締めて表情を取り繕ったが、見間違いではないだろう。


 帝国に移ったばかりで、警戒の厳しいマバール領の関所だ。そこで騎士たちが俺の姿を見ただけで並び、何の確認もなく道を開けたのだから、驚くのも無理はない。


 少なくとも、俺がギルバート・マバールだという名乗りまでは信じたはずだ。


 しばらく黙って進んでから、俺はオルフィアへ笑い掛けた。


「どうだ。俺がギルバート・マバールだと信じたか?」


「ふん」


 オルフィアは顔を背け、それ以上は何も答えなかった。


 否定しないということは、信じたのだろう。素直に認めるのが気に入らないだけらしい。


 何だか面白い反応をするなぁ。


 思わず小さく笑うと、すぐに鋭い目が戻ってきた。


「何よ」


「いや、何でもない」


 答えながら前へ向き直る。


 背後でセバスチャンが小さく息を吐いた。笑ったのか呆れたのかは分からないが、どちらにしても口を挟む気はないようだ。


 関所から離れるにつれて、街道を行き交う人の数は少なくなっていった。風は次第に乾き、草の匂いが強くなる。遠くの森の縁が、揺らぐ陽炎の向こうにぼんやりと見えていた。


 周囲に他の旅人が見えなくなったところで、俺は先ほどから気になっていたことを尋ねる。


「そういえば、お前たちはシルビア橋をどうやって渡ったんだ? それとも、上流から渡ったのか?」


 シルビア河を越えるなら、最大の橋であるシルビア橋を使うのが一番早い。だが、今の橋は兵たちが厳しく警戒している。貴族らしい若い女と、その供らしい男が身分を隠したまま通れば、普通なら調べられるはずだ。


 上流まで行けば、小さな橋の一つくらいはあるかもしれない。大きく遠回りした可能性も考えたが、二人の馬を見る限り、そこまで長く道を外れたようには見えなかった。


 オルフィアとジルベッドは顔を見合わせた。


 ジルベッドはすぐには答えず、判断を仰ぐように隣を見る。オルフィアが少し迷った後で小さく頷くと、ようやく口を開いた。


「あ、あの……馴染みの商人に、お金を渡して」


「商人?」


「はい。その者の荷に紛れて、橋を渡りました」


 なるほど。


 二人だけで通るより、何度も橋を利用している商人に混ざった方が目立たない。だが、それだけで今の警戒を抜けられたとは思えなかったらしい。セバスチャンの顔から、先ほどまでの呆れが消える。


「橋はどうやって抜けたんだ? 兵たちが警戒しているはずだが?」


 声は低いが、ジルベッドを威圧するほどではない。ただし、答えを誤魔化させるつもりもないことは伝わったようだ。


 ジルベッドは肩を縮め、申し訳なさそうに視線を落とした。


「あの……たぶんですが、兵にもお金を渡したんだと思います」


「直接見たのか?」


「い、いえ。私たちは荷の中に隠れていましたので。ただ、商人が、任せておけば大丈夫だと……」


「ふう、やれやれ」


 セバスチャンの眉間へ深い皺が寄った。


 風が一段と強くなり、外套の裾を揺らす。遠くで鳴いていた鳥の声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。


 兵へ金を渡したところを見たわけではない。ジルベッドの推測だけで、橋を守る兵が賄賂を受け取ったと決めつけることはできなかった。


 それでも、金を受け取った商人の荷へ二人が隠れ、警戒中のシルビア橋を抜けたことは確かだ。


 橋の警備に慣れたシルディア家の兵たちを、そのまま使っている。領地を奪って間もない以上、やむを得ないと言えばやむを得ない。マバール家の兵だけで、すぐに全員を入れ替えられるはずもなかった。


 だが、だからといって放っておいていい問題ではない。


 一度調べて、引き締めるように進言した方がよさそうだな。


 セバスチャンへ顔を向けると、向こうも俺を見ていた。俺が小さく頷けば、言葉を交わさずとも意図は伝わったらしい。セバスチャンは険しい表情のまま前へ視線を戻した。


 先ほどまで呆れていた男の顔に、はっきりと不機嫌さが滲んでいる。


 このまま黙って進んでも、空気が重くなるだけだ。調査は城へ着いてからでいい。今ここでジルベッドを問い詰めたところで、本人が見ていないものまで出てくるはずもない。


 俺は手綱を持ち直し、少しだけ声を明るくした。


「ところで、お前たちって、噂になってる駆け落ちの二人なのか?」


 オルフィアが勢いよく振り返った。外套の影から覗く顔には、先ほどまでとは別の怒りが浮かんでいる。


「違うわよ!」


「ご、誤解なんです」


 隣ではジルベッドまで慌てて首を振っていた。


 二人ともずいぶん強く否定する。


「そうなのか?」


 俺が首を傾げると、ジルベッドは言葉を選ぶように口を開きかけ、隣のオルフィアを窺った。オルフィアは不満そうに唇を結んでいたが、やがて小さく顎を引く。


「オルフィア様は、望んでおられない結婚を強いられそうになったのです。それで、やむを得ずお屋敷を出られまして……」


「強いられそうになったんじゃないわ」


 オルフィアがすぐに口を挟んだ。


「父様には、絶対に嫌だって何度も伝えていたの。それなのに、私の話なんて聞かずに進めようとしたから、仕方なく出てきたのよ」


 仕方なく、か。


 貴族の令嬢なら、家の決めた相手へ嫁ぐのも役目の一つだ。本人が嫌がったからといって、簡単に取りやめられるものでもない。


 そう思ったが、口には出さなかった。


 今のオルフィアへ言えば、また焼き尽くすと脅されるだけだろう。それに、相手がどんな男なのかも知らないうちから、我慢して嫁げと言うつもりもない。


「そんなに嫌な相手なのか?」


 あまり考えずに軽く尋ねた途端、オルフィアがサッと顔を背けた。


 なぜかジルベッドまで、反対側へ視線を逸らす。


「ん? 何だ?」


 二人とも答えない。


 オルフィアは馬の耳の向こうを睨み、ジルベッドは手綱を握る指先へ目を落としている。先ほどまで言い返していた勢いが、急に消えていた。


 その様子を見ていたセバスチャンの眉が、ゆっくりと持ち上がる。


「ひょっとしてですが……まさか、お相手はギルバート様ですかい?」


 何を馬鹿なことを。


 そう言おうとした俺の前で、二人はそっとこちらから目を逸らしたまま、小さく、しかしはっきりと頷いた。


 一瞬、街道には馬の蹄が土を踏む音だけが残った。


 次の瞬間、セバスチャンが腹を抱えるように身体を折った。


「はっ、ははははは!」


「……いや、ちょっと待て」


 笑い声を無視して、俺はオルフィアを見る。


「何でそれでマバール家に向かうんだ?」


 オルフィアは先ほどまでの勢いを失い、外套の端へ顔を隠すように俯いた。


「礼儀として、一応、直接断ろうと思ったの」


「直接?」


「会ったこともない相手だからって、何も言わずに逃げるのは失礼でしょう」


 十分に逃げている気がするが、それを言えば話が進まない。


「そもそもだな、マバール家は帝国貴族となったんだぞ。お前の家は王国貴族だろうが。結婚なんてあり得んだろうが」


 思わず声が大きくなる。


 オルフィアはむっとした顔を上げた。


「だから、父様は帝国貴族になろうとしてるの」


「何でそれが俺とお前の結婚になるんだ」


「だから!」


 オルフィアが手綱を握ったまま身を捻り、真正面から俺を睨んだ。


「今まで大した繋がりもないマバール家に、私を人質として嫁入りさせて、信用を得ようとしているの!」


「それで何で帝国への亡命になるんだ!」


「私が帝国に亡命すれば、マバール家も私との結婚なんて意味がなくなるでしょう!」


「そうかぁ? そうなのか?」


 亡命して帝国内へ来るなら、むしろ王国にいる時より話を進めやすくなる気がする。


「お前が帝国に亡命したら、むしろ好都合になるんじゃないのか?」


「お馬鹿なの!」


 オルフィアの声が、人気の減った街道へ鋭く響いた。


「私が帝国に亡命して家との関係が切れれば、あなたなんかと結婚する必要なんてなくなるわよ!」


「そうかぁ?」


 実家との繋がりを失えば、確かにオルフィアを嫁がせて信用を得るという目的は消える。だが、本人がこちらへ来てしまえば、それはそれで話が別の形になりそうな気もした。


 俺が考え込んでいると、オルフィアは勝ち誇るように顎を上げた。


「そうよ! 私は断る。あなたも断る。これで問題ないでしょう!」


「それなら亡命なんてしなくてもいいだろうが!」


「お馬鹿! 結婚を断った娘の居場所なんてあるわけないでしょう!」


 再び言葉がぶつかる。


 オルフィアの父親が本当に娘を追い出すつもりだったのかは分からない。だが、少なくとも本人は、婚姻を拒んで屋敷へ残れるとは考えていないらしい。


 その横で、ジルベッドが急に背を丸めた。


「う、う……ぼ、僕は、きちんと旦那様と話し合った方がいいと、何度も何度もお伝えしたのに……無理矢理連れ出されて……」


 声が震えている。


 先ほどまで使っていた「私」すら崩れ、とうとう本音が漏れたらしい。


 駆け落ちどころか、こいつは巻き込まれただけではないのか。


 セバスチャンは笑いを堪えるどころか、さらに大きく肩を揺らした。


「いや、若様、さすがですな。この二人は確かに面白い同行者ですぜ」


「やかましい!」


「うるさいわよ!」


 俺はセバスチャンへ、オルフィアはジルベッドへ、ほとんど同時に怒鳴った。


 乾いた街道に、セバスチャンの笑い声とジルベッドの嘆き声がいつまでも響いていた。

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― 新着の感想 ―
橋の直前に関所を設けてた家族なら、王国の端になるよりは帝国に合流しようと思うか
どこかはわからないけど、このお嬢様にそこまでの政治的価値はなさそうだし、政治的な視点もなさそうだなあ。 魔法技術としてはありかもだけど、そもそも一騎当千できるほどではなさそうだし属人的な魅力は別として…
セバスチャンご機嫌で良かった。
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