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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百三十八話 串焼きを食べるお嬢様


 手綱をわずかに引き、馬の首を街道の中央へ向ける。


 俺が動いたのを見て、セバスチャンも何も尋ねなかった。後ろから蹄の音がひとつ近づいたあと、すぐに離れていく。俺が前に向かうのを見て、自分が後ろを押さえるつもりなのだろう。さすがだ。


 馬へ流す肉体強化魔法を少しだけ強めた。


 地面を蹴る力が変わり、身体が鞍へ押しつけられる。街道脇の草が後方へ流れ、乾いた土を蹄が続けざまに跳ね上げた。


 前を歩いていた二人が、ようやくこちらを振り返る。


 気づくのが遅い。


 二人の肩が大きく揺れたものの、武器へ手を伸ばす様子はなかった。馬を走らせて逃げるでもなく、ただ驚いたようにこちらを見ている。


 俺は二頭の横を一気に抜き、十分な距離を取ってから手綱を引いた。馬が前脚を踏み替え、街道を塞ぐように向きを変える。


「止まれ!」


 声を張ると、二人の馬がびくりと首を上げた。


 正確には、まだマバール領へ入っていないんだけどな。


 まあ、いいか。


 二人が背後を振り返るより先に、セバスチャンが後方へ回り込んだ。剣を抜いてはいない。それでも街道の真ん中で馬を止めた姿には、道を譲る気がないことがはっきり出ている。


 二人もそれを察したらしい。互いに顔を見合わせたあと、大人しく手綱を引いた。


 四頭の馬が止まり、蹄に蹴られた土だけが薄く舞う。風に流された埃が外套の裾を撫で、街道脇の草へ落ちていった。


 俺は二人より先に、その馬へ目を向けた。


 軍馬ほど身体は大きくない。脚も胸も、戦場を走らせるために鍛えられた馬とは違う。それでも毛並みは悪くなく、鞍や手綱も旅人が間に合わせで揃えた品には見えなかった。長く歩かせているわりに、蹄の状態もそこまで酷くない。


 そこそこいい馬だな。


 少なくとも、着の身着のまま逃げてきた平民ではありえない馬だ。二頭を用意し、餌を与えながらここまで来られる程度の金は持っている。


「どこへ行くつもりだ」


 問いかけても、二人は答えなかった。


 頭から被った外套の奥で、視線だけが動いている。何を聞かれたのか分からないわけではないだろう。こちらの人数は二人。武器も抜いていない。それでも、口を開くべきか決められずにいるようだった。


 風が吹き、片方の外套の端を揺らした。


 影の奥から、白い頬と細い顎が覗く。


 ん?


 一人は女か。


 街道で見ていた時には、外套で体格まで隠れていた。馬上で背を丸めていたせいもあり、男二人だと思い込んでいた。


 昨夜、俺の感知魔法へ反応したのは、おそらくこっちの女だな。


 感知した位置と、今の二人の並びは合っている。断定まではできないが、隣の男からはそこまでのものを何ひとつ感じなかった。


「なぜマバール領へ向かっている?」


 もう一度問うと、若い男の方が肩を震わせた。


 近くで見ると、思っていた以上に若い。俺より年上だろうが、セバスチャンや直属騎士たちと並べれば子供のようなものだ。少し日に焼けた顔には疲れが残り、外套を押さえる指にも余計な力が入っている。


「あ、あの、我々はただ旅をしているだけで、何もしていません」


「今はな。だが、あまりにも不審すぎる。なぜマバール領へ向かう?」


 若い男は唇を引き結んだ。隣の女へ一度視線を向け、それからこちらを見る。


「それを、あなたに答える必要はありません」


 声は揺れていたが、最後まで言い切った。


 それはそうなんだよなぁ。


 まだマバール領内でもない街道で、見知らぬ男に行き先を聞かれたからといって、正直に答える義務などない。俺が同じ立場でも、素直に話す気はないだろう。


 もっとも、こちらも「そうですか」と通してやるつもりはなかった。


「必要はある。俺はマバール家に連なる者だ」


「マ、マバール家の……」


 男の顔から、わずかに血の気が引いた。


 女は動かなかった。ただ、外套の影に隠れていた目が少し細くなり、俺の顔から服装、馬へと順に動いていく。


「わ、私たちはマバール家に仇なすつもりはありません。ただ、少し聞いてもらいたい話があるだけです」


「聞いてもらいたい話? それはなんだ?」


「あなたに話しても意味はありません。少なくとも、マバール家本家の人にしか話せません」


 うーん。


 俺がずばり本家の人間なんだが、今は謹慎しに帰る途中なんだよなぁ。


 正直に名乗るのは簡単だ。だが、何者かも分からない相手へ、こちらの情報を先に渡してやる義理はないな。


 俺は鞍の上で少しだけ顎を上げ、若い男を見下ろした。


「お前ごときが、マバール家の人間と会えると思っているのか?」


 男の顔に迷いが浮かぶ。


 俺の言葉へ腹を立てたというより、何をどこまで話せばいいのか分からなくなったようだった。隣の女は相変わらず黙ったまま、止める言葉も助け舟も出さない。


 しばらく口を開閉させたあと、若い男は焦りに押し出されるように答えた。


「わ、私はともかく、お嬢様なら――」


 お嬢様?


 俺は、外套の影に顔を隠す女へ視線を移した。


 外套の女は、俺の視線を正面から受け止めた。


 影の奥で目が細くなり、先ほどよりも明確な敵意が向けられる。馬上で身を縮めることもなく、手綱を握る指にも震えは見えなかった。


 ふむ。


 怯えてはいないな、こりゃ。


「それなら、そちらが話せ」


 顎で女を示す。


 女は答えなかった。


 外套の奥から俺を睨みつけたまま、唇を固く閉じている。若い男が落ち着かない様子で女と俺を見比べるが、代わりに説明しようとはしなかった。


 言えないのか。


 それとも、俺とは話す気がないのか。


 しばらく待っても、女の口は開かなかった。


「お、お嬢様と直接お話しできるような身分ではないでしょう」


 若い男が、怯えを隠しきれない声で言った。


 ああ。


 俺をマバール家に連なる下っ端か何かだと思っているのか。


 本家の名を使っていきなり旅人を止める程度の男には、お嬢様が直々に話す必要はない。そんな感じか。


 見た目だけなら仕方がないのかもしれない。俺は今、家の紋章を目立つように付けているわけでもなければ、直属騎士たちを何人も引き連れているわけでもない。隣にいるのも、見栄えのいい騎士ではなく傷だらけのセバスチャンだ。能力に問題はないんだが外見はちょっとな。


 だが、本人が黙ったまま連れの男に身分を語らせる態度は、少し気に入らない。


 俺は女の外套を眺め、口元を緩めた。


「串焼きを食べるお嬢様とは珍しいな」


 女の頬が赤くなった。


 外套の影でも分かるほど、白い肌へ血が集まっていく。それでも目だけは逸らさず、俺を睨み続けていた。


「……いつから見ていたのです」


 ようやく口を開いた。


 かなり若いな。年齢を正確に判断することはできないが、少なくとも年嵩の女ではない。語尾は整っており、旅の疲れで掠れていても、普段から言葉遣いを教え込まれていることは伝わってきた。


「串焼きを食べるのを見たのは先ほどだがな」


 小さく笑う。


 女の眉間に皺が寄った。


「お前たちがおかしいのは、昨夜から見ていたぞ。気づかなかったのか?」


 ちゃんと追跡したのは今朝からだけどな。


 昨夜は宿で一度見かけ、感知魔法を瞬間的に展開しただけだ。だが、そんなことまで正確に教えてやる義理はない。こちらがいつから、どこまで把握していたのか分からない方が、相手は勝手に警戒してくれる。


 若い男が目を見開いた。


 女はそんな男へ鋭い視線を向ける。男の肩がさらに縮んだのを見たあと、何かへ思い至ったらしく、女がはっと俺へ顔を戻した。


「あなたね。昨夜の宿で感知魔法を使ったのは?」


「ほう。やはり気づいていたか。見事と褒めてやろう」


 女の表情がさらに険しくなる。


 あの一瞬の感知魔法へ気づいたとは、大したものだ。


 よほど魔力に敏感なのか、魔法技術に長けているのか。どちらにせよ、そこらの魔力持ちには難しいだろう。俺自身でさえあれほど瞬間的に感知魔法を使われたら気づくのは難しい。俺以外にあれほど瞬間的に使えるとは思えないけどな。


 俺の感知魔法へ反応したのは、やはりこの女で間違いなさそうだな。


 女から睨まれた若い男は、今になって状況の危うさへ気づいたらしい。手綱を握ったまま上半身を捻り、肩越しに後方を確かめようとした。


 だが、その先にはセバスチャンがいる。


 街道の中央から少しも動かず、馬上で男を見返していた。剣の柄へ手を置いてすらいないが、逃げようとすればどうなるかは、さすがに男にも伝わったようだった。


「やめとけ。あいつは俺のように優しくないぞ。お前程度の腕では抜けられんよ」


 俺たちの接近にも対応できない程度の腕では、セバスチャンを突破するのは無理だろうなぁ。


 下手をすれば、本当に殺されるぞ。


 逃げようとした相手を、セバスチャンが親切に取り押さえてくれるとは思えない。必要なら馬ごと斬り倒すくらいはするだろう。


 セバスチャンが、少し不満そうに顔を顰めた。


 何が不満なのかは知らない。優しくないと言われたことか、俺が自分を優しい側へ置いたことか。どちらにせよ、退路を空ける様子はなかった。


 若い男は慌てて前を向き直り、外套の女はセバスチャンを一度だけ見た。


 その視線が俺へ戻る。


 相変わらず睨んではいるが、先ほどまでのように黙り続ける気はなくなったらしい。女は背筋を伸ばし、外套の襟元を指先で整えた。


「私たちは、帝国への亡命を希望します」


 風が街道を抜け、女の外套を大きく揺らした。


「マバール家に取り継ぎなさい」


「ほう」


 思わず笑みが深くなる。


 帝国への亡命とは、思い切ったな。


 そして、マバール家を頼るのは正解だ。


 エディオン家ほどの家名があればともかく、そこらの新帝国貴族家では、亡命したいと言われても帝国へまともに話を通せないだろう。


 受け入れるだけなら勝手にできるかもしれない。だが、亡命者の身分が高ければ、それで終わるはずがない。元いた家との関係、追手、帝国側での扱い。下手に抱え込めば、新しく許された領地ごと面倒事へ沈む。


 その点、マバール家なら帝国へ話を持っていける。


 少なくとも、何も分からないまま門前払いされることはない。


 だからこそ、こいつらがマバール家を頼った理由は分かる。


 分かるが、どこから来たのかすら話さない相手を、そのまま連れて帰るほど俺も親切ではない。


「お前たち、どこから来た?」


 女の目がわずかに動いた。


「シルビア橋は、すでにマバール家の管理下だぞ」


 俺たちが管理している橋だ。あそこを通ったなら、どうやってマバール家の騎士や兵の目を避けたのかが気になる。別の場所から来たなら、どこを通ってここまで進んだのかが気になる。


 若い男の喉が上下した。


 答えそうになったのかもしれない。だが、その前に女の視線が男へ向き、開きかけた口が閉じられた。


「それを、お前ごときに言う必要はありません」


 女は俺へ顔を戻した。


「マバール家に取り継ぎなさい」


 さっきからそればかりだな。


 俺がマバール家へ話を通せる身分ではないと思っているせいなのだろうが、ここまで堂々と繰り返されると、少し面白くなってくる。


 それにしても、この気位の高さ。


 マバール家本家との直接交渉を当然のように求め、素性を聞かれても一歩も引かない。連れの男が「お嬢様」と呼ぶだけなら、大きな騎士家や裕福な商人の娘という可能性もある。だが、魔力を持ち、それなりの馬を用意し、帝国への亡命をマバール家へ要求する女だ。


 まぁ、まず貴族だろうな。


 問題は、どこの貴族かだ。


 外套の下に家紋らしきものは見えない。衣服もほとんど隠れており、今のところ家を示す物は何ひとつ出していない。


 どこから来たのかも言わない。


 シルビア橋を通ったのかどうかも答えない。


 若い男を一人だけ連れ、日中まで外套を被り、街道を何度も曲がりながらマバール領へ向かっていた。


 あれ。


 そういえば、ザイン殿が何か言っていたな。


 たしか、駆け落ちした貴族がいるとか何とか。


 細かいところまでは聞いていない。ザイン殿自身も、こちらへ知らせるほどの話ではないと思っていたような口ぶりだった。俺もふーん程度にしか聞いていなかった。


 もちろん、こいつらがその二人だとは限らない。


 だが、貴族らしい女と若い男が二人だけで旅をしている。しかも帝国への亡命を求めているとなれば、頭の隅へ浮かぶくらいは仕方がない。


 俺は女と男を見比べた。


 男の方は、さきほどから女の顔色を窺ってばかりいる。護衛としては頼りない。だが、怯えながらも女を置いて逃げようとはしていなかった。


 恋人か。


 従者か。


 それとも、どちらでもあるのか。


 詳しいことは本人たちから聞けばいい。


 ここで無理に口を割らせるより、マバール領へ入れてしまった方が扱いやすい。逃げるにしても、追手が現れるにしても、領内ならこちらの都合で如何とでも動ける。


 何より。


 何か面白そうだしな。


「よし」


 俺は手綱を軽く引き、馬の首をマバール領へ向けた。


「マバール家に取り継いでやろう。ついて来い」


 若い男の顔から、張り詰めていたものが少し抜けた。


 だが、女は動かなかった。


「待ちなさい」


 鋭い声が背中へ飛んでくる。


 振り返ると、女は先ほどまでと同じように俺を睨んでいた。頬の赤みは消えている。その代わり、こちらの言葉を疑う色が目に浮かんでいた。


「本当にお前に、マバール家へ取り継げるの?」


 まあ、そうなるよな。


 家名を使って脅すだけの下っ端だと思っている相手が、急に連れて行くと言い出したのだ。下手をすれば、この場から別の場所へ連れ込まれると考えても不思議ではない。


 こちらとしても、もう隠す必要はなかった。


 二人を連れて帰ると決めた以上、いつまでも身分を伏せて警戒させておく方が面倒だ。それに、ここまで散々「お前ごとき」と言われたのだから、少しくらい驚かせても罰は当たらないだろう。


 俺は女へ笑いかけた。


「ああ。名乗り遅れたが、俺がマバール家三男、ギルバート・マバールだ」


 女の目が見開かれた。


「あなたが……」


 声に出た驚きは、それだけだった。


 すぐに唇が閉じられ、見開かれた目も元へ戻る。外套の影へ表情を隠し、何事もなかったように背筋を伸ばした。


 だが、遅い。


 一瞬でも驚いたのは、しっかり見えた。


 俺の名前を知っているらしい。


 どういう意味で知っているのかまでは分からないが、それも帰ってから聞けばいい。


 若い男は女以上に固まり、俺とセバスチャンを何度も見比べていた。先ほどまで下っ端だと思っていた相手が、本家の三男だったのだから無理もない。


 その後ろで、セバスチャンが深く項垂れた。


 肩まで落ち、溜息を吐き出したのが離れていても分かる。


 何だよ。


 ちゃんと謹慎しに帰っているだろうが。


 面白そうな同行者がちょっと増えただけだ。

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― 新着の感想 ―
マバール家に取り次ぐって、パパーンは今シルディア城にいるからシルディア城に戻るのかな?。
これを厄介毎だとは思ってないギルバートであった・・・ 謹慎しに戻ってはいるんだけど、帰りがけの駄賃かな?
セバスチャンかわいそうです
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