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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百三十三話 関所の女騎士


 関所へ近づくにつれ、柵の向こうに並ぶ人影がはっきりしてきた。


 街道を横切るように組まれた木柵は、近くで見ても簡素なものだった。太い杭を土へ打ち込み、その間へ横木を渡しているだけで、城門のような頑丈さはない。だが、道の両側に立つ兵たちは、即席の関所には似合わないほど多かった。


 誰もがこちらを見ている。


 槍を持つ者は穂先を僅かに上げ、腰へ剣を吊った者も手を自由にしていた。今すぐ襲いかかる様子ではないが、俺たちが妙な動きをすれば、すぐに囲めるよう構えている。


 俺とセバスチャンは馬を歩かせたまま、急がずに距離を縮めていった。


 普通の旅人なら、関所を見たからといって逃げる理由はない。ここで馬首を返せば、それだけで怪しまれるだろう。


 あと少しで、互いの顔が見える。


 そう思った時、薄く広がった魔力が身体の表面を軽く撫でた。


 風とは違う。


 目にも見えないが、こちらへ伸ばされた魔力が俺と馬を包み、すぐに離れていく。その頼りない触れ方に、俺は視線を動かさず眉だけを僅かに寄せた。


 隣のセバスチャンも気づいたらしい。


 馬を進めたまま、小さな声で尋ねてくる。


「どうしやす?」


 俺は関所を見たまま答えた。


「このままでいい。魔力持ちだとはバレただろうが、強さまでは分かってないだろう」


 向けられた感知魔法は、広さも深さも大したものではなかった。


 俺たちに魔力反応があると確かめるには十分だ。だが、抑えている魔力の奥まで探れるほど、精密な操作ではない。


 相手が見つけたのは、魔力持ちが二人いるということだけだろう。


「それほどの使い手じゃない」


「なら、余計なことはせずに行きやしょう」


「ああ」


 こちらから感知魔法を使えば、関所にいる魔力持ちの位置も力量も、もっと詳しく確かめられる。


 この距離なら簡単だ。


 だが、わざわざ使う必要はない。


 こちらの感知魔法に相手が気づけば、今向けられたものより遥かに遠くまで魔力を伸ばせると知らせることになる。関所の目的も分からないうちから、俺の魔力容量と操作の巧さを見せて警戒させるのは馬鹿らしい。


 俺たちは何も気づかなかったように馬を進めた。


「止まれ!」


 柵の前から声が飛んできた。


 俺とセバスチャンは素直に手綱を引く。


 二頭の馬がゆっくりと足を止め、乾いた土を蹄が軽く掻いた。周囲の兵たちが僅かに間隔を狭めたが、武器を突きつけてくる者はいない。


 正面に立った一人が、俺たちを見上げている。


 女だった。


 身体に合った防具を身につけ、腰には剣を吊っている。華美な飾りはなく、周りの兵たちも彼女の前へ出ようとはしない。


 おそらく、感知魔法を使ったのはこいつだろう。


 魔法が伸びてきた方向と、俺たちを観察する目が重なる。


 少し驚いた。


 魔力持ちの女が騎士になることはあるにはある。


 だが、かなり珍しい。


 女の魔力持ちは危険な騎士にするより、男の魔力持ちと結婚させ、子を産ませた方が家の発展に繋がる。本人がよほど強く望んだか、家系に騎士となる男がいなかったか。そのくらいの事情でもなければ、わざわざ戦場へ出す家は少ない。


 騎士は死ねば、それで終わりだ。


 同じ魔力持ちなら、危険へ放り込むより、多くの子を残してもらった方がいいと考えるのが普通だろう。


 女騎士は俺とセバスチャンを順番に見た。


 警戒は解いていない。


 だが、声を荒らげることもなく、まっすぐこちらへ問いかけてきた。


「どこから来た?」


 俺が口を開くより先に、セバスチャンが答えた。


「王都からだ」


 短く、余計なものをつけない返事だった。


 女騎士の視線が俺へ移る。


 俺は何も言わず、僅かに顎を引いた。


 セバスチャンが先に答えたのは、俺に喋らせないためだろう。ここで俺が余計なことを口にすれば、どこから話が崩れるか分からない。


 ならば任せた方がいいだろう。


 セバスチャンは女騎士へ向き直り、困ったように肩を竦めた。


「王都で王国軍に雇ってもらおうと思ったんだが、城に籠もってるんでどうしようもなくってな」


 苦笑まで混ぜた言い方は、さっきまでのセバスチャンとは少し違っていた。


 関所の兵たちへ警戒されながらも、怯えすぎず、かといって偉そうにも見えない。長く旅をしてきた傭兵らしく見せようとしているのだろう。


「傭兵か?」


 女騎士が尋ねる。


「ああ。主家が滅んだんでな」


 セバスチャンは軽く息を吐いた。


 その声には、少しだけ疲れが混じっているように聞こえた。


 もちろん演技だ。


 だが、周囲の兵たちには、仕えていた家を失った男の疲労に見えるかもしれない。


「新しい主家を探しているのか?」


「そうだな。わしはいいが、孫にはいい主家を探してやりたいな」


 孫。


 俺は顔に出さないまま、セバスチャンを横目で見た。


 どうやら、俺を孫ということにしたらしい。


 確かに、その方が話は通りやすい。俺たちが同じ主家に仕えていたとしても、年の離れた二人が一緒に行動している理由が要る。


 祖父と孫なら、それだけで十分だ。


 ただ、セバスチャンを老人扱いするのは少し無理がある気もした。


 だが、俺が今ここで口を挟めば、孫らしくない。仕方なく黙ったまま、少しだけ姿勢を低くする。


 女騎士は俺の顔を見た後、もう一度セバスチャンへ視線を戻した。


「主家の名は?」


 その問いに、セバスチャンの表情が僅かに変わった。


「ふむ。言わねばならんか?」


 低くなった声とともに、女騎士へ向ける目が鋭くなる。


 周囲の兵たちも、その変化に気づいたらしい。槍を持つ手に僅かな力が入り、何人かがこちらへ意識を寄せた。


 だが、セバスチャンは武器へ手を伸ばしてはいない。


 ただ、不快だと示しただけだ。


 滅んだ主家の名を聞くのは、一つ間違えばかなり無礼になる。


 なぜ滅んだのか。


 誰に討たれたのか。


 罪を犯したのか。


 名を答えれば、そこから事情まで知られることもある。


 セバスチャンは、それを分かった上で聞いているのかと、軽く問い返したのだろう。


 女騎士も意味を理解したようだった。


 強張っていた顔が少しだけ緩み、先ほどより声を落とす。


「申し訳ない。だが、答えていただきたい」


 命令だけで押し切るのではなく、礼を示した。


 関所の目的が分からない以上、答えさせる必要があるのだろう。だが、相手の過去を無神経に抉るつもりはないらしい。


 セバスチャンはしばらく女騎士を見た後、諦めたように息を吐いた。


「……オーヴィル家だ」


 聞いたことのない家名だった。


 俺が生まれてから、父上や兄上たちの会話で耳にした記憶もない。マバール城で騎士や上層部たちと顔を合わせた時にも、その名を聞いた覚えはなかった。


 セバスチャンがその場で作ったのか。


 それとも、本当に滅んだ家なのか。


 今の俺には分からない。


 女騎士は家名を聞いても表情を大きく変えず、僅かに頷いた。


「そうか。ありがとう」


 女騎士は一度だけ俺へ目を向け、それから再びセバスチャンへ問いかけた。


「どこに向かっている?」


「マバール家が帝国についたんだろう」


 セバスチャンは、今度は少しだけ身を乗り出すようにして答えた。


「新しい国境なら仕事があるかと思ってな」


 主家を失った傭兵が、新たな働き口を探している。


 王国軍に雇ってもらえず、戦の気配が残る国境へ向かう。なるほど、それならここまでの話と食い違うところはない。


 女騎士も不自然には感じなかったらしい。


「そうか」


 短く頷いた。


 周囲の兵たちはまだこちらを警戒しているが、先ほどより僅かに空気が緩んだように見えた。すぐに武器を抜こうとする気配はない。


 セバスチャンはその変化を見逃さず、今度はこちらから尋ねた。


「こんなところに関所はなかったと思うがな。いつできたんだ?」


 女騎士は背後の簡素な柵へ目を向けた。


「いや、これはあくまで一時的なものだ」


「ほう。一時的か」


 セバスチャンは感心したように顎を動かした後、何でもないことのように続けた。


「何かを探しているのか?」


「いや、それは……」


 女騎士の返事が止まった。


 ほんの僅かだが、迷いが顔に出る。


 やはり、ただ通行人を確かめているだけではないらしい。


 誰かを探している。


 だが、その相手について旅人へ話してよいのか判断できないのだろう。


 女騎士は言葉を濁したまま、逆にセバスチャンへ尋ねた。


「ここへ来るまでに、誰か魔力持ちと会わなかったか?」


「いや、気づかなかったな」


 セバスチャンは間を置かずに答えた。


 俺も、少し遅れて頷く。


「気づかなかった」


 もちろん、王都にも北方諸国軍にも魔力持ちはいた。


 だが、女騎士が聞いているのは、街道の途中で不審な魔力持ちを見なかったかという意味だろう。


 どんな相手を探しているのか分からない以上、余計なことを言う必要はない。


「ふむ、そうか」


 女騎士は俺たちの顔を順番に見た。


 嘘を見抜こうとしているのかもしれないが、感知魔法で分かるのは魔力反応だけだ。俺たちが誰と会ったのかまでは知りようがない。


 しばらく沈黙が続いた後、セバスチャンが口を開いた。


「行ってもいいか?」


 女騎士はすぐには答えず、馬の鞍や積んだ荷物へ視線を移した。


「すまないが、荷物だけ改めさせてくれ」


「ああ、構わんよ」


 セバスチャンが素直に頷く。


 俺もそれに合わせて首を縦に振った。


 別に、大した荷物は持っていない。


 王都へ向かうために必要な物と、帰路で使う程度の物だけだ。見られて困るようなものもなかった。


 俺たちは馬を降り、兵たちが近づくのを待った。


 女騎士は配下へ任せきりにはせず、自分でも荷物へ目を通した。布をめくり、中身を確かめる。必要以上に散らかすこともなく、手早い。


 俺たちが何かを隠していないか確かめたいだけで、奪うつもりはないらしい。


 セバスチャンも黙ったまま見ている。


 ここで急かせば、かえって不審に思われる。


 やがて女騎士は最後の荷物から手を離し、こちらへ向き直った。


「うん。大丈夫だ。行ってくれ」


「ありがとよ」


 セバスチャンは軽く片手を上げた。


 俺たちは再び馬へ跨がり、柵の脇に空けられた道へ向かう。


 兵たちの視線が背中へ集まっているのを感じたが、振り返ることはしなかった。


 不審に思われないよう速度を上げず、そのままゆっくりと関所を通り抜けた。


 関所を抜けても、俺たちはすぐには馬の速度を上げなかった。


 背中へ向けられていた視線が感じられなくなり、振り返っても柵や兵の姿が見えないところまで進んでから、ようやくセバスチャンへ顔を向ける。


「オーヴィル家ってなんだ?」


 セバスチャンは前を向いたまま答えた。


「若様が生まれる前に滅んだ家ですよ。帝国との内通を疑われてね」


「ふーん。聞いたことないな」


「そんなに大きな家じゃありませんでしたからな」


 街道の先を確かめながら、セバスチャンは淡々と続ける。


「王都に呼び出されて、そのまま断絶になったんですよ」


 なるほど。


 すでに滅び、しかも俺が生まれる前の小さな貴族家なら、俺が知らなくても不自然ではない。


 女騎士に家名を問われた時、セバスチャンが不快そうに睨んだ理由も通る。帝国への内通を疑われて滅ぼされた家なら、事情を知る者ほど軽々しく聞けないだろう。


「よくそんな家をすぐ思いついたな」


「使えそうな名は覚えておくもんですぜ」


「俺を孫にするのも、その場で考えたのか?」


「若様に喋らせるより、ずっと安全でしょうが」


 少し腹が立つが、否定できない。


 俺が答えていれば、途中で余計なことを口にしていたかもしれない。少なくとも、セバスチャンほど自然に滅んだ主家の傭兵を演じられた自信はなかった。


「しかし、あいつら何を探してたんだろうな?」


「分かりませんが、人を探してるようでしたな」


「そうだな」


 一時的な関所。


 街道を通る者への感知魔法。


 魔力持ちと会わなかったかという質問。


 荷物の確認までしていた。


 ただ通行を監視しているだけではない。


「裏切り者でも出たか?」


 俺が尋ねると、セバスチャンは少し考えるように唸った。


「うーん。それなら、もっと警戒してると思いますがね」


 確かに、裏切り者を逃がしたのなら、あれほど簡単に俺たちを通すだろうか。


 荷物を軽く確かめただけで、身体までは調べられなかった。俺たちが魔力持ちだと分かっていても、人数を増やして囲むこともしなかった。


 探している相手が危険なら、あれでは緩すぎる。


「考えても分からんな。先を急ごう」


「そうですな」


 俺たちは手綱を緩め、再び馬の速度を上げた。


 関所について考え続けても、持っている情報が少なすぎる。誰を探しているのかも、なぜ魔力持ちを気にしているのかも分からない。


 今はシルビア橋へ戻る方が先だった。


 それからも宿での休息は最低限に留め、宿場が見つからない夜は野宿で済ませた。馬を休ませる時間だけは削らず、走れる時に距離を稼ぐ。


 何日目かの昼を過ぎた頃、街道の先に見慣れた大河が現れた。


 その上を横切る長い橋も、遠くから細く見えている。


「やれやれだな」


 思わず肩から力が抜けた。


 まだ戻り着いたわけではない。それでもシルビア橋が見えただけで、長かった帰路の終わりが近づいたと実感できた。


 橋の周囲に目立った混乱は見えない。


 人も荷車も動いている。


 少なくとも、俺たちが王都へ行っている間に大きな騒ぎが起きた様子はなさそうだった。


「ザイン殿は、たぶん砦よりシルディア城だな」


「そうでしょうな」


 俺たちは橋へ直行せず、シルディア城へ向かった。


 城へ着くと、知らせを受けたザイン・エディオンが俺たちを出迎えた。


 顔を見た瞬間、ザインの表情から明らかに力が抜ける。


「無事に戻られましたか」


「はい。ご心配をおかけしました」


「まったくです」


 言葉は穏やかだったが、目元には疲れが滲んでいた。


 俺たちがいない間、かなり苦労したらしい。


 城内へ入り、人目の少ない場所まで移動すると、ザインは声を落とした。


「何度かマバール家より問い合わせがありました」


 胸の奥が僅かに固くなる。


「それで、どうでしたか?」


「なんとか誤魔化しましたよ」


 ザインは苦笑した。


「ありがとうございます、ザイン殿」


 俺は素直に頭を下げた。


 父上へ直接知られていないなら、急いで戻ってきた意味はある。


 隣のセバスチャンへ笑いかける。


「バレてなさそうだな」


 だが、セバスチャンは安心した様子を見せなかった。


「どうですかねぇ」


 その返事には、マバール家の目を本当に欺けたのかという疑いが、はっきりと残っていた。


 俺はセバスチャンの横顔を見た。


「ザイン殿が誤魔化したと言ってるんだぞ」


「そうであってほしいですなぁ」


 まったく信用していない声だった。


 父上やマバール家の者たちが、何度か問い合わせただけで引き下がるとは思えないらしい。俺としては、今ここで無事に戻った以上、知られていないことを願うしかなかった。


 これ以上考えれば、せっかくシルディア城まで戻ってきた安心が消えてしまう。


 俺は話を変えることにした。


「シルビア橋の様子はどうです?」


 ザインは俺からセバスチャンへ一度視線を移した後、表情を僅かに緩めた。


「かなり安定してきましたな。橋の通行料や警備を変えていないのが功を奏したようです。少なくとも、地元の平民や商人たちは多少安心したようです」


「それは何よりです」


 マバール家が帝国貴族となり、シルビア橋を押さえたからといって、急に通行料を上げたり、通る者への扱いを変えたりはしていない。


 橋の上に立つ者が変わっても、橋はこれまでと同じように渡れる。


 それが分かれば、平民や商人も少しずつ戻ってくるだろう。


 実際、遠くから見えた橋には人も荷車もあった。以前とまったく同じとはいかなくても、道が止まっている様子ではなかった。


「他には何かありましたか?」


 俺が尋ねると、ザインは少し考えるように目を伏せた。


「ああ。どこぞの貴族家で、駆け落ちがあったようですな」


「駆け落ち?」


 思わず聞き返した。


「ええ。貴族家の姫と騎士が駆け落ちしたようです。ギルバート殿とさして変わらぬ年ごろのようですな」


「ほう」


 貴族家の姫と騎士。


 それも、俺と大して変わらない年齢とは。


 また随分と思い切ったものだ。


 家の許しがなかったのか、それとも最初から許される見込みがなかったのか。事情は分からないが、追われると承知した上で逃げたのなら、かなりの覚悟が要っただろう。


 そこで、街道に作られていた簡素な関所が頭へ浮かんだ。


 俺はセバスチャンと目を合わせる。


「こないだの関所もどきの原因かな?」


「おそらく、そうでしょうなぁ」


 セバスチャンも同じことを考えたらしい。


 ザインが眉を上げる。


「関所もどき?」


「王都から戻る途中に、往路にはなかった関所ができていたんです」


 俺は、道を塞ぐ簡素な柵と多くの兵がいたこと、感知魔法を使う女騎士が通行人へ魔力持ちを見なかったか尋ねていたことを簡単に話した。


 荷物まで調べられたと伝えると、ザインは顎へ手を添える。


「ふむ。とうに捕らえられていると思いましたが、まだ逃げておるようですな」


 声には、ほんの少しだけ感心したような響きがあった。


「どこへ逃げたのでしょう?」


「ふむ」


 ザインはすぐには答えず、窓の外へ目を向けた。


「もしかすると、こちらへ来るかもしれませんな」


「帝国ですか?」


「もしくは、マバール家ですな」


 なるほど。


 王国内に留まれば、いずれ連れ戻される。


 ならば王国の外へ逃げようと考えるのは自然だ。帝国まで行ければ、追う側も簡単には手を出せない。


 ただ、帝国は遠い。


 その手前にはマバール領がある。


 王国を離れながらも、帝国の奥深くまで入らずに済む場所。しかも、マバール家は王国から離反したばかりだ。


 追われている二人から見れば、逃げ込める可能性があるように映るかもしれない。


「うーん、厄介ですね」


 俺が顔をしかめると、ザインは苦笑した。


「大丈夫でしょう」


 ずいぶんあっさりした声だった。


「一番の厄介事の種は、もう戻りましたから」


 一瞬、誰のことか分からなかった。


 だが、ザインの視線は俺へ向いている。


 隣でセバスチャンが笑いながら頷いた。


「違いありませんな」


 二人の笑いがぴたりと重なった。

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