第百二十七話 野盗狩り
町を離れても、俺たちは馬の速度を上げなかった。
街道は乾いていたが、ところどころに荷車の轍が深く残り、馬の蹄が沈むたびに小さく土が崩れる。買ったばかりの馬は素直に歩いているものの、マバール騎士団の軍馬のような力強さはない。ここで無理をさせれば、野盗のいる村へ着く前に脚を痛めかねなかった。
それに、急いで走れば余計に目立つ。
先ほどの町から誰かがこちらを見ている可能性もあるし、街道の先に野盗の見張りがいないとも限らない。二人旅の姿を崩さず、何も知らない旅人のように進む方がよさそうだった。
隣を進むセバスチャンは、しばらく黙っていた。
だが、町が背後の丘へ隠れた頃、堪えきれなくなったように口を開く。
「なんで野盗狩りなんぞ、やりたがるんですかい?」
「別に、それほど深い意味はないぞ」
俺は手綱を緩く握ったまま笑った。
「強いて言えば、好奇心だな」
「野盗なんぞに好奇心なんて持たんでくださいよ」
セバスチャンが露骨に呆れた顔をする。
「まあ、いいじゃないか。何かの参考になるかもしれんだろ?」
「何の参考にするつもりなんですかねぇ」
「それは見てから考える」
「帝国では山賊、王国では野盗でもするつもりですかい?」
皮肉を込めた声に、俺は思わず笑った。
「それも面白そうだな」
「まったく」
セバスチャンは深く息を吐いた。
口では呆れているが、馬を引き返そうとはしない。むしろ周囲へ向ける視線は先ほどまでより鋭くなり、街道の脇にある草むらや木立まで細かく見ている。
やっぱり、こいつも少しは楽しんでいるらしい。
町の衛兵から聞いた話では、村へ入る脇道の目印は街道沿いの大木だった。
しばらく進むと、道の左手に一本だけ大きく枝を広げた木が見えてきた。周囲の木より頭一つ高く、街道からでも見落としようがない。太い幹の根元には古い轍が折れ曲がるように続き、その先へ細い道が伸びていた。
「そろそろ街道から外れるか?」
「そうですな」
セバスチャンは木の先へ目を向けながら頷いた。
脇道は荷車が頻繁に通る道ではないらしく、草の間に車輪の跡が薄く残る程度だった。道の両側には背の高い草が生え、その向こうには畑と森が見える。
「馬も置いていきましょう」
「盗まれんか?」
「盗まれるかもしれませんが、この馬で道以外を走る方が難しいでしょう」
確かに、細い脇道の先は平らではない。草に隠れた穴もあれば、森へ寄れば木の根も多そうだった。ここを軍馬でもない馬で急がせれば、俺たちだけでなく馬まで転びかねない。
「それもそうだな」
手綱を引き、街道から少し離れた木立へ入る。
軍馬なら、こういう場所でも走れるのだろうか。
今まで当たり前に乗っていたから気にしたことはなかったが、速さだけではなく、悪い足場を進めることも軍馬の強さらしい。値段が高いのも当然なのかもしれない。
俺たちは街道から姿が見えにくい場所を選び、二頭の馬を別々の木へ繋いだ。枝葉が重なっているため、道を通る者がわざわざ覗き込まなければ見つけにくい。鞍に結びつけていた荷から必要な物だけを取り、残りはそのまま置いていく。
セバスチャンは結び目を二度確かめ、馬の脚元まで見てから立ち上がった。
馬が一頭、小さく鼻を鳴らす。
「大人しく待ってろよ」
首筋を軽く撫でてから離れる。
盗まれていなければありがたいが、今は野盗の方が先だ。
俺も剣が抜ける位置にあることを確かめ、外套の裾を邪魔にならないよう整えた。セバスチャンは脇道の先へ目を向けながら、すでに身体の力を抜いている。先ほどまで文句を言っていた男とは思えないほど、動きに迷いがない。
やはり、けっこう楽しんでいるな。
「脇道から畑二つほどってことですから、一気に進みますぜ」
「ああ、分かった」
俺は小さく頷き、身体の内側へ意識を向けた。
普段どおりに魔力を使えば、近くに感知魔法を使える者がいた場合、こちらの存在を悟られるかもしれない。野盗の中に魔力持ちがいるとは限らないが、確認するまでは油断しない方がいい。
外へ漏れる魔力を抑えたまま、肉体強化魔法を薄く巡らせる。
セバスチャンも同じように準備を終えたらしい。こちらへ一度目を向けると、脇道から外れ、森の中へ足を踏み入れた。
俺もその後へ続く。
落ち葉を強く踏まないよう足を置き、木の根を避けながら進む。速度は速いが、枝を揺らすような荒い動きではない。
セバスチャンは木立の間を迷わず抜けていく。
文句ばかり言っていたくせに、随分と機嫌がよさそうだ。
やっぱりこいつも、けっこう楽しんでるな。
森の先が少しずつ明るくなった。
木々の隙間から畑が見える。刈り取られた跡の残る畑を一つ越え、低い草の生えた畦を挟んで、その向こうにも畑が広がっていた。
衛兵から聞いた話どおりなら、村はもう近い。
俺たちは森から出ず、畑の縁に沿うように移動した。遠くから見れば、木々の影に紛れて姿までは分からないだろう。
やがて地面が緩やかに高くなり、村を見下ろせる場所へ出た。
セバスチャンが片手を上げる。
俺も足を止め、太い幹の陰へ身体を寄せた。
眼下には、十数軒ほどの家が集まっていた。
大きな村ではない。
街道から続く細い道が村の中央を通り、その左右へ木造の家が並んでいる。村の外には畑が広がり、家畜を囲っていたらしい柵も見えた。
煙は上がっていない。
焼け落ちた家もなさそうだ。
だが、静かすぎる。
畑に人の姿がなく、家の間を歩く村人も見当たらない。昼間なら、誰かしら外で働いていてもよさそうなものだ。
俺は一度だけ深く息を吸い、感知魔法を瞬間的に拡げた。
村を包む程度の範囲へ意識を走らせ、すぐに閉じる。
返ってきた魔力反応はなかった。
「魔力持ちはいないな」
声を落として告げると、セバスチャンが頷いた。
少なくとも、村の中に貴族や騎士はいない。
相手が全員平民なら、俺たち自身が危険に晒される可能性は低い。問題は、村人をどう扱っているかだ。
家々へ目を凝らす。
扉が外れかけている家があった。別の家は窓の板が割れ、入口の脇に木片が散らばっている。乱暴に押し入った跡だろう。
村の入口には、武器を持った男が二人立っていた。
さらに中央の道にも何人かいる。槍や剣を手にし、落ち着きなく周囲を見回していた。鎧らしい鎧を身につけている者はおらず、服も揃っていない。
それでも、ただの農民には見えない。
武器を持つ姿に、多少は慣れているようだった。
「ふむ」
俺は男たちの動きを追いながら呟いた。
「どっかの平民兵崩れかな?」
「そうでしょうな」
セバスチャンも小さく答える。
戦で部隊が崩れたのか、雇われていた場所から逃げたのかは分からない。だが、武器を持った平民がまとまって動き、村を襲っているなら、似たようなものだろう。
「村人たちはどこだ?」
家々の間を探すが、縛られている者も、逃げ回っている者も見えない。
セバスチャンは村の奥へ目を向けた。
「おそらく、あのデカい家に集めてるんでしょうよ」
指した先には、他の家より一回り大きな建物があった。
村長の家か、村人が集まるための家かもしれない。入口の近くには武装した男が一人立ち、時折中を覗き込んでいる。
「当然、裏も警戒してるだろうな」
「もうちょい探りますか」
「そうだな」
同じ場所から見続ければ、こちらが気づかれる可能性も高くなる。
俺たちは一度斜面を下がり、木々の陰を使って静かに移動した。
村の横手へ回り込み、先ほどとは別の場所から再び中を覗く。
角度が変わったことで、大きな家の手前にある建物もよく見えるようになった。
「ん?」
その家の入口から、一人の男が出てきた。
服を整えながら周囲を見回し、別の武装した男と言葉を交わしている。少しすると、今度は別の男が中へ入っていった。
「なんだ、ありゃ」
俺が指差すと、セバスチャンはしばらく家の出入口を見つめた。
「おそらく、ある程度若い女たちは、あそこに集めてるんでしょうよ」
「なるほどな」
中は見えない。
だから確かなことは分からないが、男たちが代わる代わる出入りしている理由としては十分ありそうだった。
野盗だもんなぁ。
村を襲い、家を壊し、人を一か所へ押し込めるような連中だ。遠慮などするはずもない。
俺は大きな家と、その手前の家を交互に見た。
村人が二か所に分けられているなら、助ける時も両方を考えなければならない。
正面から突っ込めば、すぐに人質へ手を出されるだろう。
俺たちはさらに村の外周へ沿って移動を始めた。
村の外周をなぞるように、俺たちは木々の陰を移動した。
足元には乾いた枝や落ち葉が積もっている。踏み抜けば、村までは届かなくても近くの見張りに聞かれるかもしれない。肉体強化魔法は薄く保ったまま、速度より音を立てないことを優先する。
村の横手を過ぎると、家々の並びが少しずつ変わって見えた。
正面からは死角になっていた柵の切れ目や、家の裏へ続く細い通路が見える。畑へ出るためのものなのか、踏み固められた土が森の手前まで伸びていた。
その道の近くにも、武装した男がいる。
一人は木の幹へ背を預け、村の外を眺めていた。さらに離れた場所には、槍を肩へ担いだ別の男が立っている。正面にいる連中より間隔が狭く、互いの姿も確認できる位置だった。
俺たちはさらに回り込み、村の裏側まで探った。
見張りは途切れない。
家の陰にも男がいて、時折場所を変えながら森と村を交互に見ている。正面の男たちより気を抜いておらず、裏から誰かが入り込む可能性を考えているようだった。
一通り見終えたところで、俺たちは村から少し離れた森の奥へ下がった。
立ち止まっても、村の家々は木の隙間からわずかに見える。声を落とせば、こちらの会話が届く距離ではない。
「やはり、裏は警戒してるな」
俺が呟くと、セバスチャンは木の幹へ肩を預けながら頷いた。
「どっちかというと、そっちの方が本命ですな」
「村の入口や中を警戒してるのは囮だろうな」
正面の男たちは、村を見に来た者へ自分たちの存在を見せるために立っている。
武装した連中がいると分かれば、普通の旅人や平民は近づかない。それでも仕掛けようとする者がいれば、正面の様子を見て裏へ回ろうとするだろう。
そこで待ち構える。
多少は考えているらしい。
「さて、どうしますか?」
セバスチャンが口元を緩めた。
止める気はもうないどころか、俺が何を選ぶか面白がっているように見える。
「ふむ」
俺は村の方角へ目を向けた。
大きな家には、村人の大半が集められている可能性が高い。
その手前の家には、若い女たちが分けられているのだろう。男たちが何度も出入りしていた。中で何をしているのかまでは見えないが、考えるのは難しくなかった。
魔力持ちはいない。
俺とセバスチャンが野盗に殺されることは、まずないだろう。
問題は村人だ。
野盗たちは、自分たちが逃げるためなら人質を殺すことに躊躇しないはずだ。大きな家と女たちのいる家、その両方を同時に守るのは二人では難しい。
平民は感知できない。
騒ぎになって森へ散られれば、暗闇の中で野盗と村人を見分けながら追うことになる。一人でも逃せば、別の場所で同じことを始めるかもしれない。
一人ずつ静かに殺していくか。
数人なら問題なくやれる。
だが、見張り同士の間隔が近い。交代する者もいるだろう。一人が消えれば、途中で気づかれる可能性が高い。
全員まとめて吹き飛ばすなら簡単だ。
村人ごと皆殺しにしてよいなら、何も考える必要はない。
それはさすがに違うよなぁ。
「ふむ」
考えをまとめるように、もう一度頷いた。
「どうしやす?」
「どっちもは無理だな」
セバスチャンの笑みが少し薄れ、俺の言葉を待つ。
野盗を一人も逃さず全滅させる。
同時に、二か所へ分けられた村人を全員救う。
二人だけで、その両方を確実にやるのは難しい。
ならば、選ぶしかない。
「野盗どもは、ある程度減らせばいい。村人を優先するぞ」
「そうですな」
セバスチャンはすぐに頷いた。
「野盗どもも数が減れば、デカい悪さはできませんからな」
逃げた者を追うより、村へ残った連中を倒し、人質を解放する。
野盗が半分以下になれば、同じ規模の村を正面から襲うのも難しくなるだろう。逃げた先で何をするかまでは面倒を見きれない。
日の傾きを確かめるように、木々の隙間から空を見上げた。
まだ明るい。
野盗たちも外をよく見通せる。今動くより、暗くなってからの方が村人を押さえている家まで近づきやすい。
俺はセバスチャンへ顔を向けた。
「よし、夜になるのを待って裏の森からやるぞ」
「分かりやした」
セバスチャンは嬉しそうに頷いた。
やはり、こいつも楽しんでいる。
俺たちは村からさらに離れ、森の中で日が落ちるのを待った。
木々の隙間から見える空が、ゆっくりと赤く染まっていく。畑に落ちていた長い影はやがて輪郭を失い、村の家々も黒い塊へ変わっていった。
野盗たちは夜を恐れていないらしい。
村の中では灯りが点き、時折笑い声が上がる。酒でも飲んでいるのか、昼間より声が大きくなっていた。
裏側の見張りだけは残っている。
暗くなっても位置を変えず、森の方へ身体を向けている者が何人か見えた。
俺は立ち上がり、身体についた枯れ葉を払った。
「行くか」
「へい」
二人で外套の位置を整える。
野盗に魔力持ちがいないことは、昼間のうちに確認してある。こちらが肉体強化魔法を使っても、感知魔法で気づかれる心配はない。
魔力を身体へ巡らせる。
視界が一気に鮮明になった。
月の光さえ十分に届かない森の中でも、木の幹や地面の起伏が見える。昼間のように色までは分からないが、走るには困らない。
肉体強化魔法を使うと夜目まで利くから便利だな。
俺は足元を確かめ、村の裏へ向けて動き出した。
セバスチャンも音を立てずに続く。
最初の見張りは、森の手前に立っていた。
片手に槍を持ち、時折大きな欠伸をしている。夜になって気が緩んだのか、昼間ほど周囲を見ていなかった。
俺は木の陰から一気に距離を詰めた。
男がこちらへ顔を向けるより先に、首へ腕を回す。
身体を引き寄せ、そのまま力を込めた。
骨が折れる鈍い感触が腕へ伝わる。
男の身体から力が抜けた。
地面へ倒れる前に抱え、ゆっくりと横たえる。
声は出ていない。
少し離れた場所では、セバスチャンがもう一人の背後へ回っていた。剣が短く動き、男の首がずれ落ちる。
落ちかけた頭を片手で受け止め、身体と一緒に草の中へ押し込んだ。
目が合う。
セバスチャンが軽く顎を動かし、次の見張りがいる方を示した。
俺たちは別々に動いた。
家の裏へ近づくと、壁際に男が一人立っている。村の中から聞こえる笑い声へ気を取られ、こちらには背を向けていた。
剣を使えば血が壁へ飛ぶ。
俺は指先へ魔力を集め、出力を細く絞った。
攻撃魔法を放つ。
小さな衝撃が男の頭部だけを撃ち抜いた。
身体が壁へぶつかり、膝から崩れる。
思っていたより音が出た。
近くの家の陰から、別の男が顔を出す。
「おい、どうし――」
言い終わる前に踏み込む。
口を塞ぎながら胸ぐらを掴み、身体を地面へ叩きつけた。さらに首へ足を落とすと、短い音とともに動かなくなった。
これで四人。
まだ気づかれていない。
村の裏から家々の間へ入り込む。大きな家までは、もうそれほど遠くない。
セバスチャンが先行し、道を横切ろうとしていた男を家の陰へ引き込んだ。刃が閃き、血の匂いが夜気へ混じる。
そのまま進めると思った時だった。
別の家の扉が開いた。
酒の入った器を持った男が外へ出てくる。
男は足元の死体へ気づき、顔を上げた。
俺と目が合う。
「敵だ!」
叫び声が村中へ響いた。
セバスチャンが駆け寄り、男の胸へ剣を突き込む。だが、もう遅い。
家々の中で何かが倒れ、扉が次々に開く音がした。
「チッ。一気に倒すぞ」
俺は隠れるのをやめ、村の中央へ向けて走り出した。
「村人と間違えんでくださいよ!」
セバスチャンも並ぶように駆ける。
一直線に村の中へ入った。
騒ぎを聞いた野盗たちが家から飛び出してくる。
「なんだ!」
「どこだ!」
武器を持つ者だけを見る。
こちらへ剣を向けた男の胸を攻撃魔法で撃ち抜く。衝撃で身体が後ろへ飛び、後から出てきた男を巻き込んで倒れた。
右から槍が伸びてくる。
穂先を身体ごと避け、柄を掴んで引き寄せた。前につんのめった男の顎へ拳を叩き込み、そのまま首を折る。
セバスチャンの剣が隣の男を斬り倒した。
暗闇の中では、俺たちの方が圧倒的に速い。
野盗たちは何が起きているのか理解できていない。二人しかいないとも気づいていないのだろう。
「魔力持ちだ!」
誰かが叫んだ。
その言葉が広がった途端、野盗たちの動きが変わる。
こちらへ向かっていた男が足を止め、背を向けて逃げ始めた。家の陰へ入る者もいれば、村の外へ走る者もいる。
追わない。
今は人質の方が先だ。
大きな家の前まで来ると、中から数人の男が飛び出してきた。
先頭の男は、年老いた村人らしい男の首へ腕を回し、喉元に短い刃を当てている。
「動くな!」
野盗が叫ぶ。
俺もセバスチャンも止まらなかった。
「動くな! 村長を殺すぞ!」
村長らしい男の顔が引きつる。
野盗の目に焦りが浮かんだ。
口を開き、さらに何かを叫ぼうとする。
その口へ攻撃魔法を放った。
頭部が後ろへ弾け飛ぶ。
腕の力を失った身体が崩れ、巻き込まれた村長も地面へ倒れた。
生きてはいるだろう。
今は放っておく。
「先に女の方だ!」
「へい!」
俺たちは大きな家の手前にある建物へ向かった。
扉は閉まっている。
蹴りつけると、留め具ごと内側へ吹き飛んだ。
中は灯りが点いていた。
床には衣服が散らばり、壁際には何人もの女が集められている。衣服を剥がされた者も多く、手を縛られ、身体を寄せ合って震えていた。
その手前に、裸の男たちがいる。
一人が近くにいた若い女を乱暴に引き寄せた。
女も何も身につけておらず、背中側で手を縛られている。
男は女の首へ腕を回し、短剣を押し当てた。
「く、来るな!」
女の喉から、小さな悲鳴が漏れる。
「知らん!」
俺は攻撃魔法を放った。
細く絞った衝撃が、女の横を抜けて男の頭だけを撃ち抜く。
頭を失った身体が後ろへ倒れ、拘束から外れた女がその場にへたり込んだ。
セバスチャンは、すでに室内へ踏み込んでいた。
左から迫った男の剣を弾き、返す刃で首を斬る。そのまま身体を回し、逃げようとした別の男の背中を深く斬り裂いた。
俺も続く。
武器を拾おうと屈んだ男の腕を踏み折り、振り返った顔へ剣を突き込む。
奥から椅子を持ち上げた男が向かってきた。
振り下ろされるより先に腹へ蹴りを入れる。身体が壁まで飛び、木板を揺らした。
起き上がろうとしたところへ攻撃魔法を放ち、胸を撃ち抜く。
狭い室内に、血と悲鳴が広がった。
野盗たちは逃げる場所を失っている。
窓へ向かった男をセバスチャンが斬り倒し、俺は女たちの前へ回ろうとした最後の一人を壁へ叩きつけた。
首を掴み、力を込める。
抵抗が止まった。
手を離すと、男の身体が床へ崩れ落ちる。
荒い息と、女たちの押し殺した泣き声だけが残った。
俺は室内を見回した。
動いている野盗はいない。
セバスチャンも剣先を下げ、倒れた男たちを順番に確認している。
少なくとも、この家にいた連中は全員倒した。
床へへたり込んだ女は、頭を失った男の身体から逃れるように、縛られたまま身を引いていた。
俺が近づくと、怯えきった顔が上がる。
さっきまで人質にされていたのだから、無理もない。助けに入った俺まで警戒しているらしく、肩を強張らせたまま動こうとしなかった。
「じっとしてろ」
背中側へ回り、手首を縛っていた縄を掴む。
結び目を解いている時間はない。
力を込めて引くと、縄が乾いた音を立てて千切れた。
女は自由になった両腕を胸元へ寄せ、震える身体を抱き締める。
「すまんが、他の女たちを頼むぞ」
俺が壁際を指すと、女は唇を震わせながらも小さく頷いた。
衣服を奪われたままの者もいれば、破れた服を身体へ巻きつけている者もいる。泣き声を押し殺し、こちらを見ることすらできない者もいた。
今の俺にできるのは、縄を解ける者を一人作るところまでだ。
残りは村の者同士で何とかしてもらうしかない。
「よし」
俺は立ち上がり、入口へ向き直った。
セバスチャンはすでに剣へついた血を振り払い、外の様子を窺っている。
「次はデカい家ですな」
「ああ」
外へ出ると、村の中は先ほどより静かになっていた。
遠くで走り去る足音が聞こえる。
家の陰を横切る人影も見えたが、追わなかった。武器を持って逃げる野盗か、騒ぎに乗じて外へ出た村人か、暗闇ではすぐに見分けられない。
目的は野盗を一人残らず殺すことではない。
村人を解放することだ。
先ほど倒れた村長らしい男は、地面に手をついて身体を起こそうとしていた。顔には野盗の血が飛び散っているが、目立った傷は見えない。
俺たちはその横を通り過ぎ、大きな家へ向かった。
開け放たれた入口の奥から、怒鳴り声と泣き声が聞こえる。
「来るな!」
「入ってきたら殺すぞ!」
まだ中に野盗が残っている。
俺は足を止めず、そのまま入口を抜けた。
広い室内には、大勢の村人が押し込められていた。
壁際へ座らされ、互いに身体を寄せ合っている。年寄りも子供もいる。男たちの中には血を流している者もおり、立ち上がれる者はほとんどいなかった。
その前に、武器を持った野盗が四人いる。
一人が近くの村人へ剣を向けた。
「それ以上来るな!」
言葉と同時に、俺は床を蹴った。
距離を詰め、剣を振り上げる腕を掴む。そのまま捻り上げると、骨が折れる感触とともに男が悲鳴を上げた。
声を出し終える前に、喉へ剣を突き込む。
隣から槍が伸びてきた。
身体を傾けて避け、柄を掴んで引き寄せる。勢いのまま前へ出た男の首を、セバスチャンの刃が横から斬り裂いた。
「化け物め!」
奥にいた男が叫び、村人の間へ逃げ込もうとする。
攻撃魔法は使えない。
背後に村人がいる。
俺は踏み込み、振り下ろされた剣を腕で受け止めた。防御魔法に弾かれた刃が跳ね上がる。
驚いて固まった男の胸を蹴り、村人から離れた場所へ転がす。
起き上がる前にセバスチャンが追いつき、首へ剣を落とした。
残った一人は武器を捨て、窓へ向かって走った。
俺は背後から距離を詰め、襟を掴む。
振り返ろうとした身体を床へ叩きつけ、首を踏み折った。
室内が静かになる。
子どもの泣き声と荒い呼吸だけが残った。
俺は倒れた男たちを見回し、動く者がいないことを確かめた。
「ふう。やれやれだな」
「まあ、こんなところでしょう」
セバスチャンも室内を一度見渡し、剣を下ろした。
「何人ほど逃げたかな?」
「さあ。十人ほどだと思いますぜ」
「そんなもんか」
村を囲んでいた数を考えれば、半分以上は減らせただろう。
逃げた連中が再び集まる可能性はある。だが、すぐに同じ規模で村を襲うのは難しいはずだ。
「あ、あの……」
背後から声をかけられた。
先ほど人質にされていた村長らしい男が、入口に立っている。まだ足元がふらついていたが、こちらへ頭を下げようとしていた。
セバスチャンが男より先に口を開く。
「ああ、死体の始末は頼むぜ」
「は、はい」
男は震えながら何度も頷いた。
野盗が戻ってこないとも限らないため、俺たちはそのまま村へ残った。
村人たちは夜の間に縄を解き、負傷者を一か所へ集め、家の中と道に転がる死体を運び始めた。
俺とセバスチャンは村の外れで周囲を警戒した。
逃げた野盗が戻る気配はない。
やがて空の色が薄くなり、木々の向こうから朝日が差し始めた。
村の屋根や畑が夜の闇から浮かび上がる。
血に濡れた地面も、壊された扉も、そのままだった。
朝になったからといって、昨夜の出来事が消えるわけではないらしい。
「あ、あの……」
再び村長が近づいてきた。
夜のうちに顔を洗ったようだが、疲れ切った様子は隠せていない。
「ありがとうございます」
男は深く頭を下げた。
「かまわん」
「あの、この村は貧しく、お礼はとても……」
「通りがかっただけだ」
報酬を受け取るために来たわけではない。
野盗がどのように村を襲い、人質を扱い、警戒するのかを見ることはできた。好奇心は十分に満たされた。
「それじゃ、行きますか?」
セバスチャンが尋ねる。
「そうだな」
俺たちは村を出て、馬を繋いだ森へ戻った。
二頭の馬は、昨夜と同じ場所にいた。
盗まれるかもしれないと心配していたが、幸い誰にも見つからなかったらしい。俺たちの姿を見ると、待ちくたびれたように鼻を鳴らした。
縄を解き、荷と鞍を確かめてから馬へ乗る。
街道へ戻ったところで、俺はセバスチャンへ尋ねた。
「あの村、どうなるんだ?」
「さて。被害次第ですな」
セバスチャンは振り返らずに答える。
「被害がデカけりゃ、この冬は越せんでしょうな」
「そうか。そうだよな」
家は残っている。
畑も焼かれてはいない。
だが、男たちも何人かは殺されただろう。食料や金も奪われているかもしれない。
女たちも傷つけられた。
野盗を殺したからといって、すべてが元に戻るわけではない。
俺たちが去った後も、村人たちは壊された暮らしを立て直さなければならない。
あの村にとっては、この先の方が大変なのかもしれないな。




