第百二十四話 橋を託す者
シルビア橋の上を吹き抜ける風は、今日も強かった。
大河の水面を撫でてきた冷たい風が外套の裾を揺らし、胸壁の隙間を抜けて砦の中へ流れ込んでいく。その向こうでは、荷を積んだ荷車がゆっくりと橋を渡り、避難民らしい者たちが兵の確認を受けていた。
北方諸国軍が王都を囲んでから、人の流れは少しずつ増えている。
王国側から来る者が多い。逃げてきた者もいれば、帝国側で何かを売ろうとする者もいる。橋を奪った直後の、誰一人として近づこうとしなかった頃とは随分違っていた。
俺は砦の上から橋の先を眺めながら、マバール城から届いた伝令の内容を思い返していた。
ザイン・エディオンに、シルビア橋来訪の意思あり。
書かれていたのは、それだけだった。
いつ頃来るかという簡単な予定と、同行する人数については添えられていたが、ザイン殿が何のために来るのかも、俺がどう応じるべきかも書かれていない。
父上らしいと言えば、父上らしい。
後は自分で考えろということなのだろう。
ただ、わざわざザイン殿の来訪を知らせてきたということは、俺に追い返せという意味ではないはずだ。
父上は、シルビア橋を渡してもいいとお考えなのかな。
これまでのシルビア橋は、王都とマバール領を繋ぐ重要な橋だった。
王都へ向かう者も、王都からマバール領へ入る者も、この橋を使う。商人も使えば、貴族の使者も通る。人と荷が動く以上、橋を押さえている意味は大きかった。
だが、今は違う。
マバール家は帝国へ移り、この大河は王国と帝国を隔てる国境になった。王国との行き来が完全になくなるわけではないだろうが、以前のような活発な利用は見込めない。
橋と砦を守るには兵がいる。
兵を置けば食料も要る。武具の手入れも必要になるし、傷んだ場所があれば直さなければならない。
利益が減っても、警備にかかる手間は大して減らない。いや、むしろ増える可能性の方が高いだろう。
それなら、エディオン家へ任せるのも悪くないかもしれない。
もともとこの橋を管理していたのはシルディア家だ。シルディア家がいなくなり、代わりにエディオン家が入る。それだけだと考えれば、そこまで不自然な話でもない。
それに、エディオン家はアル兄さんの正妻となる人の実家だ。
これまでのシルディア家よりは使いやすいか。
そんなことを考えていると、橋の王国側に伸びる道の先で、いくつもの人影が動いた。
先頭に騎士がいる。
その後ろにも、整った列を作った騎士たちが続いていた。
「来たか」
俺が呟くと、近くにいた兵が姿勢を正した。
一行が近づくにつれ、先頭を進む者たちの姿がはっきりしてくる。
中央にいるのはザイン・エディオン。その脇には、筆頭騎士バカルカがいる。さらにその後ろを、エディオン家の騎士団が進んでいた。
そこまでは伝令で聞いている。
だが、騎士団の後ろにも人の列が続いていた。
武器を持たない平民たちだ。荷を抱えた者もいれば、荷車を引いている者もいる。服装や持ち物を見る限り、戦うために連れてきた者たちではない。
騎士団だけじゃなく、使用人たちまで連れてきたのか。
視察にしては、随分と大がかりだった。
ザイン殿が何を考えているのか、何となく見えてきた気もする。だが、勝手に決めつけるのは早い。
俺は砦を下り、橋の手前までザイン殿を迎えに出た。
こちらに気づいたザイン殿が馬を止める。バカルカをはじめとした騎士たちも、それに合わせて動きを止めた。
「お久しぶり――と言うほどではありませんね」
俺が笑いながら声をかけると、ザイン殿も馬上で口元を緩めた。
「わずかな間だが、世界も大きく動いたものだな」
「本当に」
以前に会った時と比べても、俺たちを取り巻く状況は大きく変わっている。
王国の貴族だったマバール家とエディオン家は、今では帝国貴族だ。その王国の王都は北方諸国軍に囲まれ、俺たちはかつて味方だったシルディア家の橋と城を押さえている。
笑って再会できているだけでも、不思議なくらいだった。
ザイン殿は馬から降りると、橋の上へ視線を向けた。
「橋の様子はどうだ?」
「今は多少賑わっていますが、橋を奪った直後は酷いものでしたよ」
俺は苦笑しながら答えた。
「人がまったく寄りつきませんでした。橋を渡ればどちらに捕まるか分からないと思われていたのでしょうね」
「今は違うようだな」
「王都があの状態ですから。逃げてくる者も増えました」
ちょうどその時、荷車が一台、兵の確認を終えて砦の横を通り過ぎていった。御者はザイン殿の騎士団を見て身体を強張らせていたが、呼び止められないと分かると、急いで橋の先へ進んでいく。
ザイン殿はその様子を眺めた後、砦の周囲に立つ兵たちへ視線を移した。
「橋の警備には、シルディア家の兵をそのまま使っているのかね?」
「ええ」
俺は頷いた。
「慣れた兵の方が使いやすいと考えました。橋も砦も知っていますし、全員を入れ替えるより手間もかかりません」
「反抗はなかったか?」
「今のところは。こちらの命令にも従っています」
逃げた者や、シルディア家とともに最後まで戦うことを選んだ者は別だが、残った兵たちはすでに俺の指示で動いている。
働く気があるなら使えばいい。
ただそれだけだった。
「うむ、そうだな」
ザイン殿は満足そうに頷いた。
それから、俺を見て目を細める。
「やはりマバールの男だな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「無論、そのつもりだ」
ザイン殿が笑い、俺も笑い返した。
橋の上で話し続けることもできるが、後ろには騎士団と大勢の平民が待っている。風も強く、落ち着いて話す場所としては向いていない。
「シルディア城に向かいますか?」
「そうだな。そうしよう」
ザイン殿が頷き、一行は橋を渡り始めた。
シルディア城へ入ると、連れてきた平民たちはすぐに荷を下ろし始めた。城内に何が必要なのか、ある程度聞いてきたのだろう。誰かに細かく命じられる前から、荷車を分け、運び込む物を整理している。
俺とザイン殿は騎士たちから離れ、城内の一室へ入った。
扉が閉まると、ザイン殿は椅子へ腰を下ろす前に口を開いた。
「すまんな。勝手に使用人まで連れて来てしまって」
「いえ、使用人が不足して困っておりましたので、むしろ助かります」
俺が笑顔で答えると、ザイン殿は少し意外そうな顔をした。
「そうか。うむ、そうか」
頷きながらも、すぐには座らない。
俺の顔をじっと見ている。
何を確かめているのかは分からなかった。怒っていないか、それとも連れてきた者たちを追い返す気がないかを見ているのかもしれない。
しばらくして納得したのか、ザイン殿は椅子へ腰を下ろした。
俺も向かいに座る。
ザイン殿は一度息を整えると、先ほどまでの柔らかな表情をわずかに引き締めた。
「ギルバート殿だから腹を割って話すが、わしはこの城と橋を任せてほしいと思っている」
「それは――」
俺が口を開くと、ザイン殿が片手を上げて制した。
「分かっている。この城も橋も落としたのはギルバート殿だ」
ザイン殿はまっすぐ俺を見た。
その声に、先ほどまでの挨拶の軽さはない。
「だが、それを分かった上で言う。我らに任せてくれ」
ザイン殿の言葉は、頼みというより決意に近かった。
俺はすぐには答えず、その顔を見る。
橋と城を欲しい。
それだけなら、もっと別の言い方もできたはずだ。エディオン家の方がこの土地に近い。管理する兵も用意できる。マバール家の負担を減らせる。
それらしい理由はいくらでも並べられる。
だが、ザイン殿は俺の功績を認めた上で、それでも任せてほしいと言った。
「理由を聞いても?」
「無論だ」
ザイン殿は深く頷き、椅子へ腰を据え直した。
「我ら、帝国へ移った旧王国貴族たちは、まだ立場が弱い」
室内には、窓の外から聞こえる荷運びの音が微かに届いていた。
ザイン殿はそちらへ目を向けず、言葉を続ける。
「王国を捨て、帝国へ移った。こちらにどのような事情があろうと、帝国から見れば新参者だ。昨日まで敵国の貴族だった者たちを、すぐに信用しろという方が無理であろう」
「そうですね」
俺は頷いた。
マバール家は帝国へ移った。
エディオン家も同じだ。
だが、帝国の古い貴族たちから見れば、俺たちは突然入り込んできた集団でしかない。力があり、土地があり、騎士も抱えている。その上、これまで王国側にいた。
警戒されない方がおかしい。
「帝国に移った旧王国貴族。言わば、新帝国貴族とでも呼ぶべきか」
ザイン殿は自分の言葉を確かめるように、ゆっくりと言った。
「我らは個々に動けば弱い。帝国の古い貴族たちから疑われ、利用され、切り崩されることもあろう」
低い声だった。
だが、そこに怯えはない。
起こり得ることを、そのまま見ている声だった。
「だからこそ、ガルシア殿には動いてもらわねばならん」
ザイン殿の目が鋭くなる。
「マバール家には、我ら新帝国貴族たちの旗印となってもらう必要がある」
父上を中心にまとめる。
ザイン殿が言いたいのは、そういうことだろう。
王国から帝国へ移った貴族たちが、それぞれ勝手に動けば弱い。だが、マバール家の周囲へ集まれば、一つの勢力として扱われる。
帝国側も簡単には無視できなくなる。
「このような橋にこだわっている場合ではないのだ」
ザイン殿は机の上へ置いた手に、わずかに力を込めた。
「無論、この城も橋も重要だ。だが、マバール家がここへ縛られ続ける必要はない。もっと大きく動かねばならん」
俺は黙って聞いた。
橋一つ。
そう言われると、確かに小さく見える。
ここは重要な場所だ。だが、マバール家全体で見れば、父上や兄さんたちが動くべき場所は他にもある。
ザイン殿は俺の様子を確かめるように一度間を置き、それから続けた。
「これから、何があるか分からん時代となる」
王国は揺れている。
帝国も、新しい皇帝を迎えたばかりだ。
北方諸国まで動いている。
ザイン殿の言葉どおり、先が見えない時代だった。
「ガルシア殿はよい。血筋も能力も申し分ない。ダルメシアン殿も同じだ。むろん、ギルバート殿もな」
「ありがとうございます」
素直に礼を言う。
だが、ザイン殿の表情は緩まなかった。
「だが、アルディス殿は平民腹だ」
その一言に、胸の奥がわずかに熱くなった。
「貴族たちの信頼は勝ち取れん」
反射的に言い返したくなる。
アル兄さんは優秀だ。
俺よりずっと頭が回る。人の扱いにも慣れているし、貴族相手に笑いながら腹を探ることもできる。
「アルディス兄さんは優秀ですし、信頼に値します」
少し強い声になった。
ザイン殿は気を悪くした様子もなく、大きく頷いた。
「うむ。アルディス殿は間違いなく優秀だ」
迷いのない返事だった。
否定するために、血筋を持ち出したわけではないらしい。
「能力だけを見れば、わしも信頼している。だから娘を託した」
ザイン殿は俺から目を逸らさない。
「だがな、貴族とは血筋にこだわるのだ」
分かってはいる。
俺自身、貴族として生まれ育ってきた。誰の子か。どの家の血を引いているか。それだけで扱いが変わる場面を、何度も見てきた。
「特に新参者はな」
ザイン殿の口元に、笑みとも苦さともつかないものが浮かんだ。
「自らの立場が弱い者ほど、自分が貴族であることへ縋る。古い血筋を誇り、平民を見下し、相手の母が誰かまで持ち出す」
帝国へ移った旧王国貴族たち。
立場が弱いからこそ、自分たちの正しさを示そうとする。
その時、アル兄さんの母親が平民だったという事実は、格好の攻撃材料になる。
「マバール家唯一の弱みは、アルディス殿の血筋だ」
ザイン殿は冷たく言い切った。
反発したい気持ちは残っている。
だが、否定はしにくかった。
帝国貴族たちがマバール家を攻撃するなら、父上の能力を正面から否定するのは難しい。ダル兄さんも俺も、少なくとも血筋を理由には責められない。
なら、アル兄さんを狙う。
平民腹。
その一言だけで、能力とは関係なく格下に見せようとする者はいるだろう。
「だからこそ、わしはアルディス殿に娘を託した」
ザイン殿の声が少し柔らかくなった。
「アルディス殿と娘の間に生まれる子は、マバール家の血を引き、同時にエディオン家の血も引く」
そこで、ザイン殿は少しだけ笑った。
「自分で言うのもなんだが、エディオン家は王国ができる前から続く家だ」
「ええ」
それは俺も知っている。
古い。
ただ古いだけではなく、長く残ってきたという事実そのものに価値がある。
血筋を問題にするような貴族ほど、その価値を無視できない。
「アルディス殿本人を攻める者は出るだろう。だが、その子まで同じように扱うことは難しくなる」
エディオン家の娘を正妻に迎える。
その意味は俺が考えていたよりずっと重いものだったらしい。
アル兄さんのため。
娘のため。
エディオン家のため。
そして、マバール家を中心に新帝国貴族をまとめるため。
婚姻一つに、いくつもの意味を重ねている。
俺は内心で唸った。
うーん。
どうするかなぁ。
父上から届いた伝令を思い返す。
ザイン殿が来る。
それだけだった。
橋を守れとも、渡すなとも書いていない。
なら、父上も橋の管理にこだわってはいないのかもしれない。
ザイン殿の話にも筋は通っている。
エディオン家なら、旧シルディア家の兵もまとめやすいだろう。使用人まで連れてきたところを見ると、本気でここを管理するつもりなのも分かる。
でもなぁ。ただ渡すのは、少し惜しいな。
俺はザイン殿を見た。
こちらの返事を待っている。
よしっ。
「ザイン殿のお考えは分かりました」
俺が頷くと、ザイン殿の目がわずかに明るくなった。
「私からも父上へ、エディオン家にこの城と橋の管理を委ねるよう話してみましょう」
ザイン殿の顔に、はっきりと笑みが浮かんだ。
「そうか」
「ですが」
続けた瞬間、その笑みが少しだけ固まった。
まあ、そうなるよな。
「少し、お願いを聞いてもらえませんか?」
俺は笑顔のまま言った。
ザイン殿は警戒するように目を細める。
「どのような願いだ?」
俺は少し身を乗り出し、声を落とした。
内容を伝えると、ザイン殿の目が見開かれる。
しばらく、何も言わなかった。
それから、困ったような顔で苦笑する。
「ギルバート殿は、わしを共犯にするつもりか」
「橋と城をお任せするのですから、そのくらいはお願いしてもよいかと」
「ガルシア殿に知られれば、わしまで叱られそうだな」
「そこは上手くお願いします」
ザイン殿は額へ手を当て、わずかに息を吐いた。
だが、拒む様子はない。
やがて手を下ろすと、諦めたように笑った。
「引き受けよう」
「では、よろしくお願いします」
俺も笑い返した。
これで話は決まった。
ザイン殿との会談を終えると、俺はすぐに自分の部屋へ戻った。
窓の外では、エディオン家の使用人たちが城内へ荷を運び込んでいる。中庭には荷車が並び、これまで人手の足りなさから後回しになっていた場所にも、次々と人が入っていた。
ザイン殿は、本気でこの城を引き受けるつもりだ。
口先だけではない。
なら、こちらも遠慮する必要はないだろう。
俺は近くにいた兵を呼び、橋の警備に就いているセバスチャンを呼ぶように命じた。
しばらくして、廊下から足音が近づいてくる。
扉が開き、セバスチャンが部屋へ入ってきた。橋から急いで戻ってきたのか、外套にはまだ大河の冷たい風がまとわりついているようだった。
「何事ですかい?」
セバスチャンは部屋の中を見回した。
敵が来たわけでもなく、兵が慌ただしく動いている様子もない。俺が一人で待っているのを見て、わずかに眉を寄せる。
俺は椅子へ座ったまま、笑顔を向けた。
「いい報せだ」
セバスチャンの顔が、すぐに渋くなった。
「若様、その笑顔を信じろとでも?」
「失礼なやつだな」
せっかく呼び戻してやったというのに、最初から疑っている。
まあ、間違ってはいない。
「とりあえず準備しろ。明日の朝には旅立つぞ」
セバスチャンは一度瞬きをした。
「旅立つって、どこへ行くんですかい?」
俺は少しだけ間を置いた。
こういうのは、溜めてから言った方が面白い。
「王都にいくさ見物だ」
「はぁっ!」
セバスチャンの声が部屋へ響いた。
予想どおりの反応に、俺は笑う。
「そんな大声を出すなよ」
「出しますよ! 何を言い出してるんですかい!」
「王都で戦が起きている。なら、見に行くだけだ」
「見に行くだけで済む場所じゃないでしょうが!」
セバスチャンは額へ手を当てた。
俺が冗談を言っているか確かめるように顔を見てくるが、笑っているだけで否定しないと分かったのだろう。深いため息を吐いた。
「お館様は知ってるんですかい?」
「知らん」
「でしょうな!」
即座に返される。
「だが、問題ない。ザイン殿が上手く誤魔化してくれる」
「……えらくあっさり受け入れたかと思えば、それですかい」
「城と橋を任せるんだ。そのくらい頼んでもいいだろ」
「ザイン殿も災難ですな」
セバスチャンは呆れた顔をしているが、旅立つこと自体を断る様子はない。
付き合う気はあるらしい。
「朝には出る。必要なものだけ用意しろ」
「本当に行くんですかい?」
「行く」
俺が即答すると、セバスチャンはもう一度ため息を吐いた。
「へいへい。分かりましたよ」
そう言いながらも、口元にはわずかに笑みが浮かんでいる。
こいつも、まったく興味がないわけではないのだろう。
翌朝。
空が明るくなり始める頃、俺とセバスチャンはシルディア城を出た。
城内では、すでにエディオン家の者たちが動き始めている。夜のうちに運び込まれた荷は整理され、使用人たちは自分たちの仕事を確かめるように城内を行き来していた。
ザイン殿の姿は見えない。
わざわざ見送りに出れば、俺がどこへ向かうのか周囲に知られる。昨夜の約束どおり、知らないふりをしてくれているのだろう。
俺たちは城門を抜け、王都へ続く道へ出た。
背後で門が閉じる音がする。
セバスチャンはしばらく黙っていたが、城が遠ざかったところで口を開いた。
「お館様にバレると怒られますぜ」
「大丈夫だ。ザイン殿が上手く誤魔化してくれる約束だ」
「どのくらい誤魔化せるんですかねぇ」
「俺たちが戻るまでだ」
「無理でしょうな」
最初から信じていないらしい。
だが、少しでも時間を稼げれば十分だ。父上に知られたところで、すぐに追いつかれるとは限らない。
「それより、橋に残した騎士たちは大丈夫なんですかい?」
セバスチャンが振り返るように後ろへ視線を向けた。
「エディオン家がマバール家に喧嘩を売ると思うか?」
俺が笑うと、セバスチャンは少し考えてから肩を竦めた。
マバール騎士へ手を出せば、それはマバール家への敵対行為になる。
ザイン殿が、城と橋を手に入れた直後にそんな馬鹿な真似をするはずがない。
「まあ、そりゃね」
「なら心配はいらん。ザイン殿も、橋を守る兵は必要だろ」
旧シルディア家の兵だけでなく、マバール家の騎士が残っていれば、引き継ぎも楽になる。
父上から正式な返事が来るまでは、橋と城が完全にエディオン家のものになったわけでもない。残した騎士たちは、その間の目にもなる。
セバスチャンも、それ以上は言わなかった。
代わりに、前を向いたままぼやく。
「でも、なんでまた王都へいくさ見物なんぞ」
「あのカルデア・トラギスの、おそらく最後のいくさだぞ」
俺は自然と笑っていた。
「見てみたいだろうが」
北方諸国をまとめ上げ、王国へ攻め込んだ老婆。
若い頃から名を知られ、今も自ら軍を率いて王城を囲んでいる。
次があるとは思えない。
年齢を考えれば、これが最後になる可能性は高い。
「お前だって見たいだろう?」
俺が尋ねると、セバスチャンはすぐには否定しなかった。
「まあ、そりゃ伝説の婆さんですからね」
「だろ?」
「ですが、王都まではそれなりにかかりますぜ。王国内も混乱してますし」
街道が今までどおり使えるとは限らない。
王国貴族の兵に止められることもあれば、逃げた兵や山賊に出くわすこともあるだろう。
それでも、俺には大した問題には思えなかった。
「むしろ好都合だろ」
「好都合?」
「俺たちは、もう帝国の人間だぞ」
王国の貴族へ挨拶をする必要はない。
領地を通る許可を求める必要もない。
王国の決まりに従って、関所ごとに足を止める理由もない。
「王国貴族や王国の法なんぞ関係ないんだ。一気に突き進めばいいだけだ」
セバスチャンは横目で俺を見た。
「無茶苦茶ですな」
呆れた声だった。
俺は笑いながら答えた。
「悪い騎士の影響かもな」




