表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

123/134

第百二十三話 老将の焦り


 北方諸国軍の後方に張られた天幕は、前線の喧騒からわずかに離れていた。


 静かではある。


 だが、穏やかではない。


 厚い布越しにも、周囲を巡回する騎士たちの足音が絶えず聞こえてくる。鎧が擦れる硬い音。短く交わされる合図。天幕の入口には常に人の気配があり、少し離れた場所にも複数の騎士が控えている。


 守られている。


 そう言えば聞こえはよいが、カルデアには自分の衰えを囲われているようにも思えた。


「ふっ……」


 寝台へ背を預けたまま、カルデア・トラギスは自嘲気味に小さく笑った。


「若い頃は、防御魔法があれば鎧など要らなんだというのにのう」


 かつては鎧を身につけないことを恐れたことなどなかった。


 刃が届くより早く防御魔法で止めればよい。矢が降るなら弾けばよい。敵が近づくなら、それより先に踏み込めばよかった。


 自分の魔力が尽きるなど、考えたことすらない。


 だが今は違う。


「今では、その鎧すら重くて身につけられんか」


 膝の上へ置いていた手を、ゆっくりと持ち上げる。


 皮膚は薄く、指は細い。幾度も武器を握り、敵の血を浴び、北の大地をまとめ上げてきた手とは思えないほど萎びている。


 握り締めようとしても、若い頃のような力は戻らなかった。


「魔力も、いつまで保つことやら」


 口元に浮かんだ笑みは、そのまま苦いものへ変わった。


 魔力が消えたわけではない。


 今も使える。戦おうと思えば戦えるだろう。


 だが、一度大きく使えば、どこまで戻るか分からない。昨日までできたことが、明日も同じようにできるとは限らない。


 カルデアは手を下ろし、薄暗い天幕の天井を見上げた。


 焦りすぎたか。


 その考えが浮かぶのは、これが初めてではない。


 王国へ攻め込む時期を誤ったのではないか。もう少し待つべきだったのではないか。北方諸国をさらに固め、王国の内側が崩れるまで耐えるべきだったのではないか。


 考えたところで、答えはいつも同じところへ戻る。


 自分には、その時間がなかった。


 せめて、あと二十年。


 二十年早く生まれていれば、北方諸国をもっと早くまとめられた。


 若いうちに諸国を従え、次の世代を鍛え、十分な兵と食料を整えてから南へ向かえただろう。


 二十年遅く生まれていれば、王国の混乱が大きく広がるのを待つことができた。


 王家と貴族の間にさらに亀裂が入り、地方が王都を見限り、争わずとも崩れかけたところへ手を伸ばせたかもしれない。


 だが、そのどちらも駄目だった。


 己の生まれた時と、王国が崩れる時が噛み合わない。


「ままならんものじゃな」


 誰に聞かせるでもなく呟き、カルデアは目を細めた。


 そして、一人の男の顔を思い浮かべる。


「ガルシア・マバールめ」


 自然と声が低くなった。


 あの男はこちらの焦りを見抜いた。


 北方諸国がいつまでも待てないことも、カルデア自身に残された時間が少ないことも、すべてを知っていたわけではないだろう。それでも、こちらが急いでいることだけは見誤らなかった。


 そして、最悪の時期に王国を見捨てた。


 マバール家が王国に残っていれば、こちらはより慎重にならざるを得なかった。王国軍が崩れても、あの家が動けば戦況は変わる。兵を進めるにも、常に警戒する必要があった。


 だが、ガルシアは王国を捨てた。


 こちらにとって道が開いたように見せながら、その実、王国の崩壊だけを早め、自分たちは安全な場所へ移った。


 腹立たしい。


 こちらの都合など何一つ考えず、最も嫌な時期を選びおった。


 だが、当主として見れば頼もしい男だった。


 家と領地を守るためなら、長く仕えた王家さえ切り捨てる。迷いがない。情に引かれず、必要とあれば昨日までの味方を敵へ回す。


 あれほどの男が北方諸国にいれば、と考えたことも一度や二度ではない。


 天幕の外で、足音が止まった。


「カルデア様。ムーバーン様とブリーラン様がお見えです」


「通せ」


 入口の布が持ち上がり、外の白い光が細く差し込む。


 先に入ってきたのは、肩幅の広い大柄な男だった。その後ろに、細身の男が静かに続く。


 二人とも前線から戻ったばかりなのだろう。鎧には土埃が残り、身体には薄く汗の匂いがまとわりついている。


 大柄な男は寝台の近くまで進むと、声を抑えて呼びかけた。


「お婆様」


 カルデアはその一言に含まれた気遣いを聞き取り、わずかに眉を上げた。


「……大丈夫じゃ」


 心配する必要はないと示すように微笑む。


「報告があるのじゃろう? ムーバーン」


「はい」


 ムーバーンは一礼し、落ち着いた声で話し始めた。


「包囲は順調です。王城から大きな動きはなく、こちらの陣を崩そうとする試みもありません。城外へ逃れようとする者は増えておりますが、兵の配置に穴は作っておりません」


「そうか」


「ただ、兵糧に不安があります」


 カルデアは表情を変えなかった。


 ムーバーンも余計な言葉を挟まず、続ける。


「王都に蓄えられていると見込んでいた食料が、事前の報告よりはるかに少ないことが分かりました。運び込める量も予定を下回っております。このまま包囲を続けた場合、兵へ十分に食わせ続けることが難しくなるかもしれません」


 声は冷静だった。


 報告としては不足がない。


 だが、カルデアの胸の内には、じわりと苛立ちが広がっていた。


 ならば、なぜ奪わぬ。


 周辺の領地を焼き、隠している食料を吐き出させればよい。拒む者がいるなら見せしめに殺し、村ごと踏み潰せば、次の村は自ら差し出す。


 食料が足りないと報告する前に、手に入れる方法などいくらでもある。


 包囲を維持できないのであれば、犠牲を出してでも城壁を越えればよい。


 兵を失うことを恐れて時間を失えば、最後にはより多くを失う。


 王家を交渉へ引きずり出したいのであれば、自分を囮に使えばよい。カルデア・トラギスが前へ出たとなれば、王国側も無視はできまい。


 その隙に何をするかなど、考えるまでもない。


 優しすぎる。


 カルデアは黙ったまま、ムーバーンの顔を眺めた。


 味方を大切にするのはよい。


 兵を無駄死にさせたくないと考えることも、民を飢えさせたくないと考えることも、間違いではない。


 だが、優しさとは味方へ向けるものだ。


 敵にまで優しさを見せてどうする。


 敵である。


 ただそれだけの理由で、何の罪もない民草を笑って踏み躙らねばならぬ日もある。それができなければ、自国の民へ向けるはずだった優しさまで奪われる。


 ムーバーンは、それを理解していない。


 鍛え損なったか。


 カルデアは後ろに控える細身の男へ視線を移した。


 ブリーランは静かに立ち、ムーバーンの報告を聞いている。


 兵糧が頼りないと思うのであれば、殺して奪えばよいものを。


「ブリーラン」


「はっ」


「何か意見はあるか?」


 ブリーランはわずかに姿勢を正した。


「このまま包囲を続ければ、王国側は大きく譲歩した形で講和すると考えます」


「そうか。そうじゃな」


 カルデアは穏やかに微笑んだ。


 ブリーランも、安心したように口元を緩める。


「はい。大きく領土を奪うことができましょう」


 その笑顔を見ながら、カルデアは静かに頷いた。


 違う。


 そのために攻め込んだわけではあるまい。


 領土を奪うだけなら、ここまで大きく動く必要はない。王城を囲み、王国そのものを揺らし、多くの兵と食料を費やした意味を理解していない。


 細い息が、口から漏れた。


 ブリーランの表情がわずかに強張る。


「何かありましたら、おっしゃってください」


 声に緊張が滲んでいた。


「いや、少し疲れただけじゃ」


 カルデアは笑って答えた。


「そうですか」


 ムーバーンも心配そうにこちらを見ている。


 ブリーランは深く頭を下げた。


「報告は以上です。どうかお休みください」


「うむ。そうさせてもらおうか」


 二人が一礼し、天幕の入口へ向かう。


 その背へ、カルデアは静かに声をかけた。


「報告なら、二人で来なくてよい」


 二人が同時に足を止め、振り返った。


「二人とも前線を離れれば、何かあった時に抜かれかねん」


「はっ」


 ムーバーンが頷き、ブリーランもそれに続く。


 今度こそ二人は天幕を出ていった。


 鎧の擦れる音と足音が少しずつ遠ざかり、完全に気配が消えてから、カルデアはそっとため息を吐いた。


「北の大地の厳しさでも、人は鍛えられんか」


 寒さに耐え、飢えを知り、弱ければ死ぬ土地で育っても、心まで強くなるとは限らない。


 カルデアは再び萎びた手へ目を落とした。


 ガルシアなら。


 あの男ならば、もっと厳しく育てるのだろうな。



 シルビア橋の砦の一室で、ギルは机の前で筆を止めたまま、しばらく紙を眺めていた。


 窓の外からは、大河を渡る風の音が聞こえてくる。厚い石壁に遮られていても、時折、橋を通る荷車の軋みや兵の呼び声が微かに届いた。


 机の上には、まだ一文字も書かれていない紙がある。


 レティシアたちへ送る手紙だ。


「うーん……」


 ギルは筆先を紙の上へ近づけ、また離した。


 なんて書こうかな。


 寂しくてたまらん、とかか。


 頭に浮かべてみたものの、実際に書かれた文章を想像した途端、妙に情けなく思えてくる。


 城を離れてから日が経っている。


 レティシアの淹れる茶も飲んでいない。リエリエールの柔らかな声も、ダリアの姿も見ていない。今の砦に不足があるわけではないが、自室へ戻った時の落ち着きとは違う。


 寂しいこと自体は間違いではなかった。


 だが、そのまま書くのは何か違う。


 ギルは椅子の背へ身体を預け、筆を指先で転がした。


 こう、寂しさをやんわりと伝えて、俺の愛情を滲ませるような名文を書きたいよな。


 読んだレティシアたちが、俺も私たちを想ってくれているのだと安心できるような文章。


 露骨すぎず、薄すぎず、格好よく。


 そこまで考えたところで、今度は別の不安が浮かぶ。


 いや、しかし。


 そんなことを書けば、レティシアたちも気に病むかもしれない。


 ただでさえ戻る時期は決まっていない。こちらが寂しいと書けば、早く帰ってきてほしいと思われるかもしれないし、自分たちが側にいないせいだと余計な心配をさせるかもしれない。


 ダリアは妊娠中だ。


 余計な負担をかけるのはよくない。


 ギルは考えた末、筆先を紙へ落とした。


 砦では問題なく過ごしていること。


 シルビア橋の様子は落ち着いていること。


 食事もきちんと取っていること。


 皆のことを想っていること。


 結局、書き上がったのは近況を簡単に並べた、随分と無難な手紙だった。


 乾き始めた文字を上から読み返す。


 寂しいとは一言も書いていない。


 だが、最後には皆へ会える日を楽しみにしていると添えた。これなら重くはないだろうし、何も想っていないとも思われないはずだ。


「まっ、こんなとこか」


 ギルは満足したように頷き、筆を置いた。


 紙をすぐに畳まず、しばらく乾かすため机の端へ寄せる。


 次の伝令が来たら渡しておこう。


 そう考えたところで、扉が控えめに叩かれた。


「ギルバート様」


 聞き慣れた声に、ギルは扉へ顔を向ける。


「入れ」


 扉が開き、オルドが室内へ入ってきた。


 いつものように姿勢を崩さず、机の少し手前で足を止める。視線が一瞬だけ机上の手紙へ向いたように見えたが、何も尋ねず一礼した。


「セバスチャン殿がお呼びです」


「ん?」


 ギルは思わず首を傾げた。


「セバスが?」


「はい」


 珍しいな。


 セバスチャンがこちらへ来るのではなく、わざわざ呼び出す。何か手を離せない事情があるのだろう。


「どこだ?」


 尋ねると、オルドはわずかに声を落とした。


「地下です」


 その一言で、穏やかだった気分が少し変わった。


 砦の地下に用がある時は、大抵ろくな話ではない。


「分かった」


 ギルは椅子から立ち上がり、外套を整えた。


 机の上の手紙を一度見てから、オルドとともに部屋を出る。


 廊下には兵が行き交っていた。窓から入る光はまだ明るく、砦の上階には人の声も多い。


 だが、地下へ続く階段へ近づくにつれ、その気配は薄れていった。


 石段は狭く、壁には小さな灯りが間を空けて置かれている。降りるたびに空気が冷たくなり、湿った石と古い鉄の匂いが濃くなっていった。


 オルドは余計なことを話さない。


 ギルも尋ねなかった。


 呼んだのがセバスチャンなら、着いてから聞けばよい。


 地下には鉄格子の牢屋が並んでいた。


 どれも空だ。


 暗い中に細い格子だけが並び、人の姿は見えない。そのさらに奥に、ひとつの小部屋がある。


 近づく前から、血の臭いがした。


 乾いたものではない。


 つい先ほどまで、誰かが流していた血の臭いだ。


 小部屋の前には兵が一人立っていた。ギルを見ると黙って身体を退け、扉へ手をかける。


 蝶番が軋み、重い扉が開いた。


 室内にはセバスチャンと数人の兵がいた。


 壁際には血のついた布と道具が置かれ、床にも黒ずんだ染みが広がっている。その中央では、一人の男が椅子へ縛りつけられていた。


 身につけている服は、それなりに金がかかっている。


 だが、顔は腫れ上がり、元の形が分からないほど歪んでいた。指も何本かが逆向きに折れ、力なく垂れている。


 男は荒い息を吐きながら、片方しか開かない目でギルを睨んだ。


 ギルはその姿を一度見てから、セバスチャンへ視線を向けた。


「なんだ、こいつ?」


 セバスチャンは血のついた手を布で拭いながら、いつもの調子で笑った。


「どうも王都からの使いらしいですぜ」


「は?」


 ギルは椅子へ縛られた男をもう一度見た。


 腫れ上がった顔。折れた指。金のかかった服には血と汚れが染みつき、胸元の飾りも半ば引きちぎられている。それでも男は背を丸めず、残った片目でこちらを睨み続けていた。


「なんで王都から使者なんて来るんだ?」


「さあて。あっしも聞いた時は驚きましたよ」


 セバスチャンは笑いながら、近くの机へ手を伸ばした。


 そこには血のついていない一通の書状が置かれている。丁寧に折られ、封を切られた跡があった。


「こいつが持ってたもんです」


 差し出された書状を受け取り、ギルは開いた。


 紙は厚く、文字も整っている。乱れのない書き方だけを見れば、随分と立派なものだった。


 だが、書かれている内容を読み進めるうちに、ギルの眉が少しずつ上がっていく。


「ふーん」


 爵位の剥奪。


 領地の返還。


 王家への服従。


 マバール家がこれまでに受けた恩を忘れず、速やかに命令へ従うようにとも書かれていた。


「爵位の剥奪に、領地の返還命令か」


 声に出してみると、余計に妙な内容に思えた。


 マバール家はすでに帝国貴族だ。


 王国の辺境伯ではない。領地も王国から切り離し、帝国へ属している。王国側が今さら剥奪すると言ったところで、何が変わるのかよく分からない。


 ギルは書状の端をつまんだまま、思わず笑った。


「こんな書状なんだな」


「あっしも初めて見ましたよ」


 セバスチャンも面白そうに笑う。


 王都の貴族たちが何を考えているのかは分からない。だが、少なくとも、この命令がマバール家へ通じると本気で思っているらしい。


 ギルは書状から顔を上げ、縛られた男へ視線を移した。


「王都貴族はアホなのか?」


 男の肩が震えた。


 痛みのせいか、怒りのせいかは分からない。砕けた歯の隙間から血の混じった息を吐き、掠れた声を絞り出す。


「だ、黙れ……この、裏切り者……」


 小さな声だったが、言葉だけははっきりしていた。


 ギルは少し感心した。


「なかなかの根性だなぁ」


 ここまで痛めつけられても、まだ言い返す気力が残っている。王都の貴族たちがアホなのかと聞いたところで、素直に答えるはずもないが、それでも黙り込まないのは大したものだった。


 とはいえ、それで何かが変わるわけではない。


 ギルは男から興味を失い、再びセバスチャンへ向き直った。


「それで、なんで俺を呼んだんだ?」


「一応、王都からの正式な使者らしいんでね」


 セバスチャンは肩を竦める。


「勝手に始末しちまうより、若様に聞いた方がいいかと思いまして」


「ふーん」


「どうします? 治癒魔法で癒して、王都へ送り返しますかい?」


 笑いながら聞いてくるあたり、セバスチャン自身もそんなつもりはないのだろう。


 ギルは椅子へ縛られた男を見た。


 指は折れ、顔は潰れ、歯も砕けている。治癒魔法を使えば、ある程度は戻せるかもしれない。だが、わざわざ魔力を使い、食料を持たせ、王都へ返す理由がない。


 戻したところで、また似たような書状を持って来るだけかもしれなかった。


「そんな手間かけんでいいだろ」


 ギルは書状を畳みながら、軽く言った。


「殺せ」


 椅子が床を擦った。


 縛られた男が身体を大きく捩り、縄を軋ませる。


「待て!」


 砕けた歯のせいで声は濁っていたが、先ほどよりも大きかった。


「正式な使者を殺すことは、王国法で禁じられている!」


 ギルは瞬きをした。


「そうなんか?」


 セバスチャンへ尋ねると、血を拭っていた手が止まる。


「一応、王家からの使者を害すると死刑のはずですぜ」


「へえ」


 知らなかった。


 正式な使者を殺せば死刑。


 王国に仕えている間なら、重い決まりだったのだろう。王家からの言葉を運ぶ者を守らなければ、命令そのものが届かなくなる。


 だが、今のギルには関係がない。


 マバール家は王国を離れた。王国法で死刑だと言われても、王国側にギルを捕らえ、裁く力はない。


 そもそも、その王家は今、北方諸国軍に王城を囲まれている。


「ふーん」


 ギルは書状をセバスチャンへ返した。


「まあ、もう関係ないだろ。殺せ」


「へいへい」


 セバスチャンは軽く答え、壁際へ立てかけてあった剣へ手を伸ばした。


 男が激しく暴れる。


「待て! 貴様、自分が何を――」


 言葉は最後まで続かなかった。


 剣が横へ走り、男の首を断った。


 椅子へ縛られた身体が一度大きく跳ねる。切り落とされた頭は床へ落ち、鈍い音を立てて転がった。遅れて首の切り口から血が溢れ、椅子の脚を濡らしながら石床へ広がっていく。


 部屋にいた兵たちは動じなかった。


 ギルも、落ちた頭を一度見ただけだった。


 男に根性があったことと、生かして帰すことは別だ。王都へ戻せば、こちらの様子を伝える。治癒魔法まで使ってやる価値もない。


 セバスチャンは剣についた血を振り落とし、布で拭いながら尋ねた。


「死体はどうします? 橋の近くにでも晒しますかい?」


 ギルは首のない身体を眺めた。


 王都からの使者を殺したと示せば、こちらが王家の命令を拒絶したことは分かりやすい。だが、わざわざ運び出して晒し、見張らせるのも面倒だった。


「そこまでしなくていいだろ。めんどくさいし」


「そうですな」


 セバスチャンはあっさり頷き、控えていた兵たちへ顎を向ける。


「片づけとけ」


「はっ」


 二人の兵が動いた。


 一人が床へ落ちた頭を拾い、もう一人が椅子の縄を切る。支えを失った身体が重く傾き、血で濡れた床へ崩れ落ちた。


 兵たちは慣れた手つきで死体を持ち上げ、小部屋の外へ運んでいく。


 扉が開いた時、地下の冷たい空気が流れ込んだ。血の臭いが少し薄まり、廊下の奥へ遠ざかる足音だけが残る。


 ギルは空になった椅子へ目を向けた。


 王城は北方諸国軍に囲まれている。


 地方の貴族たちも、すぐに王都へ集まっている様子はない。それなのに、王都から送られてきたのは援軍を求める書状でも、協力を申し出る書状でもなかった。


 爵位を剥奪する。


 領地を返せ。


 王家へ従え。


 すでに帝国貴族となったマバール家へ、そんな命令を持たせて正式な使者を送り出した。


 命令を出せば従うと、まだ本気で思っているのだろうか。


 ギルは床に残った血を見ながら、小さく息を吐いた。


 王都はやばそうだなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
王都には戦術級の貴族当主たちと、それを束ねる王家が居るんだから兵数の差が決定的な戦力の差ではないヨネ
鬱陶しいな→「山賊が間違えて王都城壁を爆破したらしいぞw」にならんかな
王都の包囲前に出た使者か、包囲後に出た使者かである程度意味合いが変わる気がするけどな。 包囲前なら、まあある程度正道な言い分だけど、包囲後だったらむしろすごい。 どちらにしろ、ズレてはいるんだろうけど…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ