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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第十二話 自由にさせよ


 夜の城は、昼の城よりずっと静かで、ずっと不気味だった。


 人の数が減るからではない。減ってはいる。だが、広い石造りの城が本当に人を失うことはない。どこかで衛兵が立ち、どこかで下働きが動き、どこかで夜番の者が火を見張っている。昼間の喧噪が沈んだ分だけ、逆に、見えないところで動いている者たちの存在がはっきりと感じられるのだ。


 城の奥、普段は使われることのない小部屋へ続く廊下は、なおさらそうだった。


 窓は狭く、月明かりはほとんど入らない。一定の間隔で掛けられた燭台が、湿り気を吸った石壁を鈍く照らし、床へ細長い影を落としている。足音を立てぬように敷かれた厚手の敷物は、かえって踏み締める者に不安を与えた。静かすぎるのだ。そこを歩くと、自分だけが何か後ろ暗い目的を持っているような気になる。


 文官筆頭の補佐を務める中年男は、その夜もあまり気分のいいものではないと思いながら、秘密の部屋の扉を押し開けた。


 中にはすでに数人が集まっていた。


 武官系の上層部が二人、文官系が自分を含めて二人、メイド長、そして部屋の隅、椅子をひとつ占領するような格好で、見たくもない顔がいた。


 セバスチャンである。


 傷だらけの顔を半ば伏せ、椅子の背へ上体を預けるようにして座っていた。腕を組み、脚は投げ出してはいない。だが、その姿勢には緊張感というものが欠片もなく、しかも目まで閉じていた。


 眠っている。


 どう見ても。


 この男は、秘密会議の場で堂々と居眠りをしていた。


 文官は思わず眉を寄せた。


 何度見ても、慣れない。


 というより、慣れるべきものでもない。


 仮にも当主と上層部が集まる場である。しかも今夜は諜報の報せがあり、急ぎで招集がかけられている。そこへやってきて、着席したかと思えば居眠りだ。無礼という言葉で済ませるには、少々度が過ぎている。


「……相変わらずだな」


 思わず漏れた声に、隣に立っていた武官が小さく笑った。


「眠れる時に眠るのは正しいことですからな」


 その言い方に、文官は顔をしかめる。


「今が眠れる時なんですか?」


「少なくとも、会議が始まるまではな」


 武官は肩を竦めた。年の頃は五十に届くかどうか。頬に古い傷のある男で、国境寄りの砦を長く見てきた人物だ。セバスチャンと同じ匂いがするとまでは言わないが、戦場の現実に毒されているところがある。


「始まれば起きる。それで十分でしょう」


「十分、とは思えませんが」


「戦場帰りの男に、夜の会議でしゃんとしていろと言う方が酷というものです」


 その言葉に、もう一人の武官も苦笑を浮かべた。


 文官は、そこで返す言葉を少し失った。


 そういう理屈で来られると、完全に間違いとも言い切れないのが腹立たしい。しかも武官系の連中は、どうやら本当に慣れているらしい。セバスチャンがこういう場で目を閉じていても、さほど問題と思っていないのだ。


 実際、彼らの中には、息子や孫をセバスチャンへ預けて鍛えさせた者もいる。そういう者にとって、この老騎士の無礼と実績は、もう切り離せないものなのだろう。


「だが」


 文官は声を潜めた。


「今夜は話が違います。諜報長が動いておられる。辺境の一戦で済む話ではないのでしょう」


 武官は一度だけ目を細めた。


「だからこそ、眠れる時に眠るのです」


 淡々と返す。


「大きな報せというものは、聞くだけで終わることがない。聞いた後に何が起きるか分からん以上、体力はあって損がない」


 戦場の理屈だ、と文官は思った。


 机の前に座って計算する人間の理屈ではない。だが、今夜これから話し合われることが、どうやら机の上だけでは済まないらしい、という予感もまた強まった。


 部屋の中には、灯りの熱と、わずかな緊張の匂いが溜まっていた。


 メイド長は壁際で静かに控えている。姿勢はいつも通りに美しいが、その横顔は少し硬い。女だからといって、この場で飾りの役を与えられているわけではない。むしろ彼女は、城の奥を回す者として、男たちよりよほど多くの秘密を知っている。


 そこへ、扉の向こうで足音が止まった。


 短く、確かな足取りだ。


 全員の視線がそちらへ向く。


 扉が開き、ガルシア・マバールが入ってきた。


 かなり遅れての登場だった。


 だが、誰もそのことを口にしない。


 当たり前だ。


 貴族当主であるガルシアが、部下へ詫びることはない。遅れたとしても、それは遅れた側の都合であり、待つ側が合わせるべきものとされる。それが家の中であれば、なおさらだった。


 ガルシアは部屋に入ると、一同を軽く見渡した。


 その一瞥だけで、部屋の空気がさらに引き締まる。椅子に沈んでいたセバスチャンでさえ、いつの間にか目を開けていた。


 ガルシアの後ろから、もう一人の男が静かに入ってくる。


 痩せている。


 背は高くも低くもない。派手な衣服も、目立つ装飾もない。年齢も、一見しただけでは分かりにくい。髪は整えられているが、兵士のような鋭さも、文官のような柔らかさもない。人目に残らぬ顔を意図して作ったような、曖昧な印象の男だった。


 諜報機関の長である。


 その男は、ガルシアが上座に座るのを待ってから、静かに口を開いた。


「帝国皇帝が死去した可能性が高い」


 部屋の空気が変わった。


 誰かが息を呑む音はしなかった。そういう場ではない。だが、沈黙の質が変わる。ひとつの言葉が置かれたことで、それまで漂っていた不確かな緊張が、はっきりとした重さを持った。


 その最初の反応は、意外にもセバスチャンだった。


「ふむ」


 傷だらけの老騎士は、顎をわずかに撫でる。


「どうりで鈍かったな」


 独り言のような声音だった。


 だが、静かな部屋ではよく通る。


 文官は眉を寄せた。


「鈍かった、とは何の話だ」


 セバスチャンは視線だけを向けた。


「帝国騎士どもの動きです」


「最近の越境先でか」


「ええ」


 短く答える。


「いつもなら、もう少し鼻が利く。動きも早い。今回のはどうも全体に鈍かった」


 その言い方は、皇帝の死を悼むものではない。あくまで現場の異変に、ひとつ筋の通る理由が与えられたという程度の反応だ。だが、それがかえって戦場の男らしかった。


 文官系のもう一人が、すぐに口を開いた。


「その情報は確かなのか?」


 視線は諜報長へ向いている。


 武官の一人も、やや身を乗り出した。


「確かに最近は国境が奇妙だった。小競り合いはあっても、報復の返しが妙に遅い。砦の兵の入れ替わりも鈍い。あれが皇帝の死と関わるのか」


 諜報長は、誰の顔も長くは見なかった。


「断定はまだ避けるべきでしょう」


 声は平坦だ。


「ただ、少なくとも寿命はそう長くはない。そう考えて良いと判断しております」


「死去した可能性が高い、と言ったではないか」


 文官が食い下がる。


「可能性は高い」


 諜報長は淡々と繰り返す。


「しかし、帝都の中枢から明確な死亡通知はまだ掴めておりません。外へ出ている情報と、国境の動揺と、帝都周辺で起きている人の流れを合わせれば、その結論が最も自然だということです」


「皇帝の容態は以前から悪かった」


 武官の一人が低く言う。


「死んでも不思議ではないが、問題はその後だ」


「帝国の内輪揉めが始まるかもしれん」


 もう一人の武官が続けた。


「いや、もう始まっていると考えるべきか」


「だからこそ情報の確度が――」


 文官の声に、今度は武官の方が眉を動かす。


「確度ばかり気にしていては動けん」


「不確かな情報で動けば、余計な火種を増やす」


「火種は既に向こうにある」


「それがこちらへ飛ぶかどうかを見極めるのが――」


 議論が始まりかけた、その時だった。


 ガルシアが軽く手を上げた。


 それだけで、全員が口を閉じる。


 派手な動作ではない。声を荒げたわけでもない。だが、それで十分だった。誰がこの場の中心か、誰が最後に決めるのか、全員が知っているからだ。


 ガルシアは少しだけ視線をずらし、セバスチャンを見た。


「セバスチャン」


「はっ」


「ギルバートはどうだ?」


 帝国のことではなかった。


 帝国皇帝の死去より先に、ガルシアはギルのことを問うた。


 その判断に、文官の胸中で一瞬だけ驚きが走る。


 だが、同時に納得もある。


 帝国の皇帝が死のうが死ぬまいが、今夜ここで最優先されるべきは、マバール家にとっての利益と脅威だ。そして、その両方を兼ねうる存在が、今やガルシアの三男であることを、誰もが分かっていた。


 セバスチャンは一切迷わず答えた。


「村を十一、焼き払い、財貨は私が奪いました」


 堂々としている。


 言い方にも、態度にも、ためらいがない。


 それが余計に、報告の内容を生々しくした。


 ガルシアは満足そうに頷いた。


「うむ」


 その一言に、武官系の一人が口元をゆるめる。


「初陣で十一か」


 感嘆と、少しの興奮が混ざった声だった。


「村の規模にもよるが、一千人は倒しておるな」


 数字にすると途端に重くなる。


 文官は無意識に喉を鳴らした。


 一千。


 もちろん正確な数ではない。村人の数など、焼いた後に数えるものでもない。だが、辺境の小村とその周辺人口を考えれば、決して荒唐無稽な数字ではなかった。


 セバスチャンはそこで、にやりと笑った。


「骨も残らぬほどに」


 その言い方に、文官系の二人はほとんど同時に眉をひそめた。


 嫌悪というほど露骨ではない。だが、確実に引いた。


 やはりこの男はどこか壊れている、と文官は思う。


 だが、ガルシアはその反応を横目に一度だけ見ただけだった。咎めはしない。むしろ、今この場においては、武官の論理を優先して聞いているように見える。


「武官として育てるべきか」


 ガルシアが問う。


 今度は全員に向けてだ。


 部屋の空気がまた変わる。


 それはもう、漠然とした評価の話ではない。ギルバート・マバールを、今後どういう人材として扱うかという、家の方針そのものに関わる問いだった。


 武官系の上層部は、ほとんど反射のように頷いた。


「異論ありません」


「素質は明らかです」


「魔力強度、出力、戦場への適応。どれを取っても優れております」


 言葉に熱がある。


 それも当然だろう。初陣で村を十一焼き、しかもそれを大きな心理的動揺もなくやり遂げたとなれば、武の側から見れば逸材以外の何物でもない。


 だが、文官系はすぐに反対へ回った。


「惜しい」


 文官筆頭補佐の男は、言葉を選びながら口を開く。


「それは分かります。武の才能があることは疑わない。だが、ギルバート様はこれまでマバール家に有用な産業をいくつも生み出しておられる」


 蜘蛛の糸。


 炭。


 食の改良。


 細かな工夫の数々。


 そのどれもが単独では奇妙な発想に過ぎないが、積み上がれば領地の富となる。文官たちから見れば、ギルの異常さは戦場よりむしろそちらにある。


「戦場へばかり出せば、あの種の才能は失われるやもしれませぬ」


「むしろ広がるかもしれん」


 武官が即座に返した。


「戦を知れば、兵と物の流れも知る」


「知った結果、壊れる可能性もある」


「壊れるような男には見えんが」


「見えんからこそ言う」


 空気が再び硬くなりかけた。


 ガルシアはその前に、視線をセバスチャンへ戻した。


「どう思う?」


 老騎士は少しだけ首を傾げた。


 そして、言った。


「無辜の民人を殺しても、全く気に病む様子はありませんでした」


 文官の胸に、冷たいものが一瞬走る。


 言葉そのものは予想の範囲にあった。だが、あまりにも平然と、しかも賞賛に近い調子で述べられたことが気にかかった。


「むしろ、まだ足りぬようで」


 続く一言に、部屋全体がざわつく。


 武官ですら、一瞬だけ沈黙した。


「武人としての素質に疑いはありませんな」


 セバスチャンの声音には、本物の賞賛があった。


 それが余計に、場を揺らした。


 ガルシアの表情にも、ごく僅かな変化が走る。驚きだ。完全には隠れていない。セバスチャンがここまで明確に、しかも惜しみなく誰かを褒めることはほとんどない。


 だからこそ、その言葉の重さは、全員に分かった。


 だが、セバスチャンはそこで終わらなかった。


「ですが」


 その一言で、ざわめきが少し引く。


「奇妙なことを気にする性質も見られます」


 今度は少し、考えるような口調だった。


「村人の暮らし。どのような家畜を育てているのか。家はどのように建てられているのか。どのような貨幣を使い、どのように暮らしているのか」


 文官は、そこで初めて少しだけ前のめりになった。


 武官たちも、露骨に眉を動かす。


「まるで学者のようです」


 セバスチャンは淡々と言った。


 それは、別の褒め方だった。


 単に村を焼いて終わるのではなく、焼いた後に残骸を見て、建てられた年数を見積もり、貨幣を気にし、家畜の質を覚えている。普通の武人なら鼻で笑って通り過ぎるようなことに、ギルは妙な執着を見せたらしい。


 ガルシアは黙ってそれを聞いていた。


 文官系上層部の一人が、思わず口を挟む。


「その点です」


 声が少し強くなる。


「その奇妙さこそ、武だけで潰すべきではない理由でしょう。ギルバート様は、見たものをそのまま通り過ぎぬ。戦場へ出しても村の構造や暮らしを気にするような方なら、むしろ統治や産業の方で――」


「村を十一焼きながら、ですぞ」


 武官が低く返す。


 文官は口を閉じた。


 それもまた事実だ。


 人を焼き、家を焼き、財貨を奪い、その上でなお村の暮らしに目が向く。それは単に文官向きというだけでは片付けられない。別の種類の異常さだった。


 ガルシアが言う。


「どちらが向く?」


 問いは短い。


 セバスチャンは一度だけ鼻で息を抜いた。


「どちらでも、ひとかどの人物になるでしょうな」


 ぽかん、と空気が止まった。


 大げさではなく、本当にその場の誰もが一瞬だけ反応を失った。


 セバスチャンがここまで褒めたことなど、一度もない。


 少なくとも、この部屋にいる者たちの多くは見たことがない。


 武官であれ、文官であれ、セバスチャンの口から人材評価を引き出しても、「まあ使えますな」だの「死なない程度には」だの、そういうひねくれた物言いしか返ってこなかった。だが今のは違う。


 どちらでも、ひとかど。


 しかも、言葉の調子に皮肉がない。


 本気だ。


 本気でそう見ている。


 その事実が、文官の背筋にぞくりとしたものを走らせた。


 ガルシアは、しばらく黙っていた。


 その沈黙は、戸惑いではなく、整理のためのものに見えた。


 やがて彼は、視線をメイド長へ向ける。


「ギルバートはどうしている?」


 その問いに、メイド長は一切ためらわなかった。


「自室で、レティシアを貪るように抱いております」


 淡々とした答えだった。


 まるで今夜の献立か帳簿の確認でもしているような落ち着きで、かなり生々しい報告を口にする。その声音の平坦さが、かえって内容の熱を際立たせた。


 そして、その答えを聞いて、セバスチャンが満面の笑みで頷いた。


 文官は、その反応にほとんど本気で嫌な顔をしかけた。


 ガルシアは表情を変えない。


 だが、メイド長の報告を特に咎めもしなかった。内容に驚いていないのか、あるいは想定の範囲なのか。そのどちらにせよ、辺境伯家の夜の事情は想像以上に冷静に管理されているらしい。


 セバスチャンは、そのまま言った。


「放っておくのが一番でしょうな、若様は」


 部屋の空気がまた動く。


「若様は自由に動く」


 傷だらけの老騎士は、楽しそうですらあった。


「それを御家のために利用するのが、一番かと」


 進言である。


 しかも、かなりはっきりした方針の提示だった。


 武官系上層部も、文官系上層部も、揃って苦い顔をした。


 ギルに苦労させられていない者は、この場にいない。


 武官は武官で、規格外の魔力量と衝動的な発想に振り回される可能性を知っている。文官は文官で、思いつきで産業を生み出し、同時に面倒な火種を持ち込む性質を知っている。


 突拍子もない。


 予測しにくい。


 だが、結果だけは出す。


 そういう人間を「自由にさせる」のは、管理する側から見ればひどく厄介だ。


 それでもなお、セバスチャンはそう言う。


 管理しようとせず、利用せよ、と。


 メイド長がそこで、もう一つ付け加えた。


「子は期待できます」


 部屋が静かになる。


 今度の沈黙は、先ほどまでと少し質が違った。


 血統の話だ。


 魔力持ちの子を成せるかどうか。それは辺境伯家の未来に直結する。


 レティシアは騎士家の娘であり、確率は決して高くない。だがゼロではない。しかも、ギルがあれほど執着し、本人も受け入れているなら、機会は十分にあると見るべきだろう。


 ガルシアは、ゆっくりと全員を見渡した。


 武官。


 文官。


 メイド長。


 諜報長。


 セバスチャン。


 そして、誰もいないはずの場所に、まるで今ここにいない息子の姿でも見ているような目つきになって、一度だけ目を細めた。


「ギルバートは、自由にさせよ」


 それが決定だった。


 短い。


 だが、覆らない。


 文官は思わず口を開きかけた。条件をつけるべきではないか、最低限の監督を、報告義務を、と思った。武官の側にも、訓練の段階をもっと踏むべきだという考えはあったかもしれない。


 だが、ガルシアは続けなかった。


 自由にさせよ。


 その一言で終わりだった。


 セバスチャンはその決定を聞くと、満足そうでもあり、当然でもあるという顔をした。


 ガルシアがそのまま視線を向ける。


「セバスチャン」


「はっ」


「ご苦労だったな。下がってよい」


 それだけ言われて、セバスチャンはすぐに立ち上がった。


「ありがたく」


 軽く一礼する。


 そこで下がらされるということは、この後の話し合いは帝国対策になるのだろう。皇帝死去の可能性が高い以上、辺境伯家として備えるべきことは多い。兵の配置、物資、寄親寄子への通達、周辺貴族との連携、あるいは逆に何もしないという選択肢まで含めて、議論は長くなるはずだ。


 セバスチャンにとって、それは自分が主役の場ではない。


 彼はそれを理解していた。


 扉の方へ向かう。


 背中に議論の気配を感じる。まだ扉は閉まっていない。文官が何かを言いかけ、武官が低く返し、諜報長が静かに補足する。ガルシアはその中心で、必要なものだけを聞き、不要なものは切り捨てていくのだろう。


 セバスチャンは廊下へ出た。


 扉が閉まる。


 そこでようやく、口元が少しだけ歪んだ。


 若様を帝国に放てば、全て喰らうかもしれんな。


 そんな考えが、ふと浮かぶ。


 村を焼いた時の出力。躊躇いの薄さ。しかも、それでいて村の暮らしや貨幣を妙に気にする頭の働き。あれを帝国の混乱へ投げ込めば、どうなるか。


 貴族を焼き、村を焼き、町を乱し、何かを作りながら壊していくかもしれない。


 そういう光景が、一瞬だけ、妙に鮮明に脳裏をよぎった。


 だが。


 いくらなんでも、それはないか。


 セバスチャンは小さく首を振った。


 若様はまだ若い。


 牙は鋭いが、まだどこまで伸びるか分からない。喰らうといっても、帝国は広い。そう簡単に丸呑みできるほど、世の中は単純ではない。


 それでも。


 放り込みたくなる気持ちは、少しだけある。


 老騎士は、自分でもそれを面白がっているような苦笑を浮かべたまま、夜の城の廊下をゆっくりと歩いていった。

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