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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第十一話 余熱


 気がつくと、部屋の中は橙色に染まっていた。


 窓の外から差し込む光が、ゆっくりと傾きながら床を舐めている。長く伸びた影が、寝台の脚や椅子の足を歪ませていた。


 夕刻だった。


 ギルはしばらく、ぼんやりと天井を見上げたまま動かなかった。


 視界の端に、まだ熱の残る白いシーツと、乱れた布の重なりがある。それが現実であることを確認するように、指先だけを動かしてみる。


 確かな感触が返ってきた。


「あれ……?」


 ゆっくりと瞬きをする。


 確か、俺って夕刻に城に帰って来たよな?


 思考が、ゆっくりと形を取り始める。


 帰還したのは夕方だったはずだ。門をくぐり、セバスチャンと別れ、部屋に戻り、レティシアを呼びつけて。


 そこから。


 そこから先が、妙に曖昧だ。


 いや、曖昧というよりも、断片的にしか繋がらない。


 断片はある。


 いくつもある。


 それらは鮮明で、妙に生々しくて、だが時間の連続性を持たない。


 だから、分からなくなる。


 まだ、ほとんど時間が経ってないのだろうか?


 いや。


 そんなはずはない。


 だって。


 ギルはゆっくりと息を吐いた。


 少なくとも十回以上は、色々ぶっ放した感覚がある。


 曖昧な言い方だが、それ以上でもそれ以下でもない。


 数えようと思えば数えられたかもしれない。だが、途中からそんな余裕はなかった。回数を意識するよりも、ただ目の前の熱と柔らかさと、受け止めてくれる存在に全てを預ける方が優先された。


 それでも、身体の奥に残る感覚が、繰り返しの数をぼんやりと教えてくる。


 まあ、俺がとんでもない早打ちだって可能性もあるけど。


 そこまで考えて、口元が少しだけ緩んだ。


 うん、まあ、ちょっと早いとの自覚はある。


 完全に否定はできない。


 だが、それで困ったことは今のところ一つもない。


 レティシアは嫌がっていないし、むしろ――


 ギルは、ゆっくりと首を横へ向けた。


 寝台の中央、少し自分より下の位置に、レティシアが横たわっている。


 ――喜んでいる、ように見えた。


 少なくとも、拒絶はされていない。


 むしろ、受け入れられているという実感は、何度もあった。


 なら。


 むしろ貴族の男としては、早打ちは正しいはずだ。


 たぶん。


 誰かに確認したわけではないが、子を成すことが重要視される以上、回数を重ねることは間違いではないだろう。効率の問題としても、機会は多い方がいい。


 そういう意味では、早さもまた一つの適性なのかもしれない。


 たぶん。


 ギルは上半身を起こした。


 視線が、自然とレティシアへ落ちる。


 ベッドの上で、レティシアはぐったりとしていた。


 髪は乱れ、額には薄く汗が滲んでいる。頬はまだ熱を残したまま赤く、唇は少しだけ開いていた。呼吸は規則的だが、深く、沈み込むようなものだ。


 身体のあちこちに、乱れた痕跡が残っている。


 シーツの上にも、布にも、肌にも。


 言葉にするのは野暮だが、確かにそこには、色々なものが残っていた。


 レティシアは完全に眠っている。


 いや。


 ここは素直に認めよう。


 完全に失神してる。


 その結論に至ったところで、ギルは小さく息を吐いた。


 つまり。


 俺は丸一日、レティシアを堪能してしまったのか。


 思考としてまとめると、なかなかにどうかしている。


 だが、否定できる材料がない。


 身体の疲労と満足感、そして外の光の傾きが、その結論を裏付けている。


 うーむ。


 旅先で、俺の欲望の全てをレティシアに向けては大変だとか思ったような気がするが。


 本当に大変になってしまった。


 あの時は、まだ余裕があった。


 距離があったからだ。


 実際に目の前にいないから、想像で済んでいた。


 だが、今は違う。


 目の前にいる。


 触れられる。


 応えてくれる。


 それだけで、理性の歯止めは驚くほど簡単に外れた。


「……すまん、レティシア」


 小さく呟く。


「ありがとう、レティシア」


 そのまま、ぐったりしている彼女に向かって、軽く頭を下げる。


 最大限の敬意を表したつもりだ。


 これだけ受け入れてくれる存在に対して、それくらいはしてもいいだろう。


 しばらく、そのままレティシアを見ていた。


 動かない。


 当然だ。


 だが、呼吸はある。


 胸がゆっくりと上下しているのを見て、少しだけ安心する。


 とりあえず。


 風呂にでも入るか。


 自分の身体を見下ろす。


 さすがにこのままでは、色々とよろしくない。


 いくらレティシアでも、これ以上は受け入れられないだろうし。


 それに、落ち着く必要もある。


 このまままた触れれば、たぶん同じことを繰り返す。


 それは、さすがにどうかと思う。


 ギルはゆっくりと立ち上がり、レティシアにそっと毛布をかけた。


 乱れた布を整えるように、軽く手を動かす。


 起こさないように、できるだけ静かに。


 それから、部屋を出た。


 扉を開けると、そこには一人のメイドが立っていた。


 壁際に控えるようにして、姿勢を正している。


 たぶん、心配してくれたのだろう。


 たぶん、レティシアのことを。


 そのメイドの顔は、真っ赤になっていた。


 目線を合わせようとしない。


 少しだけ俯きながら、だが逃げることもなくそこに立っている。


 ギルは一瞬だけ状況を理解し、そしてすぐに別の理解へと至った。


 あー。


 聞こえていたか?


 口に出してみた。


「聞こえていたか?」


 メイドは何も答えない。


 ただ、そっと頭を下げた。


 否定はしない。


 肯定もしない。


 だが、その反応は十分すぎるほど分かりやすかった。


 うん、聞こえてたね。


 ギルは小さく息を吐いた。


 まあ、仕方がない。


 あの状態で、あの距離で、あの時間だ。


 聞こえない方がおかしい。


「あー、レティシアは今、疲れて眠っている」


 言葉を選びながら言う。


「起きてくるまで、そっとしておいてやれ」


 メイドはすぐに頷いた。


「はい」


「いくら同性でも、今の姿はレティシアも見られたくないだろう」


 その一言で、メイドの頬がさらに赤くなった。


 だが、しっかりと頭を下げる。


「承知いたしました」


 よし。


 これでいいだろう。


 ギルはそのまま廊下を歩き出した。


 風呂に入ろう。


 そう決めていると、自然と足はそちらへ向かう。


 途中で別のメイドが気づき、慌てて近づいてきた。


「若様、浴場へご案内いたします」


 ああ、やっぱりそうなるよな。


 別に案内なんかなくても風呂場の場所は知ってる。


 知ってるんだけど。


 貴族の俺が一人でふらふら風呂に行くのは、なんか嫌がられるんだよな。


 たぶん、向こうの準備の都合とかと、貴族としての面子の問題なんだと思う。


 誰がどの順番で何を用意するか。


 どの湯をどの温度にするか。


 そういう段取りがあるのだろう。


 貴族ってこういう時ちょっと面倒だよな。


 ギルは内心でぼやきながら、メイドの後についていく。


 風呂場に着くと、すでに湯気が立ち上っていた。


 木の桶と石の浴槽。


 湯の匂いと、微かに香る薬草の気配。


 この世界では、風呂は珍しいものではない。


 それが、改めてありがたいと感じる。


 メイドが服を脱がせようと近づいてくる。


 ギルは軽く手で制した。


 あくまで軽くだ。


 あまり強くやると、メイドが気にやむからな。


「今日は一人でゆっくり入る」


「ですが――」


「世話は不要だ」


 はっきりと告げる。


 メイドは一瞬迷ったが、すぐに頭を下げた。


「承知いたしました」


 静かに下がっていく。


 その背中を見送りながら、ギルはゆっくりと息を吐いた。


 服を脱ぎ、湯へ足を入れる。


 そして。


「あゔぉぇー……」


 自分でもよく分からない声が出た。


 湯船に身体を沈める。


 熱が、じわりと広がる。


 筋肉の奥に残っていた疲労が、ゆっくりと溶けていく。


 この世界に転生して一番良かったのは、大貴族の気楽な三男坊として生まれたことだが。


 転生してこの世界で良かったことの中でも、風呂文化があったことはかなり上位に入る。


 この世界では、ごく一般的に風呂に入る文化がある。


 別に庶民の全ての家に風呂が完備されているわけではないが、ある程度の家なら普通に風呂があるし、公衆浴場もかなりの数が存在している。


 おそらくだが、これには魔法文化が影響していると思う。


 魔法があるこの世界では、風呂はそこまで高コストじゃない。


 攻撃魔法があれば焚き付けも簡単だし、肉体強化魔法があれば水汲みも楽勝だ。


 もっとも、風呂焚きで生活している魔力持ちがいるのかは知らんけど。


 ギルは湯の中で目を閉じた。


 前世のことを、ぼんやりと思い出す。


 ネアンデルタール人とホモサピエンス。


 そんな言葉が、ふと浮かんだ。


 ずっと小さい頃は、ネアンデルタール人は滅んで、ホモサピエンスだけになったと習ったような気がするが。


 確か途中で訂正されて、ネアンデルタール人は滅んだのではなく、ホモサピエンスと混ざった、という話になったような気がする。


 どっちがオスかメスか知らんが。


 つまり、相手に対してある程度は興奮したってことだろう。


 そこまで考えて、少しだけ苦笑する。


 俺はレティシア以外は知らんが。


 貴族や騎士などの魔力持ちが、魔力を持たない平民に興奮するのは、ごく普通にあることだ。


 たぶん、魔力を持たない平民が魔力持ちに対して興奮することもあるんだろう。


 俺には分からんが。


 つまり。


 魔力持ちと魔力を持たない者たちは、別種ではあっても、かなり近しい種族ってことだ。


 この世界で、いつから人は魔力を持ったのか。


 いくつかの説がある。


 一番広く信じられているのは、元々人は魔力を持っていた説だ。


 元々人は魔力を持っており、魔力を持たない者は劣化したと考える説。


 これは、貴族などの優生意識を満足させるので、かなり信じられている。


 要は、魔力持ちこそが真人類ってことだ。


 一方で、全く逆の考えもある。


 元々人は魔力を持たないのが普通で、魔力を持ったのは選ばれた者たちとの考えだ。


 こっちはこっちで、選民意識をくすぐるのか、貴族などにも信じる者は一定数いるが、どちらかと言えば庶民に信じられている説だ。


 この説のキモは、魔力を持たない者でも魔力を持つことができる、と解釈できるところだろう。


 正しい行いをしたり、特定の宗教を信じてたりすると、いずれ魔力に目覚めたり、魔力を持つ子が生まれたりすると考えられる。


 老化や、ある特定の病で魔力を失う例はあるが、これまで魔力に途中で目覚めた例は、ただ一例しか無い。


 とある宗教の教主様。


 だが、俺は信じてはいない。


 たぶん、病で魔力を失っていたのが、病が治って魔力が戻ったのだろう。


 別にそれなら他にも例がある。


 それだけのことなんだが、それを上手く利用して人々を騙くらかしたのは見事だと思う。


 そして、正しい行いなりなんなりで、魔力を持たない平民から魔力を持つ子が生まれる例は、ごくごく極めて稀だが実在はしている。


 確率もおそらく、0.01%とかだろうし、魔力も弱すぎてほとんど脅威にはならない。


 だから、ほぼ無視されている。


 前者が貴族的説で、後者が庶民的説といったところか。


 俺も貴族なので、真人類説派だな。


 別に優生学的な意識ではなく、単に感覚的にこっちのが正しいんだろうと感じるだけだ。


 おそらく、多くの貴族もなんとなくそれを感じているのだろう。


 魔法とは、感覚的に使うものだ。


 力を込めるように肉体強化魔法を使うし、耳を澄ますように感知魔法を使う。


 だが、感覚的に使うので、感知魔法を目を凝らすように使う者もいる。


 大雑把に感知魔法となるが、この両者は違う魔法になるだろう。


 効果がだいたい同じなら、同じ魔法として扱われるのだ。


 魔法を使う際に、呪文だの印だの魔法陣だのは必要無い。


 ただ、感覚的に使うだけだ。


 攻撃魔法。


 防御魔法。


 肉体強化魔法。


 感知魔法。


 治癒魔法。


 これらがだいたいの魔法なんだが、詳しく調べると全然違う魔法であることがよくある。


 攻撃魔法にしても、焼き払うものや吹き飛ばすものがあり。


 俺は前世の知識を利用して、一種の光線のような使い方もしたが。


 光線魔法とは呼ばれない。


 あくまで攻撃魔法の一種として扱われる。


 ちょっと残念だ。


 名前をつけたかったのに。


 魔法を習得するには、魔力の流れと揺らぎを知る必要がある。


 相手に触れた状態で魔法を使ってもらい、それを感じて真似る。


 真似るのだが、全く同じにはならない。


 解釈が個人の感覚頼りになるからだ。


 ある意味、野球の変化球に近いのかもしれない。


 同じ球種でも、投げる人によって違う。


 そんな感じだ。


 ……なんか色々考えてたら、のぼせてきたな。


「……上がろ」


 ギルはゆっくりと湯から出た。


 身体を拭き、簡単に服を整える。


 外で控えていたメイドがすぐに動いた。


「若様」


「熱めの湯を入れた桶と、清潔なタオルを十枚ほど、部屋に持って来てくれ」


 少し考えてから言う。


 メイドはすぐに頷いた。


「承知いたしました」


 レティシアは、たぶんまだ起きれないだろう。


 放っておくと、色々大変になってしまうだろうし。


 他のメイドに拭かれるより、俺に拭かれた方がレティシアも気楽だろう。


 たぶん。


 違うか?


 まあ、いいや。


 俺もやってみたいしな。


 そう思いながら、ギルは再び自室へと向かった。

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