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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百十九話 思ったより回らない城


 シルディア城の会議室らしき部屋は、まだ落ち着いた空気を取り戻していなかった。


 壁には古い織物が掛けられているが、端の方は外され、代わりにマバール家の兵が立っている。長机には傷がいくつも残り、椅子も揃いではない。元々この部屋でシルディア家の者たちが何を話していたのかは知らないが、今は占領した城の仮の会議室という雰囲気が強かった。


 俺は椅子に腰を下ろし、できるだけ平静な顔を保っていた。


 向かいには、マバール城から来た使者が立っている。若い騎士ではない。文官寄りの男だ。旅装の乱れは整えているが、目元に疲れが残っていた。ここまで急いで来たのだろう。背筋は伸びているものの、視線が時折こちらの左右へ泳ぐ。


 無理もない。


 同席しているのはマバール騎士団の上級騎士たちだ。城を落とした直後の会議室で、俺に父上からの指示を伝える。使者としては間違えてはいけない場面だ。しかも、こちらは今いろいろ上手く回っていない。露骨に不機嫌な顔をしていないだけ、俺はまだ優しい方だと思う。


 使者は一度深く頭を下げた。


「お館様は、しばらくギルバート様はシルディア城に待機せよとのことです。また、シルビア橋をくれぐれも奪い返されぬようにとのことです」


「うむ」


 短く答えた。


 それ自体は当然だ。


 シルビア橋とシルディア城。


 この二つをほぼ無傷で奪えた意味は大きい。橋は軍を通す。物資を通す。商人も平民も通す。城はそれを押さえるための拠点になる。ここを取っただけで終わりではない。むしろここからが面倒なのだと、この数日で嫌というほど分かった。


 分かってはいる。


 分かっているが、内心はあまり穏やかではない。


 最初に躓いたのは、使用人の補充だった。


 風呂に入った翌日、俺は残っている使用人たちへ人を紹介できないか声を掛けさせた。逃げた分をすぐに埋められるとは思っていなかったが、それでも何人かは来るだろうと考えていた。


 甘かった。


 そもそも、シルディア城で働ける平民は、元からシルディア城で働いていた者たちだったのだ。


 ある程度の礼儀を知っている。


 大まかな城内の配置を知っている。


 火や湯や食料の扱いを知っている。


 誰がどの部屋へ入っていいのか、どの時間に何をすればいいのか、それを身体で覚えている平民は、最初から限られていた。その限られた者たちが、城が落ちたことで逃げた。なら、新しく募集しても、そう簡単に補充できるはずがない。


 考えてみれば当たり前だ。


 だが、俺はそこを少し軽く見ていた。


 言い訳するなら、俺は貴族だ。


 貴族として平民と接する機会は多い。だが、それは平民の暮らしを深く知っているという意味ではない。マバール城下で俺がよく知る平民は、生産拠点の職人たちが中心だ。炭を焼く者、馬具を扱う者、試作品に頭を抱える者、蜘蛛の糸や織りに関わる者。彼らは俺の指示や思いつきに付き合う立場で、城に仕える使用人とはまた違う。


 ましてここはシルディア城だ。


 俺にとっては初めて来た土地であり、初めて押さえた城である。城下の平民が何を恐れ、誰を信じ、どこまでなら働く気になるのか。そんなものを、数日で理解できるはずがなかった。


 残った使用人たちに声を掛けさせても、ほとんど応じる者はいなかった。


 当然だろう。


 昨日までの主が負け、よそから来たマバール家が城を押さえている。そこで働きに来るというのは、城下の平民から見ればかなり勇気がいる。シルディア家に近い者からは裏切りに見えるかもしれないし、マバール家が本当にこの城を維持できるのかも分からない。王国側が取り返しに来るかもしれないと考えれば、城で働くなど危険そのものだ。


 もちろん、強引に働かせることはできる。


 城下から人を集め、命じればいい。平民は貴族の命令に逆らいにくいし、兵を出せば従う者も出るだろう。


 だが、それではあまり意味がない。


 嫌々連れてこられた者ばかりの城は、空気が悪くなる。物は消える。仕事は遅れる。噂は増える。毒や放火まではいかなくても、面倒の種はいくらでも生まれる。


 結局、今は結婚や出産などで退いた元使用人たちを中心に、改めて声を掛けている。


 それでも反応は芳しくない。


 まあ、当然だけどな。


 俺は膝の上で指を組み、顔には出さないように息を整えた。


 使者は俺の返答を待っている。上級騎士たちも静かに座っていた。彼らは使用人不足の件を知っている。城を守る側からすれば、湯や食事や寝具が滞ることも無視できない問題だからだ。


「父上の御指示は承知した。シルビア橋とシルディア城は、引き続きこちらで押さえる」


「はっ」


 使者が頭を下げる。


 その声に安堵が少し混じったように聞こえた。


 俺は椅子の背へ深く身体を預けたいのを堪え、机の上へ視線を落とした。置かれている地図には、シルビア河と橋、城下、周辺の街道が簡単に記されている。紙面の上では一本の橋に過ぎない。だが、現実ではその一本を動かすために、人も金も神経も必要になる。


 勝つのは簡単ではない。


 だが、勝ったあとには別の面倒さがある。


 俺は今、その面倒さを少しずつ味わっていた。


 静かな会議室で、使者は一度姿勢を正した。


「それと、現在の状況についてもお伝えいたします」


「聞こう」


 俺が促すと、使者は机へ広げられた地図へ一瞬だけ目を落とした。


「橋の通行量ですが……激減しております」


 その言葉に、俺は表情を変えなかった。


 橋の警備に向かわせたセバスチャンからも、すでに同じ報告は受けている。


「予想通りだな」


 小さく呟く。


 数日前、この橋では激しい戦闘があった。


 剣が振るわれ、魔法が炸裂し、多くの兵が倒れた。


 そんな場所を、好き好んで渡る平民はいない。


 荷を運ぶ商人だって同じだ。


 命より荷が大事な人間などそうはいない。


 橋が無事だからといって、人の心まで元通りになるわけではない。


「まぁ、当然といえば当然だな」


 俺は腕を組んだ。


 それに。


 ここはもう王国内の安全な街道ではない。


 今、この場所は王国と帝国の国境最前線だ。


 地図の上では一本の橋。


 だが平民から見れば、戦場そのものだろう。


 王国軍が来るかもしれない。


 橋が落ちるかもしれない。


 巻き込まれるかもしれない。


 そう思えば避けるのは自然だった。


「平民はビビるわな」


 思わず苦笑する。


 もちろん悪いことばかりではない。


 人が減れば、密偵も紛れ込みにくい。


 橋を監視する兵の負担も多少は減る。


 だが、それで税が入らなくなっては意味がない。


 橋は人が渡って初めて価値を生む。


 空いている橋など、ただの大きな石の塊だ。


 考えることが一つ増えたな。


「父上の様子は?」


 俺が尋ねると使者はすぐに答えた。


「お館様は現在も城より各地へ指示を送っておられます」


 やっぱり休んではいないか。


 橋を押さえたとはいえ、ここで終わる話ではない。


 兵站。


 徴発。


 各領との連絡。


 各騎士たちへの命令。


 父上の仕事はむしろ増えているだろう。


「兄上たちは? ダル兄さんはもう戻ったのか?」


「いえ」


 使者は首を横へ振った。


「ダルメシアン様は、まだ帝都におられます」


 帝都。


 新皇帝の戴冠。


 帝国貴族との顔合わせ。


 新たな帝国貴族としての交渉。


 考えるまでもない。


「まあ、当然か」


 今のダル兄さんには、あちらでしか出来ない仕事がある。


 武力ではなく外交。


 父上とも俺とも違う役目だ。


 使者は続けた。


「アルディス様は現在、シルビア河以東に残る国内貴族との交渉を進めておられます」


「ふむ」


 なるほど。


 敵味方の炙り出しか。


 降る者。


 様子を見る者。


 まだ王国へ未練を残す者。


 今のうちに仕分けておかなければ、後で面倒になる。


 アル兄さん向きの仕事だ。


 しばらく沈黙が流れたあと、使者は少しだけ声を落とした。


「もう一点ございます」


「何だ?」


「降伏したシルディア家の方々ですが、帰還時にマバール城へ連れ帰る予定です。それでよろしいでしょうか」


「ああ、任せる」


 その返事に迷いはなかった。


 ここへ置いておく理由はない。


 正直、城や橋を守るにも邪魔になる。


 使者はもう一度頭を下げた。


「それと、可能でしたら……ギルバート様に魔力封印をお願いしたく」


「分かった」


 短く頷く。


 貴族を移送するなら当然だ。


 封印せず護送する方が危険である。


 話を聞きながら、俺の頭では別のことも動いていた。


 書庫で見つけた、シルディア家の家系図。


 あれをどうするか。


 父上へ渡すか。


 う〜ん。


 父上なら焼きはしない、と思う。


 だが、大事に読むとも思えない。


 マバール城の書庫へ入れられ、そのまま忘れられる可能性が高い。


 ……それも惜しいな


 心の中だけで呟く。


 あの家系図は、シルディア家そのものだ。


 橋の歴史も。


 当主たちの積み重ねも。


 全部あそこへ残っている。


 ふむ、俺が持っておくか。


 シルディア家の赤子が無事育ち、将来きちんとマバール家へ忠誠を誓うなら、その時返してやればいい。


 それまでは俺が預かる。


 そのくらいがちょうどいい気がした。


 考えがまとまったところで、使者が立ち上がる。


「それでは失礼いたします」


「ああ」


 俺も軽く頷いた。


「ご苦労だった。今夜はゆっくり休め」


「ありがとうございます」


 使者は深く一礼し、静かに会議室を後にした。


 使者の足音が廊下の奥へ消えると、会議室の空気が少しだけ緩んだ。


 部屋には俺と上級騎士たちだけが残る。


 先ほどまで報告の場だった長机も、今は少し静かだった。


 その沈黙を破ったのは、向かいに座っていた上級騎士だった。


「しばらくは待機ですな」


「ああ」


 俺は頷いた。


 橋を奪ったから終わりではない。


 守って初めて意味がある。


 王国がマバール領を攻めようとするなら、真っ先に狙われるのはここだ。


 だから父上も俺を動かさない。


 当然の判断だった。


 別の上級騎士が口を開く。


「準備が整えば、平民兵も順次こちらへ送られて来るでしょう」


「そうだな」


 今いる兵だけでは足りない。


 橋。


 城。


 城下。


 街道。


 全部へ兵を置くには人数が必要だった。


 それまでは今いる者たちで持ちこたえるしかない。


 俺は部屋を見回した。


 戦場を潜り抜けてきた騎士たちの鎧には細かな傷が残っている。


 疲れているはずだ。


 それでも誰一人として弱音は吐かない。


「それまでは大変だが頼むぞ」


 俺が言うと、全員が揃って姿勢を正した。


「はっ、お任せください」


 短い返事だった。


 だが、それだけで十分だった。


 この連中は言葉より結果で示す。


 だから安心して任せられる。


 しばらく作戦や橋の警備について簡単な確認を終えると、上級騎士たちも順番に部屋を出て行った。


 扉が閉まる。


 ようやく本当に一人になった。


「ふぅ……」


 椅子へ深く身体を預ける。


 誰もいないのを確認してから、ようやく肩の力を抜いた。


 天井を見上げる。


 梁には古い木材が使われ、窓から差し込む夕日が石壁を橙色へ染め始めていた。


 数日前まで敵の城だった場所だ。


 それなのに、こうして座っていると少しずつ慣れてくる。


 人間って案外適応するもんだな。


 そんなことを思いながら、ぼんやり天井を眺める。


 仕事はまだ山ほどある。


 橋の管理。


 城の修繕。


 使用人不足。


 平民兵の受け入れ。


 城下との関係。


 考えることばかりだ。


 そして、ふと思う。


 レティシアは呼べないよな。


 ここは最前線だ。


 いくらレティシアでも連れて来る場所じゃない。


 ダリアは論外だ。


 妊娠中なのだから動かせるはずもない。


 リエリエールもまだ魔力封印中。


 わざわざ危険な場所へ呼ぶ理由がない。


「仕方ないか」


 誰へ言うでもなく呟く。


 だが、その直後。


「……いや」


 苦笑が漏れた。


「こんな時に考えることじゃないんだが」


 正直なところ。


 シルディア城には好みの女がいない。


 思い返せば、最初に風呂へ案内してくれた使用人。


 あとで残った使用人たちの話を聞く限り、どうやらあの娘がこの城で一番の美人だったらしい。


 顔立ちは確かに整っていた。


 緊張しながら案内する姿も悪くなかった。


 だが。


「惜しかったんだよなぁ」


 思わず笑ってしまう。


 顔は好みだった。


 ただ、胸と尻が少し物足りなかった。


 あれがもう少し俺好みなら、あの場で考えも変わっていたかもしれない。


 いや。


 たぶん変わらないか。


 あの時は仕事の方が優先だった。


 結局、抱かなかっただろう。


「しかし」


 腕を組み直す。


「改めて考えると」


 マバール城の使用人たち。


 あいつら、かなり美人揃いだったんだな。


 普段見慣れていたから気にもしていなかった。


 だが他所へ来て初めて分かる。


 顔立ち。


 体つき。


 立ち居振る舞い。


 あれだけ揃っている城も珍しいのかもしれない。


「父上の趣味……じゃないよな」


 思わず吹き出した。


 さすがにそれは違う。


 母上や奥方様方が選んでいる部分もあるだろうし、長年の積み重ねもあるのだろう。


 それでも。


「帰ったら少し見る目が変わるかもしれんな」


 そんな馬鹿なことを考えながら、俺はゆっくり椅子から立ち上がった。


 窓の外では夕日がシルビア河を赤く照らしている。


 あの橋を守る。


 それが今の俺の役目だった。

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