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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百十三話 老騎士の流儀


 セバスチャンは駆けるギルバートの背中を見送った。


 肉体強化魔法で一気に加速した若き主は、迷いなくダストの脇を駆け抜け、そのまま橋の奥へ消えていく。


 迷いのない背中だった。


 あの様子なら、当主には間に合う。


 ならば、自分の役目は一つ。


 セバスチャンはゆっくりと息を吐いた。


 橋の後方では、切り裂かれた門扉が無残な姿を晒し、崩れた石材が血に濡れている。焦げた木材から立ち昇る煙が朝風へ流れ、鉄と血の匂いが鼻を刺した。


 その中で、一人の騎士だけが立ち尽くしている。


 ダストだった。


 ギルバートを追おうと半歩踏み出した姿勢のまま、大剣を握り締めている。


 怒りで肩が上下していた。


 視線だけが橋の奥を追う。


 あと一歩踏み出せば追いつける。


 そう思った、その瞬間。


 カツリ。


 甲鉄靴が石畳を叩く音がした。


 ダストの前へ、一人の男が立つ。


 外套は裂け、愛馬はすでに地へ伏している。


 それでも剣を握る手だけは微塵も揺れていなかった。


「おっと」


 軽く笑いながら、セバスチャンは剣先を持ち上げる。


 その一歩が、橋の中央を塞いだ。


 ダストの眉間へ深い皺が刻まれる。


「どけ!」


 腹の底から響く怒声だった。


「どけ、おいぼれ!」


 橋へ怒鳴り声が反響する。


 セバスチャンは肩を竦めただけだった。


「おいぼれとは失礼ですな」


 苦笑混じりに答えながら、左足を半歩だけ引く。


 力まない。


 肩へも力は入れない。


 剣先だけが静かに揺れていた。


 ダストは苛立ちを隠さない。


 橋の奥では、なお戦いが続いている。


 自分が止めなければ当主へ届く。


 焦りが、そのまま魔力となって身体から噴き出していた。


「貴様など斬っている暇はない!」


「そうでしょうなぁ」


 セバスチャンは小さく笑う。


「若様を追いてえんでしょう?」


「ならばどけ!」


 大剣が持ち上がる。


 空気が軋んだ。


 肉体強化魔法で膨れ上がった筋力が鎧を鳴らし、橋の石畳へ細かな砂が跳ねる。


 若い。


 そして強い。


 セバスチャンは一目で理解した。


 力も速さも、自分より上だ。


 真正面から打ち合えば押し切られる。


 だからこそ。


「うるせえ小僧だ」


 口元だけで笑う。


 その一言に、ダストの額へ青筋が浮かんだ。


「誰が小僧だ!」


「わしから見りゃ十分小僧ですよ」


 セバスチャンは剣を軽く回す。


 切っ先が朝日を受け、一瞬だけ銀色に光った。


「若様は若様。当主は当主」


 ゆっくりと構え直す。


「貴族は貴族同士で決着をつける」


 剣先が真っ直ぐダストを指す。


「騎士は騎士同士」


 目尻へ深い皺が寄る。


「楽しもうや」


 その瞬間だった。


 ダストの魔力が爆発する。


「ぬおおおおっ!」


 橋全体を震わせるような咆哮と共に、大剣が唸りを上げた。


 大剣が唸る。


 橋の空気そのものを叩き潰すような一撃だった。


 セバスチャンは真正面から受けない。


 半歩。


 ほんの半歩だけ身体を流す。


 風圧が頬を掠め、振り下ろされた刃が石畳へ叩きつけられた。


 轟音。


 火花と石片が弾け飛ぶ。


「ほう」


 思わず感心したように呟く。


「若いのに、えらく重てえ一撃ですな」


「黙れ!」


 ダストは刃を引き抜くより早く左手を突き出した。


 魔力が一気に膨れ上がる。


 攻撃魔法。


 至近距離。


 白く圧縮された魔力が一直線に走る。


 セバスチャンも同時に魔力を巡らせた。


 防御魔法。


 透明な膜が身体の前へ展開される。


 激突。


 乾いた破裂音と共に防御魔法が大きく歪み、衝撃が腕まで突き抜けた。


「ぐっ……!」


 完全には受け切れない。


 身体を横へ流し、衝撃を逃がす。


 それでも外套の肩口が弾け飛び、鎧へ鈍い痛みが残った。


 間髪入れずダストが踏み込む。


 速い。


 先ほどまでとは別人だった。


 肉体強化魔法で底上げされた脚力が橋を震わせ、一足で間合いを詰める。


 大剣が横薙ぎに走る。


 セバスチャンは剣を合わせる。


 甲高い金属音。


 両腕へ重さが食い込む。


 押される。


 受け止め切れず、靴底が石畳を滑った。


 砂利が跳ねる。


 その隙を逃さず、ダストは返す刃を振り上げた。


 斜め。


 肩口を狙った一撃。


 セバスチャンは剣で受けず、身体を開く。


 刃が鼻先を掠める。


 頬へ熱が走った。


 浅い。


 だが切れた。


 血が一筋だけ頬を伝う。


「避けるだけか!」


 ダストが吠える。


 攻め続ける。


 止まらない。


 大剣とは思えない速度だった。


 縦。


 横。


 袈裟。


 突き。


 重い一撃が途切れることなく押し寄せる。


 セバスチャンは受け流す。


 躱す。逸らす。


 まともに受けない。


 押し込まれ、その度に半歩ずつ下がっていく。


 右肩へ浅い傷。


 左腕へ掠り傷。


 鎧の隙間へも刃が入り、赤い筋が増えていく。


 呼吸も少しずつ荒くなった。


 それでも目だけは笑っている。


 ダストは気付かない。


 押している。


 勝っている。


 そう信じ切っていた。


「どうした、おいぼれ!」


 大剣を振り抜きながら怒鳴る。


「口ほどにもないではないか!」


 セバスチャンは剣を受け流しながら、小さく肩を竦めた。


「歳ですからなぁ」


 苦笑混じりの返事。


 その直後、大剣が鎧の脇腹を掠めた。


 鋼が裂ける音。


 鈍い痛みが脇腹へ走る。


 温かい血が鎧の内側を伝った。


 それでも表情は崩さない。


 もう一歩だけ後ろへ退く。


 橋の石畳へ、ゆっくりと血が落ちた。


 ダストはその血を見て、口元を吊り上げる。


 勝てる。


 そう確信した笑みだった。


 セバスチャンは何も言わない。


 ただ静かに剣を構え直し、次の一撃を待った。


 ダストは笑った。


 勝利を確信した者だけが浮かべる笑みだった。


 息は荒い。


 額から汗が流れ落ち、鎧の隙間から立ち上る湯気が朝日に白く揺れている。


 それでも大剣を握る腕は衰えない。


 まだ振れる。


 まだ斬れる。


 そう信じて疑っていなかった。


 対するセバスチャンは荒い息を一つ吐き、袖で頬を伝う血を拭う。


 肩が上下している。


 脇腹の傷からはゆっくりと血が滲み続け、鎧の裾を赤く染めていた。


 見た目だけなら完全に劣勢だった。


 橋の石畳へ落ちた血痕が、二人の辿った道を細く描いている。


 ダストはその跡を一瞥し、口元を歪めた。


「終わりだ!」


 肉体強化魔法をさらに高め、一気に踏み込む。


 橋が揺れる。


 空気が裂ける。


 大剣が一直線に振り下ろされた。


 セバスチャンは受けない。


 半身を引き、紙一重で躱す。


 石畳が砕ける轟音。


 砕けた破片が頬を掠める。


 そのまま横薙ぎ。


 さらに袈裟。


 止まらない。


 まるで暴風だった。


 セバスチャンは一歩、また一歩と下がる。


 橋の欄干が少しずつ近づいてくる。


「逃げるだけか!」


 ダストが吠える。


 怒りではない。


 勝利を目前にした興奮だった。


 セバスチャンは小さく笑う。


「元気ですなぁ」


「馬鹿にするな!」


 大剣が唸る。


 今度は突き。


 鋭い切っ先が喉元を狙う。


 セバスチャンは剣で軽く逸らした。


 火花が散る。


 その衝撃だけで腕が痺れる。


 若い。


 重い。


 そして速い。


 真正面から力比べをすれば勝てない。


 だから戦わない。


 戦わせない。


 老騎士はただ半歩ずつ下がり続けた。


 その様子を見て、ダストはさらに勢いづく。


「これで終わりだぁっ!」


 雄叫びと共に全力で踏み込む。


 その瞬間だった。


 セバスチャンが初めて足を止めた。


 口元へ笑みが浮かぶ。


「そろそろいいかい?」


 ダストの表情が止まる。


「……何?」


 返事の代わりに、セバスチャンは顎で橋の先を示した。


 ダストは反射的に周囲を見回す。


 橋の中央だと思っていた。


 だが違う。


 気づけば二人は橋のかなりマバール側まで戻ってきていた。


 先ほどまで自分が当主を守っていた場所は、遥か向こうだ。


 橋の中央にはもう誰もいない。


 ギルバートが駆け抜けた道だけが残っている。


「貴様……!」


 息を呑む。


「誘導したのか!」


 その一瞬だった。


 セバスチャンの姿が消えた。


 いや、速かった。


 老いた身体とは思えぬ踏み込み。


 大振りではない。


 剣先だけが小さく閃く。


 シュッ。


 乾いた音。


 ダストの右手首へ細い赤い線が走る。


「ぐっ!」


 次は左腕の内側。


 さらに右肘。


 左肩。


 どれも浅い。


 致命傷ではない。


 それでも確実に血だけを奪っていく。


 ダストは慌てて大剣を振るう。


 だが、もう当たらない。


 セバスチャンは半歩だけ動き、小さく斬る。


 また半歩。


 また一太刀。


 まるで肉屋が肉の筋を外していくような、無駄のない剣だった。


 赤い雫が石畳へ落ちる。


 一滴。


 また一滴。


 そして、その数は急速に増え始めた。


 赤い雫が、石畳へ落ち続ける。


 最初は一滴。


 次は二滴。


 やがて細い筋となって橋の上を流れ始めた。


 ダストは気付かない。


 いや、気付いていても止まれなかった。


「ぬおおおおっ!」


 咆哮を上げ、大剣を振るう。


 力はまだある。


 速度も衰えてはいない。


 だが、その剣はもう先ほどまでの鋭さを失っていた。


 力み過ぎている。


 焦っている。


 肩へ余計な力が入り、踏み込みも僅かに大きい。


 それだけで十分だった。


 セバスチャンは半歩だけ身体を開く。


 大剣が鼻先を掠める。


 風圧が白髪を揺らした。


 その懐へ滑り込む。


 剣先が小さく閃く。


 右手の親指と人差し指の付け根。


 次は左前腕。


 返す刃で右肩。


 どれも浅い。


 だが、確実に血だけを奪う。


「ぐっ……!」


 ダストが顔を歪める。


 大剣を握る手から力が抜け始めていた。


 出血は体力だけではない。


 握力も、踏み込みも、集中も奪っていく。


 それでも若い騎士は諦めなかった。


 肉体強化魔法をさらに巡らせる。


 筋肉が膨れ、血管が浮き上がる。


 最後の一撃。


 全身の力を込めた渾身の袈裟斬りだった。


 セバスチャンは初めて真正面から迎えた。


 剣を合わせる。


 甲高い衝突音が橋へ響く。


 激しい衝撃。


 腕が痺れる。


 靴底が石畳を滑る。


 それでも一瞬だけ耐えた。


 その一瞬で十分だった。


 大剣は勢い余って深く流れる。


 身体が開いた。


 セバスチャンは静かに息を吐く。


「終わりだな」


 短く呟く。


 踏み込む。


 大きく振らない。


 手首だけ。


 長年染み付いた最短の軌道。


 刃が一筋の銀線となって走る。


 ダストの首筋を掠めた。


 一瞬、何も起きなかった。


 ダストは大剣を握ったまま立っている。


「……え」


 小さく声が漏れる。


 次の瞬間、首筋から細い赤い線が浮かび上がった。


 それは瞬く間に裂け、大量の血が噴き出す。


 ダストは喉を押さえる。


 指の隙間から血が溢れ、鎧を赤く染めていく。


 何か言おうと口を開く。


 だが声にならない。


 膝が折れた。


 大剣が石畳へ落ち、重い音を響かせる。


 身体がゆっくりと前へ倒れる。


 治癒魔法を使おうとしているが魔力をすでに集められなくなっている。


 橋へ額が触れ、そのまま動かなくなった。


 セバスチャンはしばらくその姿を見下ろえていた。


 感知魔法を静かに広げる。


 ダストの魔力は急速に薄れ、やがて完全に消えた。


「……やれやれ」


 肩から力を抜く。


 脇腹の傷がずきりと痛んだ。


 頬を流れていた血も、いつの間にか顎まで伝っている。


 若い相手だった。


 真正面から斬り合えば、自分の方が危なかったかもしれない。


 だから経験で勝った。


 それだけのことだ。


 セバスチャンは橋の奥へ視線を向ける。


 怒号は少し遠ざかっている。


 勝ち鬨も聞こえた。


 口元がわずかに緩む。


「若様、間に合いましたかね」


 そう呟くと、剣へ付いた血を一振りで払う。


 柄を握り直し、ゆっくりと橋の奥へ歩き出した。


 その先には、若き主が切り開いた勝利が待っているはずだった。

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― 新着の感想 ―
力・速さ・魔力で負けていても目的の為に行動するのが筆頭騎士のありかた ここでの筆頭騎士の役割は「若様の後ろに誰も通さない事」 何を使っても何をしても成し遂げなければならないとしたら、こうなるのかなって…
正々堂々の一騎打ちでの決着、文句ないはずなんだけど相手から文句出そうw 言葉遣いも態度も性格も戦い方も筆頭騎士のそれじゃないもんなあ~ まあ、綺麗な山賊やったり王国から離反した貴族だもん、どのみち汚名…
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