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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百十話 橋を越える者たち

シルビア橋を見下ろす別の高台へ辿り着いた頃には、西へ傾いた陽が山並みの向こうへ沈み始めていた。


 赤く染まった空は、ゆっくりと群青へ溶けていく。吹き抜ける風が伸びた草を一斉に揺らし、馬を走らせ続けてきた身体から火照りを奪っていった。


 俺は馬から降り、手綱を近くの騎士へ預けると、高台の縁まで歩いた。


 眼下には一本の巨大な石橋が、大河を跨いで静かに横たわっている。


 シルビア橋。


 夕陽を浴びた灰色の石は赤銅色に染まり、長い年月を積み重ねてきた石肌には無数の継ぎ目が浮かび上がっていた。川幅いっぱいに架けられたその橋は、ただ人を渡らせるだけの建造物ではない。橋を中心に街道が伸び、荷馬車が行き交い、商人が集まり、兵が駆ける。


 この橋そのものが、シルディア家の力だった。


 橋の両端には石造りの砦が構え、近づく者を睨みつけるように佇んでいる。高台からでは人影までは判別できない。それでも砦から漂う圧迫感だけは、距離があっても十分に伝わってきた。


「ここなら橋全体が見渡せますな」


 背後からセバスチャンの声が聞こえた。


「ああ。敵からも見つかりにくい」


 街道から少し外れた高台は、木々と起伏が視線を遮ってくれる。橋を監視するには都合がよく、こちらの動きを悟られにくい位置だった。


 野営地としては悪くない。


 俺が周囲を見回す間にも、騎士たちは迷いなく動き始めていた。


 数人が馬を木陰へ移し、汗ばんだ首筋を布で拭いて水と飼葉を与える。別の者たちは荷を解き、手際よく天幕を組み立てていく。木槌が杭を打つ乾いた音が夕暮れの静けさへ溶け込み、見張り役となった騎士は周囲の高低差を確かめながら持ち場へ散っていった。


 無駄話をする者はいない。


 笑い声も聞こえない。


 誰もが、戦になると理解していた。


 俺は荷から丸めた地図を取り出し、平らな地面へ広げた。


「クレイン、専属騎士と上級騎士たちを集めろ」


 呼び掛けると、数人の騎士がすぐに集まる。


 膝をついた俺は、高台から見えた地形を思い出しながら地図を指さした。


「橋はここだ」


 一本の太い線を指さす。


「両端に砦」


 さらに二つ、小さく四角を書き込む。


「高台がここ。街道はこのまま西へ続く」


 細密な地図ではない。


 だが、戦う場所を全員が同じように頭へ描ければ十分だった。


 クレインは黙って地図を見つめ、距離感を確かめるように目を細める。若い騎士たちも自然と輪を作り、誰一人として軽口を叩かなかった。


 しばらく地図を眺めていたセバスチャンが、ゆっくりと口を開く。


「敵の魔力反応はどうですかい?」


 俺は視線を橋へ戻した。


 先ほど広域へ展開した感知魔法。その時に捉えた無数の光点を頭の中へ呼び起こす。


 橋の両端。


 砦へ集まる光だけが濃かった。


「橋の両端の砦に集中しているな」


 若い騎士が息を呑み、少しだけ身を乗り出した。


「数は……どれほどでしょう」


「こちらより多い」


 俺は一度言葉を切った。


 感知した光点をもう一度思い返す。


 数だけではない。一つ一つの反応も決して弱くはなかった。


「倍まではいかん。だが百五十ほどいる」


 その数字が地面へ落ちた瞬間、輪の中から音が消えた。


 風だけが草を揺らし、遠くで馬が鼻を鳴らす。


 百五十。


 こちらを上回る戦力。


 誰もがその重みを理解していた。


「……シルディア家だけで、それほど揃えられますかな」


 年配の騎士が低く漏らす。


 隣にいた騎士も腕を組みながら頷いた。


「近隣の貴族家からも騎士を集めたのでしょう」


「その可能性が高い」


 俺も同意する。


 シルディア家だけなら、ここまでの数は揃わない。橋を失えば周辺貴族も困る。だから応援を寄越した。


 それだけの話だ。


 オルドが地図へ目を落としたまま口を開く。


「我らが接近すれば、敵は一方へ戦力を寄せるでしょう」


 セバスチャンは地図の上へ人差し指を置き、マバール領側の砦を軽く叩いた。


「集めるなら、まずはこちら側でしょうな」


 年長の騎士も続ける。


「橋へ戦場を広げたくはないはずです」


「そうだろうな」


 俺は橋を見つめた。


 川面の上を一直線に伸びる巨大な石橋。百年近い歳月を積み重ね、多くの人間が石を運び、積み、繋ぎ、ようやく完成した建造物。


 壊すのは簡単だ。


 俺の攻撃魔法なら、おそらく数発も要らない。橋脚をいくつか砕けば終わる。


 だが、それをやる理由はどこにもない。


 あの橋はシルビア河に掛かる貴重な橋だ。壊すのは一瞬でも、造り直すには何十年も掛かる。


 そんな損をするつもりはなかった。


「攻撃魔法は派手に使えんな」


 俺が呟くと、すぐ横でセバスチャンが肩を竦めた。


「気を付けてくださいよ。若様が攻撃魔法を使うと橋に穴が開きやすい」


 その一言で、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。


 数人の騎士が吹き出し、堪えきれず肩を震わせる。


 俺も思わず苦笑した。


「そんなに信用ないか?」


「ありやせん」


 返事は一瞬だった。


 迷いすらない。


 笑い声が今度は輪全体へ広がる。


「おい」


「若様、ご自分で思い返してください」


 セバスチャンが呆れたように笑う。


「城門を吹き飛ばし、関所ごと消し飛ばした若様に繊細な攻撃を期待する方がおかしい」


「……否定しづらいな」


 頭を掻くと、さらに笑いが漏れた。


 俺自身も思い返してしまう。確かに加減は苦手だ。壊す時は大抵、壊れ過ぎる。


 だから今回は違う。


 橋だけは残す。


 それが、最初から決まっている。


 笑いが落ち着くと、再び橋を見つめた。


 上流は流れが速い。


 岩も多い。


 下流は川幅が広がる分、水量も増えるだろう。


 肉体強化魔法と防御魔法を使えば、渡れない距離ではない。だが、こちらが川へ入った瞬間、砦から感知魔法で見つかる可能性が高い。


 奇襲を考えても決定打にはならない。


 敵も馬鹿ではない。


 橋を守るためなら、その程度は想定しているだろう。


 ならば――。


 俺は静かに息を吐いた。


「正面突破しかないか」


 誰も驚かなかった。


 騎士たちは互いに顔を見合わせ、小さく頷くだけだった。


「仕方ありませんな」


 セバスチャンが穏やかな声で答える。


 異論は一つも出ない。


 橋は残す。


 敵は多い。


 時間も限られている。


 ならば、真正面から叩き潰す。


 それが一番早く、一番確実だった。


 俺はセバスチャンへ視線を向ける。


「シルディア家当主は前へ出ると思うか」


「おそらくは」


 迷いのない返答だった。


「橋を失えば家も終わる。それくらいは分かっているでしょう」


 俺も静かに頷く。


 逃げれば橋を失う。


 橋を失えば領地も失う。


 だから逃げられない。


 あの橋の向こうで、覚悟を決めているはずだった。


 俺は地図の上へ手を伸ばし、炭で描いた橋をゆっくりとなぞる。


 指先はそのままマバール領側の砦へ移り、最後に橋へ続く門の位置で止まった。


 夕暮れの風が地図の端を揺らし、小石が乾いた音を立てて転がる。


 集まった騎士たちは誰一人として口を開かない。


 俺が何を考えているのかを待っていた。


「敵当主は門から橋へ続く一帯へ、防御魔法を展開するだろう」


 静かな声だった。


 橋を守る立場なら当然だ。


 門だけを守っても意味はない。俺の攻撃魔法なら門だけなど容易く吹き飛ばせる。


 だから壁も門も、その周囲ごと覆う。


 少しでも衝撃を逃がし、一撃で突破されることだけは避けるはずだ。


「門だけじゃ足りませんからな」


 セバスチャンが腕を組んだまま頷く。


「ああ。橋の価値は向こうの方がよく理解している。防御は厚いだろう」


 俺は輪になった騎士たちの顔を見渡した。


 若い者も、年長者も、誰一人として目を逸らさない。


 緊張はある。


 それでも迷いは見えなかった。


「俺が先頭に立つ」


 一斉に視線が集まる。


 驚きではなく、確認するような眼差しだった。


「俺なら敵の防御魔法ごと門を破壊できる」


 俺の魔力は全員が知っている。


 疑う者はいない。


 セバスチャンも小さく頷いた。


「若様なら出来ますな」


「問題は、その後だ」


 俺は炭で橋の上へ一本線を引いた。


「門を破れば橋へ雪崩れ込める。敵も総掛かりで押し返そうとしてくる」


 橋幅は二十メートルほど。


 広いようで狭い。


 百五十人が一度に戦える場所ではない。


 橋という地形そのものが兵力差を削る。


 だからこそ最初の一撃が勝負になる。


 門を破れなければ終わる。


 破れば、一気に押し込める。


 そこから先は勢いの勝負だ。


 俺は顔を上げた。


「あまり時間は掛けられん」


 全員が耳を傾ける。


「王国軍が来る可能性もある」


 若い騎士が少しだけ首を傾げた。


「王国に……そこまで早く軍を編成できますでしょうか」


「普通なら出来ん」


 俺は短く答えた。


 何人かがわずかに肩の力を抜く。


 だが、俺は続ける。


「だが、出来るかもしれん」


 再び空気が引き締まった。


「戦は、相手の失敗を期待して勝つものじゃない」


 静かに全員を見回す。


「出来ないと決めつければ、その時点で負ける」


 楽観は判断を鈍らせる。


 最悪を想定して準備した者だけが、生き残る。


「だから最悪を前提に動く」


 王国軍が来なければ、それでいい。


 だが来た時に慌てるようでは遅い。


 その違いが、生死を分ける。


 騎士たちは無言で頷いた。


 俺は地図の上で橋から西へ伸びる街道を指先で辿る。


「早めにシルビア橋を確保する」


 さらに街道をなぞる。


「そのままマバール領までの間に残る王国貴族も片付けたい」


 橋だけ奪って終わりではない。


 橋と領地の間に敵勢力が残れば、補給も伝令も安全には通れない。


 一人の騎士が静かに口を開く。


「他領の騎士も参加していると思われますが」


「構わん」


 一拍置く。


「殺せ」


 風が草を揺らす音だけが流れた。


「橋を守るために集まった以上、奴らも覚悟してここへ来ている。こちらが情けを掛けても意味はない。一度でも敵として立った者を、俺は許すつもりはない」


 誰も動揺しなかった。


 セバスチャンだけが、ほんの僅かに口元を緩める。


「結構」


 それだけ呟く。


 他の騎士たちも静かに頷き、それぞれの得物へ手を添えた。


 迷いは消えた。


 橋を守る者。


 橋を奪う者。


 互いに退く理由はない。


 残されたのは、どちらが最後まで立っているかだけだった。


 作戦を説明し終えると、高台にはしばらく静かな時間が流れた。


 夕暮れの風だけが草を揺らし、遠くから川の流れる低い音がかすかに届く。


 誰も口を開かない。


 橋へ突入する順番。


 自分の役目。


 生き残るために何をするか。


 敵をどう倒すか。


 それぞれが胸の内で整理しているのだろう。


 やがて、輪の外側にいた一人の騎士が静かに顔を上げた。


「王国最強と謳われる我らマバール騎士の強さを、奴らへ見せつけてやりましょう」


 決して大きな声ではなかった。


 だが、その言葉には揺るぎない自信があった。


 周囲の騎士たちも力強く頷く。


「ええ」


「負ける気はしませんな」


「橋を奪えば終わりです」


 短い言葉が続く。


 どの声にも気負いはない。


 何度も戦場を越えてきた経験が、そのまま彼らの支えになっていた。


 その表情を見回しながら、俺は思わず口元を緩める。


「元王国だけどな」


 一瞬だけ静寂が落ちた。


 誰もが俺の顔を見る。


 そして次の瞬間、堪えきれなかったように笑い声が漏れた。


「確かにそうでしたな」


 真っ先に笑ったのはセバスチャンだった。


「王国最強って言われても、俺たちゃ今じゃ帝国側ですからなぁ」


「ギルバート様の一言で全部台無しです」


「間違ってはいませんが」


 周囲からも笑いが広がる。


 戦場前とは思えないほど穏やかな空気だった。


 だが、それでいい。


 張り詰めた糸は、切れる前に少しだけ緩めておいた方が強い。


 笑いが落ち着いた頃、俺は地図を丁寧に丸めて立ち上がった。


「作戦は変わらん」


 自然と全員の視線が集まる。


「夜のうちに休め。夜明けと同時に動く」


「はっ!」


 返事は綺麗に揃い、高台へ響いて夕闇へ溶けていった。

たくさんの方に読んでいただきありがとうございます。

今後も引き続きよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
程よい緊張感を保つ良い部隊ですね、主人公も前線指揮官として少し頼もしくなってきました。橋を奪ったあと、王国軍から橋を守るために砦も残さなきゃいけないのでしょうけど、ほんとうに残せるんですかねぇ…笑
帝国王都のときと同様に遠距離砲(攻撃魔法)では駄目なのでしょうか。砦が遠すぎるのでしょうか?無理な理由を教えて下さい。
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