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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百九話 シルビア橋


 馬の蹄が、乾いた街道を叩いていた。


 シルビア河へ向かう道は、思っていたよりも荒れている。いや、道そのものが悪いわけではない。石畳が敷かれている場所もあれば、踏み固められた土の街道もある。荷車の轍も残っているし、宿場や村の跡も見える。人が長く使ってきた道だということは、馬上からでも分かった。


 だが、人の気配が薄い。


 畑には人影がある。村の煙突から煙も上がっている。なのに、街道へ出てくる者は少なく、遠くからこちらの軍旗を見ると、すぐに家や林の方へ引っ込む。荷車は脇へ寄せられ、商人らしき者は地面へ膝をつき、頭を伏せる。抵抗する気配はない。だが歓迎でもない。


 当たり前か。


 王国貴族の領地だった場所へ、王国を捨てたマバール家の騎士団が進んでいるのだ。


 それも、ただ通っているわけではない。


 進路上の中小貴族家は、もういくつも潰した。城門を破り、当主を殺し、抵抗した騎士を倒した。降伏した家は魔力封印を施し、後の処理を父上へ送る。平民兵や使用人は、抵抗しない限りなるべく逃がしている。噂を運ばせるためでもあるし、無駄に殺すと後の管理が面倒だからでもある。


 それでも、降伏する家は思ったより多くなかった。


「予想より降伏する貴族家が少ないですね」


 隣を進むクレインが、馬上で低く言った。


 声は落ち着いている。だが、目は前方の道と周囲の地形を細かく拾っていた。クレインは数字や物資の方が得意な騎士だが、こういう時に何を気にするべきかも分かってきている。戦場慣れとは別の意味で、頭が働く男だ。


「貴族にはプライドや面子もあるからな」


 俺は前を見たまま答えた。


 街道の先には低い丘が続いている。風が草を撫で、遠くの林から鳥が飛び立った。見える範囲に敵の軍勢はいない。感知魔法を薄く拡げても、近くに大きな魔力反応はない。


「降伏することが難しいのは分かるんですが」


「まあ、そうだな」


 クレインの言いたいことは分かる。


 今の状況を冷静に見れば、マバール家に逆らうのはかなり厳しい。こちらは辺境伯家で、騎士の数も質も違う。しかも、既にいくつもの貴族家が抵抗して潰れている。降伏すれば少なくとも即座に皆殺しにはされない。後で父上がどう扱うかは別として、その場で家が消える可能性は下がる。


 頭で考えれば、答えは見える。


 それでも動けない。


 前世でも、似たようなものだった。


 夏休みのたびに、今年こそは計画的に宿題を終わらせて、後半は心置きなく遊ぼうと思う。最初の二、三日は本当にやる。帳面を開き、予定表まで作る。だが気づけば明日でいいかになり、明後日でいいかになり、最後の数日は地獄を見た。


 ダイエットや筋トレもそうだ。


 早く始めた方がいい。少しずつ続けた方がいい。分かっている。分かっているのに、今日は疲れたから明日からにしようとなる。酒を控えた方がいい、甘い物を減らした方がいい、運動した方がいい。全部分かっていても、実行できるかは別だった。


 会社や役所だって同じだ。


 このやり方の方が効率的だと分かっていても、なかなか変わらない。昔からそうしているから。責任を取りたくないから。どこかの誰かの利益が絡んでいるから。既得権益があると、もっと面倒になる。


 そして、自分が慣れ親しんだやり方も、十分に既得権益だ。


 今まで通りでいたい。


 変わるのは怖い。


 損をすると分かっていても、動かなければ少なくとも今この瞬間は変わらない。人間は、そのぬるさに縋る。


 世界が変わっても、案外、人間は変わらないのかもしれない。


 やらなくてはいけないと理解できることと、実際にやれることの間には、思ったより深い溝がある。


「若様?」


 クレインがこちらを見る。


「いや、貴族も人間だと思ってな」


「はあ」


 クレインは少し首を傾げた。


 説明しても仕方がない。夏休みの宿題も、ダイエットも、この世界にはない話だ。いや、運動不足の貴族が痩せようとすることくらいはあるかもしれないが、今ここで話す内容ではない。


「降伏する家が少ないなら、それはそれでいい。潰した後の方が、道はすっきりする」


 俺が言うと、クレインは一瞬だけ目を細めた。


「管理する者が減りませんか?」


「全員殺すわけじゃない。使える者は残す。邪魔な貴族家だけ消えればいい」


「なるほど」


 クレインは納得したように頷いた。


 隣でセバスチャンが笑っている気配がした。


「若様らしい平和的なご判断ですな」


「そうだろ。俺は無駄な殺しは嫌いなんだ」


「無駄じゃなければ?」


「必要なら仕方ないな」


「へいへい」


 扱いが雑だ。


 だが、いつものことなので流す。


 街道沿いの小領主たちの領を抜けるにつれ、景色は少しずつ変わっていった。村の間隔が広がり、道幅が太くなる。荷車の轍も深く、古い石標が増えた。人や物が長く行き来した土地の匂いがある。


 そして、遠くに白く光るものが見え始めた。


 水だ。


 シルビア河。


 地図では何度も見ていた。会議でも名前を聞いた事はある。だが、実際に見えるとやはり印象が違う。川幅は広く、緩やかに光を返しながら土地を切っている。大河と呼ぶほどではないのかもしれない。だが、軍勢が簡単に渡れるような河ではなかった。


 その河へ架かる巨大な橋を管理するのが、シルディア領だった。


 シルビア河にあるからシルビア橋。


 分かりやすい。


 なぜシルディア河やシルディア橋にならなかったのかと一瞬思ったが、たぶんシルビア河の方が古いのだろう。河が先にあり、橋ができ、その橋や河から名を取って領地の名がついた。そう考えれば自然だ。


 地名というのは、前世でも意外とそういうものだった。


 昔からある川、山、道、港。それに後から人が乗っていく。偉い人間が名前を変えようとしても、生活の中で染みついた呼び方は簡単には消えない。ここでも同じなのかもしれない。


「若様、街道を外れます」


 先行していた騎士が戻ってきた。


「高台へ?」


「はい。橋を見下ろせる場所があります」


「分かった」


 一団は街道から外れ、なだらかな斜面へ入った。


 馬の脚が草を踏む。土は少し湿っていた。シルビア河から吹く風が、草の匂いと水の冷たさを運んでくる。高台へ登るにつれて、背後の街道が低くなり、前方の景色が一気に開けた。


 そこに、シルビア橋があった。


 でかい。


 思わず、そう思った。


 石造りの橋が、シルビア河を跨いでいる。水面から伸びる太い橋脚はどっしりとしていて、流れを受けてもびくともしないように見えた。橋の両端には砦が築かれ、道を挟むように石壁が立っている。単なる橋ではない。橋そのものが、交通路であり、関所であり、砦だった。


 王国の交通の要衝。


 その言葉が、ようやく身体に入ってきた。


 ここを押さえれば、シルビア河の向こう側へ軍を通せる。ここを失えば、王都側からの軍も簡単には東へ進めない。地図上の線ではなく、現実の石と水と砦が、目の前にあった。


「だいたい長さ二百メートル、幅二十メートルってところか」


 目測で呟く。


 正確ではない。だが、大きく外れてはいないと思う。遠目でも分かるほど幅があり、荷車がすれ違えるどころか、小規模な部隊ならそのまま通せそうだった。橋というより、河の上に伸びた石の砦だ。


「よく造ったな、あれ」


 思わず感心する。


 前世のコンクリート橋とは違う。重機もない。現代の設計図もない。それでも、これだけの橋を造った。大量の石材、人手、金、時間。そして、河を知る者、石を扱う者、魔力持ちの支援。どれか一つ欠けても難しかったはずだ。


 俺は感知魔法を拡げた。


 自分を中心に、薄く、遠くまで伸ばす。


 反応が点のように浮かぶ。近くには味方の騎士たち。斜面の下、街道沿いにもいくつか。さらに遠く、砦の方には多くの魔力反応が固まっていた。橋の上にも少しある。だが、ほとんどは両岸の砦内だ。


 平民兵の数は分からない。


 感知魔法で拾えるのは魔力だけだ。城壁の上に見える人影や、橋の周囲の動きから、兵そのものの数はかなりいるのだろうと推測するしかない。


「魔力持ちは、ほぼ砦に集まっているようだな」


「さすがに噂が広まりやしたな」


 セバスチャンが隣で答えた。


 橋を見下ろす横顔は、楽しそうでもあり、少し面倒そうでもある。戦うのは好きだが、制限される戦いは、あまり好みではないのかもしれない。


 まぁ、気持ちは分かる。


「シルビア河を迂回するルートは?」


「あるにはありやすが、かなり難しいですぜ」


 セバスチャンは河の上流側へ顎を向けた。


「上流は流れが速く、下流は川幅が広いですからな」


「防御魔法と肉体強化魔法を使えば無理矢理でも渡れるだろ」


「渡るだけならできやす。ですが、間違いなく感知魔法でバレやす」


 それはそうだ。


 魔力持ちがまとまって河を渡れば、感知魔法を使う者には丸見えになる。隠れて渡るつもりなら魔力を抑えたい。だが、河を渡るには防御魔法や肉体強化魔法が必要になる。特に装備した騎士が水に入れば、流れに足を取られる。馬を渡すならなおさらだ。


 少数で潜ることはできるかもしれない。


 だが、シルビア橋を押さえずに先へ進む意味は薄い。


「つまり、シルビア橋を攻略しなきゃどうにもならんか」


「そういうことです」


 セバスチャンは短く答えた。


 俺は橋を見た。


 両端の砦。橋上の見張り。河の流れ。石造りの橋脚。あれを壊せば、渡れなくなる。王国側の動きも止められるかもしれない。だが、こちらも渡れない。今後の支配にも、物資輸送にも、全部困る。


「橋を壊すだけなら簡単なんだがな」


「若様以外には無理ですよ」


「そうか?」


「そうです」


 セバスチャンが即答した。


 クレインも横で苦笑している。オルドやジノたちも、聞こえていたのか微妙な顔をした。俺としては事実を言っただけなのだが、どうにも周囲の反応が悪い。


「壊さんでくださいよ。あの橋を作るには百年近くかかったはずです」


「分かっている。大丈夫だ」


 俺は頷いた。


 セバスチャンが、じっとこちらを見る。


「なんだよ」


「いえ」


「疑ってるだろ」


「そんなことはありやせん」


 絶対に疑っている。


 まあ、迷宮を壊したこともあるし、城門を吹き飛ばしたこともある。橋を見て、壊すだけなら簡単だと言った直後では信用が薄いのも仕方ない。


 だが、今回は本当に壊す気はない。


 あれは欲しい。


 シルビア河に架かる巨大な橋。王国の交通の要衝。あれを無傷で取れれば、今後がかなり楽になる。父上にも、アル兄さんにも、ダル兄さんにも、堂々と報告できる。


 問題は、どうやって取るかだ。


 正面から攻めれば、橋上での戦いになる。砦を落とす必要もある。敵は魔力持ちを集めている。平民兵も多いはずだ。橋を傷つけず、砦も使える形で残し、こちらの損害を抑えて攻略する。


 かなり面倒だ。


 だが、面倒だから面白いとも言える。


「とりあえず、作戦を考えなきゃならんな」


 俺はシルビア橋を見下ろしたまま呟いた。


 河の上を風が渡り、巨大な石橋の上で旗が揺れている。あちらもこちらを見ているだろう。砦に集まった魔力持ちたちが、マバール家の軍旗を見て、何を考えているのかは分からない。


 降伏するか。


 抵抗するか。


 それとも、時間を稼ぐつもりか。


 どちらにしても、あの橋は貰う。


 壊さずに。


 できれば綺麗に。


 セバスチャンが隣で、なぜか少しだけ警戒するように俺を見ていた。

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― 新着の感想 ―
全員殺すわけじゃない?いや、ほとんど話も聞かずに即処刑してるよね? この間まで味方だった家にいきなり襲われたら混乱もするでしょ? 敵であろうと最低限の交渉しないと逆にヤバいと思うんだが… 攻められたら…
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