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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第百一話 お姫さまみたいなお姫さま


 マバール城の前庭は、朝から普段より少し硬い空気をまとっていた。


 兵の立つ位置がいつもより整い、使用人たちの足音も石畳の上で細く抑えられている。城門から本館へ続く道には余計な荷車もなく、庭木の枝先まで前もって払われたように乱れがない。風は穏やかだったが、赤茶けた外套を揺らす兵たちの肩には、ただの来客を迎える時とは違う力が入っていた。


 国境貴族の大物、ザイン・エディオンが来る。


 そう聞かされていたから、城の中がいつもと違うのは当然だった。


 俺は城の一角、前庭を見下ろせる窓辺に立ち、隣にいるアル兄さんと並んで門の方を眺めていた。正面から迎える立場ではない。正式な出迎えは父上と上層部の役目だし、今日の主役は俺ではなくアル兄さんだ。だからこうして少し外れた場所から様子を見るくらいなら、まあ、許される範囲だろう。


 許される範囲だよな。


 俺が横目でアル兄さんを見ると、兄は窓枠に片手を置いたまま、いつもの柔らかい笑みを浮かべていた。薄く整った金の髪が朝の光を受け、横顔の線がやけに涼しげに見える。白馬に乗っていなくても、この人は十分に王子さまっぽい。


 うーむ。


 やっぱり顔がいい。


 同じマバール家の男なのに、なんでこうも方向性が違うのか。俺も自分の顔に不満があるわけではないが、アル兄さんの美形は何というか、正面から貴族令嬢を迎えるために生まれてきたような整い方をしている。剣を持っても似合うし、書類を持っても似合うし、馬から降りるだけでも絵になる。ずるい。


 城門の向こうから、蹄の音が近づいてきた。


 最初に入ってきたのは、エディオン家の騎士たちだった。揃いの装備は派手すぎず、だが質の良さは遠目にも分かる。鎧の磨き方、馬の手綱の扱い、列の間隔。国境貴族らしい堅さがある。王都貴族の華やかさとは違う。戦場を知らない飾りではなく、飾りを許されるだけの実力を持った連中の見せ方だ。


 その中で、ひときわ目を引く男が馬を止めた。


 大きい。


 馬上にいる時からそう思っていたが、降りる動作を見てさらに分かった。肩幅が広く、腕も太い。動きは重くないが、一歩ごとに地面へ重さが乗る。顔つきも武官寄りで、笑っていなくても周囲を黙らせる種類の圧があった。


 あれがバカルカか。


 エディオン家の筆頭騎士。


 名前だけは先に聞いている。だが、実物を見ると納得があった。ああいう男が控えていれば、当主も安心して出られるだろう。俺のところで言えばセバスチャンみたいなものか。いや、方向性はだいぶ違う。セバスチャンは傷だらけの嫌な実戦騎士で、あの男はもっと正しい騎士に見える。


 クソじじいと並べたらどうなるかな。


 少しだけ見てみたい気もしたが、今日やることではない。たぶん父上に睨まれるし、レティシアにも怒られる。セバスチャンは笑うだろうけどな。


 騎士たちが馬から降り、前庭の空気がさらに引き締まった。エディオン家の者たちは余計に声を上げず、マバール家の兵も必要以上に動かない。互いに礼を失わないまま、じっと相手の呼吸を測っているような静けさだった。


 やがて、馬車が止まった。


 扉が開き、まず降りてきたのは年配の男だった。


 ザイン・エディオン。


 国境貴族らしい厚みのある身体つきで、衣装は上等だが、王都貴族のような柔らかい感じはしない。背筋は伸び、足取りは落ち着き、こちらの城を見上げる目にも余計な揺れがない。父上とはまた違う種類の当主だ。あれはあれで面倒くさそうだな、と俺は思った。


 そして、その後ろから一人の女性が降りてきた。


 空気が少し変わった。


 派手に何かが起きたわけではない。兵たちがざわめいたわけでも、使用人が声を漏らしたわけでもない。それでも、視線の向きが細く揃ったのが分かった。


 シルリオーラ・エディオン。


 アル兄さんの縁談相手。


 淡い色のドレスは城の前庭に立っても浮きすぎず、けれど埋もれもしない。裾を持つ手つきは優雅で、馬車の段を降りる足運びには乱れがない。長い髪は陽の光を受けて柔らかく輝き、白い肌と整った横顔が、遠目にも分かるほど上品だった。


 ふーん。


 なんていうか、お姫さまみたいなお姫さまだなぁ。


 いや、この世界には本物の姫もいるだろうから、表現としては変かもしれない。だが前世の感覚も混ざって考えると、まさに物語に出てくる姫君という感じだった。騎士に守られ、馬車から降り、城で出迎えられる美しい令嬢。背景まで含めて完成している。


 俺は、隣にいるアル兄さんをちらりと見た。


 うーむ。


 似合う。


 ああいうお姫さまみたいな人と並ぶなら、アル兄さんくらいシュッとした美形がちょうどいい。俺が横に立つと、たぶん別の意味で絵になる。悪くはないと思いたいが、どちらかというと「姫にちょっかいをかける少年」だ。いや、それはそれで少し楽しいかもしれない。


「なんだい?」


 アル兄さんがこちらを見た。


 柔らかい笑みのままなのに、視線だけはこちらの内心を拾いに来る。相変わらず穏やかな顔で油断ならない人だ。


「いえ、美人なのでアル兄さんに似合いそうだと思って」


 正直に答えると、アル兄さんは少しだけ眉を下げて苦笑した。


「まぁ、そう言ってもらえて嬉しいよ」


 嫌がっているようには見えない。ただ、照れたというより、少し困ったような笑い方だった。アル兄さんにとって、この縁談がどれほど嬉しいものなのか、俺にはまだ分からない。相手が美人だから良かったですね、で済むほど貴族の婚姻が軽くないことくらいは、さすがに分かっている。


 それでも、似合いそうだと思ったのは本当だ。


 前庭では、ザイン・エディオンが出迎えの者へ礼を返していた。シルリオーラも控えめに頭を下げる。父上の姿はまだ正面からは見えないが、すぐに正式な場へ移るのだろう。ここから先は、窓辺でこっそり眺める時間ではなくなる。


 背後で、控えていた使用人が一歩進んだ。


「アルディス様、そろそろ謁見の間へ」


「ああ、分かった」


 アル兄さんは窓辺から手を離した。衣の袖を軽く整え、俺へ向き直る。その動作ひとつにも余裕があって、やっぱりこういう場に向いている人だと思う。


「ギルは夜まで大人しくしとくんだよ」


 夜まで。


 つまり、夜のお披露目会まで。


 エディオン家が到着して、正式な挨拶を終え、夜には城内で顔合わせの場がある。俺も出ることになっている。そこで変なことをするな、騒ぎを起こすな、勝手にどこかへ行くな。アル兄さんの言葉には、たぶんその全部が入っていた。


「分かっております」


 俺は真面目に頷いた。


 今日は本当に大人しくするつもりだ。エディオン家の当主と筆頭騎士が来て、アル兄さんの縁談相手までいる日に、俺が何かやらかすはずはない。ないはずだ。少なくとも、今のところは何も企んでいない。


 アル兄さんはにこりと笑った。


「ほんとかい?」


「大丈夫です」


 ちょっと心外だった。


 いや、心外だと思えるほど信用されていないのは自分のせいかもしれない。帝国で山賊もどきをやったり、温泉に行って迷宮を崩したり、帰ってきたら白い雛鳥を拾っていたり、思い返すと俺の大人しい基準は、家族から見ると少しだけ怪しいのかもしれない。


「我らが末弟殿はちょっとやんちゃだからね」


 アル兄さんは笑いながらそう言って、使用人と共に廊下へ向かった。


 俺はその背中を見送った。歩く姿まで整っている。廊下の奥へ進むたび、すれ違う使用人たちが自然に道を空け、礼をする。アル兄さんはその一人一人へ過不足なく目を向け、軽く頷いていく。


 リアル白馬の王子さまだよな。


 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、数日前の光景がはっきり蘇った。


 ザイン・エディオンの訪問日程と、アル兄さんとシルリオーラの縁談に関する正式な顔合わせの日が決まったのは、少し前のことだった。連絡を受けたアル兄さんは、迷宮管理の拠点からマバール城へ戻ってきた。


 その日、俺は出迎えの責任者として城門近くに立っていた。


 空はよく晴れていた。風は冷たすぎず、馬の匂いと土の匂いが城門の石に混じっている。兵たちは整列し、使用人たちは邪魔にならない位置で待機していた。兄が帰ってくるだけと言えばそれまでだが、今回は縁談のための帰還でもある。城内の女たちがいつもより少しそわそわしていたのは、俺の気のせいではないと思う。


 遠くから蹄の音が聞こえた。


 数騎の護衛に囲まれ、白馬に乗ったアル兄さんが近づいてくる。


 その時点でもう、何かずるかった。


 白馬。


 マント。


 美形の兄。


 前世の物語なら、姫君を迎えに来る側だ。こちらでは迷宮管理の拠点から帰ってきた辺境伯家次男なのだが、見た目だけなら完全に白馬の王子さまだった。馬が歩を緩め、城門前で止まる。アル兄さんが手綱を預け、マントを翻して馬から降りると、出迎えの使用人の中で何人かの女性が頬を赤らめた。


 分かる。


 あれは仕方ない。


 俺だって男でなければ、少しはときめいたかもしれない。いや、男でも普通に格好いいとは思う。兄として誇らしい反面、同じ家の男としてちょっとだけ悔しい。


「お帰りなさい、アル兄さん」


 俺は一歩進み、出迎えの責任者として頭を下げた。


 アル兄さんは、俺を見るなり表情を柔らかくした。外向けの笑みより少しだけ近い、家族へ向ける顔だった。


「ああ、ただいま。ギル、大きくなったね」


 そう言って、俺を軽く抱き寄せた。


 貴族の男同士としては少し柔らかい挨拶かもしれないが、兄弟ならおかしくはない。俺も抵抗せずに受けた。アル兄さんの腕は見た目よりしっかりしていて、迷宮管理の拠点で遊んでいたわけではないことが分かる。


「当たり前です」


 答えながら、俺は少し胸を張りたくなった。


 何せ半年ちょっとしたら俺も父親になるんだからな。


 そう思うと、子ども扱いされるのが少し不思議だった。いや、アル兄さんから見れば俺はまだ末弟なのだろう。実際、年齢も立場もそうだ。だが俺の女が懐妊している。父上からも書状が出た。もう完全に子どもというわけではない。


 たぶん。


 アル兄さんは俺から離れると、マントを近くの使用人へ預けた。使用人は慣れた手つきで受け取ったが、その指先にわずかな緊張が見えた。アル兄さんは気づいているのかいないのか、穏やかに礼を言って俺の隣へ並ぶ。


「父上がお待ちです。ご案内します」


「ああ、頼むよ」


 俺たちは城内へ向かって歩き出した。


 石畳を踏む足音が並ぶ。護衛たちは後ろで別の騎士に引き継がれ、使用人たちは荷の確認へ散っていく。城の中へ入ると、冷えた石壁の匂いと、灯火の油の匂いが混じった。ここ数ヶ月で何度も嗅いだ匂いなのに、アル兄さんと並んで歩くと少し違って感じる。


「本当に大きくなったね。以前会った時は、まだまだ子どもだったのに」


 アル兄さんがこちらを見て言った。


 その声には驚きと喜びが混じっているように聞こえた。俺が勝手にそう感じただけかもしれないが、悪い気はしない。


「当たり前ですよ」


 もう一度そう返したが、今度は少し口元が緩んだ。


 褒められるのは嫌いじゃない。特に兄たちに認められるのは、思っていたより嬉しい。ダル兄さんもアル兄さんも有能だ。俺はお気楽な三男坊でいたいが、無能な弟と思われたいわけではない。


「父上からの書状が届いたよ。おめでとう、ギル」


 アル兄さんの声が少し低くなった。


 俺は一瞬だけ足の運びを意識した。


「はい。ありがとうございます」


 ダリアの懐妊。


 父上から兄たちへ伝わっているのは当然だ。マバール家の血に関わる話なのだから、隠すことではない。だが、実際にアル兄さんの口から祝いを言われると、妙な照れがあった。


「父上もお喜びだったよ」


「そうなのですか?」


 少し驚いた。


 いや、父上が喜んでいないとは思っていない。だが、俺に対しては、でかした、よくやった、くらいの反応だった。辺境伯家の当主としてはそれで十分なのだろうが、喜んでいたと言われると、俺が見ていないところで父上がどんな顔をしていたのか気になってしまう。


「父上は俺には、でかした、よくやったぐらいなんですけど?」


 そう言うと、アル兄さんは穏やかに笑った。


「相手は平民なんだろ。だからだよ」


 その言葉で、俺は少しだけ気まずくなった。


 アル兄さんの母も平民出身の側室だ。


 マバール家では、魔力持ちの子が生まれる可能性があるなら、平民女性との関係も無価値ではない。だが、貴族社会として見れば、母の出自は重い。アル兄さんがその中でどう扱われ、どう努力して今の立場まで来たのか、俺は全部を知っているわけではない。


 余計なことを言ったかもしれない。


 そう思った瞬間、アル兄さんが先に笑った。


「魔力持ちなら大丈夫だよ」


 軽い声だった。


 だが、その軽さは逃げではないように聞こえた。自分の出自を隠すのでも、卑屈になるのでもなく、もう何度も自分の中で折り合いをつけてきた人の声だ。俺は横顔を見上げるように見て、少しだけ息を飲んだ。


 強いな、この人。


 剣や魔法の強さとは違う。まっすぐ立っていく強さだ。俺が同じ立場だったら、ここまで柔らかく笑えるだろうか。たぶん、面倒くさがって逃げ道を探す気がする。


 廊下の途中で人の気配が薄くなった。会議室へ近づくにつれて、使用人の数が減り、代わりに武官の姿が増える。アル兄さんは少しだけ声を落とした。


「ギルが最初に孕ませるのは、レティシアだと思っていたよ」


 小声だった。


 俺は思わず横を見た。


 兄は涼しい顔をしている。からかっている。完全にからかっている。


 やっぱり兄だ。


「レティシアも孕ませてみせますよ」


 俺も笑って返した。


 言ってから、少しだけ胸の奥が熱くなる。冗談めかしているが、本気でもある。レティシアは俺の女だ。いずれ俺の子を宿す。そう考えることに、もう以前ほど現実味のなさはない。


 アル兄さんは肩を揺らして笑った。


「頼もしいね」


「任せてください」


「そこまで胸を張る話かな」


「大事な話です」


 俺が真面目に返すと、アル兄さんはまた苦笑した。会話の軽さに助けられて、さっきの気まずさは少し薄れていた。おそらく意識してやってくれたのだろう。アル兄さんはそういう流し方がうまい。


 会議室の前で、待機していた騎士が扉を開けた。


 中には父上がいた。


 ガルシア・マバール。


 大きな椅子に座っているだけで、部屋の重さを変える人だ。周囲には武官、文官、城の上層部が揃っている。空気は堅いが、アル兄さんが入った瞬間、ほんのわずかに緩んだ気がした。


「ただいま、戻りました」


 アル兄さんが礼をする。


「うむ」


 父上は短く答えた。


 それだけだったが、俺には父上が嬉しそうに見えた。口元が緩んだわけではない。声が弾んだわけでもない。だが、目の奥の圧が少しだけ柔らかい。たぶん、気のせいではない。


「アルディス様、お帰りなさいませ」


「長旅、お疲れ様でございました」


 上層部の者たちが次々に声をかける。武官たちは誇らしげで、文官たちもどこか安心した顔をしているように見えた。アル兄さんは迷宮管理の拠点を任されている。普段は城にいなくても、家中での存在感は大きいのだろう。


 さすがアル兄さんだ。


 俺は少し後ろに控えながら、その場をこっそり観察していた。父上は嬉しそうだし、幹部たちも喜んでいる。アル兄さんが帰ってきただけで、この空気になる。やっぱり、ただの美形ではない。


 挨拶が一通り済むと、父上の視線が俺へ向いた。


「ご苦労だったな。ギルバートは戻りなさい」


 あ、追い出された。


 もう少し見ていたかった。アル兄さんが何を報告し、父上が何を話すのか、縁談についてどこまで具体的に詰めるのか、気になることはいくつもある。だが、父上にそう言われた以上、ここで粘る理由はない。


「はい。失礼します」


 俺は大人しく頭を下げた。


 扉へ向かおうとした時、アル兄さんが少しだけ身を寄せた。


「後で話そう」


 小さな声だった。


 俺は顔を上げ、兄の笑みを見た。


「はい」


 そう返して、会議室を出た。

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