第54話 文学賞の競争相手が娘?
「ハコちゃん、何してんの?」
8月1日、土曜日の昼食の後、玄関に椅子を持ってきて、膝の上のタブレットに何やら入力している娘に、コズエさんが声をかけた。
「小説、書いているの」
両手を拭いていたタオルを持ったまま、のけぞる母親。
「ええっ? 小説?
作文じゃなくて?」
「そう。
山中湖での出来事を小説にしたら面白いなと思って」〔第46話~第53話参照〕
ごくりとつばを飲み込むコズエさん。
「学校の宿題なの?」
水槽の中を見ながら首を振る小学生。
「そう、、、。
書いた後、どうするの?」
娘が振り返える。
「『小説家になろう』に投稿するか、坊ちゃん文学賞に応募するか、ちょっと迷ってる」
母親があんぐりと口を開ける。虫歯はない。
口を開けたまま、しばしの沈黙。
実は、コズエさんもこの水槽の中の出来事を小説にした「真説水槽爆笑物語」という話を「小説家になろう」に投稿しているし、今年の坊ちゃん文学賞にも応募する予定だ。
左手のタオルをエプロンのポケットにねじ込む。
「そうね。
『小説家になろう』に投稿しちゃうと坊ちゃん文学賞には応募できないし、坊ちゃん文学賞に応募するなら『小説家になろう』にはアップできないわね」
首を回して再質問するハコちゃん。
「どっちがイイと思う?」
母親が右手で顎の下をなでる。
「去年の坊ちゃん文学賞の応募総数は9,900。
お母さんも応募したけど、99.9パーセント以上の人が涙をのんだ。
書かれた作品のほとんどすべてが、日の目を見ずに闇から闇。
それと比べれば、『小説家になろう』に投稿する方が楽しいかもね?
だって、読んでくれる人もいるし、スキと言ってくれる人もいるかもしれない」
ハコちゃんの目が輝く。
「そう?
読んで、スキと言ってくれる人がいるの?」
笑いだす母親。
「そういう人が、いればね?
でも、必ずイイ反応が来るとは限らない」
「そう」
下を向く小学生。
突然、顔がガバッと起きる。
「お母さんは、どうするの?」
再びのけぞる母親。
グッと、つばを飲む。
「お母さんは、坊ちゃん文学賞を主催している松山市に昔からの友達がいて、その人から投稿するように頼まれているから、今年も投稿しないといけないの。
まだネタはないけど、、、」
ハコちゃんがタブレットから手を放した。
「そう。
じゃあ、あたしが坊ちゃん文学賞に投稿すると、お母さんと争うことになるのね?」
娘を見る母親の目の色が変わった。
「うーん、まあ、そういうシチュエーションも、ないとは言い切れない、かもしれない、、、」
「シチュエーション?」
首を左にかしげるハコちゃん。
「あっ、でも、待って!」
コズエさんがポケットからスマホを取り出して検索した。
「あった。
そう、小学生特別賞があるのよ。
いい? 大賞が1人、賞金50万円。
佳作が5人で、1人10万円。
それと別に、小学生特別賞が1人で、図書カード1万円!」
むくれる小学生。
「やだ! すごい苦労して、図書カードなんか、やだ!
いつもお誕生日にもらってる!
あたしも、大賞を狙う!」
三度のけぞる母親。
3度目のつばを飲む。
「わかった。
じゃあ、一緒に頑張りましょう。
投稿数が増えれば、松山の友達も喜ぶわね」
笑ったはずの母親の頬がこわばっている。
実の娘の作品が9,901作目か?
こうして、締切の9月30日に向けて、母子の熾烈な戦いが始まったのだった。(おわり)




