第52話 鳥がインフルエンザ?
「長老の海綿、大活躍だな?」
アカネズミが振り返って言うと、首の両側の鰓から外れないようにヒモで海綿を括りつけられたマメコブシガニのマメコちゃんがうなずいた。
「これなら、何があっても心配ありません。
ネズミ男さん、急いでもらっても大丈夫です!」
アカネズミの背中に、10本の両手両足でしがみつく。
「よっしゃあ。
じゃあ、走りますぜ?」
頭を低くした前傾姿勢になると、後ろ足で思い切り手摺りを蹴った。
青木山荘の敷地を出ると、山の斜面を一気に駆け上がる。
道路がなくなり、枯葉に敷き詰められた谷間を走ると、そこここに、黒くて丸い鹿の糞が落ちていた。
鹿の家族の通り道なのだ。
山の尾根の手前に立つ大きな栗の木の前まで来ると、1度上を見上げてから、ネズミ男が太い幹を駆け登った。
幹の中ほど、森全体を見下ろせる大きな枝の上に、キビタキの寝ぐらがある。
「キタロウくん、マメコちゃんだよ」
横になったキビタキが首だけ上げた。
「マメコちゃん!
こんなところまで来てくれるなんて、ぼくは、もう、、、」
後が言葉にならない。
「キタロウさん、寝てていいのよ。
無理しないで」
そう言うと、首にかけた海綿を下ろし、キビタキの口にそっと水を分けてやった。
「マメコちゃん! それは!」
目を見開くアカネズミを、黙って右手で制する。
「ああ、美味しい。湖の水だね?
生き返るよ、、、」
マメコちゃんが小鳥のおでこに手を当てると、熱がある。
「多分、風邪なんだ。
しばらく寝ていれば、治る。
食べ物は、ネズミ男くんが持ってきてくれるから、心配ないよ」
アカネズミが笑いながら頭を掻いた。
「2人は、友達なのね?」
胸を張るネズミ。
「マメコちゃん、そろそろ帰らないと?」
海綿の水がなくなれば、カニの鰓が乾くのは時間の問題だ。
乾く前に水槽に戻らなければならない。
「キタロウさんに、この海綿置いていくわね。
ネズミ男さん、時々湖水を汲んで来てくれる?」
「がってん承知の助さ!」
アカネズミが左右の髭に力を入れた。
「じゃあ、キタロウさん、帰ります。
くれぐれも、お大事にしてね?」
そう言うと、1度だけ、小鳥の首筋に自分の頬を当てた。
「マメコちゃん。
ぼくたちは、仲間だね?」
小鳥が寝たまま言うと、深くうなずく。
「あたしたち、鯨クラブ、なんだから!」
「ハコちゃん、スーパー・オギナにお買い物に行くわよ。
一緒に行かない?」
コズエさんが台所から声をかけた。
「う~ん、行かない。
もうちょっと、のんびりしたい」
顔を見合わせる両親。
「何か、ほしい物はあるかい?」
父親が質問すると元気な声が返ってきた。
「ガリガリ君の、もぎたてぶどう味、買ってきて!
なかったら、グレープフルーツ味!」
両肩を持ち上げるタカシ。
「じゃあ、オオカミにさらわれないようにね、赤ずきんちゃん?」
言った自分から笑いながら、妻の背中を手で押した。
山荘のベランダに、合宿3日目の夕暮れが近づいていた。
背の高い森の木々に囲まれているから、太陽が西に傾くと日射しが陰るのが早い。
「まだ、戻らないわね?」
水槽のガラス壁に頬を当てながら、イソスジエビのスジコちゃんがつぶやいた。
「何かあったのかしら?」
首を振るカニのタロウ。
「大丈夫。
ネズミ男さんがいるから、絶対大丈夫」
うなずく長老。
「おっ、来たぞい!」
手摺りの上を左から走ってきたアカネズミが真ん中で急停止すると、肩で息をしている。
「みんな、ちょっと下がってくれ。
これからガラスの天井にジャンプするから!」
手摺りから水槽までは、約1メートル。
「てえっイッ!」
大きな掛け声と共にジャンプすると、見事に水槽のガラス天井に飛び移ったけれど、そのままの勢いでガラスの上を滑り、体が濾過器の壁にぶつかって止まった。
「大丈夫かー?」
ダボハゼのヨッシーが泳いで駆けつける。
「ありがとう。
大したことはねえさ」
ゆっくりと体を起こすと、最後の力を振り絞って、水槽のガラス天井を両手で引き起こした。
その隙間に、マメコちゃんの体を滑り込ませると、そのままポチャリと水の中に落とす。
ゆらゆら揺れながら、ゆっくり底まで落ちると、長老とタロウが両手で受け止めてくれた。
「マメコちゃん?」
タロウが優しく声をかけると、瞑っていた両目が開いた。
「お家に、帰れたのね?」
湧き上がる拍手と大歓声。
タロウがマメコちゃんの両肩をつかんで揺すった。
「心配したんだよ!」
「ごめんなさい」
ようやく、笑顔がでた。
一同が上を向いて、アカネズミにお礼を言う。
「ネズミ男どん。
本当にありがとう!
水槽の仲間一同、心からお礼を申し上げるぞな」
「なんの、これしき。
だって、おれたちは、鯨クラブの仲間だろ?」
そう言うと、カラカラと笑った。
揺り椅子の上で、ハコちゃんが左目をぬぐった。
脇台の上には、半分食べかけの木の葉クッキーが残っている。(つづく)




